この手を伸ばせば   作:まるね子

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過去最大の文字数です。理由のこじつけは大変だぁ……


第二十一話「明かされるもの」

 モニターに映し出されたものを見て、武たちは驚いた声を上げた。

「XG-70e――凄乃皇・伍型よ。今回、アンタたちにはこれの護衛をしてもらうわ」

 横浜機関は7月にサハリン沿岸で日本帝国軍・ソ連軍の共同のBETA掃討作戦に参加することとなった。元々は8月に実施される予定だったが、凄乃皇・伍型の荷電粒子砲試射テストを行いたいことを両軍に伝えたら一ヶ月前倒しになったのだ。

「すげぇ……もうここまで完成していたのか!」

 武は感嘆の声を上げた。しかし、護衛を任せるということはパイロットは別にいるのだろうか、と考えていると夕呼がその疑問に答えてくれた。

「通常機動のテストは問題なかったんだけど、荷電粒子砲発射時に搭乗者を()()()()にするわけにもいかないからまずは無人による試射でデータを集めるのよ。さすがに無人での運用には限界があるから、有人での運用は安全性が確認された後になるわ」

 そういうことらしい。ついでに、有人運用テストのパイロットは四型の操縦経験がある武と霞だということも知らされた。複座で制御を分担しているようだ。

「なぁ、燃料にG元素を使うって話だったが、そのあたりは大丈夫なのか?」

 ユウヤが疑問を呈するが、確かにそのとおりだ。鉄原ハイヴの攻略でいくらかG元素は手に入っただろうが、一度の戦闘で消費するグレイ・イレブンは相当量必要だったはずだ。テストで使い切ってしまえば意味がない。

 しかし、夕呼は不敵な笑みを浮かべている。

「それなら、御巫が解決済みよ。凄乃皇・伍型に搭載されている新型の抗重力機関――ミカナギ型はグレイ・イレブンを燃料として消費しない、画期的な機関なの」

「ミカナギ型って……」

 武とユウヤが驚いたように悠平を見ると、どこか照れくさそうな顔で頬をかいていた。夕呼から任されていた研究というのがこのミカナギ型抗重力機関なのだろう。

 凄乃皇・伍型は120mm電磁投射砲二基、36mm電磁投射砲四基、36mmチェーンガン八基、多目的VLS二十四基、そして主砲である荷電粒子砲を装備している。四型では搭載が間に合わなかった電磁投射砲が搭載されているのだ。これだけでも相当な戦力向上といえるだろう。

「機体から10mの範囲にラザフォード場が展開されるのは従来型と同じだけど、その範囲に入った味方を重力偏差に巻き込まないように調整が行われているわ。ただし、システムの都合上、四型のようにラザフォード場の形をその場で変えて味方を包み込む、なんていうような複雑な制御はできないわ」

 凄乃皇・伍型のラザフォード場の設定は大きく分けて、通常展開・荷電粒子砲発射体勢の二種類が存在する。しかし、武の知る限りにおいて荷電粒子砲の使用後は再発射が可能になるまでの間はラザフォード場が最低限の機動制御に必要な分を残して消失するという弱点があった。ところが、

「この凄乃皇・伍型には二基のミカナギ型抗重力機関が搭載されていて、荷電粒子砲発射後に存在したラザフォード場消失時間を限りなくゼロに押さえ込むことを可能にしたわ」

 そう、ラザフォード場が消えない。つまり、従来の凄乃皇に存在した弱点が克服されているのだ。

「でも、弱点がないわけじゃないの。ラザフォード場の出力自体は従来のものと同程度なんだけど、主機にかかる負担が大きくなってるから複数のレーザー照射を受け続けると主機が持たない可能性があるわ」

 夕呼が言うには、この凄乃皇・伍型単機でハイヴを落とすことは難しいということだった。超重光線級のようにラザフォード場でも耐えられない可能性があるレーザーを照射するような怪物がいるかもしれない以上、単機での攻略は確かに無理があるだろう。かといって戦術機と組ませても桜花作戦の時のように足の遅さがネックとなり、その巨体ゆえにハイヴによっては通ることが難しい横坑もあるだろう。

「そこで御巫は将来的に凄乃皇を戦術機をハイヴまで輸送する空中戦艦にしようと考えているのよ」

「――っ!?」

 現状、空中への攻撃を行えるBETAは光線属種だけであり、それを片付けてしまえば再び光線属種が現れるまで空中は安全地帯になる。そこで凄乃皇を地表のBETAを一掃する戦力として用い、同時にハイヴの入り口まで安全に戦術機部隊を輸送させようというのだった。

 多目的VLSのAL弾頭ミサイルで重金属雲を発生させ、遠距離からの荷電粒子砲でハイヴごと地表に展開しているBETAを攻撃。残りのBETAは地上に展開した部隊と装備されたチェーンガンや電磁投射砲で排除しつつ、背部の輸送用カーゴに搭載した戦術機部隊をハイヴまで送り届けるというものだった。ラザフォード場を持つ凄乃皇ならばハイヴに多大なダメージを与えた後に無傷で戦術機を突入させることができるのだ。場合によってはハイヴ内に一緒に突入し、カーゴ内に設置した補給コンテナで戦術機部隊の補給を行いながら制圧していくこともできるだろう。

 凄乃皇を運用する唯一の部隊、横浜機関ならではの運用方法と言えた。これが実現できればハイヴの攻略が容易になるだけではなく、海からの支援砲撃が届かない内陸部でも非常に有効なものになるだろう。

 もっとも、あくまで将来的にであって、当面はハイヴの地表部分での殲滅兵器として運用することになるようだ。輸送用のカーゴも取り付けられるようにはなっているが、まだ作られてはいないらしい。

(すげぇ……夕呼先生に研究を任されるくらいだからすごいとは思っていたけど、これほどだったなんて……)

 衝撃に震えている武たちを見て、夕呼はさらに言葉を続けた。

「試射テストの結果次第では、ソ連軍が実施しているエヴェンスクハイヴ攻略作戦で有人での実戦テストを行うことになるからそのつもりでいて」

 エヴェンスクハイヴ。それは一年前に武たちが不知火・改で参加した東シベリア奪還作戦で、しかし届くことのなかったハイヴだ。試射テストが成功に終われば、地上戦は非常に有利になるだろう。そうなれば今度こそ、あの極寒の大地を人類の手に取り戻せるかもしれない。

 武は知らず知らず作っていた拳に力がこもるのを感じた。

「……あ、そうそう。御巫とブリッジス、ダブルシェスチナは昇進してみんな中尉になったから」

 名を呼ばれた四人は思わず唖然としていた。錬鉄作戦での功績らしいが、すでに二ヶ月以上経っている。

(そういうことはもっと早く言ってください、先生……)

 武の心の声に霞が頷いて同意を示してくれた。

 

 

 サハリン沿岸で実施されたBETA掃討作戦は、これまでにないほど迅速に終了を迎えた。凄乃皇・伍型があまりにも圧倒的過ぎたのだ。

 数発の荷電粒子砲の連射によって大部分のBETAが蒸発。発射後も途切れないラザフォード場によって生き残ったわずかな光線級のレーザー照射は捻じ曲げられ、安定した制御を見せ付けた。まさに完全な凄乃皇だったのだ。

 その結果、展開していた戦術機部隊はわずかに残ったBETAの掃討を行うに留まり、戦術機の損耗は一桁、戦死者は皆無という快挙を成し遂げた。地中侵攻がなかったわけではないがハイヴ攻めをしていたわけでもないため数は多くなく、多大な被害が出る前に凄乃皇や弐型改全機に装備された電磁投射砲によってあっという間に()()されてしまったのだ。

 無人による遠隔制御でこれだけの戦果を挙げた凄乃皇は徹底的な調査の結果特に欠陥もなく、8月のエヴェンスクハイヴ攻略作戦に参加することはすぐに決定された。

 大成功といえる戦果を持ち帰った悠平たちは数日後、夕呼の執務室に呼び出されていた。

 執務室に集まった悠平たちを出迎えたのは、珍しく真剣な空気をまとった夕呼だった。どうやら重要な話があるようだ。

 重苦しい空気に思わずのどを鳴らすと、夕呼重々しく口を開いた。

「……今日アンタたちに話すのは、この横浜機関が設立された理由を説明するためよ」

「設立の理由って……凄乃皇の開発と運用じゃないのか?」

 ユウヤが首をひねり、武も頷いた。

「確かにそれ()大きな理由よ。凄乃皇が運用できればハイヴ攻略はかなり楽になるんだしね。でも、それだけじゃ様々な国から支援を受けてまで横浜機関を設立する理由には足りないのよ」

 悠平はここまで聞いて、すでにある程度理由に予測がついていた。そして、それが正しいことが夕呼の言葉で証明される。

()()()使()()()()()。それがこの機関が設立された最大の理由」

 武とユウヤの顔が目を丸くする。ネージュとイーニァも二人ほどではないが驚いているようだ。

「ちょっと待ってくれ。それじゃあこの機関にアメリカは関わっていないって言うことか?」

「ええ、そうよ。元々アメリカの愚かな暴挙を止めるためのものだしね」

 それを聞いて武はハッとした表情を浮かべていた。どうやらオルタネイティヴ5のことを思い浮かべたらしい。

「そういえばブリッジスは知らないんだったわね。なら、ここは一度説明しておきましょうか。この機関のことを説明するのに必要だし」

 そうして夕呼は粛々と話し始めた。

 オルタネイティヴ計画。BETAとのコミュニケーション方法を模索するためスタートした計画。だが、オルタネイティヴ2が終了するまでに分かったのはBETAが炭素系生命体であるということだけ。

 オルタネイティヴ3についてはここにいる者たちに深く関係があるものだ。BETAの思考リーディングを目的として生み出された人工ESP発現体の研究。しかし、その計画もろくな成果を出すことなく終了した。

 そして、オルタネイティヴ4の候補に挙がった二つの計画。日本が主導する計画と、米国が主導する計画。

 日本が主導したのは、生体反応ゼロ、生物的根拠ゼロである00ユニットによってBETAから情報入手を試みるというもの。そしてそれは見事に完遂され、BETAからBETAの目的やハイヴのデータ、命令系統やBETAを生み出した創造主の情報までえることができた。

「その、00ユニットってやつも気になるが……アメリカはどんな計画を立てていたんだ?」

「簡単なことよ。ハイヴにG弾ぶち込んで最終決戦、全人類から選ばれた十万人は移民船で地球からさよなら。移民船での脱出はおまけのようなものね」

 米国はG弾を使いたがっているだけ、そう言って夕呼は呆れたように肩をすくめた。もっとも、この計画は第四計画が日本主導になったことで米国が予備計画としてごり押しして残したのだが。

「……あれ?ちょっと待ってください、夕呼先生。今、オルタネイティヴ計画って……()()()()()いるんですか?」

 すっかり閉口してしまったユウヤを尻目に、武は夕呼に疑問を投げかけた。

「――続いているわよ。当然、空の上ではまだ移民船が作られているわ」

 武は驚愕した。あの最悪の計画がまだ続いていると言われたのだから当然だろう。

「この後、BETAを確実に殲滅できるか確証がない以上、オルタネイティヴ5が続行されるのは当然といえば当然ね」

「そ、そんなこと言ってる場合じゃないじゃないですか!?このままじゃ、G弾が――」

「いや、G弾は使われない……というか使わせないための、この横浜機関なんじゃないですか?」

 焦る武をなだめるように悠平は推測を口にした。

「あら、さすがに気づいたわね」

 夕呼はよくできましたとでも言うような笑みを浮かべた。

「この横浜機関は正式名称・オルタネイティヴ()()計画と呼ばれているの。予備計画であるオルタネイティヴ5に好き勝手させないためにね」

 そのため横浜機関にはオルタネイティヴ権限と同等の権限が与えられており、その性質から米国を除く多くの国や反オルタネイティブ派から支援を受けているのだ。

 もっとも、オルタネイティヴ5推進派の大部分はオルタネイティヴ4完遂によって人類が優勢に立ちつつある状況に鞍替えしつつあり、勢力はかなり減退していると言う。

 各国は支援の見返りに戦術機の発展に役立つ技術の提供を受けたりしているわけだが、支援する理由はそれだけではない。

 夕呼はモニターにとあるシミュレーション映像を表示した。

「これはG弾によるハイヴ一斉攻撃が行われた場合に何が起きるかをシミュレーションしたものなんだけど……とんでもないわよ」

 ユーラシア大陸に大量のG弾が投下され、重力異常が発生する。ここまでは武とユウヤも予想していたとおりだった。だが、ここからが問題だった。

 各地に起きた重力異常が共鳴しあい、増大し、地球上の海水が一極集中を開始、ユーラシア大陸が水没していく。海水がなくなった跡地は塩の砂漠となり、気象環境も激変していた。

「このシミュレーションの結果、現存する食料生産地も大部分が壊滅。人類同士で食料の奪い合い、殺し合いが始まるわね。しかも最悪なことにBETAを殲滅しきることができず、その状態でBETAとも戦うことになる可能性が高いわ」

 そう言って、夕呼は皮肉げな笑みを浮かべた。これは悠平がアンリミテッドの後日談で知った情報から夕呼がシミュレーションした結果であり、これが各国の首脳陣や一部の者たちに公表されたのだ。何が何でも阻止しなければならなくなるだろう。

 そして、その抑止力として最も最適だったのが凄乃皇なのだ。

「これだけ聞くとかなり厳しい状況に感じるけど、実際はオルタネイティヴ5の抑止力としてさえ機能していれば、最悪地球からBETAをたたき出すまで凄乃皇が完成しなくてもよかったのよ。G弾を使わせないことが第一だったし、凄乃皇は月でも火星でも使えるんだからそれまでに完成すればよかったのよ」

 事実、すでに凄乃皇なしでのハイヴ攻略に成功しており、凄乃皇自体も完成に至ったことでますます抑止力は強くなった。もはやオルタネイティヴ5が息を吹き返すことはないと言えるだろう。

 しかし、夕呼はまだ続きがあるとでも言いたげな顔をしていた。

「オルタネイティヴ5自体は確かにもう惰性で移民船を作っているような状態よ。でも、オルタネイティヴ5過激派の残党が不穏な動きをしているみたいでね。それを潰してやりたいのよ」

 オルタネイティヴ5過激派の一部の米国至上主義者たちが横浜機関から未公開の技術を奪取しようとしたり、妨害工作を行っているらしい。一年前の東シベリア奪還作戦で襲撃してきたラプターもそれと関係がある可能性があると言う。

「人数自体はそれなりに絞り込めて入るんだけど、誰が本命なのかいまいちわからないのよねぇ」

 副大統領や米軍中将から戦術機メーカーの重役まで様々だ。全員潰すなんてことをすればそれこそ米国と戦争になりかねないのだ。

 中心になって動いているのはどうやら一人らしいということまでは分かったが、そこ止まり。それ以上の情報が手に入らないのだ。

「……あ、もしかして弐型改をフェイズ3の外見にした理由って、そいつらを挑発するためなのか!?」

「当然、それも理由の一つね」

 ユウヤの言葉に夕呼が応えた。

 日米共同で改修された不知火・弐型フェイズ3はかつて盗作疑惑が浮上したいわくつきの機体だ。それと同じ外見の機体が活躍していればそいつらも面白くないだろう。

 おそらく、凄乃皇も同じだ。元は米国で開発されたものであり、それを自分たちではなく別の国の人間が運用して戦果をあげるのは実に面白くないだろう。

 もっとも、米国至上主義者たちが不穏な動きを見せているから叩く気になったのか、夕呼が挑発とも取れることをはじめたから不穏な動きを見せたのかは悠平にはわからないが。

「凄乃皇が完成した今、やつらが行動を起こしても不思議じゃないわ。それこそXG-70は自分たちのものだから返せ、くらいは言ってくるでしょうね」

 だが、動きを見せた時が尻尾を掴むチャンスでもある。そう続け、夕呼は悠平たちにエヴェンスクハイヴ攻略作戦の際には注意するよう促した。

 




横浜機関の真実が明かされました。
設定的にはつたないところもあると思いますが、まぁこういう展開もあるんじゃないかなーと。

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