GOD EATER Reincarnation   作:人ちゅら

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アラガミの進化史および『ゴッドイーター』前史については、本作の独自設定です。
(手元の資料から見つからなかったもので)


#038 アラガミ進化論

「前世紀の一時期、“ガイア理論”という思想がもてはやされた事があったのを知っているかい? これはガイア、つまり地球を一個の生命体とみなし、その健康状態をいかに管理するのか、という考え方だ」

 

 

 サカキ博士は口を開くと、自著『アラガミの行動原理と進化傾向』を片手に滔々(とうとう)と語り始めた。よっぽど話したかったのだろう、その言葉に淀みはない。

 

 

「現在では石油資源の将来的な枯渇やオゾンホールの発生、そういった環境破壊が問題視され始めた頃の、一種の科学宗教(カルト)だったとされている。それによると、地表で繁殖する僕ら人類は、皮膚の常在細菌の一種に相当するわけだ。シックザールは馬鹿馬鹿しいと怒っていたけどね」

 

 

 突然はじまった解説に、リッカもシンも相槌すら打てず、ポカンと口を半開きに間の抜けた顔をしていたのだが。そんな事を気にするペイラー・榊(マッドサイエンティスト)ではない。

 

 

「昔はこのガイア理論を根拠に、アラガミの発生を、地球が増えすぎた人類を調整するために生み出したものだ、なんて言い出した人間まで居たんだよ。“()()()()”とか言ったかな?」

 

「でも博士、アラガミは手当たり次第で、調整なんて……」

 

「そう。だから彼らも、最初は乱高下しながら最終的には適正値に収束する、なんて提唱していたわけだ。まあ相手が通常の生物で、人類が一致団結して叡智の限りを尽くしていれば、その可能性もあったんだけど。

でもアラガミは既存の生物からは決定的に乖離した存在だった。現実には収束するどころか、人類より先にその他の動植物を駆逐しちゃったし、人類は団結することが出来なかった。結果として、今では人類(われわれ)が限られた生態系を保護してるような有様になっている。だからこれは、ただの()()()()的妄想だった、と否定されたわけだ」

 

 

 そうだ。地表は既に生態系と言えるものは残っていない、というのがこの時代の常識らしい。それらの大半はアラガミに捕喰(ほしょく)されてしまったからだ。加えてアラガミの出現ポイントから外れていたことで、わずかに残っていた高山地帯の生態系も、世界が受胎(ボルテクス界化)したことでとどめを刺されているはずだ。

 

 

「最初に発見された初期のアラガミ、いやその元となったオラクル細胞──(プレ)オラクル細胞は、アメーバのような単細胞生物だった。原生の旧オラクル細胞は熱やオゾンにも弱く、今のように万能の耐性を持った人類の、生命の天敵ではなかったんだ」

「──でも」

「そうだよリッカ君。()()、だ。彼らは貪欲だった。弱者でいることに甘んじず、強くなる方法を模索した。それは人類が一般的に考える“知性”よりも原始的な確率論によるものだったんだけど」

「つまりは“数撃ちゃ当たる”か」

「……その言葉、カノン君には教えないようにね」

「?」

「忘れてくれ──話を戻そう。

彼らはただひたすら、手当たり次第に他の生命を捕喰し、その機能を取り込んでいったんだ。おそらく最初は植物から。植物の毒性を使って小動物を。小動物の機動力で虫を、虫の能力で肉食獣を……いや、順序は分からないが、とにかくそうやって出来ることを増やしながら、オラクル細胞は進化していった。そうして個体が獲得した特性を種全体で共有することで、多種多様な耐性を持つキラー(天敵)因子になってしまった」

「……………」

 

 

 マッド・サイエンティストのイメージと異なり、サカキは意外と話がうまかった。おそらくは何年も脳内でシミュレーションを繰り返し続けたのだろう。身振り手振りをまじえたアラガミの進化史などは、なかなかに聞かせるものがある。シンは黙って聞き入った。

 

 

「そして、それに合わせてアラガミも進化した。旧オラクル細胞の発見からほんの五年ほどのことだ。

この“進化”というのも、他の生物とは異なっていてね。彼らは自身の細胞を分裂させて、捕喰した機能を再現するのではなく、他のオラクル細胞と群れをなして、その役割を分担することで擬似的に機能を再現している。

アラガミはあくまで単細胞生物、オラクル細胞が集まった“群体”に過ぎない。新種のアラガミ、というのはそのオラクル細胞の集まり方、設計図を変えただけで、オラクル細胞そのものは、耐性情報こそ強化されてはいるが、その性質自体はほとんど変化がない」

「通常の進化では時間がかかりすぎたんだろうな」

 

 

 フェンリル職員として速成教育を施されたシンにも、アラガミの性質については先日習ったばかりの話だ。ようやく聞き覚えのある内容になったことで、思考に余裕が出来たのだろう。これまでの相槌のような言葉と異なり、彼なりの理解を口にする。

 これまでの話に殊の外、知的好奇心を刺激されたのかもしれない。この世界に来てから、過去の体験については大分忘れてしまったようだが、知識まで失ったわけではないのだ。シンは自身の知る歴史とのつながりを考えながら、このボルテクス界(せかい)在り方(ルール)について考えていた。

 

 隣に座るリッカにとっては、ソファに深々と腰掛けていた彼が、いつの間にかわずかに前傾姿勢(前のめり)になっていることの方が、不思議だった。これまでの彼は、粗野でこそ無かったものの、実践主義、現場主義のゴッドイーターに、より近い印象を持っていたから。

 

 進化論に沿ったそれを、サカキはその糸のような目を見開いて驚きを表した。そうして我が意を得たりとばかりに大きく頷き「そうなんだろうね」と同意し、話を続けた。

 

 

「それまでのアラガミは、他の動物の姿をそのまま模倣していた。だから外見からは判断しづらかった。最初のアラガミの氾濫とされる南米でのパニックは、これが原因だった。

人類と都市内で共存していた、小動物に擬態したアラガミたち。それが外から迷い込んだ野生動物に擬態したアラガミと接触して、一気に変容した。野生動物の身体能力を得て、人類の捕喰を始めたんだ。そして彼らはこれまでとは異なる進化を見せた。現在のオウガテイルやサイゴードのように、存在しない動植物の姿をとるようになったんだ」

「それ、ボクも聞いたことがある。人間の攻撃に適応したとかって」

「そうだね。そう言われている。既存の銃火器、質量兵器に加え、生物兵器や化学兵器も併用された駆除作戦だった。それに対抗するため、アラガミはこれまでに存在しない動物になるしかなかった、と考えられている。つまり状況に応じて選択し変化する、極めて高い環境適応能力を発現させたわけだ」

「だから“人間というアラガミ”なのか?」

「今ので分かったのかい!?」

 

 

 サカキは驚いたように大声を上げるが、シンは気にする風もなく頷き、答える。

 

 

「今の話、そのまま人間の歴史そのものだろ。個人が群れ、集落を作り、社会になって役割を分担し、“敵”に合わせて在り方を変える」

「……そうなの?」

 

 

 だがシンの言葉に、リッカは首をひねる。この時代に生まれた彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 

「敵を環境と言い換えれば、もっと妥当性は上がるね」

歴史(ヒストリア)とか社会(ソシエタス)とか、習わなかったのか?」

「……知らない」

 

 

 サカキが肯定し、シンの問いにも、リッカはただ首を振るばかりだった。

 とはいえ、それも無理のないことだった。シンの生きた時代であれば、彼女は15歳──中学卒業という若さで技術者として現場に立ち、大人たちに伍して仕事をしてきたのだ。それだけの技術と知識をその若さで身につけようとすれば、その他の学習は疎かになっても仕方のないこと。むしろ当然とすら言える。

 

 シンの教養に驚いたサカキの方が、特殊なケースなのだ。

 彼はまだ人類文明が完全に衰亡してしまう前の時代を、辛うじてではあるが、知っている。当時の最高学府で学んだ彼にとっても、歴史学などは高等教育であって、人間しか学ぶ機会が無いものだった。20年前ですら、文明は既に近代レベルまで後退してしまっていたのだ。10代の少年にしか見えないシンが、どこでそんなことを学ぶ機会に恵まれたというのか。

 

 彼が本当にどこかのシェルター出身で、彼と同じ教育を受けた人類が生き残っていたなら……そして彼らを研究員として招聘できたなら、自分の研究はどれほど捗ったことだろうか。サカキは埒もない願望を思い浮かべた自分の脳に同意し、知らず肩を落としてしまう。

 

 

「シン君。君、本当は学者だったりしないかい?」

「少なくとも知識のために頭を増やすような、書痴の悪魔(ダンタリアン)ではないはずだ」

 


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