GOD EATER Reincarnation   作:人ちゅら

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お待たせしました。

普段の2倍近い文字数になっていますが、神機やオラクル細胞(含む偏食因子)に関する設定が大半なのでひとまとめにしてしまいました。



#032 第一変異

「……で、君はそこで何をしてるのかな?」

 

 

 (くすのき)リッカに声を掛けられ、シンはいつの間にか元の肉体に戻っていたことに気が付いた。

 

 ただし全てが元通りというわけでもない。

 部屋の隅に座り込んでいるのは変わらなかったが、左手には覗き込んでいた万里の遠眼鏡の代わりに、何故か拳銃型神機が握られていたりする。保管用の台座にしっかりと固定されていたはずのものが、頑丈な格子もそのままに中身だけがシンの左手に有った。

 

 

「君は本当にすぐ問題を起こしてくれるね」

 

 

 その異常事態に、こうして整備班から楠リッカが飛んできたという次第である。

 そうして神機破壊者として恐れられ始めているシンに、小言をくれてやれる数少ない人材として面倒を押し付けられたことを愚痴りながら、リッカは不機嫌を隠そうともせずシンに言い募る。

 

 とはいえシンに罪の意識も無ければ、状況に対する理解もない。不思議体験(ビジョンクエスト)から唐突に戻されて、持っていたはずの万里の遠眼鏡(ユニークアイテム)が消えていたので一瞬慌てたものの、すぐに四次元ポケットめいた自身の胎内(アイテムストレージ)に確認できた。あの謎の体験が上着に続く理不尽なアイテム強奪だったらどうしようかと、少しだけ不安だったのだ。

 

 そうした不安から開放されたシンは、ただ脱力していた。

 しばらく愚痴と小言を続けていたリッカだったが、まるで寝ぼけているような表情で首を傾げる年長者(シン)の姿には毒気を抜かれてしまった。だらしない年上の異性というものを、両手の指で足らないくらい見慣れていたし、彼らが多少アレコレ言ったくらいで態度を変えるような存在でないこともまた、嫌というほど思い知っているのだ。

 故に彼女は、少しだけ矛先を変えてみることにした。

 

 

「研修でレクチャーしてもらってなかったのかな?」

 

 

 通常、神機はコアに登録された腕輪の持ち主にしか触れることが出来ない。これは適合試験の際、神機とゴッドイーターが腕輪を介してある種の認証登録を行っているためだ。

 適合試験で適合者(ゴッドイーター)に注入されたオラクル細胞は、固有のパターンを持つように個性化(パーソナライズ)される。そうして個性化されたパターンを認証キーとして、神機は個体認証を行っている。人造アラガミたる神機は、その個体認証によってゴッドイーターを()()()()()と認識するのだ。

 

 

「だけどもし、自分のでない神機に触っちゃうとね。神機は君を敵、あるいは餌と認識する。そして君を食べようとするわけだ」

 

 

 もしも認証キーを持たない生物が神機に触れれば、神機は容赦なくその生物を喰らおうとする。そこに善悪は存在しない。オラクル細胞とはそういうモノなのだから。

 だが神機のオラクル細胞は、ゴッドイーターを捕食対象と見做さない偏食因子を持っている。より正確には同じ偏食因子を持つことで、互いを同種(なかま)の細胞と見做してしまうのだ。それによって認証キーが個体認証を行うまでの短い時間、ゴッドイーターは神機の攻撃から身を守っている。

 とはいえそれも完全なものではない。開発責任者であるペイラー・榊は「偏食因子とはある種の欺瞞情報に過ぎない。仲間や同族といった関係が共同幻想であるようにね」などと嘯いたそうだ。いかにも偏狂(マッド)が言いそうなことではある。

 ともあれ個体認証は「自分(の一部)」、偏食因子は「同種」という違いは、オラクル細胞の判断に大きく影響する。長時間の接触という強いストレス下におかれたオラクル細胞は、やがて――

 

 

「自身の偏食因子を変異させて、相手を食べられるようにしようとするんだ」

 

 

 現在のゴッドイーター、神機はともに「P53型」という共通の偏食因子を有するオラクル細胞を基盤としている。同種の偏食因子だから、神機のオラクル細胞はゴッドイーターを捕食しようとしないのだ。だが偏食因子が変異し、異なるパターンを持つようになれば、既存のゴッドイーター、既存の神機は捕食対象になってしまう。

 

 これは自身の肉体であっても同じこと。変異前のオラクル細胞を、変異後のオラクル細胞が食らう。あるいはその逆もある。そうして一つの肉体の中で、オラクル細胞同士の共食いが発生することとなる。そしてオラクル細胞が異なるオラクル細胞を過剰摂取すれば単体進化が発生し、その先に待つのはアラガミ化だ。

 アラガミ化したゴッドイーターは当然、かつての同僚たちに()()されることとなる。

 

 

「ボクは君が処分されて欲しくはない。もちろんボクが君に殺されるのも嫌だ。だからね、お願いだから自分のものでない神機には、触らないで欲しい。分かってくれるかな?」

 

 

 リッカの真摯な表情に、シンは小さくうなずいた。

 

 

*   *   *

 

 

 実はゴッドイーターと神機の接触にはリッカが話さなかった、別の事情もある。

 

 より高性能な偏食因子の生成については、フェンリルにとっても重要な研究課題だ。

 何しろこれまで生成できた偏食因子は、マーナガルム計画で使用され事故を招いたP73型と、現行ゴッドイーターに適用されているP53型しか存在しない。変異によって新たな偏食因子が生成できるのであれば……と期待する声は、今でもあるのだ。

 

 だが、それを知るためには多くの実験を必要とし、当然そのためには相当数のサンプルが必要となる。そのサンプルとは言わずもがな、人類最後の希望たるゴッドイーターだ。ただでさえ減少した人類の中でも数百、数千人に一人の適合者。彼らは発見され次第、適合試験に回され、促成訓練の後に前線に投入されている。そうして辛うじて、人類の生存領域は守られているのだ。そんな貴重な資源を実験で使い潰せるほど、人類に余裕はない。

 

 そして、その実験を抑止しているもう一つの要素。それがこれまでの経験上、変異した偏食因子に実用的なものが無かったという現実だ。

 もしも変異細胞から実用的な偏食因子が発見されてしまったなら、その非人道的な実験に陽の目が当たってしまう。無論、最前線で戦う一線級のゴッドイーターが被検体となることはないだろう。だが二線級のゴッドイーター、また適性はあるものの人格的にアラガミとの戦いに向かない者、適性率の低い者などが被験体として使い捨てられることは十分に考えられた。

 

 

 故にゴッドイーターが自分以外の神機に触れることは、固く禁じられている。緊急出動に備えて完全に隔離することこそ出来ないが、代わりに神機保管庫には監視カメラや各種センサーが設置され、二十四時間体勢で監視されていた。間違って登録外の神機に触れたゴッドイーターがいた場合、即座に台座を格納、隔離する手はずは整っていた。

 

 そんな中での今回のトラブルだ。

 リザーブ中の神機の管理を任されている整備班のみならず、シンの様子を監視カメラで見ていたアナグラ上層部もまた、揃って頭を抱えていた。

 

 彼は何故こうも次から次へと規格外の問題を起こすのか。

 

 当のシンにとっては、まったく知ったことではなかったが。

 

 

*   *   *

 

 

 シンが他者の、それも獰猛なアラガミ・ヴァジュラを初めて単独討伐し、コアを持ち帰った“最新の英雄”レイチェル・アダムスの神機に触れた――実際はそれどころか長時間に渡って保持していたのだが――ことについては即座に箝口令が布かれ、整備班の部外秘となった。

 

 帰投したばかりの第一部隊が緊急招集され、シンを被験室へ連行する任に当てられた。万が一、彼がアラガミ化した際に対処できる可能性が最も高いのは、アナグラ最強の呼び声高い彼らに他ならなかったからだ。

 帰投して早々の召喚にリンドウがボヤき、ツバキの鉄拳を受けたことは言うまでもない。

 

 

 とはいえシンは特に体の異常を感じていなかったし、その異常事態を異常事態であると認識すらしていなかった。元より彼にしてみれば「楽しい時間(ボーナスゲーム)が終わってしまったこと」の方が重要だったのだから仕方がない。

 何故か左手にあった彼女(レイチェル)の拳銃型神機についても、その理由について考えるより、それが酷く損耗していたことに気が回っていた。きっとあの後も彼女と共に戦場を駆け巡り、酷使されたのだろうことは想像に難くない。

 

 シンが最初に万里の遠眼鏡で覗いたときより、さらに酷い状態になっている気がしたが、その疑問にはリッカも含め、誰一人として答えることは出来なかった。神機側のサブコアにも重大な損傷が見られ、もはや神機としての役目を果たすことも出来ないそれに、今さら関心を払う人間など居なかったのだから仕方がない。

 

 

 連行されたといっても別に両脇を抱えられ、拉致された宇宙人のような有様だったわけではない。ただ「付いて来い」と言われて、同行しただけだ。そうしたことは、これまで何度もあったので、殊更疑問を持つこともない。

 

 念のために説明を求めてみたものの、緊張した面持ちの面々には答える余裕もないようだった。

 当然だ。アラガミ化したゴッドイーターの強さは、元のゴッドイーターの素質に左右される。高い適性を持ったゴッドイーターは、より強いアラガミへと変化する傾向が有った。相手は過去最高の適性を持った規格外のゴッドイーター。もしもアラガミ化したならば、どれほどの怪物となるかは想像すらできない。その緊張は、サカキ博士が検査結果を通知するまで続いた。

 

 

「特に心配は無さそうだね」

 

 

 普段どおりの糸目の声に、第一部隊および整備班客員は大きく胸をなでおろしていた。

 被験室では腕輪を経由しての血液、体細胞サンプルを採取され、各種データがその場で調べられていた。機密漏洩を防ぐため、検査はシックザールとサカキがたった二人で行うという異常体制だ。晩年、サカキ博士はもしもこの場でシンがアラガミ化していたなら、その時点で極東支部の機能は壊滅的打撃を受けただろうと回顧した。

 

「だが我々が立ち会わずにいたところで、彼がアラガミ化したならアナグラなど数十秒で吹き飛んでいただろうからね。どうせ同じなら、効率的な方が良いだろう?」

 

 そう言って楽しげに笑ったらしい。

 このことは、彼の狂気の一面が垣間見えるエピソードとして知られている。

 

 

 ともあれ、そうして検査は無事に終了した。

 そういうことに、なっていた。

 

 

*   *   *

 

 

「さて、これはどうしたものだろうね?」

 

 

 体細胞サンプルを培養するシャーレを量産しつつ、困ったものだと渋面を作ってボヤいた黒い研究者(ペイラー・榊)。だがその声には言いしれない喜色がにじみ出ている。

 

 

「どうもこうもあるか! 大発見だ! 異常事態だ!!」

 

 

 バン、と机を叩いて怒鳴りつけた白い為政者(シックザール)の手の内で、『検体814より摘出された()()偏食因子』と書かれた紙が握りつぶされていた。

 


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