この手を伸ばせば   作:まるね子

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ちょっといい話書きたいなーと思ってたらこんなの書いてた。


第十五話「お祝い」

 実験の打ち合わせのために夕呼の執務室へやってきた悠平は、カレンダーをぼーっと眺めている武に目が留まった。どうやら夕呼は席を外しているようだ。

「カレンダーなんか見つめてどうしたんだ?何か特別な日でもあったのか?」

「うん、悠平?……いや、さ。もうすぐ、俺が今のこの世界にループしてきてから一年が経つんだな、って思ってさ」

 今日の武はどこかしんみりしていると思ってはいたが、それもある意味当然のことだった。後二日で10月22日――武にとってはループの開始日から丁度一年になるのだ。それを聞いた悠平も武に釣られ、妙な感慨深さを感じていた。

「最初にこの世界に来た時はわけも分からず守衛に捕まって大変だったんだぜ」

「あぁ、知ってるよ。二度目の時はどっちの選択肢を選んだのかは知らないけど」

「選択肢?」

「ゲームでの話だよ。結局どっちを選んでも最終的にストーリーに影響があるわけじゃなかったけどな」

 悠平と武はゲームでの10月22日と武自身が体験した10月22日の話で盛り上がっていく。だが、ふいに悠平の脳裏に引っかかるものがあった。

(10月22日……?10月22日といえば他に何かあったような……?)

 悠平は記憶を必死に掘り起こしていく。ゲーム内で何かあったか。エクストラで、アンリミテッドで、オルタネイティヴで。しかし、答えは出てこない。悠平はのどに魚の小骨が引っかかったような気持ち悪さを感じていた。

「そういや霞にはマジで助けられたなぁ……あの時も霞が証明してくれなかったら俺、結局何もできずにいたかもしれないんだぜ?」

「霞には頭があがりそうにないな。まぁ、せっかく霞のためにこの世界に残ったんだから、しっかり幸せにしてやんな」

「……お前、面白がってるだろ」

 悠平はまた引っかかりを感じた。悠平は一体どこで引っかかりを覚えたのか、直前に口にした言葉を反芻していく――までもなく、すぐに答えにたどり着いた悠平は思わずカレンダーを凝視した。

「…………10月22日だ」

「ん?だから、もうすぐ10月22日だろ?」

 違う、そうではない。

「10月22日なんだよ!」

「だ、だから何がだよ?」

「霞の誕生日だ!!」

 

 

「なるほどねぇ……」

 夕呼は執務室に戻るなり悠平にゲームの設定として用意されていた霞の誕生日を聞いて深くうなずいていた。それが本当ならば、去年はある意味すばらしいプレゼントが贈られてきたことになる。

「先生は知らなかったんですか?」

 武が不思議そうに聞いてくる。当然だろう。霞も試験管で生まれたとはいえれっきとした人間だ。そういったものがあっても不思議ではないが、しかし――

「アイツらその辺りはどうでもよかったらしくてね、ちゃんとした資料が残ってなかったのよ。研究者としてもどうかと思うけど」

 夕呼は半ば呆れながら答えた。それはオルタネイティヴ3で人工ESP発現体を生み出した研究者たちへの言葉であり、夕呼自身への言葉でもあった。資料から特定ができなかったこともあって、夕呼もこれまで霞の誕生日のことをそれほど気にしたことはなかったのだ。

 しかし、言われてみれば確かに10月22日前後が誕生日である可能性が高いと分かる記述が資料にあったことを思い出す。ならばそのゲームの設定として用意された10月22日が霞の誕生日というのは正しいのかもしれない。

「アンタたちの言いたいことはなんとなくわかったわ。だったらやりましょうか、誕生日パーティー」

 夕呼は武たちが提案する前に自ら提案した。これまで霞にはずいぶん無理をさせてきたこともあって、ささやかながらお礼をしてやりたいと思ったのだ。

「それなんですが、ちょっといいですか?」

 すると、それまで黙っていた悠平が口を開いた。何かアイディアでもあるのかと期待するが、悠平の口から出たのはある意味当然の提案だった。

 

 

 ネージュは霞、イーニァと共に夕呼の指示で人工ESP発現体である自分たちの担当を受け持ってくれている医者の元へ訪れていた。

「……検査入院、ですか?」

「えぇ、あなたたち人工ESP発現体は特殊な力を人工的に付与されて生まれてきたわ。これは知ってるわよね?」

 医者が人差し指を立てながら応えてくる。年が若いこともあって人懐っこい笑みは愛嬌があり、人の不安を吹き飛ばすようなパワーがあった。

「でも、その能力を使うと負荷がかかるの。当然、リーディングもプロジェクションも関係ないわ。無意識に使ってるうちに疲弊しきって倒れる、なんて事を避けるために一度徹底的に検査しちゃおう!と言うわけなの」

 ネージュは納得した。確かにそんなことになれば悠平だけでなく、他のみんなにも心配をかけてしまうだろう。特に衛士でもあるネージュとイーニァは戦闘中にそんなことになったら目も当てられないだろう。

「検査は10月22日の夕方には終わるから、それまではこの特別区画から出ないように!能力の使用も検査に影響が出ちゃうから禁止ね!」

「うん、わかったー!」

 医者の言葉にイーニァが素直に返事をする。霞とネージュもうなずき、了承した。

 

 

 10月22日の夕方になって霞たちはようやく検査入院から解放された。実質四十六時間ほどかかったが、その甲斐あって霞は少々負荷がかかりすぎていることが分かった。リーディングすることが好きではないのに無意識にリーディングに頼っていた証拠だろう。

(これからは少し、自制しないとダメですね……)

 霞は反省を示し、三人で指示された場所へ歩みを進めた。検査が終了した時、医者からPXに行くように指示されたのだ。理由を尋ねてみたが、医者自身も聞かされていないと言う。

「一体、何があるんでしょうか?」

「わからないけどきっといいことだよ、トリースタ」

 霞の独り言にイーニァが答えてくれる。確かに、PXと聞いて真っ先に浮かんだのは検査入院の慰労で何かおいしいものでも用意してくれているのかと霞も思ったのだ。あたらずも遠からずだろう。

 ふと、先ほどからネージュがしゃべっていないことに気づき様子を見てみると、なにやらそわそわしていた。どうも早く悠平に会いに行きたいらしい。

(私も、早くタケルさんに会いたいです)

 武に早く会いたいという気持ちが募り、霞の歩調が自然と速くなった。PXはもうすぐだ。

 やがて、PXの前にたどり着いた霞はつい首をひねってしまっていた。いつもならば開いたままにされているはずのPXのドアが閉じられており、ドアノブには板がかけられていた。

 

『あけてください』

 

 板にはそう書かれている。

 おかしい。明らかにおかしい。扉は閉じられているが、中からはいい匂いがしている。これは所謂ドッキリというやつであろうか、と霞は中にいるであろう人にリーディングをしたい欲求に駆られたが、先ほど自制することを決めたばかりであるため我慢した。

「どうしたの、トリースタ?早く入ろう?」

 霞がドアを開けるべきか迷っていると、イーニァが思いっきりドアを開いた。その瞬間――

 

 

「「「「霞!イーニァ!ネージュ!誕生日、おめでとうっ!!」」」」

 

 

 基地中の人間が一斉に出したかのような大音量の声が、三人の鼓膜を震わせた。

 三人は目を白黒させ、周囲を見回す。PXの中には大勢の人が集まっており、テーブルには写真でしか見たことがないような料理がたくさん並んでいた。視線を上へ向けてみると『霞・イーニァ・ネージュ!誕生日おめでとう!!』という文字が書かれた横断幕まで飾られていた。

 誕生日。それは霞だけでなく、三人ともがこれまで考えたこともないものだった。つまり、これは――

「まったく、水臭いねぇ!みんなの誕生日を夕呼ちゃんが教えてくれなきゃ三人とも今年の分を祝い損ねちまうとこだったよ」

 京塚曹長が霞たちの肩を叩き、思考が中断される。

「霞ちゃんにいたっては今日が誕生日だっていうじゃないかい。去年は全然気づかなかったよ」

 霞は自分の耳を疑った。今日が霞の誕生日だと、京塚曹長はそう言ったのだ。

 気がつくと霞の前には夕呼がやってきていた。

「あの、これは一体……」

「実はね、御巫がアンタたちの誕生日を教えてくれたのよ」

 夕呼によると、霞とイーニァにはゲームとして設定されていた誕生日が存在しており、資料と照らし合わせることでほぼ確証が得られたという。

 社霞、10月22日生まれ。

 イーニァ・シェスチナ、7月27日生まれ。

 しかし、ネージュだけは設定も資料も存在していないため、このままでは誕生日を祝うことができない。そこで二人の間を取って、9月8日を誕生日とすることになった。

 そして今日、霞の誕生日である10月22日に今年の分を三人まとめて祝うことになったのだ。

「霞、誕生日おめでとう」

「ほら、イーニァも……その、ちょっと遅いけどハッピーバースデー」

「誕生日おめでとう、ネージュ」

 武、ユウヤ、悠平の三人がそれぞれ包装紙に包まれたプレゼントを手渡した。どれも大きさは同じようであり、もしかすると中身は同じものなのかもしれない。

「ユウヤ、開けてもいいの!?」

「あぁ、いいぞ」

 ユウヤの了承を得てイーニァが真っ先に中身を取り出した。それは雪だるまにうさ耳をつけたような、黒色の可愛いウサギのぬいぐるみだった。それを見たイーニァの瞳が嬉しそうに輝く。

「よかったら名前をつけてやってくれるか?」

「えっとね、じゃあ……ミーシャの妹の、サーシャ!」

 どうやらいつも持ち歩いているミーシャの妹になったようだ。

 それを見ていたネージュも悠平に確認をとり、出てきたのは同じ形をした、白いウサギのぬいぐるみだった。ネージュの頬は上気して、言葉もないほどに喜んでいるのがよくわかった。

 そして霞も、恐る恐る武に確認をとり、包装紙から出てきたのはやはり同じ形の、ピンクのウサギのぬいぐるみだった。よく見るとところどころ歪んでいるのがわかる。思わず武を見つめると照れくさそうな表情で頬をかくが、その指には絆創膏が貼られていた。わざわざ手作りで作ってくれたのだ。

「その、ちょっと歪で悪いな。御巫に教えてもらいながら作ったんだけど、やっぱり不器用みたいだ……」

 霞は悠平が人に教えられる程度にはこういったものを作れることに少しだけ驚くも、すぐにもらったぬいぐるみをやさしく抱き締めた。頭が沸騰し、胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。

 必死に、しかし恥ずかしそうに口をもごもごさせた霞は照れくさそうに武を見つめ、

「ありがとう、ございます……タケルさん」

 とても嬉しそうにはにかみながら微笑むのだった。

 




後日、隠し撮りされた霞の笑顔の写真が基地内にものすごい勢いで流通したとかしないとか……

10月22日ってループ以外に何かあったよなーと思って、ストーリーに直接関係ないけど書いてみました。所謂短編的に。

霞メインのお話なのでイーニァとネージュは扱いが少し小さめですね。
一番割を食ったのは医者でしょう。何せすっかり忘れられているのですから……
きっとこの後呼ばれたんだろう。うん、そういうことにしておこう。

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