この手を伸ばせば   作:まるね子

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アニメでいえば丁度二クール目にはいったところでしょうか。話数的にも。
特に意識はしてなかったんですけどねー。


第十四話「憂鬱」

 執務室で一人、夕呼はため息をついていた。東シベリア奪還作戦で思っていたほどの()()が得られなかったのだ。否、不知火・改の運用データはこれ以上ないほど濃いものが手に入った。米軍の最新鋭機であるラプターとの交戦経験はその中で特に大きい。

 それに米軍がロールアウト直前だったラプターが十五機も行方不明になっている上それが実験部隊襲撃に使用された非を認め、横浜機関へ開発資金を無償援助するという、いささか手回しが良すぎるものではあるが、予算が限られている現状では都合がいい。

(でも、対応があまりに早すぎて()()を引っ張り出せなかったのよねぇ……)

 今回の件は夕呼にも不可解なものだった。BETAを何らかの方法でエヴェンスクハイヴまで誘導し、そこに米軍が援軍という形で介入してまで()()を作っておきながら、その裏では失敗するかもしれないような襲撃を実行するというせっかくの()()を消し飛ばしかねないようなことを実行した。

 ソ連へのやや強引な貸し()()ならば、アメリカの関与を疑いながらも助けられたという事実は残り、貸しを盾にG元素保有権の一部を主張されたとしてもノーとは言いづらいだろう。不知火・改の鹵獲()()ならば、いずれ世界中に広まるであろう新型関節構造の特許を手に入れることで大きな利益を得ることができるだろう。しかし、この二つを同時に実行するメリットはあまりに()()()。両方が成功した場合のメリットは確かに大きいが、元々成功率が高くはなかった不知火・改の鹵獲が失敗したことでソ連に与える不信感だけでも貸しを消し飛ばしかねないものであり、夕呼のほうにしてもわざわざ無償の資金提供をしてまでご機嫌伺をしてくる始末だ。これでは本末転倒だろう。――いや、夕呼に()()をつかませないという意味では十分に成功していることが最大のメリットといえるかもしれない。実行されたのがどちらかだけならば、本命かどうかはさておいて今回の首謀者にたどり着いている自信が夕呼にはあったのだから。

(まったく、おとなしく尻尾をつかませてくれていれば白銀たちにあんなにつつかれなくても済んだっていうのに……)

 夕呼は武たちに今回の件で何を得ようとしていたのかを話さなかった。本命については元々ある程度の予測が立ってはいたが、確証が得られていない以上武たちに教えるつもりはなかったのだ。

(はぁ……いい加減、おとなしくしてくれないかしら。これじゃストレスがたまる一方だわ)

 夕呼は気分転換に何かいいストレス解消方法はないかと考え、悠平が不安がって拒否していた()()実験を適当な理論をでっち上げて安心させることで挑戦させてみるのも面白そうだと考え、嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

 

 豪奢なシャンデリアが煌びやかに輝き、しかし品の良いセンスで構成された部屋で男は安堵の息をついていた。

 例の贅肉ダルマがソ連の東シベリア奪還作戦に介入したという報告を受けて、すぐに己の策が失敗した時の保険の準備をしておいたのだ。

 元々、男は不知火・改の鹵獲、あるいは破壊という形であの実験部隊が行方不明になれば、最悪不知火・改に使われていた新技術が手に入らなくても良かったのだ。失敗したとしても、ラプターを何者かに奪われたということさえ認めればそれ以上の非はこちらにはなくなる。実行したのは我々()()()()ということになっているのだから。

 しかし、そこへあの贅肉ダルマが『BETAはG元素を求める』という研究者の立てた仮説からG弾を誘蛾灯のように使用しBETAを誘導、ソ連軍を襲撃させ米軍を介入させたことで、男の策との間につながりができてしまった。ソ連や横浜機関に、アメリカが実験機を手に入れるためにあのような茶番をしかけたという強い疑惑を与えてしまったのだ。

 その結果、贅肉ダルマがソ連に作ろうとしていた貸しは大破した襲撃者のラプターの全機返却という形で全てチャラということにされてしまい、横浜機関へも予定外の多大な資金援助を無償で行わなければならなくなってしまったのだ。だが、その甲斐あってダメージは最小限で済んだ。

 あんな贅肉ダルマであっても、G弾の運用と管理を任されている責任者なのだ。例え中身が無能な小物であろうとも、切り捨てるには少々惜しい。

 贅肉ダルマにも言い聞かせ、当分はおとなしくしている必要があるだろうと判断し、男は再び息をついた。

 

 

 武は一人、屋上で夕涼みをしながら考え事をしていた。

 東シベリア奪還作戦でのことを夕呼に問い詰めに行った武たちに、夕呼は()()()()()()()()と言っていた。その際、夕呼は不機嫌と言うよりももどかしそうな表情をしており、まるで必要な何かがそろっていれば教えても良かったとでも言いたいような気配があったのだ。

(あの夕呼先生が俺にそんな隙を見せるなんて、オルタネイティヴ4なんて重荷から開放された反動なのか?)

 自問してはみるが答えが分かるはずもなく、武は夕日が沈むまで夕呼が何を得ようとしていたのかを悩み続けていた。

 

 

 悠平は夕呼に言い寄られていた。

「ねぇ~、いいでしょぉ?」

「い、嫌です!ちょ、ちょっと、マジで怖いんですから!」

「あら、やってみれば意外と大丈夫なものよ?」

「そ、それでも不安なんですよっ!」

 こんな紛らわしいことを口にしているが、決していやらしい意味ではない。夕呼は年下を異性として見ておらず、悠平もその例に漏れることはない。迫られているのはもっと別の理由だ。

 悠平は夕呼の保護を受ける条件として、己の能力のデータ採りを人体実験にならない範囲で協力することになっていた。事実、これまでは定期的に実験を行い、悠平の能力の特性や限界を調べていったのだ。しかし、一つだけ悠平が拒否した実験が存在した。

 テレポート、およびアポーツによって転移させる物体が転移先の物体の座標と重なり合った時、どういった現象が起きるのか。夕呼はこの実験によって起きる可能性に非常に興味があった。しかし、悠平はこの実験でどんな現象が起きるか予測がつかず、この実験だけは拒否していた。実験の結果、某星の大海原な四作目のように制御不能な対消滅現象で地球が消滅したり、自分の体が他の物質と融合して分離できなくなってしまったり、謎の爆発でミンチになりでもするとたまったものではないのだ。だから悠平は能力を使う時、いつも細心の注意を払って使用しているのだ。

 そこで夕呼はこれまでの実験結果からそういった災厄が起きないということを悠平に言い聞かせているのだ。夕呼は間違いなく天才だ。その夕呼が言うのなら、自分の体と他の物質の座標を重ねないようにだけ注意すれば大丈夫なのではないか、と思うようになり始めていた。ここで重要なのは()()しているわけではないということだが、夕呼が迫るように密着し、それを見ているネージュはいつもの表情でありながらとてつもない威圧感を発していることもあって悠平は正常な思考を維持することができていないのだ。

 時間が経つごとに無表情のままネージュの機嫌は悪化していき、状況の打開のためにうなずかざるを得なくなるのは時間の問題だった。

 

 

 ネージュは悠平が夕呼に迫られている様子を見て知らず知らず機嫌が悪くなっているのに気づかないまま、己の能力のことを考えていた。

 悠平にヴィジョンを幻視することを話した結果、その能力が未来予知能力(プレコグニション)ではないかということが分かった。予知した出来事――相手の攻撃が自分に命中するという未来を幾度も回避したことから予知した出来事は回避できるものであり、使いこなせればこれほど使い勝手のいい強力な能力はそうない反面、この能力の存在が知られれば是が非でも手に入れようとする者が確実に現れるという諸刃の剣だということだ。

 夕呼に話せばもっと詳しいことがわかるだろうが、本当に信頼できる者にしか明かしてはならないと悠平に言われ、ネージュは夕呼には明かさないことを選んだ。夕呼を信用していないわけではないが、今目の前で起きている光景からくる信頼の差でもあった。

 ネージュは悠平に迫っている夕呼に意識を傾けた。夕呼は非常にスタイルが良く、胸も大きい。以前、興味を覚えた際に触らせてもらったネージュはその柔らかさと心地良さに感動したのだ。あんなものを押し付けられた悠平もきっと心地良いものを感じているだろう。

 そこまで考えてネージュは自分の胸と見比べた。以前は意識していなかったが、閉じ込められていた頃と比べればずいぶん大きくなった。霞によれば栄養バランスが改善され、適度な運動をするようになった影響だろうということだったが、その時の霞の羨ましそうで恨めしそうな目をネージュは忘れられそうにない。しかし、そんな自分の胸も夕呼の胸にはとても太刀打ちできない。

 ネージュから発せられる威圧感が強くなり悠平が思わず身震いをするが、ネージュにはそんな自覚はない。

 やがて、悠平が夕呼の押しと無言の威圧感に負けて実験を了承すると、夕呼が悠平から離れ威圧感も消え去った。すっかり疲れきった悠平を見てネージュは、自分の胸でも悠平が同じような反応をするのか確かめるべく悠平に近づいていった。

 

 

 霞はネージュの身体検査の結果を確認していた。長く閉じ込められていたこともあって定期的にチェックを行っているが、もう健康面で心配するようなところはまったく見られなかった。それどころか――

(胸が……完敗です)

 そう、女性の象徴にしてアイデンティティーともいえる胸・バスト・乳房が、詳細な数値を測るまでもなく完全に、完膚なきまでに負けていた。人工ESP発現体として生まれは同世代であり、身長も霞のほうがほんのわずかに高いくらいだ。しかし、胸だけはどうしようもないほどの差があった。

 霞のリソースを占めているのは現在二つ。ネージュの胸が急成長している理由と、武のことだ。

 ネージュの胸が一年にも満たない期間でこれほど成長した理由を、栄養バランスの改善と適度な運動であると霞は仮定した。ならば、基本的には同じ生まれである霞も同様のことをすれば胸が大きくなるのでは、と考えているのだ。だが、栄養バランスに関しては元々問題がなく、最近は運動も霞にしてはがんばっている。ならば残された違いはリーディング能力の有無と、衛士であるか否かの二つ。しかし、この二つは今の霞ではどうしようもないものだ。

 そして、武のこと。武も胸は大きいほうがいいのか、それとも自分のように小さいほうが好みなのか。純夏のことを考えると大きくも小さくもない胸が好みという可能性もあるが、直接武に尋ねるのは恥ずかしい。いっそ武に胸を押し付けて、感想をリーディングしてしまおうかとすら思い悩んでいるのだ。だが、そこまでして胸についてなんとも思われていなかった場合のことを考えると実行することが恐ろしく、武ならば本気でありえることが霞の決意を鈍らせていた。

 

 

 ユウヤは東シベリア奪還作戦で介入を行ってきたアメリカのことを考えていた。ユウヤ自身がこれまで体験してきたいくつもの事件で母国であるアメリカへの感情が大きく揺らいでいたのだ。

(まさか、俺がこんなことに思い悩む日が来るなんてな……)

 他の国にもいえることではあるだろうが、アメリカも一枚岩ではない。ユウヤが知らないだけで、他にもっととんでもない()()をアメリカが行っている可能性もあるだろう。

 ユウヤは肺にたまっていた重苦しい空気を吐き出した。いつまでもこんなことを考えていても仕方がないのだ。

 イーニァを見ると、熊のぬいぐるみであるミーシャと無邪気に戯れていた。彼女と遊んで気分転換するのも悪くないだろう。その結果、イーニァとミーシャを両親役に、ユウヤが赤ちゃん役のおままごとをやらされることになるのだが、そのことはユウヤの黒歴史として封印された。

 




ほとんど何も考えずに書き上げているのでいろいろおかしいところはありますが、あまり気にせずに暴走していこうかと思います。

自分で書いておいてあれですが、霞とネージュの行動が対極化し始めていることが少し面白く感じていたり……でもやっぱり根っこは似てるような気がするんですよね。

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