○能力の制限に関して一部修正しました。
脳髄を膨大な量の電流が駆け巡り、意識がスパークする。己の体の感覚さえ定かではなく、わずかに指先がディスプレイに触れているという感覚だけが意識を冷静にさせていた。
一瞬にも永遠にも感じられた暴力的なエネルギーが悠平の中で力をなくし、体の感覚が正常に戻りつつあるのを感じたころ、悠平の目の前にあったのは無残にも焼け焦げ、使い物にならなくなったであろう己のパソコンだった。
パソコンには録画したもののまだ見ていないアニメや大学のレポートが保存されていたためこれはマズイ、と焦る悠平は自分をなでる冷たい風にわずかに冷静さを取り戻した。
そこでおかしなことに気がついた。悠平は自分が自室の窓を開けた記憶はない。ならばこの冷たい風はどこから吹いているのか。
周りを見渡してみると、まず壁がなかった。壁がないのならば風を防げないのは当然だ。何も問題はないと判断し、
「ってそんなわけあるかぁぁぁぁぁあああああっ!?」
己の身に起こったあまりの理不尽に絶叫を上げた。
よく見回してみると壁がないのではなくパソコンデスクごと
どこかの路地裏らしく、路地の先には建物の一部が見えている。しかし、その建物はよく言えば研究施設。悪く言えば収容所といったようなイメージがぴったりくる外観をしていた。そして、路地の先にはこちらを見て呆然としている男が一人。
悠平はさもありなんと思った。何もない場所に突然人とパソコンデスクが出現したのだ。転移する瞬間を見られたのならばあの呆け顔も納得がいくのである。
困り顔でさっさとテレポートして逃げてしまおうかと思っていると、男は思い出したように
(もしかして、ここは外国なのか?それも銃なんてものが必要な施設……軍事施設とか?そういえば風が
明らかに自分の能力の限界を超えたテレポートを行ったらしいことに気づいた悠平は口の中で毒づき、男から死角となる位置の建物の屋上へ転移した。目の前から悠平が消える瞬間を目の当たりにした男はかわいそうになるくらい喚きながら混乱しているのが悠平の位置からはよく見えていた。
男が口にした言葉から現在いる場所がどうやらロシアらしいことに当たりをつけた悠平は日本に戻るために、施設にあるであろう食料や衣類をこっそり借りることを決め施設内を少し探る事を決めた。借りるだけならばアポーツで取り寄せれば済むことなのだが、こういった施設を見たことがなかった悠平は施設そのものにも興味があったのだ。
そしてテレポートを自在に扱うことができる悠平にとって、密航や潜入捜査はあまりにも簡単なことだったのだ。
施設内をこっそりと、しかし堂々と見て回っていると非常に重厚な雰囲気のあるエリアにたどり着いた。分厚そうな鋼鉄製と思われる電子ロックの扉の前には守衛と思しき男が二人と将校らしき背の高い男が一人、何かを話していた。
断片的に聞こえてくる単語からどうやらここが何らかの実験施設であり、重厚な扉の向こうには実験対象の
人体実験。それは現代社会では忌むべきものであり、倫理にもとる行為だ。あの必要以上に重厚な扉は実験体を逃がさないためのものなのだろうと判断できた。
知らず奥歯をかみ締めていると、悠平の耳に再び会話が届いた。一度は海外に憧れ勉強したものの、残念な語学力を自覚させられるだけだった悠平の頭では一部の単語を聞き取るだけで精一杯だったが、聞き取れた単語から連想されるものはとても不愉快なものだった。
実験。少女。失敗。不要。処分。
悠平は分厚い扉の向こうにいるらしい少女に、自分が辿るかもしれなかった未来を重ねて見ていた。
アポーツで扉の向こうから少女を取り寄せれば簡単に助けることが可能だが、悠平にその選択肢はない。
悠平の能力には制限がある。
悠平がアポーツによって取り寄せることができるのは
ならばどうすれば少女を助けることができるか。答えは扉の向こうにテレポートすることだ。もっとも、扉の向こうがどうなっているのか悠平にはわからず、実験の内容次第ではその少女が人の形を保っているかもわからないのだが。
そこまで考えて悠平の中では処分されようとしている少女を助けることが確定していることに気づき苦笑した。
悠平にはテレポートという最高の逃走手段がある。扉の向こうに転移した瞬間に殺されでもしない限りは逃げ切ることは簡単だろう。
そう考え、将校と守衛の会話がまだ続いているうちに悠平は音もなくその場所から姿を消した。
その少女は幾重にも施されたセキュリティの内側に囚われていた。監視カメラ、赤外線、網膜識別、電子ロック。他にもあるだろうが、これ以上挙げても意味はない。
少女を直接監視しているのは監視カメラだけだが、少女のような存在を閉じ込めておく
伸び放題の白銀の長い髪を床に垂らし、細い肢体で寒さに堪えるようにゆるくひざを抱え、床を見つめつつも何も見ていない少女の瞳にはまるで力がなかった。
どれだけ前だったか少女は覚えていなかったが、少女は近く処分されることが決定していた。
少女に恐怖はない。だが、生への執着もない。無気力。無関心――否、ひとつだけだが少女には気になることがあった。
少女には同時期に生み出された多くの姉妹が存在する、らしい。らしい、というのは少女が欠陥品であり早くから隔離されていたため、姉妹の誰とも会ったことがないからだった。どれだけの数が生き残っているのか、それとも自分が最後の一人なのかさえ少女は知らなかった。だが、それにももう特に関心があるわけではない。
もうすぐ終わる。そのことが重厚な扉の向こうに人の気配を感じさせた。どうやら本当にもうすぐ自分は死ぬらしいと理解し、少女は――
――自分の前に立つ一人の男のヴィジョンを幻視した。
どうやら
わずかな時間を置いて、その男はやはりヴィジョンのとおりに少女の前に現れた。だが少女は顔を上げない。目を向けない。興味がない。関心がない。意味がない。たとえ男が現れたときに扉が開いた音が
男が動く気配がした。だが、少女は動かない。
そして男は、
「――助ける」
へたくそなロシア語でそう言って、少女の手を取った。
少女にはその男が言った言葉が理解できなかった。そして、自分がいつその男に手を伸ばしていたのかも、少女には理解できなかった。
ただ、少女の手を握る男の手の大きさと温かさがとても印象的で――
この手を離したくない。
それが、少女に生まれた初めての欲求だった。
水とレーション、防寒具や寒さをしのげるであろう寒冷地用らしきテント、このあたりのものと思われる地図やその他に必要になるかもしれない道具、それらの荷物を持ち運べる軍用のリュックを手に入れた悠平はその後、誰にも遭遇することなく少女を連れて施設を脱出した。
地図と周囲の地形を見比べながらテレポートによる転移を繰り返し、一晩をテントで過ごした悠平たちは一番近くにある町にたどり着いた。
どうやら人はそれなりにいるらしく、ロシア語よりはましな英語が通じるかわからないという問題を除いて現在地の情報を聞くのに困ることはなさそうだと判断し、悠平はバーと思われる店の前を掃除している二人の男性に声をかけようとした。
しかし、悠平が彼らに声をかけることはなかった。彼らが掃除をしながら
慌ててバーの前から離れた悠平は途方にくれていた。彼らの話していた内容が確かならば、
ここは――2002年1月7日の北アメリカ。
ここまではいい。実際のところ良くはないのだが、このあとに続く情報のほうが悠平には衝撃的だった。
そう、ここは、この世界は――
桜花作戦が終了した後の、マブラヴオルタネイティヴの世界。
悠平はわけもわからず激しくなった動悸に胸を押さえ、そんな彼の手を握る白銀の少女は虚ろながらもどこか心配そうな瞳で悠平を見つめていた。
主人公とヒロインが出会いました。
このヒロイン、わかる人はもうどういう存在かわかってるかもしれませんね。
さて、このペースでどこまで進めるか……まぁ、まず完結までは無理ですね。