○次期主力戦術機の決定時期の指摘があったのでちょっとだけ修正しました。
その日の実機訓練が終わると、悠平は待ち構えていた夕呼に引っ張られていってしまった。
「さぁ、たっぷり付き合ってもらうわよ!」
ものすごくいい笑顔であるが付き合うのはただの実験であり、悠平はその実験をずっと拒み続けていた。しかし、今回は事前に言質を取られており悠平に断ることはできなかった。
実験に使用する区画へたどり着いた悠平は周囲を埋め尽くす機材の数々に夕呼の本気の度合いが見られ、すっかり腰が引けてしまっていた。この女は本気なのである。
「……本当にやるんですね?」
「当然よ。そこに可能性があるのにそれを簡単に諦めるなんて、研究者にとっては冒涜よ」
それで人体実験に走ったりする研究者はマッドサイエンティストと呼ばれるのだろう。今回の実験はそう危険なものではないと信じたいが。
「どんなことが起きても知りませんよ?地球が消滅したって知りませんからね?」
「その時は苦痛を感じる暇もなく一緒に消滅してるわよ」
悠平は最後の念押しをするが、夕呼はまったく気にする様子もなく観測機器の準備を終えた。
実験の内容は単純だ。アポーツによって複数の物質を同じ座標へ重ねること。観測結果次第ではこれを幾度も繰り返すことになる。
複数の物質をアポーツで同じ座標に重ねることで起きる現象はまったくの未知数である。夕呼に言質をとられる際はひたすら安全性を説かれた気もするが、爆発くらい起きても不思議ではないのだ。アポーツによって手元に物質を移動させるため、真っ先に巻き込まれるとしたら悠平だろう。苦しむことなく死ぬことができそうだった。
「……どうなっても知りませんよ」
悠平はもうやけっぱちになっていた。せめて、これまでの不安が杞憂であることを祈るだけだ。
「始めてちょうだい」
夕呼の合図で悠平は目の前にある二つの物質を確認した。まったく同じ形状をした、しかし違う素材の物質。緊張から深呼吸しつつ、ゆっくりと前へ手を伸ばす。喚び寄せる物質を強く意識し、認識し、すぐ傍にあるもう一方の物質の座標へ重ね合わせることを意識し、
「……アポーツ」
本来は必要がない言霊を、決意と共に吐き出した。
いつもと同じ、遠くの物質を喚び寄せる感覚。しかし、いつもと違うのは、視界が閃光に包まれたことだった。膨大なエネルギーが凝縮し、結実し、それまで認識していた対象が認識できなくなる。
「こ、これは……っ!?」
夕呼が発生している現象と観測データを見比べながら声を上げる。しかし、その声は恐怖によるものではないのは気のせいだろうか。
この何が起きているのか分からない現象に不安を感じていると、少しずつ発光現象が収まり始めたことに気づく。どうやら先ほどまで感じていたエネルギーが暴発する、といったようなことは起きないようである。
やがて謎の現象が終息するとそこにあったのは、現象が起きる前とまったく同じ形をした物質だった。しかし、
「……ふふ……ふふふっ……あーっはっはっはっはっはっ!」
一体何が起こったのかと悠平が呆然としていると、突如夕呼が高笑いを始めた。
「アンタ最っ高よ!まさかこんな現象にお目にかかれるなんて思ってもいなかったわ!」
夕呼は悠平に観測の結果を興奮した口調で伝え始めた。
悠平がアポーツによって二つの物質の座標を重ね合わせた瞬間、二つの物質はそれぞれ
「さしずめ量子融合現象、とでも言ったところかしら。我ながら安直なネーミングだけど、そうとしか言いようがないわね。詳しく調べてみないと分からないけど、これによって生まれた物質は融合前の物質とはまったく違うはずよ」
夕呼によると悠平の能力の根源は物質の量子化と再構成ではないかということだった。もしこの仮説が正しいとするならば、悠平がこの世界にやってくることができた理由も推測が立つという。
それぞれの世界には因果律が流入する小さな穴が開いているらしい。悠平の自論であったあの仮説が正しいのならば、元々この世界へ通じる穴は最初から開いていた可能性がある。悠平は自らを量子化することでその穴を通り、この世界へやってきたのだ。
悠平は量子化という言葉を聞いて、
(まさか、自分がそんなとんでもないことをしていたなんてな……)
悠平が新たに発覚した事実に難しい顔をしていると、ふとあることに気がついた。
量子化することで世界の穴を通り、この世界にやってきた。つまり、同じことができれば元いた世界へ帰ることも可能なのだ。
「……帰りたくなったかしら?」
夕呼もそのことに気づいていたようで、そう尋ねてくる。しかし、
「――いえ、あの世界にはそんなに未練はありませんし……こっちに守りたいモノもできてしまいましたから」
それはこの世界に骨をうずめるという決意。元々、自分が住んでいた家に自分以外の者は
それを聞いた夕呼は恥ずかしいやつとでも言いたそうな顔で、しかしどこかやさしい目で悠平を見ていた。
「……そ。じゃあ実験の続き、行きましょうか」
「え、まだやるんですか……?」
「当たり前でしょ?データはいくらあってもいいのよ。それに、これをうまく利用できればブレイクスルーだって夢じゃないわよ」
悠平はまだ不安を取り除ききれてはいないが、データを見る限り量子化による融合で爆発事故は起きないと言われ、腹をくくるのだった。
武はここ数日、どこか疲れた様子の悠平を少し心配していた。悠平が言うには夕呼の実験によるただの気疲れらしい。
そして武は今、その夕呼に呼び出されハンガーへ向かっている途中だった。執務室へ呼び出されるのならばいつものことではあるが、ハンガーに呼び出されたことなど数えるほどしかない。一体何の用なのかと首をひねっているといつの間にかハンガーにたどり着いていた。しかし、なにやら騒がしい。
周りを見回してみると整備班が慌ただしく作業をしており、夕呼がそれを直接指示していた。
「あら、やっと来たのね」
武に気づいた夕呼が声をかけてくる。
「直接作業の指示をするなんて珍しいじゃないですか。それで、俺に用って何です?」
武が尋ねると夕呼は悪戯っぽい笑みを浮かべた。また何か思いついたのだろうか。
「気づかないかしら?ハンガー内を良く見てみなさい」
夕呼に言われてハンガー内を見渡してみる。ハンガーには整備中と思われる計
(うん?六機だって?)
武、悠平、ネージュ、ユウヤ、イーニァの五人しかいないため、不知火は五機のはずだ。しかし、不知火はもう一機存在している。しかもこの不知火、良く見てみるとあちこち形状が違うのだ。
見慣れない不知火に武が首をひねっていると夕呼が答えを教えてくれる。
「こいつは不知火・弐型。あのブリッジス少尉がテストパイロットを務めた日米合いの子よ」
武は目の前にあるこの不知火が噂の弐型であるとようやく気づいた。不知火・弐型は帝国の次期主力戦術機候補の一つである。しかし、何故そんなものがここにあるのか。
「こいつは、殿下からアンタへの誕生日プレゼントだって贈りつけてきたのよ。アンタ相当気に入られてるみたいね」
夕呼がさぞ面白そうに理由を教えてくれる。
(……待て。殿下だって?)
殿下こと煌武院悠陽は征夷大将軍であり、現在の日本帝国の象徴でもある。武はかつて帝国で発生したクーデター――12・5事件の折に接点を持ち、武に足りなかったものを教えてくれた者の一人だった。
しかし、双子の妹である冥夜を結果的にとはいえ守ることができなかったため、多少なりとも負い目があった。そんな武にわざわざこんなプレゼントを送ってくれるとは思ってもいなかったのだ。
「これでますますがんばらないといけないわね」
夕呼が挑発するように黙り込んでしまった武に声をかける。
「……えぇ。ここまで期待されちゃ、がんばらないわけにはいきませんよ」
これまで自らに様々なことを教えてくれた者たちの言葉を己の内で反芻し、武は拳を握った。
霞はハンガーの入り口に隠れ、わなわなと震えていた。
(殿下からのプレゼントが不知火・弐型……っ?)
霞も悠平とネージュに協力してもらって武の誕生日プレゼントを用意していたが、殿下の圧倒的な贈り物にすっかり圧倒されてしまっていた。
衛士である武に新鋭機である不知火・弐型は非常に嬉しい贈り物だろう。それに比べると、霞は自分が用意したプレゼントが霞んで見えてしまっていた。
(……いえ、大丈夫です。あんなに恥ずかしい思いをして用意したんですから、タケルさんもきっと喜んでくれます)
霞は気を取り直して、武が一人になったときに渡すため一人勇気を振り絞る。
不知火・弐型に新型関節を実装することを夕呼から聞いた武は弐型に乗れる日が来るのが楽しみになっていた。
弐型の話はユウヤから聞かされており、以前から一度乗ってみたいと思っていたのだ。
年内には夕呼が手配した残り四機の弐型も搬入されるという話だ。弐型での新型関節運用データは後に帝国軍で行われる弐型運用テストのデータとの比較に使用されるらしい。
武は自室に戻る道を一人歩いていると、背後に誰かの気配を感じた。
気になり振り返ってみると、通路の影からうさ耳のようなものがひょっこり覗いていた。
「何やってるんだ、霞?」
声をかけるべきか少し悩んだ結果、声をかけることにした。何か言いにくいことでもあるのだろうか、恐る恐るといった感じで霞が姿を見せた。
「あの、タケルさん……その……」
頬を赤く染め、もじもじしながら霞が上目遣いで見つめてきて、武は己の心臓が跳ね上がるのを感じた。
やがて意を決したのか、ぎゅっと目を瞑った霞は何かを武に差し出した。
「誕生日、プレゼントです……よければお守りにしてください」
武は差し出されたものを受け取って絶句してしまった。
霞からの誕生日プレゼントは写真だった。そこはいい。しかし、写真の中の霞は頬を恥ずかしそうに染め、大事なところがきわどいレベルで隠された、ほとんど肌色しか見えない写真だった。
「戦士はこういうものをお守りにするって、ミカナギさんが教えてくれて……ネージュに撮ってもらったんです」
武が固まっていると霞が恥ずかしそうにもじもじしながら経緯を教えてくれるが、ほとんどが武の耳を素通りしてしまっていた。
銀髪美少女のヌード写真をお守りにするのは非常に恥ずかしく、しかし、霞のお願いを断ることもできない武は長い葛藤の末、誰にも見つからないようにこっそり持ち歩くことを霞に約束した。
2002年も終わりを迎えようとする頃、ハンガーには五機の不知火・弐型がその勇壮さをアピールするかのように屹立していた。ユウヤはその懐かしい姿を見てある疑問を覚えていた。
「日本はフェイズ2を候補に採用していたはず……でも、これはフェイズ3じゃないのか?」
そう、このハンガーに立っている不知火・弐型は全てフェイズ2ではなくフェイズ3の姿をしていた。フェイズ3は盗作の疑いがかけられ、結局帝国では弐型フェイズ2の採用が決まったはずなのだ。ユウヤが疑問に思うのも無理はない。
「中身はフェイズ2のままでフェイズ3なのはほとんど
疑問に答えてくれた夕呼が説明を続けていく。いわく、来年に行われる予定である甲20号――鉄原ハイヴ攻略作戦において新型関節実装型と通常型の性能比較運用テストが行われるのだという。しかし、フェイズ3の形状のほうが今後のことを考えて都合がいいことに気づいた夕呼が新型関節実装型のほうだけフェイズ3の見た目に換装させたのだ。無論、それに合わせて中身も多少いじってあるため、実際には不知火・弐型フェイズ2.5改とでもいうべき代物になっている。これで問題は起きなかったのかと問うが、製造時にかかる手間やコストに変化がないことは確認済みであり、この結果次第でフェイズ2.5改が採用される可能性もあるという。なお、盗作疑惑に関しては夕呼がすでに対策済みであり、疑惑のあった機能さえ実装しなければ問題ないことになっている。
ユウヤは夕呼の手回しのよさに身震いしたが、久しぶりに
「またよろしくな、相棒」
ユウヤはかつての仲間たちと共に育て上げ、そして現在の仲間たちと共に集めたデータから誕生した新たな相棒に期待を寄せていた。
フェイズ2よりフェイズ3出したかったんです。
霞の大胆さが爆発しました。あんな写真持ってるところを他の人に見られたら殺されそうですね……
そして主人公の能力。初期設定では割と普通のテレポーターだったのに、ついやってしまいました。これでますます主人公がチートくさく……まぁ元からだし、いいか。……いいよね?
○追記
フェイズ3の見た目を選んだ理由をでっち上げる関係で言い回しを若干修正しました。
そのうち理由も明かされると思うのでご都合主義的にお待ちください(ぉ