この手を伸ばせば   作:まるね子

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さぁ、やっと本編が始まりました。
きっとべらぼうに長くなるんだろうなと考えたら、それだけで気が萎えそうに……


第二話「オーバーライド」

 念のために数時間に及ぶ検査を受けて執務室へ通された武は自身が把握している範囲で夕呼へ事情の説明を行っていた。

 自身がかつては因果導体であったこと。オルタネイティヴ4を成功させ、BETAに関して様々な情報を得たこと。その後辿った経緯。そして、G弾の爆発からの脱出。

 交渉に使えそうな情報はいくつかぼかしながら説明を終えると、夕呼は難しい顔をしていた。

「……まいったわね。これはアンタの妄想と切り捨てることができそうにないわ」

 夕呼は軽く頭を抑えながらため息をついて話し始めた。

 武が横浜基地のゲートへたどり着くまでの間、霞から聞いた話。ゲート前で見せつけられた武と霞の親密さ。そして武が話した内容。武と霞の話した内容は視点が違うだけでほぼ同じものであり、その中には夕呼の頭の中にしかない事柄まで含まれていたことが夕呼の頭を痛めているのだろう。

「まさかこんな二股男に社がなびくなんてね……」

 どうやら頭を痛めている理由はそちらのほうが大きいようだった。

 夕呼は大きくため息をつくと、気持ちを切り替えたのか話を続け始めた。

「アタシが00ユニットを完成させる為にアンタを並行世界へ送り出して数式を手に入れたのよね?その数式は覚えてるかしら?」

「いえ、俺自身は数式自体は覚えていませんでしたし、回収してきた数式も見てはいませんから……」

「それじゃ00ユニットを完成させられないってことじゃない……成果だけあってもモノがないんじゃ説得力が足りないわね」

 夕呼は少しの間何かを考える仕草をすると、再び武に向き直った。

「アンタがまた因果導体に戻ってる可能性はないの?そうすればもう一度アンタに取りに行かせることもできるんだけど」

「そこなんですけど、いまいち分からないんですよね……御巫がそのことで夕呼先生と話し合って確認して見たいことがあるって言ってましたけど」

「ミカナギ……あぁ、そういえばアンタと一緒に飛んできたっていう仲間がいたんだったわね」

「仲間だけじゃなくて、その時乗ってた戦術機も一緒ですよ。話の内容を報告に行かなくちゃいけないんで、詳しいことはその後直接見てもらったほうがいいと思います」

 武がそう言うと少しばかり難しい顔をしながら夕呼は考える様子を見せた。

「……どうせ戦術機を回収する必要があるんだし、アタシも一緒に行くわ」

 夕呼の突然の申し出に武は目を丸くした。どの世界でも相変わらず無茶を言う人なのだ。

 

 

 武は軍用の軽車両で夕呼が相乗りしている()()()を先導しながら悠平たちのところへ向かっていた。

 不知火ということはA-01の誰か――おそらく伊隅みちるが乗っているのだろう。そう考えると武は視界がにじみそうになるのを堪えた。まだ顔も見ていないのにこれでは実際に顔合わせをしたときが心配だ。

 しばらく道なりに移動していると、建物の影から輝津薙の頭が見えてきた。おそらく夕呼のほうでもすでに確認しているだろう。

「やっと来たか……相変わらず検査が長かったのか?」

 車を降りると、待ちくたびれた様子の悠平が声をかけてきた。説明や移動も含め六時間近く経過しているので、実際かなり待ちくたびれたのだろう。

 ついてきていた不知火の手から夕呼が降りてきて、屹立している五機の戦術機を見上げた。不知火から注意する旨の言葉が送られてきているが、聞く様子はないようだ。

「二種類あるとは聞いていたけど……見たことのない機体ね」

「未来に誕生する機体ですからね。当然といえば当然ですよ」

「それで、アンタたちが白銀の言っていたお仲間ね」

 夕呼はそう言うと悠平とネージュに向き直った。

「この世界でははじめまして、と言っておきます」

 悠平が意味深な笑みを浮かべて挨拶するが、武と同じ挨拶だったため夕呼は微妙な表情をしていた。

「それで、因果導体のこととかで話があるってことだけど……」

 夕呼が気を取り直したように悠平に尋ねようとする。

「立ち話もなんですから、まずはこの機体を基地に運び込んでからにしませんか?おかしな邪魔が入っても困るので……90番格納庫かA-01用のハンガーにでも置かせてもらえますか?」

 悠平の言うことはもっともだ。こんなところで戦術機が六機も顔をつき合わせているのは何気に目立つ。先に基地へ運び込んでしまったほうがいいだろう。

 夕呼もそれを承諾し、武たちは横浜基地へと戻ることとなった。

 

「オーバーライド?」

 悠平の能力や、悠平がかつて夕呼と話し合って至った一つの可能性についての説明を聞いた夕呼がオウム返しのように尋ねた。

「ええ。例を挙げて説明すると、こうです」

 Aという人間がいる世界へ、別の世界から同じ存在のAプラスという人間がやってきたとする。

 それが因果導体である場合はその意志の強さなどによってAとAプラスという二人が同時に存在したり、Aプラスに合一化したりする。この場合、Aプラスが別の世界へ移動することでAとAプラスは分離することになる。

 しかし悠平の能力の場合はAという存在の上にAプラスという存在が丸ごと上書き(オーバーライド)されてしまう可能性があった。この二つがまったく別の存在だったのならば普通に量子融合が起きるのだろうが、まったく同じ存在だった場合は後からやって来たモノのほうが存在の比重が重い。これは今まで実験してきた結果判明したことだ。存在がどこまで上書き(オーバーライド)されるかは悠平次第であるらしいことも分かっている。

「武、霞、二人とも服が妙に小さいと思わないか?」

 ある程度説明が進むと、悠平は二人に尋ねた。

「そういえば、なんだか裾が足りない気がするな」

「私も、全体的に少しきついです」

 悠平はニヤリと笑みを浮かべた。それこそが因果導体ではないという証拠であり、上書き(オーバーライド)が発生した証拠でもある。

 二人はおそらく、本来この世界に存在していた武と霞にそれぞれ上書きされたのだ。その結果、その時着ていた服に上書きされた未来の体ではサイズが合わず、きつく感じているのだろう。

 ネージュの場合はあの空間で悠平が最後まで放さなかったため、位置情報ごと上書きされてしまったのだ。

「ちょっと待って。元々この世界にいた存在はどうなるの?」

「おそらくですが、元に戻ることはありません。そもそも実際のデータが少なすぎるので正確なことは言えないんです」

 悠平が神妙な口調で告げた。それはある意味、この世界に元々存在した自分たちを殺して居場所を奪い取ったようなものなのだ。多少空気が重苦しくなってしまうのも仕方のないことだろう。

「……つまり、社は二年経ってもその服が着られるくらいには育ってないってことなのね」

 夕呼がかわいそうなものを見る目で霞を見つめると、霞は泣きそうな表情で反論を開始した。

「育ってます……!ちゃんと、あちこちきついんです……!む、胸だって、少しはきついんです……っ!」

 思わず和やかな空気が広がりそうになるが、悠平は気になっていたあることを確認するため、夕呼に再び話しかけた。

「俺たちの仲間が後二人、こっちに来ているはずなんです。可能な限り大至急連絡を取ってもらってもいいですか?」

 悠平が有無を言わせないような気配を漂わせており、夕呼は一瞬腰が引けそうになっていた。

「……可能な限り大至急って、尋常じゃない物言いね。何かあるの?」

「立場的にも時期的にもマズイ存在ということもあるんですが……もし間に合えば、ある人を助けることができるかもしれません」

 悠平は元いた世界で知ったことを、そしてユウヤたちに直接聞いたことを思い出す。

 クリスカ・ビャーチェノワ。桜花作戦の時点ではすでに命を落としていた、人工ESP発現体の第五世代。

 悠平が知った情報ではいつ死んだのか正確なところまではわからなかったが、ユウヤたちと話したことでおおよその時期を掴むことはできた。あとはこの世界においてもそれが変わらないことであることを祈るだけだった。

 

 

 現在ユーコン基地は深夜であり、いきなり呼び出すのは向こうの心証にもあまりよくないということで、向こうの朝一で連絡をすることになった。今は時間が惜しいのだが、あまり焦りすぎるのも良くないだろう。

 その後の話し合いで悠平たちは情報と技術の提供を条件に夕呼の保護を受けられることが決まった。

 階級は三人とも大尉として登録することになったのだが調整に少し時間が掛かるらしく、しばらくは提供する情報や技術に関してある程度レポートにまとめる作業に追われることとなった。

 武は訓練兵である例の仲間たちに会いたがっていたが、今は我慢するべきだろう。二回目のループの時とは状況が大きく違いすぎる。それに、きちんとした立場を得られればあいつらを直接教導してやることもできるだろう。そう言って武をなだめることでようやくレポートの作成に移ったのだ。

「技術提供で最優先するべきなものっていえば……やっぱりXM3と新型関節、電磁投射砲ってところだよな」

「ああ、特にXM3と新型関節は急いだほうがいい。あれがあるのとないとじゃ損耗率が倍以上違うんだからな」

「……関節が強いと、気にせず動けます」

 悠平たちは90番格納庫に机を持ち込んでレポートを作成していた。これは運び込まれた機体に触れさせないためといった理由もあるが、一番の理由は公式にはまだ三人の存在は秘密であるためだ。また、機体には生体認証がかけられているため、機体に触れることができるのは五人だけなのである。

「00ユニット関係で提供できそうな技術って言ったら……電磁投射砲の冷却水があったな」

「でも、00ユニットは完成しないかもしれないんだろ?数式がないんだから」

 そういえばそうだ。だが、悠平の脳裏に()()の声がよぎる。もし悠平の推測があたっているのならば、彼女ならば分かるのではないか。

(これは、後で確かめてみる必要があるな……)

 

 

 ユウヤは混乱していた。G弾の爆発に巻き込まれたかと思えば、目が覚めれば懐かしさすら覚えるユーコン基地の自室にいたのだ。わけが分からなくなるのも当然だろう。

 PXでヴィンセントたちと朝食を取っているとやたらと心配された。どうやら昨日は夕方に自室へ戻って以降、ずっと顔を出していなかったらしい。しかしユウヤにその記憶はなく、どうなっているのかを考えながら弐型の格納庫へ向かおうとすると館内放送での呼び出しが掛かった。それも至急ということだ。何がどうなっているのかすっかり分からなくなって思考を放棄しようとしかけていると、ユウヤの背中に非常になじみのある重さがのしかかってきた。

「無事だったんだね、ユウヤー!」

 イーニァだ。それもつい先ほどまで自分と共に弐型改で戦っていた、二年以上を共にしたイーニァだ。

 イーニァはとても嬉しそうにユウヤに抱きついて離れようとしない。話を聞いてみると、やはりG弾の爆発以降の記憶がないようでどうしてここにいるの分からないと言う。

 唯一つ分かっていることは、ここが2001年10月22日ということ。つまり、自分たちが過去の世界へ来てしまったということだけだった。

 




なんだか色々フラグが立ってきました。これまでに密かに立っていたフラグも見えてきました。
今後どうなるのか自分でもよく分かりませんが、これだけは言えます。

ご都合主義(ハッピーエンド)万歳っ!

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