この手を伸ばせば   作:まるね子

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そろそろこの後の展開に気づいた人がいるんじゃないだろうか……そう思いつつも書き書き。
今回は夕呼視点のお話です。


第二十五話「一つの結実」

 元米軍中将が姿を消したという報告が入ったのは12月も半ばを過ぎた頃だった。

 しでかしたことの大きさからあまりの突き上げの激しさに地位の剥奪だけでは足りず、米国政府は横浜機関のことを考えて日本式に切腹させることで片をつけようとしていた。しかしその当日、元米軍中将はいつの間にか姿を消していたのだそうだ。

 切腹が決まった当初は帝国政府内でも珍しく米国政府の判断を喝采する声が多くあがっていたが、当の本人が姿を消したことを臆病者、軟弱者と罵っていた。

「まったく、往生際が悪いわね……」

 夕呼は一つため息をついた。ようやく一つ大きな問題が片付いたと思ったら、無能な小物がまだあがくのだ。もっとも、そちらは米国に任せておいても大丈夫だろう。面子のこともあるため、必ず追い詰めるはずだ。

 執務机の上に無造作に置いてあった企画書を夕呼は手に取った。それは凄乃皇の実戦テストが完了して少し後に悠平が持ってきたものだった。

 凄乃皇の技術を使用して戦術機を作り上げた場合の検証を目的とした新型機の開発。それがこの企画書の内容だ。主機には戦術機に搭載できるよう調整したミカナギ型抗重力機関を使用し、OSはXM3に抗重力機関制御システムを組み込む。電磁投射砲と荷電粒子砲を搭載し、重力制御とジャンプユニットの二重機動制御を行うという様々な要素をひたすらに詰め込んだ機体を作ろうというものだった。

 企画書を持ってきた時点ですでにOSは霞の協力で完成しており、設計図まで用意ができていたのに呆れつつも夕呼自身も興味があり、幸いグレイ・イレブンについては十分な量が確保できていたため計画を承認したのだ。その代わりに凄乃皇十機分のミカナギ型の製造を言い渡していたのだが、そちらは材料がそろい次第あっという間に用意してしまっていた。それほど作ってみたかったのだろうか。

(そういえば、そろそろ稼動テストを始めるって言ってたわね……もう機体はできてるのかしら?)

 夕呼は研究にかかりきりで久しく出歩いていないことを思い出し、気分転換がてら様子を見に行くことにした。

 

 

 夕呼が久しぶりに90番格納庫に顔を見せると、整備兵や技師たちが挨拶をしてくる。敬礼がないあたりはすっかり夕呼色に染まっている証拠だろう。

 周りを見回してみると凄乃皇・伍型の雄姿がひときわ目立つ中、他に二機の凄乃皇の組み立てが開始されていた。現在の横浜基地ではこれ以上凄乃皇を置いて置けるスペースがないのだ。そのうち凄乃皇専用の格納庫を増築する必要があるだろう。

 目当てのものが見当たらないと思い、よく周りを見てみると、格納庫の片隅に立つ二機の見慣れない戦術機が確認できた。凄乃皇があまりに大きすぎるため見落としていたようだ。

(縮尺が狂いそうね……)

 実際に、この90番格納庫はかなりの広さがある。格納庫の端から端まで歩くのも少々大変なのだ。最近は研究にかまけていたため、いい運動にはなるだろう。

「はぁ……はぁ……甘かった、わ……この格納庫、やっぱり……広すぎよ……」

 思っていた以上に体が鈍っていたようだ。間違っても年のせいだとは思いたくはない。

「あれ?夕呼先生じゃないですか。どうしたんですか、こんなところへ来て」

 武と霞が夕呼に気づいて声をかけてきた。最近何かと二人でいることが多い二人だ。何か進展でもあったのかもしれない。

「そろそろ稼動テストやるって聞いてたから、どのくらいできてるのか見に来たのよ」

 息を切らしていたことを悟られないようになんでもないように理由を応えた。彼らに恥ずかしいところをあまり見せたくないのだ。

「ああ、それなら丁度良かった。丁度夕呼先生に連絡しようかと思ってたんですよ」

 悠平がそう言いながら戦術機の足元から姿を見せた。服だけを見れば一介の整備兵にしか見えないくらい様になっている。

 話を聞いてみると丁度これから稼動テストを行うため、執務室へ連絡しようとしていたところらしい。ネージュはユウヤとイーニァに知らせに行っているため、今頃は先に上で待っているのだろう。

「それで、出来のほうはどうなの?」

 挑戦的な笑みで尋ねると悠平は笑ってかえした。

「やってみないとわからないところは多いですが、面白いものは見られると思いますよ」

 どうやら思ったよりも退屈しないで済みそうだ。

 

 

 演習区画に姿を現した二機の戦術機は特に武装を施しておらず、しかし不知火よりもやや大きい印象を与えた。

 機体の持つ雰囲気は空力制御を主体とした帝国軍機よりも力任せな制御の米軍機に近いだろう。重力制御を併用するということなので、空力による補助はあまり考えていないのだろう。

 機体そのものはそれほど大きな特色のあるものではなかったが、腰に装備されたジャンプユニットがひときわ大きな違和感を放っていた。

「あのジャンプユニット、なんだか従来のものとずいぶん違わない?」

「ああ、あれはジャンプユニットと荷電粒子砲の複合ユニットですよ」

 夕呼は思わず目を丸くしていた。凄乃皇ではあれほど巨大な荷電粒子砲がここまで小型化されるなど、通常ではありえないレベルの進歩だ。おそらく、量子融合の素材を利用したのだろう。当然、他にも使用されているだろうことは予想されるため、これはほぼワンオフ機の扱いだ。

 荷電粒子砲の小型化は大きな利点ではあるが、効果範囲が狭くなり、再発射が可能になるまでの時間が凄乃皇・伍型の倍近くあるという欠点も抱えているらしい。ラザフォード場に関しては元々防御用に展開するわけではないため、あまり気にする必要はないようだ。防御に使用する場合も凄乃皇より出力が低いため、回避のためのわずかな時間を稼ぐ緊急避難的な使い方になる。

 稼動テストはどうやら無人による遠隔制御で行われるらしく、全員が指揮車の周りに集まっていた。今回はちゃんとラザフォード場の制御ができているか、ちゃんと想定どおりの動きをするのかを確認するためのものなので、即応性は必要ないのだ。

 やがて準備が整ったのか、テストが開始された。

 主脚移動は問題なし。その他の基本動作も問題なく進んでいく。

 基本的なテストが全て終了したことで重力制御のテストが開始され、戦術機が音もなく宙に浮かび上がった。

 加速。減速。宙返りや機体を寝かせて水平移動からの変則機動。思っていたよりも速度が出ており、これだけでも戦闘機動に使えるのではないかと思うものだった。

 そして、ジャンプユニットとの併用テストで見学していた者たちは度肝を抜かれることとなった。

「な、なんだこりゃあっ!?」

「すごーい!ふわふわビュンビュン動いてるー!」

 その機動はあまりに変則的だった。ふわふわ漂っていたかと思えば一瞬で正反対へ急加速。その場でコマのように高速回転したと思えば地面を蹴った方向とは逆に高速移動。まるで先が読めないのだ。遠隔制御でこれなのだから、実際に搭乗しての操縦ならばこれまで以上に自由度の高い機動ができるだろう。

 XM3を作るきっかけとなった武の戦闘機動にも驚かされたが、このテストはその時と同等の驚きを夕呼にもたらしていた。

(アタシは驚かされるよりも驚かすほうが性にあってるっていうのに、まったく……)

 一通りの機動制御のテストが完了したところで最終テストである荷電粒子砲の発射テストを行うこととなった。事前に通達はしてあり、空へ向けて発射するため実際に被害が出ることはないのだ。

 ジャンプユニットが機体前方に展開され、荷電粒子砲の砲身が形成される。ラザフォード場が機体後方に集中展開され、発射時の反動を打ち消す体勢を整えた。やがて荷電粒子砲の発射口の空気が揺らぎ、強烈な可視光線が空へ向かって放たれた。

「きゃぁぁあああああああああああっ!?」

 衝撃波が指揮車を襲い、車体が大きく左右に揺れる。思わず悲鳴を上げてしまうが、これは仕方ないだろう。

「ラザフォード場、異常なし。電磁遮蔽も基準値内。再充填が完了次第、第二射のテストを開始します」

 悠平がどこか楽しそうに報告する。意外とサドの気があるのかもしれない。

 

 

 テストを一通り完了したことで徹底的なチェックが行われ、問題が確認できなければ次は完全装備での有人テストを行うらしい。

 基本的な武装は試製03型電磁投射砲や従来の突撃砲と長刀、短刀を考えている。量産性を考慮した結果だろう。もっとも、機体の性能と理論上の耐久力を考えれば素手で戦術機をねじ切ることもできるそうだが。

(モノコック構造を支える部分に量子融合素材を使ってるのかしら……とんでもない機体ね)

 それでいて整備性も確保されているあたり、意外と考えられているようだ。

「そういえば、この機体は誰が乗る予定なの?」

 尋ねてみると一号機は単座で悠平が、二号機は複座で武と霞が乗り込むらしい。二号機が複座な理由は衛士の負担を軽減する管制補佐のためだそうだ。激しい戦闘に集中しなければならない時に衛士に代わり、CPや各部隊とのやり取りを行うことをメインの役割としている。簡易版CPのようなものだ。

 霞を武の変態機動に付きあわせて大丈夫なのかと不安になりもしたが、どうやら訓練の成果が出ておりもうすっかり慣れたという。試しに戦術機をシミュレーターで動かしたらあまりのセンスのなさに絶望したという愚痴をこぼされもしたが、大丈夫なのならばいいだろう。

「……あら?そういえばこの機体の開発コードとか名前を聞いた覚えがないんだけど……」

「あれ、言ってませんでしたっけ?こいつは――」

 開発コードXG-71、凄乃皇・六型。機体名称、輝津薙(カグツチ)。それがこの戦術機の名前だった。

 

 

 年が明けると横浜機関にソ連から再びハイヴ攻略作戦へ参加してほしいという連絡があった。前回のエヴェンスクハイヴ攻略作戦での損害が想定以上に少なかったため、ずいぶん早く残りのハイヴ攻略へ乗り出すことができたようだ。これには米軍もこれまでのお詫びとして参加することとなっており、ハイヴ攻略後はそのまま共同で防衛線を構築する手筈となっている。

 それとは別に4月から開始される欧州奪還作戦へ参加してほしいという要望も届いていた。欧州連合は早く己の国土を取り戻したいのだろうが、まずは帝国にも比較的近いヴェルホヤンスクハイヴの攻略を優先するべきだろう。幸いこちらは3月に実施される。うまくいけばそれほど時間をかけずに欧州奪還作戦へも参加することができるだろう。

(でも、輝津薙の実戦試験もその頃にはできるわよね……凄乃皇・伍型はどうしようかしら?)

 夕呼は悩みに悩んだ結果、とんでもない暴挙に出ることを決めた。




ここに至って新型機の登場です。武御雷(タケミカヅチ)凄乃皇(スサノオ)ときたら輝津薙(カグツチ)といきたくなってしまったのです。
光輝く津波で薙ぎ払いたいんです(荷電粒子砲のこと

でも火之迦具鎚 (ヒノカグツチ)っていうのがアユマユにすでにいるんですよね……戦略合神機じゃないからいいか。

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