この手を伸ばせば   作:まるね子

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XM3お披露目。
二回目だとなんだかめんどくさくなりますよね。


第四話「変革者」

 10月23日、朝。武たちは夕呼の執務室へと集まっていた。というよりも全員一睡もしていなかった。やらなければいけないことがあまりに多すぎて結局眠る時間がなかったのだ。

「さて、とりあえず大尉で登録する準備は整ったんだけど……色々やることが多すぎて、結局まだアンタたちの実力を見せてもらってないのよね」

 夕呼はいつもと変わらない顔でそう言った。武たちと同じで一睡もしていないはずなのだが、その顔に疲れは見られない。どうやら気力が充実しているらしい。

 武たちが一睡もしていない理由の一つに、シミュレーターへのXM3実装があった。武以外に旧OSを使った経験がある者がいないため、そのままではシミュレーターで実力を測ることができなかったのだ。

「それじゃあこれからシミュレーターでアンタたちの実力を見せてもらうわけだけど、見学者を二人ほど連れてきてもいいかしら?」

 夕呼は見学者とやらに三人の実力とXM3の能力を見極めさせるつもりだという。あくまで研究者にすぎない夕呼ではXM3はともかく、衛士の実力がどの程度なのかを見定めることはできないのだ。

 武はこの二人の見学者にある程度予想がついていたため、即座に了承した。問題があるとすれば、彼女たちの顔を見たときに自分が泣いてしまわないかどうかだけだった。

 

 

 自分たちと一緒に転移してきた強化装備を身にまとい、シミュレータールームへやってきた武たちを待っていたのは、やはり武が想像していたとおりの者たちだった。

 神宮司まりも。元の世界でも、以前の世界でも武の恩師である人。そして、二度も武のせいで死なせてしまった者でもある。

 伊隅みちる。イスミヴァルキリーズの隊長であり、武にとっても頼りになる上官――いや、もはや同じ階級になるのか。

 以前の世界ではすでに亡くなっていた二人の姿を再び目にした武は己の目頭が熱くなるのを感じていた。

「遅かったわね。何かトラブルでもあったの?」

「いえ、ちょっと格納庫まで強化装備を取りに行ってたんですよ」

 武が熱くなる目頭に涙が出るのを堪えていると、悠平がかわりに応えた。格納庫は格納庫でも、90番格納庫まで取りに行っていたのだ。多少時間がかかるのは仕方のないことだった。

「それじゃあ早速はじめてもらうけど、いいかしら?」

「副司令、よろしいでしょうか。我々はまだ彼らの名前すら知らされておりませんが」

 せっかちな夕呼にみちるが武たちの紹介を求めた。確かに普通は先に紹介するべきことだろう。

「悪いんだけど、結果を見てからにしてちょうだい。これが一種の試験みたいなものだから」

 はあ、と戸惑いを見せながらも承諾するみちる。まりもはいつもの夕呼であることにため息を一つついて諦めを表していた。

 シミュレーターへ入ると、オペレーター席についた夕呼の姿が網膜に映し出された。

「それじゃあシミュレーターを起動するけど、内容に何か希望はあるかしら?」

「そうですね……機体は不知火、全員基本装備一式でお願いします。内容は……そうですね、ヴォールクのSより上ってないですよね?」

 夕呼は訝しげな顔をした。シミュレーターで現状、最も難易度が高いものがヴォールク・データのSランクなのだ。それ以上を要求されてもすぐには用意できない。ゆえにSランクで()()()()しかないのだ。

(今の俺たちには簡単すぎるかもしれないけど……だからって油断できるものじゃないか)

 ハイヴ攻略シミュレーターのBETA無制限モードをそれぞれ単機でも反応炉まで到達できる猛者たちにとって、中途半端なヴォールク・データはあまりに()()。それでも旧OSと時代遅れの戦闘機動をメインとしている今のこの世界では反応炉に到達できる者すら存在しないのだ。

 武は唇を軽く湿らせ、シミュレーターの開始を待つことにした。

 

 

 信じられない光景が繰り広げられていた。

 たった三機の不知火がどれも異常な動きを見せ、ほとんど兵站を消費せずにハイヴを突き進んでいた。

 一機は飛びぬけて異常な戦闘機動で駆け回り、一機は長刀を片手に見惚れるような剣技を見せつけ、一機は最小限の射撃で援護していく。おそらく、これが本来の戦闘スタイルというわけではないのだろうが、三人ともが尋常ではないということだけは確かだった。

(まだ任官してそれほど経ってないような子たちが、こんな……!?)

 二人はかろうじて二十歳にみえるかどうかといった様子であり、一人はまだ幼いとすら言える少女だ。そんな三人は苦もなくBETAの海を進んでいるのだ。驚かずにはいられない。

 一瞬たりとも止まらず、常に前へ突き進んでいく。その動きは迫り来るBETAを倒しながら前進していた従来の戦術とはまるで違う、反応炉へ辿り着くことを最優先したものであることをまりもは理解した。確かにこれならば兵站も最小限の消費で済むだろう。しかし、それをこうもやすやすと実行できる者などこの世にどれだけいるだろうか。

「……夕呼。これは、本当に不知火なの?」

 そんな疑問を感じるのも当然だろう。本来あるべきはずの硬直時間がまるで見当たらない。乗っている衛士が規格外なせいではないとするならば、機体が違うとしか思えなかったのだ。

「えぇ。間違いなく、機体()なんの改良もされていない不知火よ」

「機体()、ですか……では、あと考えられるのは……OSですか?」

 夕呼の言葉のニュアンスからみちるは正解を導き出した。そう、OSしか残されていない。現在普及しているOSは、言ってしまえば根本的には初期の頃からまるで変化していない。マイナーチェンジや処理能力の向上によって性能自体は向上しているのだが、根幹部分は何も変わっていないのだ。このシミュレーションを見てまりもはそのことに気づいてしまった。

(もしかしたら、私たちが今まで乗っていたのは本当の意味での戦術機ではなかったのかもしれない……)

 戦術歩行戦闘機。それは空を奪われた人類がBETAに対抗するべく、三次元空間戦闘を可能にするために生み出した力。だが、光線級の存在により本当の意味で三次元戦闘を行うことが困難であるため平面的な戦闘になることが常であり、狭いハイヴ内では特にそれが顕著だった。

 だがこの三人は地面へへばりつきながら戦っていたこれまでの戦術とはまるで違う。壁を、天井を、BETAすら蹴り、駆け回っていく。ハイヴ内だからこその動きなのかもしれないが、その馴染んだような機動を見ていると地上戦でもそう大きく違わないのかもしれない。

(彼らは……レーザーすら恐れていないとでも言うの?)

 ハイヴ内ではレーザー照射が行われないと言われている。しかし、いつそれが覆されるとも限らないとまりもは考えている。他の衛士にしてもレーザー照射の恐怖からハイヴ内でも跳ぶことを無意識に恐れている節がある。

 使われているOSがどれほどのものかはまだわからないが、少なくともあの三人がこれまでの常識を打ち崩す存在であることは間違いがなかった。

 

 

 みちるはあの三人がこれほどの腕を持っているとは正直思っていなかった。

 だが、考えてみると未知の機体を与えられていたのだから腕が悪いということはないだろう。硬直時間をなくしているのがOSのおかげだとしても、あれだけの機動を可能にしているのは間違いなくあの三人の技量によるものだ。

(今の私が同じOSを使ったとしても、ああは動けそうにないわね……)

 三人の機動はそれほどまでに未知のものだった。だが、三人の戦術はハイヴ攻略において突入部隊に最も損害が少ないものであるのは間違いない。BETA処理を行う地上戦力さえ何とかなるのならば、少ない戦力で反応炉の破壊を行うことも夢ではないのかもしれない。

(我が隊はハイヴ突入を想定されている……なんとかこの戦術とOSを取り入れられないだろうか)

 やがて最下層へ到達し、もうすぐ反応炉というところでそれは起きた。

 見事としか言いようのない剣さばきを見せていた不知火の右手首がもげてしまったのだ。あれだけBETAを斬った長刀はほとんど無傷であったにもかかわらずだ。

「……やっぱり、脆いです」

 衛士である少女からどこか不満そうな声が漏れる。しかし、その少女はまるでもげることが分かっていたかのように落ちる長刀を空中で拾うと、そのまま左腕で剣舞を再開した。それだけ関節に負担をかけてはいたのだろうが、恐ろしい対応能力だ。他の二人もまるで気にした様子がなく、そのまま進軍していく。

 三人が反応炉へ到達するするのはもはや確定事項に見えていた。

 

 

「世界初の反応炉到達を最高難易度であっさり成し遂げてくれちゃって……聞いていた以上にとんでもないわね」

 シミュレーターから出てきた武たちに夕呼が感想を述べた。武たちとしては徹夜による判断力の低下や、関節がもろい分あまり無理ができなかったためこれでも妥協していたのだが。

「じゃあ、改めて紹介するわ。白銀武、御巫悠平、ネージュ・シェスチナ。三人とも階級は大尉になるわ」

 夕呼はシミュレーターで使用された新OS――XM3の発案者が武であること、悠平が技術者も兼任すること、三人はA-01とは別に独自に活動することを伝えた。

「では、そのXM3の慣熟はそれぞれ独自に行うということでしょうか?」

「いいえ。XM3に関しては白銀に任せるつもりだから、教導の必要を認めれば白銀が教えてくれることになるわ」

「それなんですけど……207訓練小隊が総戦技演習を終えたらそちらにもXM3の教導を行おうと思うんですけど、構いませんか?」

 みちると夕呼の会話に武が提案をはさんだ。武には悠平とネージュを最初からXM3で教導した経験があり、先入観のなさからくる成長の早さを実感していた。それゆえの提案であり、それを聞いた夕呼も納得の表情をして頷いた。

「そうね。もう実証試験も済んでいるし、最初からXM3を使ったほうが手っ取り早いわね。まりも、丁度いいからアンタもA-01と一緒にXM3の慣熟をしておきなさい」

「えぇっ!?ちょっと夕呼、本気なの!?」

 夕呼の強権にまりもが驚き、思わず素が出てしまっていた。A-01部隊は仮にも極秘部隊であり、そこにはまりもの元教え子たちも多くいる。その中に混じって一緒に慣熟訓練を行うのは軍としては非常識であり、元教官としては複雑なものがあるだろう。

「嫌なの?このままじゃ訓練生と一緒にXM3の練習することになるけど」

 さすがにこれには考えざるを得ず、結局夕呼の言ったとおりにA-01と共に慣熟訓練に励むこととなった。武が夕呼の直属である以上、毎回訓練生の教導に参加できる保証はないのだ。

「よ、よろしくお願いします、白銀大尉」

「え、ええ、こちらこそよろしくお願いします」

 かつての恩師たちに逆に教える立場となってしまった武の心情は、非常に複雑なものであることは想像に難くなかった。

 




今回はあまり進みませんでした。
三人の戦闘機動のインパクトがありすぎてXM3の凄さの影が薄く……実際に動かした時にどんな風に驚かせてみようかな。

唯依さんをどういう状況においておくか、判断に困るなぁ……いっそここからはTEゲーム版のストーリー無視していくべきか……

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