この手を伸ばせば   作:まるね子

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ソ連軍将校さん何気によく出てくるな……


第二十六話「暴走の果て」

 約半年ぶりに訪れたシベリアで武たちを出迎えたのは、もはやお約束とも言えるソ連軍将校だった。だが、今回もまたいつものようにややきつい態度を取るかと思っていたのだが、どこか様子がおかしい。

「白銀()()、そちらのご夫人は、一体……」

 ソ連軍将校が気を取られていたのは、これまでの遠征で一度も参加していなかった者がここにいたからだ。

「え……ああ。あの人は香月夕呼副司令。俺たちのトップですよ」

 今回の遠征にあたって直前に大尉に昇進した武は、ソ連軍将校に夕呼を紹介した。

 夕呼は外行きの仮面を被って、人あたりよくソ連軍将校に挨拶を交わした。普段の夕呼を知っている分、別人のように見える。

「あなたが横浜の……?…………美しい」

 どうやらソ連軍将校は夕呼に見とれてしまっているようだ。外見はたしかに美人なのだが、中身を知ればこのソ連軍将校もどれほどショックを受けるか――いや、これだけ見とれているところを見ると意外とショックを受けないのかもしれない。

「ふぅ……それにしても、さっむいわねぇ~……」

 挨拶を終えて割り当てられたブロックへ向かいながら、夕呼は寒さに身を震わせた。そんな思いをしてまで今回夕呼がこのヴェルホヤンスクハイヴ攻略作戦についてきたのには理由がある。

 今回、二機の輝津薙の実戦テストとその直援のために凄乃皇・伍型に乗り込む人員が確保できなかったのだ。最悪、無人による遠隔制御で戦闘を行うことも可能だが、それでは随時効果的な戦闘を行うことは困難だ。そこで凄乃皇・伍型には夕呼とピアティフが乗り込み、連携テストの名目で凄乃皇の直援をソ連軍に任せて戦闘に参加するのだ。そのためにある程度訓練までこなしてきたのだから、夕呼は本気なのだろう。今回のことからも分かるように、今後は凄乃皇も増えるため専用の搭乗士が必要になる。武はやはり凄乃皇よりも戦術機のほうが自分に向いていると考えていた。

 凄乃皇は今回、基本的には荷電粒子砲を連射した後はあまりBETAには接近せず、簡易移動砲台として機能することになる。凄乃皇の能力とソ連軍の直援があれば夕呼たちはかなり安全に戦えるだろう。

(あとは、何か無茶なことを言い出さないことを祈るしかないか……)

 武は夕呼の無茶で自分と一緒に輝津薙に乗る霞に危険が及ばないかを心配していた。

 

 

 基地内にはソ連軍だけではなく、米国から派遣されてきた部隊の者も多くいた。ソ連と米国の関係は決していいものとはいえないことは有名だろう。しかし、この基地に限ってはそうではなかった。

 元米軍中将がしでかしたことと、米国副大統領が自ら公表した汚点に対する誠実な態度、そしてお詫びと証した今回の派遣で米軍は自国の汚名をそそぐために今回の作戦に全力を尽くすことをこの基地のソ連軍に誓い、ソ連軍はそれを受け止めたのだ。

 派遣されてきた部隊もかなりのもので、攻略後にそのまま防衛線を構築することを前提としているのは間違いないだろう。

 もっと早くから米国がこのような行動に出ていれば、帝国や他の国々の反米感情が高まると言うことはなかったのかもしれない。

 

 

 開始されたヴェルホヤンスクハイヴ攻略作戦は、やはり凄乃皇の圧倒的な性能によってあっという間に人類優勢に傾いていった。

 また、凄乃皇の荷電粒子砲撃では範囲が広すぎて味方を巻き込んでしまうようなところは輝津薙の荷電粒子砲や電磁投射砲によって打ち払われ、ハイヴ攻略作戦としては現状でエヴェンスクハイヴ攻略時よりも遥かに少ない損耗率で推移していた。

 そしてその様子を、米国副大統領は己の執務室のモニター越しに見ていた。

「やはり、G弾を横浜機関へ渡して正解だったな。これほどのものを作り上げてしまうとは……これならば人類が救われるのも時間の問題かもしれん」

 問題があるとすれば太陽系からBETAを駆逐した後の凄乃皇の処遇だが、これは最悪全て太陽へ投棄してしまうことで片をつけられるだろう。

(その頃には私など、もう寿命で死んでいるかもしれんがな)

 副大統領の顔に苦笑が浮かぶ。未来のことは分からないが、今はただアメリカだけではなく世界にとってより良い未来を掴むために努力するだけだ。

 決意を新たに、手を止めていた書類仕事を再開するとデスクの電話が呼び出しを告げた。

「どうした、何か緊急の報告か?」

 副大統領の耳に切羽詰ったような声で報告が届いてくる。それは、まさしく非常事態というべき報告だった。

「イカン……っ!すぐにソ連と横浜機関にも知らせろ!大至急だっ!!」

 副大統領はすぐに大統領と連絡を取り合い、事態を収めるために行動を開始した。

 

 

 その男は宇宙(そら)にいた。漆黒の空間に煌く星々、青く輝く母なる星、全てが美しい。

 だがその大地は今、悪魔によって蹂躙され、人々は苦しみ、世界は英雄を求めている。偽りの英雄ではなく、真の英雄を。

 男は己の聖剣を撫でた。これは悪魔を滅ぼす救世の力にして悪しき魔女に鉄槌を下す断罪の力だ。魔女に助けを請う愚かなあの国もまた断罪すべきものだ。聖剣の材料は自らの手で管理されなければならないもの。それを掠め取るなど言語道断だ。

 男を切り捨てた国は魔女に毒されてしまったが、この断罪できっと目を覚ますだろう。そして世界はあるべき姿へと還るのだ。そう思うと、男は汚らしくにごった笑みを浮かべた。

 さあ、聖剣を携えた輝かしい英雄がもうすぐ世界へ帰ってくる――

 

 

 輝津薙の両肩に装備された電磁投射砲によって無数のBETAを蹂躙した悠平は空になったマガジンを交換しながらモニュメント跡を見ていた。

 主縦坑が大きく抉れた地面から見えており、周囲にはモニュメントだったものがあちこちに散らばっていた。言葉にするとあまり大したことはないように聞こえるが抉れた地面は半径数百メートルでは済まず、あちこちに見られるモニュメント片も一つが数十メートルという大きさのものも存在し、それが数キロにわたってあちこちに転がっているのだ。それをなした威力はとてつもないものだろう。

 輝津薙の荷電粒子砲もまた、小型化によって低下しているが相当の威力を持っている。ハイヴの中でうかつに使用すれば、衝撃波と爆風でとんでもないことになるだろう。使用するとすれば、反応炉か母艦級に対してのみだ。

「どうしたんだ、御巫?」

 武が声をかけてくる。周囲にBETAがいないからといって少し呆けすぎていたらしい。

「いや、相変わらずとんでもない威力だなと思ってさ」

 確かに、と武とユウヤが同意した。

「霞は平気か?結構激しく動いてたけど……」

「大丈夫です。タケルさんは、優しいですから」

 武が若干照れたような仕草を見せた。あれで結構気を使いながら動いていたのだろう。さすがはXM3の元祖といったところか。

「BIG-01よりエインヘリアル各機へ。ソ連軍・米軍の合同部隊がハイヴへの突入を開始するようです。突入口の確保と防衛を要請されていますので、こちらは任せて指定のポイントへ向かってください」

 BIG-01こと凄乃皇のピアティフから指示が来た。どうやら第二ラウンドの始まりのようだ。

 BETAの群れを()()させてできた道を通って突入口へ到着した悠平たちは、電磁投射砲による周囲のBETA殲滅へと移行した。

 五機もの機体から吐き出される嵐はあっという間にBETA周囲のBETAをほとんど殲滅し、その威力を知らしめた。もうこの電磁投射砲も完成でいいのではないだろうか。

 残弾を確認すると、電磁投射砲はそろそろ温存が必要だろう。荷電粒子砲も先ほど使ったばかりだ。幸いすぐ近くに通常の補給コンテナがあるため、そこから突撃砲を拝借することにした。この電磁投射砲が正式に配備されるようになればこのマガジンも補給コンテナに常備されるようになるのだろう。

 それぞれが通常兵装の補給を完了する頃、ソ連軍と米軍の突入部隊がやってきた。丁度荷電粒子砲の充填も完了したところだ。

「これより、ハイヴ突入口内部へ荷電粒子砲を発射します。こちらの真後ろに立たないように注意しつつ、衝撃に備えてください」

 二機の輝津薙が突入口の前に並ぶ。あらかじめハイヴ内のBETAを荷電粒子砲で減らしておくためだ。

「うぉぉおおっ!?」

 荷電粒子砲の衝撃波と爆風によってソ連軍と米軍の機体が煽られそうになる。この戦術はもう少し考えどころがあるようだ。

 土煙が収まり、ハイヴに突入したソ連軍と米軍を見送って、悠平たちは周囲の警戒へ移った。BETAの行動は一部の状況を除いて未だに読めないところがある。当分を気緩めることはできないだろう。

 散発的なBETAとの戦闘や、後続の突入部隊の進入を見送っていると、不意にネージュが空を見上げた。

「……何、これ……何かが、降ってくる……?」

「何か……?それが降ってくると、どうなるんだ?」

 ネージュはわかりません、と答えた。どうも()が途切れているらしい。()が途切れるような何かが降ってくるとでもいうのだろうか。

 悠平は空を注視した。何かが降ってきた時、迎撃できるようにするために。

 突然管制ユニット内にアラートが鳴り響いた。

「なんだ!?一体何のアラートだっ!?」

「何……っ?怖いよ、ユウヤ……っ」

 ユウヤが見たこともないアラートに焦りを見せる。

「これは、緊急避難警報……っ!?」

 まさか、と悠平は冷たい汗が背筋を伝うのを感じた。

「BIG-01よりエインヘリアル各機!すぐにそこから退避してください!」

 ピアティフが今まで聞いたことがないくらい焦った声を上げていることに、悠平は嫌な予感がますます増大していくのを感じた。

「やられたわ……っ!行方をくらませた元米軍中将が、極秘裏に製造して秘匿していたG弾をエヴェンスクハイヴに投下したのよっ!アンタたちは早くそこから離脱しなさい!!」

 夕呼も焦りを隠せずにいる。着弾時間と被害予測を確認すると――

(……ダメだ、全然間に合わないっ!?)

 着弾まであと一分たらずしかない。幸い凄乃皇は安全圏にいるようだが、悠平たちはこの地点からではとてもではないが間に合わない。

「クソッ、G弾を迎撃するしかないってのか!?」

「ダメだっ、弾速が早すぎる!今からの迎撃は無理だ!」

「ユウヤ……怖い、怖いよっ」

 仲間たちも確認をしたらしい。ここから安全圏まで脱出する方法はない――通常ならば。

「みんな、俺の機体に可能な限り接触しろっ!俺が全員連れて()()!!」

「機体ごとか!?無茶だ!機体を放棄して生身で――」

「そんな時間はない!急げっ!!」

 時間を見ると、残り三十秒を切っていた。戦術機を降りている時間は、もはやない。

 集まってきた全員の機体と接触したことを確認して、悠平は意識を集中する。

 

 着弾まで残り十五秒。

 

(感覚が……意識が……これまでにないほど、()()……っ!!)

 己の限界を超えた質量の()()に悠平の脳が悲鳴を上げる。空に二つの煌きが見える。

 

 着弾まで残り五秒。

 

 己が全員の機体を認識・掌握したことを把握して、悠平は転移のために全力を振り絞る。

「いっけぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええっ!!!!」

 悠平の脳が限界を超えて力を振り絞り、量子分解を試みる。だが、なかなかうまくいかない。今の己にはこれだけの質量を転移させることは不可能だ。それは分かっている。掌握する範囲を一部に限定すれば飛べるかもしれない。しかし、それを選ぶことはできない。中途半端に認識し、掌握した状態で転移を行えば再構成に失敗してしまう。それはこれまでの実験で分かっていた。だがら、

「絶対に……っ、守るんだぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 着弾まで残り――

 

 

 その日、エヴェンスクハイヴが投下されたG弾によって米軍・ソ連軍問わず多くの将兵を巻き添えに消滅した。

 G弾効果圏内にいた者の生存確認調査で奇跡的に最下層へ到達していた米軍・ソ連軍の衛士数人の生存が確認されたが、同時にそれは反応炉の残存が確認されるということだった。そして生存者の救出直後に地中から大量のBETAがあふれ出したことで反応炉の破壊作業を断念せざるを得なくなり、今回の一件でG弾によるハイヴ攻略が絶対確実ではないことが証明されることとなった。

 投下されたG弾は逃走していた元米軍中将が極秘裏に製造し秘匿していたものであり、G弾投下直前にこの凶行に気づいた米国は各地へ警戒を呼びかけ元米軍中将の捕縛に動いていた。だが、元米軍中将は反応炉破壊に失敗したことが確認された直後、元米軍中将の乗っていた再突入駆逐艦は大気圏へ突入しホワイトハウスへ墜落、爆散した。これによってホワイトハウスにいた大統領、副大統領を含む多くの者が犠牲になったことが明らかになった。




衝撃の展開……いや、ある意味予想通りか?

ある意味で最終話です。でも話はまだ終わってませんので、続きを書いてます。

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