この手を伸ばせば   作:まるね子

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前話の評判は思ったとおりでした。
問題はここから盛り返せるか……先はまだ長いのでどうなるかは分かりませんが。


第二十四話「崩壊の序曲」

 エヴェンスクハイヴに現れたラプター部隊から手がかりでもつかめればいいと思っていた武は、夕呼がそこから本命を掴んだことを知って驚いた。オルタネイティヴ4当時に行われた妨害の周到さや陰湿さを嫌と言うほど味わってきたため、あまりにあっけない幕引きに拍子抜けしたのだ。

 どうやら一人特に無能な者がいたらしく、そいつが足を引っ張っていたという。その男は米軍中将という地位を剥奪されることがすでに決まっており、他の者についてもそれぞれ責任を取る形で話が進んでいる。その中でも中心となって活動していた()()はこれまでのことを全て認めたうえで、アメリカと世界の発展のために誠実に向き合っていくことをあちこちに表明しているらしい。各国の政府からは辞任を要求する声が上がっているが、それ以上にその誠実な態度に今後を期待する声が上がっていた。

 夕呼はやりにくそうな表情をしながら、アメリカが正式に横浜機関に支援を行うことを決定したことを教えてくれた。G弾についても一つ残らず横浜機関へ提供し、凄乃皇の増産に役立ててもらうことを決定したというのだからますます驚いたものだ。今はG弾の移送準備を進めており、年末には全てのG弾が横浜機知へ集められるということだ。

「これで横浜機関の設立目的だったG弾使用の抑止力、っていうのは完全に果たされることになるんだな……」

 呆気ないものではあったが、それは歓迎すべきものだ。これであのシミュレーションのような大海崩と呼ばれる災厄を招くことはないのだ。

 武は思わず笑みを浮かべた。凄乃皇が増産されればBETAを地球からたたき出すだけではなく、月からも排除することが現実的になるのだ。

(間違いなく、人類は救われる……!)

「おーい、タケル!ボーっとしてないでこっちを手伝ってくれ!」

 一人ニヤニヤしていた武にユウヤが声をかけた。作業の途中だったことを思い出した武は、慌ててユウヤの手伝いに走った。

 昨年のウケが良かったため、今年も霞、イーニァ、ネージュの三人の誕生日をまとめて盛大に祝うことになったのだ。

「プレゼントの用意、ちゃんとできたか?」

 ユウヤが飾り付けをしながら尋ねてくる。武はもちろんバッチリだと応えた。

 今年のプレゼントは悠平が実験で作り出したダイヤモンドのような輝きを持つ結晶を加工し、ペンダントの形にしたものをそれぞれ用意していた。身につけられるものがほしいと三人に要求されたからだ。

 武は生来の不器用さからあまり複雑な形を作ることができず、なんとかハート型に加工するのが精一杯だったが、元々の美しさがそれをカバーしてくれているため見た目は非常にいいものに仕上がっている。

 ユウヤに頼んで作った物を見せてもらうと、結晶は躍動感のあるイルカの形をしていた。意外と器用なようである。悠平の作ったものは武が作る時に見せてもらったが何かの花の形をしており、美術品のような美しさがそこにはあった。悠平が言うにはかけた時間の違いらしいが、時間をかけたからといって同じように作れる自信は武にはない。

 そんなことをしながら武たちはパーティーの準備を進めていった。今年も霞たちの喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。

 

 

 男は脂ぎった顔からさらに冷や汗を流しながら、肥満によるだらしない体を椅子に預け揺らしていた。

 その男は自らを自国の英雄だと認識していた。英雄であるからこれほどまでの地位に上り詰め、世界を救う聖剣を託されたのだと思っていた。英雄なのだから何をしても最終的には勝利で彩られ、誰もが賞賛を送るのだと信じていた。

 しかし、その男は今、剣を取り上げられ、その地位までも失おうとしていた。これでは未来で得られたはずの賞賛も得られるものではない。

 魔女が男の国から掠め取った聖槍を我が物顔で使用し、多大な賞賛を得ていることも男にとっては忌々しいものだ。あれも元は己の国で生み出されたものだ。ならば速やかに返却するのが正しい行いだろう。しかし、それ以上に忌々しいのは他の国が聖剣の材料を手に入れつつあり、それを魔女にプレゼントしていることだ。これによって魔女は聖槍を増産してますます世界から賞賛され、聖剣は悪だとして鋳潰され、聖槍に作り変えられてしまうだろう。

 男はなんとか聖剣の優位性を示さなければならないと思っていた。聖剣が聖槍より優れていることは紛れもない事実なのだ。聖槍ではあの悪魔を滅ぼすのにまだまだ時間がかかるだろうが、聖剣ならばあっという間に片がつくのだ。そんな考えばかりが男を支配していた。

 聖剣を使って世界を見返さなければならない。しかし、五十近くあった聖剣はすでに男の手元にはない。ならばどうすれば――

(……待て。あるぞ……俺の聖剣はまだある!)

 男はもしもの時のために用意して隠しておいた二振りの聖剣を秘密の場所へ隠していたことを思い出した。たった二振りの、しかし、自分だけの聖剣。

 聖剣の威力は絶大だ。その神聖な輝きは聖剣の材料を盗み出そうとする魔女の尖兵ごと悪魔共を消滅させてくれるだろう。

 男は世界中が自らの行いを賞賛する光景を思い浮かべ、腐りきった笑みを浮かべた。

 

 

「タケルさん……私は、もう十六歳になりました」

 賑やかな誕生日パーティーが終わりを迎えようとしていた時、武を屋上へ連れ出した霞は己の想いを今一度紡ぎ始めた。

「あぁ……そうだな。今日は楽しかったか?」

「はい。楽しかったです……けど、そうじゃなくて」

 霞は武の鈍さにやきもきしつつ、続きを口にしていく。

「私は、もう大人なんです」

「……?まぁ、大人って言えば大人だよな」

 鈍い。鈍すぎる。すでに一度は告白し、今では純夏に遠慮せず幸せになってやろうという気すらしているというのに、武は何が言いたいのかまったく気づかないでいた。

「……タケルさんは、私を幸せにしてくれるんですよね?」

「おう。そのためにここに残ったんだしな」

 武は相変わらずの鈍感さを発揮している。しかし、こうでなくては武という男ではないのかもしれないとも同時に思う。でも、今は――

「…………私は、タケルさんのことが、好きです」

 武の心に緊張の色が現れた。

 二度目の告白。ずっと言おうと思っていた言葉。ずっと我慢してきた想い。しかし、それももういいだろう。

「タケルさんは…………どう、ですか?」

 武の心はとても緊張している。まるで歯車と歯車の間に何かが引っかかったようにガチガチとぎこちない。だが、そこには迷いはなく、すでに答えはあるのだと感じさせる。あるのはただ、照れくささだけ。

 程なくしてゆっくり、武の答えが紡ぎだされる。

「…………好……きだ。純夏と、同じくらい……愛してる」

 武の顔は真っ赤であり、ものすごくいいにくそうな顔をしていた。当然だろう。武にしてみれば不誠実なことをしているも同然なのだ。しかし、そこには一片の嘘もなかった。いつからそうだったのかは武自身にもわからなかったが、そうでなければこの世界に自らの意思の力だけで残るという芸当はできなかったはずなのだ。

 だから、霞は嬉しかった。霞だけを、純夏だけを愛しているわけではないことが霞にはたまらなく嬉しかった。自分は正しく純夏の半身なのだということが嬉しかった。

 霞はそっと目を閉じてあごを少しだけ上向けた。何を求めているかは鈍い武でも理解できるだろう。純夏がイケイケー行っちゃえーと言っているような錯覚がしたが、もしかしたら気のせいではないのかもしれない。いや、気のせいだとは思いたくはない。

 武の大きな手が霞の肩に乗せられ――

 

 

 ネージュは寝る準備を整えながら屋上で見たものを反芻していた。武と霞が向かい合い、徐々に近づいていき――

(……あれが、キス……というもの、ですか)

 ネージュにも知識はある。すでにこの一年半以上で常識はかなり身につけ、そういった方面の知識も色々吹き込まれている。

 だが、ネージュはあえて常識を無視して悠平と寝食を共にするだけでなく、先ほども()()()()()()一緒にシャワーを浴びてきた。まだ常識に乏しかった頃はともかく、自分の中にある想いに気づいた時からそれはネージュのアプローチ手段となった。

 悠平もそのことに気づいている節があるが、ネージュの好きにさせてくれている。直接言葉にされたことはないが、おそらく同じ想いを抱いてくれているだろうとネージュは考えていた。

(……十六歳は、大人、なんですよね)

 本来なら一ヶ月以上前に十六歳を迎えていたが、今日の誕生日パーティーでようやく自分が十六歳になったのだということを自覚していた。ネージュに様々なことを吹き込んでくれた人たちも、今の女は十六歳になったら大人だということを教えてくれていた。

(……だったら、いい、ですよね?)

 ネージュは己の欲求のままに、簡易ベッドに座って資料に目を通していた悠平の元へ歩み寄った。

 

 

 悠平は資料に目を通しながらも、緊張に気が狂いそうになっていた。原因はネージュのとある癖だ。

 ネージュには悠平にのみ発揮される妙な癖があった。それは――

 

 ――好き。

 

 悠平の脳裏にネージュの想いが響き渡った。

 これがネージュの癖だ。通常、色やイメージを相手に送りつけるプロジェクション能力だが、なぜかネージュの感情が昂ぶるとその時のネージュの悠平に対する想いが声なき声となって悠平の脳裏に響くのだ。しかもこの時のネージュに自覚症状はなく、完全に無意識でプロジェクションが発動している。

 こんな状態になりはじめたのは東シベリア奪還作戦で悠平が倒れた時からだ。その時以降、何らかのきっかけでネージュの感情が昂ぶるとネージュの赤裸々な想いが悠平に叩きつけられるようになったのだ。

 今日、ネージュがこんな状態になったのはパーティの終わりごろ、武と霞を呼ぶために屋上へ向かった時からだろう。その時、何を見たのか悠平にはなんとなく想像がついていたが、ネージュにここまで影響を与えるとは思っていなかったのだ。それだけネージュの感情が育っているということは悠平にとっても嬉しい限りだ。しかし、

 

 ――好き。

 ――大好き。

 

 今日はいつにも増して強く響いていた。もしかすると何かを覚悟したのかもしれない。覚悟を決めた女というものはとても強いのだと、どこかで聞いたことがあったのを悠平は思い出した。

 気配を感じ、ふと資料から顔を上げると目の前にはネージュの顔があった。ネージュはそのまま悠平を押し倒すようにして抱きついてくる。すくすくと育った立派な胸が体に押し付けられ、その柔らかさと心地よさを感じつつ、悠平脳裏に響くネージュの想いが強くなったのを感じた。

 

 ――好きです。

 ――大好きです。

 ――愛してます。

 ――もっと傍に。

 ――ずっと傍に。

 ――もっと触れて。

 ――もっと抱き締めて。

 

「……好き、です」

 脳裏に響く声なき声に混じって蚊の鳴くような声で、しかし悠平の耳にしっかりとネージュの告白が届いていた。

 ネージュの頬は桃色に染まり、瞳は熱に浮かされたように潤み、かつての生気のない表情が想像できないほど魅力的な表情だった。

(これは……抗えそうにない、な)

 そもそも自分の抗う気があったのか、それさえも分からない。だが、悠平がこの世界に骨をうずめる覚悟をした理由は間違いなくネージュだ。そのネージュが求めるのならば、

「俺も、好きだ……」

 悠平は素直な気持ちを告げる。

 ネージュとの距離はいつの間にかお互いの吐息を感じられるほどに近づいていた。

 

 ――キス、したい。

 

 それは悠平の想いなのか、ネージュの想いなのか、もはや関係なかった。

 

 

 後日、様子のおかしい霞とネージュに基地の者たちは首をかしげ、同時期にイーニァにキスを迫られて逃げ惑うユウヤがいたるところで目撃された。




不吉なタイトルにあからさまに怪しい動きが……

ハッピーエンドみたいな終わりかただけど、全然終わってませんのでご安心を……安心だよね?(汗

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