この手を伸ばせば   作:まるね子

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乏しいセンスを振り絞ったら、こうなった。


第十一話「蠢くもの」

 大量の砲弾が、ミサイルが、一斉に放たれて大量のBETAへ向かって飛んでいく。砲弾という鋼鉄の牙が、ミサイルによる爆発が、BETAの肉をえぐり、食い破り、引き千切って絶命させてゆく。今はまだ光線級の姿が確認されていないため、死の雨を阻むものは存在しない。

 BETAも黙ってやられているわけではない。超硬質な甲殻を持つ突撃級がその身を盾に突き進み、後ろには要撃級や小型種、要塞級の姿も続いていく。接近してくるBETA群に対し、展開していた戦車部隊は後退を開始し、ソ連製戦術機たちが入れ替わるように応戦体制に入る。

 人類とBETAの正面衝突。戦術機は突撃級の突進を上に跳ぶことで回避するが、回避に失敗した一部の戦術機はバラバラに砕け散っていく。

「くそっ、タイミングミスりやがって……!」

 初歩的なミスに誰かが愚痴るも、戦闘は止まることなく続いていく。

 突撃砲がBETAを蹂躙し、戦車級が戦術機の装甲に食らいつく。モーターブレードが要撃級の感覚器を切り飛ばし、要塞級の衝角が装甲を刺し貫く。支援砲撃が小型種を吹き飛ばし、要撃級の前腕が戦術機の脚部を粉砕する。

 死で満ち満ちて、死が蔓延する戦場。人類は自らの大地を取り戻すため死力を尽くしてBETAへと挑むが、BETAの数はあまりにも多い。数に圧倒的な開きがあるため、攻めることは非常に難しいのだ。

 

 

 主戦場から少し離れた場所で武たちは戦況の推移を確認していた。現在戦域に存在するBETAの総数は七千、師団規模には届かない規模である。対してソ連軍は戦術機に関しては一個連隊を投入している。錬度にもよるが、順調に行けば問題なく殲滅は可能だろう。

 一応自由に動くことを許されている武たちではあったが、今回が初陣の二人がいることもあって積極的に戦闘を行うつもりはなく、ソ連側のプライドも考慮して戦線を突破してきたBETAを処理することを選んだのだ。

 二人は戦闘が開始されたということもあって緊張の色も見えるがかといって過度な緊張状態ではなく、初陣とは思えないものだった。これならば普段どおりの実力を発揮することができるだろう。

 戦況は優勢であり、このまま何事も起きなければエヴェンスクハイヴへまた一歩近づくかと思われていたが、しばらくして戦況に変化が起きた。BETAに連隊規模の増援が現れ、右翼が押され始めたのだ。

「CPよりエインヘリアル01。右翼に集中していたBETAが一部、戦線を突破。総数は五百ほど。戦線の補強のため、ソ連軍にはすぐに対処できる余裕がありませんので可能ならばそちらで処理してください」

 CPを担当してくれているピアティフから状況が伝えられ、武は突破したBETAの処理へ向かうことを了承した。支援砲撃が得られない状況で五百のBETAを全滅させるというのは少々面倒ではあるが、この五人ならば問題なく対処できるという自信があった。

「エインヘリアル01より各機、聞いていたな?俺たちはこれから戦線を突破したBETAの処理に向かう。なぁに、数はたったの五百ぽっちだ。その程度、俺たちの敵じゃないってことをやつらに見せ付けてやろうぜ!」

 全員から了解、という返事を確認し、武はジャンプユニットを噴かした。

 さぁ、BETA狩りの時間だ――

 

 悠平は初めて生で見たBETAに一種の感動を覚えていた。ゲームやアニメの中でしか見たことがなかったものを、この世界に来たことで初めて見たのだ。シミュレーターで散々見てきたとはいえ、こうして生で見ると実際に目の前にいるという存在感を感じるものなのだ。

 レーダーにあるBETAの総数はほぼ五百。戦線はすぐに立て直されたようで数は増えてはいなかった。

 ピアティフからの通信で基地内で待機していた戦術機甲部隊一個中隊が処理のために出撃したという。

「そういうことらしいから、援軍が来る前に俺たちで片付けて連中に吠え面かかせてやろうぜ」

 武が強気な顔でそう言うと、全員が同意した。悠平にしても、ネージュたちを化け物でも見るかのような目で見ていたソ連軍将校に腹が立っていたので、その意見には大賛成だった。しかし、悠平は同時にもどかしさを感じていた。

(俺たちが初陣じゃなければ、武も戦線で思いっきり暴れられたんだろうか?)

 武一人が戦線に出るだけでもソ連軍はかなり楽になるだろうし、犠牲を避けたがる武も本心ではそれを望んでいるだろう。武の戦闘機動にはそれだけの効果があることはXM3のトライアルの時にすでに分かっていることだ。しかし、あくまでも自分たちは実験部隊であり、実験機であり実証機でもある不知火・改を失う危険は可能な限り避けたほうがいい。不測の事態でも起きなければ、悠平たちが積極的に戦闘に参加することもないのだということは分かっていた。

 

 

 六分四十八秒。それは、派遣されてきた実験部隊が約五百のBETAを殲滅するのに掛かった時間だ。これほど短時間で殲滅できた理由には小型種があまりいなかったということもあるが、それでも一個中隊で対処しようとしていたソ連軍にとっては異常とも言える速度だった。

 処理にやってきた中隊は信じられないというような顔をしながら、戦線に合流していったという。

 この報告を聞いていたソ連軍将校は自軍と例の実験部隊との違いについて考えていた。

 やはり機体か。

 それとも衛士の錬度か。

 あるいは知らされていない兵器があるのか。

 ソ連軍将校は自国の機体も衛士の錬度もあの実験部隊に劣っているとは思っていない。しかし、実際に戦闘を行っているところを確認したわけではない以上、何が違うのか分からずにいるのだ。

 確かに機体は改修の施された第三世代機ではあったがそれはあくまでも新OSに適応させるためのものであり、この時ソ連軍将校はOSの違いについてはまったく考えもしていなかった。このソ連軍将校もOSについては固定観念に囚われており、新OSの優位性に気づかないでいるのだ。

 そのことを知りもせず頭の片隅で答えを探していると、オペレーターの一人が切羽詰った声を出しているのに気づいた。

「ウェルホヤンスクハイヴから……っ、ヴェルホヤンスクハイヴからあふれたBETA群に押し出された一部が他のBETA群と合流し、エヴェンスクハイヴに向かっているようですっ!現在推定個体数一万五千の師団規模っ!到着までおよそ二十時間っ!」

「二十時間だと!?馬鹿なっ!なぜそこまで近づかれる前に気がつかなかった!?」

 ソ連軍将校は本来ありえないような事態に動揺していた。各ハイヴは常に監視されており、各地の部隊が定期的に間引きを行うことでBETAの侵攻を未然に防いでいるのだ。ましてや情報は常に衛星を介したデータリンクで共有されており、そのデータリンクが()()()()妨害でもされない限り、このような事態は起こりえないのだ。ソ連軍将校はその考えに冷たいものを感じた。本来起こりえないことがすでに起きている。ならばそれは――

 嫌な考えを振り払うように頭を振り、すぐにどう対処するかを思考する。

 大規模BETA群が接近していることはすぐに各部隊へ知らされた。このままでは大規模BETA群に押し出される形で、エヴェンスクハイヴからの大規模なBETA侵攻が発生するのだ。

 幸い戦闘はすでに残存BETAの掃討に移行しており、今から整備と補給を行えばなんとか対処は可能だろう。しかし、もはや年内のエヴェンスクハイヴ攻略は絶望的になるであろうことは間違いなかった。

 掃討完了の確認が済み次第、整備と補給を行うように指示を飛ばそうとすると、別のオペレーターから連絡があった。

「……何だ?今はBETA群に対処するための対策で忙しい。後回しにしても大丈夫なものならば――」

「それが、ベーリング海での演習のために展開していた米国第三艦隊からの通信で……」

「何だと……?」

 第三艦隊の通信内容はこうだ。アメリカ側でも大規模BETA群の移動はデータリンクで確認しており、ベーリング海に展開中の第三艦隊と第五艦隊に艦載されている戦術機甲部隊二個大隊ならば十五時間以内にこちらと合流し、BETA侵攻の阻止を手伝えるというものだった。

 第三艦隊の申し出自体は非常にありがたいものであり、こちらから協力を要請したい気持ちもあったが、ソ連軍将校には一つの確信があった。おそらくこれは米軍が仕組んだプランだ。いかにしてBETAを誘導したのかはわからないが、これほどアメリカに都合のいいタイミングでBETAが動くことなどありえない。また、アメリカならばデータリンクの妨害どころか改竄すら可能だろう。

(狙いはエヴェンスクハイヴのG元素保有権か?それとも、他に何か考えられるとすれば……例の実験部隊か?)

 アメリカは五次元効果爆弾――G弾の使用をハイヴ攻略の前提としている。世界の統治者を自認するアメリカはG弾の材料となるG元素――グレイ・イレブンをソ連が保有することを面白く思わないだろう。

 アメリカにとってメインはG元素保有権の一部であり、実験部隊はついでといったところだろうと判断し、しかし、現状の戦力を鑑みてソ連軍将校は苦渋の決断を下す。

 大規模BETA群到達まで、あと二十時間――

 

 

 初陣の結果は上々。しかし、大規模BETA群の急な接近にアメリカの介入と、連続して起こる不可解な出来事に悠平は嫌なものを感じていた。

 2001年12月5日に日本帝国で起きたクーデター――12・5事件の時の状況とあまりに酷似しているのだ。酷似しすぎているといってもいい。これがアメリカが意図的に用意した状況だとすれば策を考えた者はよほどの馬鹿か、何らかの本命を隠すことができる陰謀家のどちらかだろう。

 どうやら武も同じものを感じているらしく、難しい顔をしている。

 悠平たちは一度仮設前線基地へ戻り、補給と整備、そして新型関節のチェックを受けていた。しかし、チェックにはそれなりの時間がかかり、BETAの侵攻予定までまだ十五時間もあるため交代で仮眠を取ることになった。

 ユウヤとイーニァが仮眠に入ったため、悠平は武と今回のアメリカによる介入について話し合ってみることにした。イーニァはリーディングで気づいているかもしれないが、ユウヤには二人の真実は知らされていないためだ。

「やっぱり、御巫も夕呼先生が絡んでると思うか?」

「あぁ、間違いないだろう。大方、俺たちをダシにして何かを釣り上げようとしたんだろうな」

「そして釣れたのがアメリカ、ってわけか……」

 夕呼が何の目的でアメリカを釣ったのかは分からないが、きっとこのことに関しては尋ねてもまだ教えてはくれないだろう。教えるつもりがあるのならば、横浜を出るまでに教えてくれたはずだ。あるいはまだ、教えられるほどの情報や確証が夕呼にもないのかもしれない。

 アメリカが介入してきた目的についても意見を交し合うが、概ねソ連軍将校が立てた予測と同じような内容になっていた。違うのは目的の中に霞たち人工ESP発現体が含まれていることだ。

 あまり話し込んでいても正確なことはわからず、確認は済んでいるが盗聴されている可能性も考慮し、交代の時間まで二人は霞とネージュを交えて今後の対策を話し合うのだった。

 

 

 ソ連政府と作戦指揮官の許可を得て米軍の戦術機――F-22Aラプターが基地内に降り立った。米国第三艦隊と第五艦隊はアメリカで初めて全ての艦載戦術機をラプターで統一した部隊だったため、基地内には合計七十二機ものラプターが並び立つこととなった。その光景は実に壮観だったが、ソ連軍の者たちは皆一様に渋い顔をしていた。

 その様子をユウヤは自分たちに割り当てられたハンガーから眺めていた。かつて自分がテストパイロットを務めた機体がこれほど並ぶと感慨深いものもあったが、それ以上に今回のアメリカの介入に懐疑的になっている自分がいることにも気づいていた。

(これが、外から見たアメリカ……ってやつなのか?)

 周りを見てみれば武と悠平も渋い表情をしているのが見えた。なるほど、このようなことを繰り返しているのならば確かに、日本人の対米感情が悪化するのも無理はないだろう。

 ユウヤは久しぶりにラプターを見たせいか、良きアメリカ軍人になろうとしていた当時に思いを馳せていた。日本人だ、アメリカ人だとちっぽけなことに拘っていた昔の自分。

 次第にユウヤの思考は現在の仲間たちのことへとシフトする。イーニァと、日本で出会った変わり者の三人。彼らはユウヤを何人という枠にはめず、ただ自然にユウヤという個人で見ているように感じていた。それはユウヤにとって自分という存在を正しく見てくれているような気がして、とても嬉しいことだった。

 整備の喧騒にユウヤの意識が現実に引き戻されていく。戦いの時が迫っていた。




初陣で倒されたBETAさん、描写削ってごめんなさい。
五百のBETA殲滅に七分弱って早いのかわからないけど、早いということにしておきました。

さあ、書いてる本人がすでに物語を把握できてません。
ユウヤの心情とかいろいろでっちあげすぎです。色々崩壊してたらごめんなさい。
でも おれは ほんのうのまま かきつづける!

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