この手を伸ばせば   作:まるね子

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…………(反応がない。何も考えてないようだ)


第九話「新たな領域」

 ユウヤは苦戦を強いられていた。状況は二対二の分隊戦。こちらはイーニァと組んでおり、相手は横浜基地最強と呼ばれるエレメントだった。

 戦況は一方的に押されるほど悪くはないが――否、悪くないように()()()()()()()()()が、それでもじりじりと押されている。新OSであるXM3に習熟しきれていないというハンデがあるにしても、己の技量に自信があったユウヤには信じがたいことだった。ユウヤは、かつてまだ反日感情に振り回されていたころの自分を思い出していた。XFJ計画で初めて触れた日本製の戦術機を欠陥機だと決め付け、機体特性を理解しようとせずに御しきれない自分を正当化しようとしていた己を。

 だが、今のユウヤはあの頃のような己の分をわきまえない男ではない。それゆえに、自分と相手の違いを正しく理解していた。

 突撃砲のトリガーを引くが、当たらない。せいぜいが肩部装甲を掠める程度だ。自動照準が追いつかないわけではなく、しかし、未だに一度もまともにダメージを与えることができていない。捉えどころのない戦闘機動に幻惑され、完全にタイミングを殺されていた。ユウヤはまるで幽霊(ゴースト)を相手にしているかのような気分だった。

 実のところ、悠平がおこなっている戦闘機動は多数を相手にしている際に真価を発揮するものであり、一対一では武やネージュに劣るものであると聞いていた。だが、その機動をカバーする存在がいる時、その比較は意味を成さなくなる。

「ちぃっ」

 突如割り込んできた刃をギリギリのところで回避に成功する。しかし、ここで気を緩めるわけには行かない。すでに二の太刀がユウヤに迫っていた。

 斬撃を回避する。回避する。回避する。回避する。しかし、斬撃は一向に途切れる様子はない。それどころか徐々にユウヤの回避スペースを奪ってさえいった。恐ろしいまでの()()()の剣戟。まさしく縦横無尽。そこに悠平の援護まで加わると、状況は一気に加速する。

 その美しい太刀筋が見る者を魅了するような軌跡を描きながら、ユウヤにその牙を突きたてようと迫ってくる。

「ユウヤはやらせないっ!」

 回避不能なタイミングで放たれた胸部へ向かう刃を寸のところでイーニァが割り込み、左腕に装備した短刀でブロックしながら右腕の突撃砲で悠平の邪魔をする。

「助かった、イーニァ!」

 ユウヤとイーニァはこの隙に突撃砲で威嚇を行いながら一度距離をとった。

 ユウヤはビルの合間を縫いながら、己の戦闘機動とXM3の特性を完全に使いこなしている相手の違いについて考える。平面と立体。通常、戦術機の戦闘は平面的なものになることが多い。理由はいくつかあり、乗っているのがあくまで地面に足をつけて生活している人間であるということ。BETAもまた地面を活動の場としていること。そして、レーザー級の存在だ。

 障害物がなく、射線が通る場所――主に空中はレーザーの餌食になる空間だ。それゆえに多くの衛士はBETAとの戦闘時は特に心理的に空中へ出ることを恐れる。それが三次元戦闘を可能にしている戦術機の戦闘機動を平面化させており、レーザー以外による衛士の損耗率を引き上げていた。かつて桜花作戦でレーザーの恐ろしさを嫌というほど味わったユウヤとイーニァも、この例に漏れることはない。

 しかし、あの二人と武は違った。まるでレーザーを恐れる様子がなく、迷わず空中へ身を晒し、駆け回る。平面的な戦闘を行う存在にとって死角となりやすい頭上などからの攻撃を可能とするその機動は、まさしく三次元のもの。二次元と三次元の差。文字通り次元が違うのである。そして、それこそが従来の戦闘機動と次世代の新概念戦闘機動の差であるとも言えた。

 だが、あの三人と己との差はそれだけではない。レーザーを乱数回避に頼らず、マニュアルで回避してしまえるその尋常ではない判断速度と対応力がその差を大きなものとしていた。

 ユウヤは不知火・改の三つ巴の模擬戦を思い出していた。初めは確かにすごいと思ったが、同時に意味のないものだと思っていた。しかし、実際に行ってみると並外れた技量と判断力を要求される非常に高度な訓練だということに気がついた。一対一対一とはつまり常に一対多を強要されるということであり、それはBETAを相手にした時も同じことが言える。そして、あの三人はその状態でドッグファイトを行っていたのだ。当然、要求される状況判断能力・判断速度・技量は恐ろしく高いものになり、それがレーザーを回避するという離れ業につながっているのだろう。

 己がこれまで培ってきた常識に、そしてこれまで戦い抜いてきた現在の衛士にユウヤは限界を感じていた。

 

 イーニァは戦闘を楽しいと思うことはあれど、強くなりたいと思ったことはなかった。クリスカと共にあった頃は二人で完全であり、完成されていた。それ以上強くなる必要がなかったのだ。

 しかしイーニァは今、一人で機体に乗って動かすことに慣れていない違和感に、そして相手の自由自在な戦闘機動とこれまでどおりの自分の戦闘機動の差にもどかしさを感じていた。

 悠平とネージュ。二人のお互いをカバーしあい、実力以上の力を発揮するコンビネーションに、イーニァは自分とクリスカの姿を幻視した。彼らは一人であって一人ではなかった。

 もはや()()()()()()()()クリスカとでは彼らのようになることは叶わないが、イーニァにはユウヤがいた。

 もっと強くなりたい。

 もっと自由に飛び回りたい。

 ユウヤと共に彼らのようになりたい。

 イーニァは生まれて初めて、自らの成長を心から望んだ。

 

(動きが、変わった?)

 悠平はユウヤたちの戦闘機動がこれまでのものよりもいくらか三次元的になったことに気がついた。現在XM3が配備されているのは国連軍と帝国斯衛軍の一部であり、XM3に触れてまだ間もないユウヤたちが模擬戦とはいえ戦闘中に己の戦闘スタイルを対応させつつあることに驚きを感じていた。米軍のトップガンと紅の姉妹(スカーレットツイン)の片割れは伊達ではないということだ。

 わずかではあるが突撃砲の弾が装甲をかすめ、ユウヤは悠平の動きに対応しつつある。元々砲撃戦を得意としていただけのことはある。

 しかし、悠平は先にXM3を使い始めた者としてそう簡単にやられてやるつもりはなかった。

 ユウヤとイーニァの動きから、悠平とネージュを引き離して一対一に持ち込もうとしていることを理解した悠平は、あえてその作戦に乗ることにした。

 一対一で近接戦を始めたネージュとイーニァを確認し、ユウヤは長刀を装備して距離を詰めてくる。対して悠平は両腕に突撃砲を構えたまま点射での迎撃を試みる。

 誘われているという自覚はあるものの、ユウヤはここで勝負を決めるつもりらしく、最小限の動きで回避しつつ前進し、悠平を己の間合いに捉えた。すでに装備の持ち替えは間に合わない。

「もらったぁぁぁああああっ!」

 ユウヤが長刀を振るう。その太刀筋は唯依に教わったものらしく、とても洗練されたものであり回避は不可能かに見えた。

 しかし、この状況にあってなお、悠平にはまだいくつか逆転の手段があった。

「……っ」

 来ることが分かっていた長刀を回避するため、真横に向けていたジャンプユニットが火を噴く。当然、それだけで回避できるはずもなく、ユウヤの長刀は悠平の乗る不知火・改の左肩装甲を食い破ろうとした。

 しかし、()()()()()

 悠平は左肩装甲を長刀の軌道に()()()()ことで装甲の表面を刃が滑り、切り裂かれることを避けたのだ。

 長刀の勢いは止まらず、すぐに二の太刀を繰り出そうとユウヤは刃を反す。しかし、その時にはすでにユウヤの視界に悠平の不知火・改は存在していなかった。

 そして同時にユウヤの背後からほぼゼロ距離で放たれる突撃砲の連射。

 機体が接触スレスレのアクロバットじみた機動でユウヤの真後ろに回った悠平が、ユウヤを撃墜したのだ。

 クイック・ミラージュ。悠平が対長刀用に編み出したものであり、その存在を知られてしまえば二度目は対策をとられてしまいかねない一発芸だった。悠平は()()()回避できる手段をとらず、あえて一発芸で逆転してみせたのだ。

 悠平とユウヤの決着がついた頃、ネージュが長刀を囮にした戦術機による()()()でイーニァから戦闘能力を奪い、もう一本の長刀で串刺しにするという決着がついていた。

 

 

 模擬戦が終了し、執務室へ集まってくつろいでいる悠平たちを夕呼は迷惑そうに見つめていた。

「ちょっと、ここは休憩室じゃないんだけど?」

 と言いながらも、自分もちゃっかりコーヒーもどきを片手にくつろいでいるので説得力はなかったが。

 データの収集や機体の習熟具合などについての報告が終わり、いつもならばこのまま退出という流れになるはずだったが、今日は珍しく夕呼からの連絡事項が存在していた。

「7月からアンタたちにはソ連が実施している東シベリア奪還作戦に参加してもらうわ」

 夕呼によるとソ連は現在、エヴェンスクハイヴ攻略を最終目標とした東シベリア奪還作戦を行っているという。桜花作戦の際に陽動のために一度エヴェンスクハイヴへ攻撃を仕掛け、多大な損害を出しながらもBETAの戦力を大きく削ったことから好機と取ったらしい。この陽動作戦はユウヤとイーニァも参加しており、その戦いがどれほどすさまじかったかを聞かされた。

 作戦そのものはソ連が主導し、悠平たちは寒冷地での長期間に渡る運用データや他国の兵装を使用した場合の運用データ、BETAと戦闘時の他の部隊との比較データの収集を目的としているという。

 かつてユウヤたちがカムチャツカで実施した実験試験と同じようなものではあったが、今回はソ連軍によるお守りはないためより実戦的になっているという。

 長期間の前線勤務と変わらないため危険度は非常に高いが、その分非常に()()データが得られることが期待されている。また、ソ連軍の戦力的余裕と冬の到来による侵攻不能を考慮して最大で10月までの作戦行動となるため、派遣部隊は特に問題が発生しない場合は9月中に戻ってくることになるという。

「7月か……それまでにXM3の習熟を完璧にしておかないとな」

 ユウヤが腕を組んでつぶやいた。ユウヤとイーニァはまだ一週間ほどしか触っていないということもあって、従来のOSとは大きく異なるXM3に順応しきれていないのだ。しかし、それも彼らの技量ならば時間の問題ではあるだろう。

「それって全員でシベリアまで行くって事ですか?」

「そんなわけないでしょ。アタシはこっちで他にやることがあるから行かないわよ」

「じゃあ、霞も留守番なんですね」

 武は霞を最前線に連れて行きたくはなかったので安心していると、夕呼は意味深な笑顔で武の言葉を否定した。

「社は整備の連中と一緒にアンタたちについていくわよ」

 新型関節構造の運用データはまだまだ不足している。そのために長期間の作戦に参加することは有益ではあるが、当然ながら技術情報の漏洩の危険もある。そこで夕呼は霞という予防策を一緒に派遣することを選んだのだ。

 人工ESP発現体の能力を、生み出したソ連はよく理解している。何かを企もうとしてもリーディングによって読まれることを心理的に恐れさせ、それを予防線としたのだ。

 当然、武は霞のことを心配して反対したが、

「タケルさんと、一緒に行きます」

 という一言が霞の意思の強さを表していた。武に拒否権はないのである。

 

 

 悠平に二つの作戦を与えられた霞は、あれから毎日グラウンドを走り、武へアプローチを試みていた。

 悠平の読みどおり、一度は同じベッドで一緒に寝た経験があったことから武の霞に対するガードはゆるく、毎日一緒に寝るようになっていた。そしてランニングに関しては、グランドを二週してもかろうじて力尽きないほどまで成長していた。霞にしては大進歩である。継続は力なり。

 しかし今日、新たな問題が発生した。東シベリア奪還作戦に武たちが派遣されることになり、自分もついていくことになったのだ。

 東シベリアは非常に寒い。特に冬場はマイナス五十度という極寒の大地になる。いくら防寒具があるとはいえ、非常に寒いことに変わりないのだ。

 霞は幼い頃を思い起こす。まだオルタネイティヴ3が継続していた頃、正確な場所は分からないが、当時いた研究施設もかなり寒い場所に存在していた。しかし、霞はそれほど寒いと感じていなかった。それがどうだろう、今では日本の冬の寒さ程度でブルブル震えるくらいなのだ。とてもシベリアの寒さに耐えられるとは思えない。

 そんな霞の弱気な考えは、その日の夜、悠平が考えた新しい作戦(シベリアバージョン)を教えられた瞬間に吹き飛んでいた。

 

 作戦その一。うさぎさんゆたんぽ作戦。

 うさぎさんは寒いのがダメなのだ。しっかり温めてもらいましょう。霞がシベリアの寒さに不安がっていることは知らないはずだが、霞にとっては実に好都合な作戦だった。

 

 作戦その二。ウサギさんと一緒にシャワータイム。

 最前線では男も女も関係ない。ならばウサギさんと一緒にシャワーを――ぶしゅっ。ここまで聞いた時、霞は鼻血を噴き出していた。刺激が強すぎたのだ。確かに最前線では男も女も関係なく、男女で分ける余裕もない。それはつまり、他の男に見られるかもしれないということだ。それは霞的にもNGであるため、この作戦は保留することになった。

 

 結局、シベリアで実行する作戦はその一だけになってしまうが、その二についてはそのうち横浜基地で実行することを決め、霞は出立の日に備えるのだった。

 




霞がだんだんとキャラ崩壊してきました。むっつりな霞って、なんかイイですよね……(ぉぃ

旧OSのユウヤとXM3の能力差がアニメ版の動きのせいでいまいち分からないことに……ぶっちゃけアニメ版TEだとXM3いらない気が……

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