この手を伸ばせば   作:まるね子

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INSANITYを聴きながらずばばばっと書きました。



第二話「英雄」

 英雄は楔を解かれ、その世界から消えようとしていた。英雄の成すべきことはすでに終わり、英雄は英雄としての戦いを終えることを許されたのだ。

 英雄が戻り、再構築された世界にはこの世界で失った全てが存在している。それはなんと幸福なことだろう。

 しかし、英雄は今迷っている。消えつつある身でありながらもなお迷いがある。未練がある。

 すでに英雄としての役目は終わっている。ならば一人の男としての役目はどうか。一人の戦士としての役目はどうか。できることが、やるべきことがまだあるのではないか。

 否、そうではないと英雄は首を振る。英雄自身がどうしたいのかを深く、深く考える。

 英雄を見送ろうとする少女の姿が目に留まる。英雄の半身である最も大切な存在のさらに半身ともいえる少女だ。半身はすでに亡く、この英雄が去れば少女は一人でこの世界に取り残されることになる。

 どれだけ周りに人がいても、少女は一人でこの世界を生きることになる。英雄はかつて約束した、一緒に思い出を作ろうと。一緒に海を見ようと。英雄はまだそれを果たしていない。そして、それだけではまるで足りないと思っている。

 楔がすでに存在しない以上、この世界の存在ではないこの英雄は己の意思の強さ次第で世界を移動してしまう。だが、逆を言えば己の意思次第でこの世界に留まることもできるはずなのだ。

 元の世界に、再構築された世界に戻るのはいつでもできる。だが、この世界にいるこの少女と過ごすにはこの世界でなければできない。この世界にいるこの少女を幸せにしてやるにはこの世界にいなければならない。

 英雄は自身の半身を思う。待たせて不機嫌にさせてしまい、これでもかというほど怒られるだろう。だが、それも自分たちらしいといえばらしいと苦笑をこぼし、英雄は――

 

 

 この世界がマブラヴオルタネイティヴの世界だった――そのことを知ったとき、悠平は自論が思わぬ形で証明されたことにわずかに喜び、そしてこれからのことに深く悩んだ。

 桜花作戦が終了しているということはすでに白銀武は存在せず、ゲームから得たものではあるが己の持っている情報では夕呼の興味を引くことはできても桜花作戦がすでに終わっている以上交渉材料にするには心もとないだろう。それに夕呼が現在も横浜基地にいる確証はないのだ。

 だが現状で可能性がある候補は横浜基地しか選択肢がないのも確かなため悠平は横浜基地に賭けることとなった。

 BETAの襲撃と桜花作戦によって戦力が激減した横浜基地へ戦術機の補充を行う輸送船に密航することは悠平にとって非常に簡単なものだった。潜入後の隠れ場所もかび臭い空気に目を瞑ればテレポートで問題なく確保することができた。しかし、問題がないわけではなかった。

「……なぁ、いつまで手をつないでるんだ?」

 悠平は言葉が通じないとわかりつつも日本語で話しかけた。

 悠平の手を離そうとしない白銀の髪の少女。この世界がマブラヴオルタネイティヴの世界であり、かつロシア――ソ連の実験施設にいた銀髪の少女。そんなものに心当たりなど、悠平にはひとつしかなかった。

 オルタネイティヴ3で生み出された人工ESP発現体。それもおそらくは社霞やイーニァ・シェスチナと同じ第六世代。だがそれならば言葉が通じなくとも悠平の思考をリーディングすることができるはずだ。しかし、その様子はない。リーディングをした上での反応なのか、あるいは処分されようとしていたことに関係があるのか、現時点で判断できる材料はない。

「シェスチナ」

 ためしに悠平が世代数で呼んでみると少女はわずかに反応を示し、命令を待つかのようにこちらをじっと見つめた。悠平の考えは間違いではなかったらしい。

 反応があったことで希望を持った悠平は身振り手振りでなんとか手を離してもらうように伝えようとした。今度はちゃんと伝わったらしく、しかし少女の反応は絶対に離さないとでも言うかのように手に力を込めるだけだった。

 ずっとこうなのだ。起きているときも寝ているときも関係なく、手を離そうとしない。例外は両手を使わなければならないような作業を行うときだが、それも作業が終わればすぐに手をとられてしまうのだ。必然的に距離は近くなる。第六世代ということは年齢はおそらく十四歳前後、とはいえれっきとした女だ。今は長い髪で顔があまり見えてはいないが、客観的に見ても美少女である。そんな少女と四六時中くっついたままなのは健全な男である悠平には嬉しくも拷問じみた苦行でもあった。

 諦めのため息をついた悠平は結局、横浜港に到着するまで少女とくっついたまま過ごすこととなった。

 

 

 「ぁあ~~~~っ、やっぱ外はいいなぁ……っ」

 数日に及ぶ密航が終了し、無事に港へたどり着いた悠平は凝り固まった体をほぐすように伸ばした。

 日付変更線をまたいだ結果、現在は1月14日。軍内部の人員配置、それもオルタネイティヴ計画などという特殊な状態での配置換えの速度などまったく予想がつかない悠平だが、夕呼が桜花作戦が終わってすぐに横浜基地を離れる可能性は低いと踏んでいた。失敗したのならともかく、成功したのだからそのレポートのまとめや残務処理でしばらくは残っているはず。いないのならばその時に代案を考えればいいだけのことだ。

 悠平は己の手を離さない少女を横目で見た。長い船旅で疲れてはいないかと心配したが、悠平の予想に反して少女はまだ元気そうだった。むしろ船旅で疲れた悠平よりも元気であるかもしれない。

 少女の体力が大丈夫そうなのを確認し、悠平は日が出ているうちに横浜基地に到着するために行動を始めた。

 

 

 半壊したビル。崩れ落ちた高架線。家だった瓦礫。そんなものが辺り一面に広がっている。荒涼とした土地に生命の息吹はまるで感じられず、明星作戦(オペレーション・ルシファー)で使用されたG弾の影響がうかがい知れる。

 かつて柊町と呼ばれた武たちの生まれ育った地に立った悠平は、まだ幼かったころに授業で見た原爆の被害を記録したビデオに写っていた町並みを思い出していた。

(そういえばこの世界では原爆はドイツに落とされたんだったか……)

 そんなことを考えながら歩いていると視線の先に家を押しつぶすように倒れ、大破している撃震の姿を見つけた。輸送船の中では誰かに見つかるのを恐れて戦術機を見ることができなかったため、大破しているとはいえ実物を目の当たりにして非常に感慨深く感じた悠平だが、ふとあることに気がついた。

 撃震が押しつぶしている、隣の家。その表札に書かれている名前は、

()()……」

 ふいに悠平の胸が締め付けられた。

 この町で生まれ、育ち、そしてBETAによってその運命を蹂躙されたあともこの世界に残酷な形で縛られ続けた二人の生家。

 悠平は切なく胸を締め付ける痛みに、思わず涙を流していた。あふれる涙は悠平の頬を濡らし、重力異常によって命の芽生えない大地にしみを作った。

 相変わらず虚ろながらもどこか心配そうな瞳で見つめ、手を包むように握りなおしてきた少女を安心させるように悠平は涙を拭き、歩みを進めた。

 

 

 横浜基地へ続く桜並木が見え始めたころ、悠平は一本の桜の隣につきたてられた墓標がわりの鉄骨と、その前にしゃがんでいる人がいるのを見つけた。鉄骨の前にはこの世界では貴重な花が供えられ、国連軍の制服を着たその()は墓前で手を合わせたまま動かない。

 その男の背中を見たとき、悠平は心臓が跳ね上がったのを感じた。

(……まさ、か)

 悠平の気配に気づいたのか、しかし国連軍の男はじっと手を合わせたまま動こうとはしなかった。

(まさか……)

「霞か?悪いな、もう少しだけ待っててくれ。もうすぐ終わるからさ」

 国連軍の男が発したその声は何度も聞いた覚えがあり、どこか愛嬌のある、けれどもどこか軍人らしい力強さを秘めていた。

(まさか……まさか、まさかっ!?)

 墓前への報告が済んだのか、ゆっくり立ち上がり、こちらを振り向く国連軍の男。その顔は、もはや見間違えようもなく、

(白銀、武……っ!?)

「あれ?えっと……誰、ですか?」

 この場にはもういないはずだったその男、白銀武はどこか困ったような顔でそう聞いてきた。

 

 これが、御巫悠平と白銀武の本来ありえざる出会いだった。




うーん、3000~4000文字が俺のデフォルトなんだろうか?
もう少し読み応えがある文が書けるといいんだけども……

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