悠平は輝津薙の管制ユニットに着座したまま睡眠をとっていた。必要最低限の機能を維持する駆動音が響く中、管制ユニット内には悠平の気持ちよさそうな寝息がかすかに聞こえていた。
そんな安眠を妨害するかのようにアラームが鳴り響き、悠平はゆっくり目を覚ましていった。
「……っ、ふぁぁああぁぁ……もうすぐ
予定にズレがないことを確認した悠平は、後方についてきていた輝津薙・二番機に乗るネージュが起きているかを確認した。
「……大丈夫です。五分前におきてユーヘーの寝顔を見ていましたから」
とても満足そうに返したネージュに苦笑いを返し、悠平はメインカメラの映像を網膜に投影した。
眼下に広がるのは果てしない漆黒の空間に輝く光たちと、視界の半分を多い尽くす巨大な青。悠平たちは衛星軌道を移動していた。
「夕呼先生にいきなり、HSSTの代わりに輝津薙でユーコンまで迎えに行ってこいって言われた時はびっくりしたな……」
悠平たちは
夕呼がわざわざ輝津薙に乗って行けといった理由もある程度予測はついているが、それが正しいのかは確証がない。だが、これが後々の布石になることは間違いがないだろう。
「さて……
降下地点へと辿りついた悠平たちは主機に火を入れ、ユーコン基地の管制官の指示に従ってアラスカの大地へゆっくり降下を開始した。
性能の低下から来る廃棄処分宣告。それはクリスカの心を震え上がらせるのに十分なものだった。もう祖国の役に立てない。イーニァとユウヤに会えなくなる。そんな未来に恐怖した。
ところが、その少し後で急に処分の一時保留を言い渡された。何らかの取引材料に使われるらしいが、取引が成立するかどうかすらまだわからない。だからこその一時保留なのだろう。
(その取引の後、私は……私たちは、どうなるんだ?……ユウヤにまた、会うことはできるのだろうか?)
取引が成功するということは、最期に祖国の役に立つことができるということだ。それはまだいい。最期まで祖国の役に立てるのだから本望だといえる。イーニァも一緒なのだから、寂しくはないだろう。
だが、クリスカはその
(私は、いつからこんなにユウヤのことばかり……)
自分たちに与えられた部屋でクリスカは一人、運命の時を待っていた。そして、それはもうまもなくやって来ようとしていた。
唯依は滑走路から空を見上げていた。そろそろやって来るという国連軍の仕官二名を出迎えるためだ。滑走路には他にもユウヤやアルゴス試験小隊の面々、紅の姉妹とサンダーク、他の試験部隊や整備兵たち、ハイネマンや基地司令までもが集まっていた。
国連軍仕官はサンダークと何かの取引をするためにやって来るということではあったが、日本から
管制官からそろそろ到着すると連絡を受けた唯依は、相手が日本人ということもあって出迎え役を仰せつかったのだった。
(……ん、あれは?)
雲ひとつない空に小さな影が二つ。どうやらユーコン基地に向かって降りて来ているらしいが、HSSTが二機も降りてくるということだろうか。一体何を運んでいるのかと思ったが、それが近づいてきたことで唯依はその勘違いに気づいた。
(馬鹿な……っ、戦術機が……HSSTと同じ大気圏突入軌道を……!?)
これに気づいたのは唯依だけではないらしく周囲でも同じように息を呑み、驚いている様子が見られた。ただ、ユウヤとイーニァの二人だけは特に驚いた様子はなく、とても嬉しそうな笑みを浮かべていた。
やがて滑走路の真上までやって来た見たこともない二機の戦術機の姿を確認して、唯依は違和感を感じた。そして、戦術機が音もなくゆっくりと着陸したことで、二機とも腰部のジャンプユニットをまるで噴かしていなかったことに気づいた。
(どういうことだ!?この二機は、一体どうやって空を飛んでいたというんだ!?)
目の前で起きた現実離れした光景に驚きを隠せないでいると、片方の機体から若い男が降りてきた。おそらくユウヤよりも少し若いくらいだろう。
「国連軍横浜基地所属、御巫悠平大尉だ」
「え、あ……日本帝国斯衛軍所属、篁唯依中尉です!」
悠平の敬礼に、驚きの余韻が残っていた唯依は慌てて敬礼を返す。唯依は情けないところを見せてしまい、少しばかり恥ずかしさを感じていた。
「そうか、あなたが……」
「……?私のことを知っておられるのですか?」
少し話に聞いただけだよ、と悠平は言った。どんな話を聞いているのか興味はあるが、それよりも気になることがある。
「あの、もうお一人は降りてこられないのですか?」
「彼女には機体の警備をしてもらうことになっている。見れば分かると思うけど、機密の塊だからな。勝手にいじくられると困るんだ」
唯依はさもありなんと頷くが、ならばなぜそんな機体でわざわざここまでやって来たのかという疑問を浮かべていた。
「お待ちしていました、ミカナギ大尉」
いつの間にかサンダークが傍まで来ていた。どうやら取引の話をするようだ。
「急かしてしまって申し訳ありません。それにそちらのほうが階級は上なんですから敬語はやめてください、少佐」
「……そうか。ならばお言葉に甘えよう。では、話は我が軍の施設でお聞きしましょう」
そう言ってサンダークは悠平を先導しようとする。しかし、悠平はサンダークに待ったをかけた。
「その前に少し時間をいただいてもいいでしょうか。そこに知り合いがいるので少しだけ話がしたいんです」
「知り合いが?……わかった。ならば少しだけ待つとしよう。こちらはそれほど急いではいないからな」
サンダークに礼を言って悠平は知り合いがいるらしい方向へ向かって歩き出した。その先にいるのは――
(……ユウヤと、シェスチナ少尉?)
「元気そうで何よりだ、二人とも」
「アンタもな。と言っても、まだ一日も経ってないから変な気分だが」
「ユウヘイもネージュも元気でよかったー」
三人は笑顔を見せて会話し始めた。
(ユウヤに、私以外の日本人の知り合いがいたのか……)
それにイーニァとも知り合いのようだ。一体どういう知り合いなのか。
ユウヤが日本人である悠平と自然に会話をしている様子を見て、唯依は少し胸の奥が苦しく感じた。
(まさか……御巫大尉に嫉妬しているのか……っ?)
信じられない。だが、自分とユウヤの本当の関係をハイネマンによって知らされてからずっと複雑な気持ちを抱えている唯依は、自然に会話することができる悠平に間違いなく嫉妬していた。
少しして会話が終わったのか、悠平は機体の傍で待っていたサンダークの所まで戻ってきていた。
「この機体は横浜謹製の機密の塊なので離れて見るのはかまいませんが、魔女の怒りに触れたくなければ近づかないようにお願いします」
横浜の魔女。唯依も噂には聞いたことがあった。帝国の技術廠ではあまり評判が良くないようだが、飛びぬけた天才であるのは間違いないらしい。そんな彼女ならば、こんなデタラメな戦術機を作り上げてもおかしくはないかもしれない。
「それじゃあ行ってくる。後は頼んだ」
「……了解しました」
まだ機体に乗っているほうの衛士の声は、やや無機質ではあるがとてもかわいらしい声だった。
「――早速で申し訳ないが、取引するモノの再確認をさせてもらおう」
案内された部屋に通され、椅子に座ると早速サンダークは取引の話を開始した。サンダークの後ろにはニコニコ顔のイーニァとどこか暗い表情をしたクリスカが立っていた。
「まず、こちらが用意するのはイーニァ・シェスチナ少尉とクリスカ・ビャーチェノワ少尉。そして、当面必要と思われる分の薬ということでいいのだな?」
「ええ。そしてこちらからは、
悠平は用意した取引材料が収められたデータスティックを取り出した。
「この中にはエヴェンスクハイヴとヴェルホヤンスクハイヴのデータ、そしてエヴェンスクハイヴにいるらしい新種のBETAに関するデータが入っています」
それを聞いてサンダークは目の色を変えた。ソビエト連邦に存在する二つのハイヴの情報が手に入るのだ。自国の大地を一国でも早く取り戻したい者たちにとっては、のどから手が出るほど欲しいものであるだろう。
これらのデータは参加した攻略作戦で万が一の突入に備えて強化装備の中に入れておいてそのままになっていたものだ。他にも鉄原ハイヴのデータも入れっぱなしになってはいたが、今回の商談には持ってきてはいない。
「……この中のデータは正しいのか?」
「それらは第四計画の成果の一つです。公表せずにあなた方に先に提供することの意味をよくお考えください」
悠平はどこか芝居がかった口調でそう言った。これにはいくつもの含みを持たせることを目的としており、サンダークはその含みからいくつもの意味を自らの内で勝手に
「……では、中身を一つ拝見させてもらってから判断させてもらおう」
「なら、これをお見せしましょう」
悠平は部屋にあったPCにデータスティックを差込み、一つのデータを呼び出した。それは超重光線級のデータだ。悠平自身も不完全なものとはいえ交戦経験があり、なおかつ今現在確実にエヴェンスクハイヴにいる怪物だ。各部の強度や内包しているらしい反応炉のこと。攻撃手段やそのおおよその威力まで様々なことが記されている。
「これは……こんなものが、エヴェンスクハイヴに……?」
「ええ。ほぼ間違いなくいます」
そもそも東シベリアでつい最近まで光線属種が確認されていなかった理由が、この超重光線級を作り出していたからではないかといわれているのだ。今現在も間違いなくいるだろう。
「……いいだろう。商談は成立だ。この二人は持っていくといい」
超重光線級がいるという確証の理由を説明されたサンダークは、交渉の成立を宣言した。
「だが、あれは規定の性能を発揮することはできないぞ。それどころか明らかに異常をきたしている」
「そんなことは百も承知です。それに、俺の目的はあくまで彼女たちの保護なので」
そう言って悠平は椅子から立ち上がった。悠平の手招きにイーニァが笑顔でやって来て、クリスカがそれに恐る恐る続いた。
「それでは荷物をまとめ次第、彼女たちはそのまま連れて戻らせていただきます。……ああ、それと――」
悠平は二人を連れて部屋の入り口へ向かおうとサンダークに背を向けたまま、何かを思い出したように口を開いた。
「――魔女の逆鱗に触れたくなければ彼女には手を出さないほうがいいですよ。それとこれは俺の私見ですが……どんな生まれであってもあの子達が人間であることには変わりない。個体差があるのだから同じ性能を発揮することはできない。ならば、手を加えるべきなのはあの子達じゃない」
「……我々のしていることは見当はずれだと?」
「もうその段階は通り過ぎている、ということです。個人的にはあなたたちのやっていることはこの上なく気に入りませんが、そのおかげで大切なものと出会えたのもまた事実。だからこそ忠告しておきます」
サンダークが怪訝そうな表情を見せる。今のネージュに会っていないのだから無理もないだろう。それどころか、この世界のネージュが施設にいないことすら気づいていないかもしれない。
「あなたがあの子達を兵器として完成させた場合、兵器は所詮兵器でしかありません。兵器はそれを扱う者のとおりにしか動かない。ならば、あなたたちの希望があなたたち自身の敵となる可能性は常に存在している」
それは一つの可能性。だが、決してありえないものではないと悠平は知っている。アニメ版のトータル・イクリプスでは実際にそうなりかけていた。だから、
「少しでもそんな未来を回避したいなら、あの子達自身を大切にしてあげてください。少しずつ育んだ想いは、きっとあなたたちの力になってくれるはずです」
悠平は願望ともいえる希望を残して部屋から去っていった。わずかでもサンダークにその願いが届くことを信じて。
悠平が荷物を持ったイーニァとクリスカを連れて戻ってきた。それは取引が成功したということだろう。ただ、悠平の表情には気疲れしたような表情が浮き出ていた。
「お疲れさん。だいぶ心労が溜まったみたいだな」
「取引自体はあっさり片付いたんだけど、いらないこと言ったかなーと思い出すとこう胃の辺りがな……」
ユウヤのねぎらいの言葉に悠平が苦笑を浮かべた。どうやら何か余計なことを口走ったらしいが、すんなり出てこれたということはサンダークにも思うところはあったのかもしれない。
「ユウヤー、お前が中尉以外の日本人に知り合いがいたなんてなー」
そう言って悠平と話しているユウヤの肩に腕を回してきたのはヴィンセントだった。先ほどからずっと聞きたそうな気配はさせていたが、我慢できなくなったらしい。
「トップガンにこんな知り合いがいたとはなぁ。俺も驚いたぜ」
「ずいぶん親しそうだけど、日本嫌いが直る前から知り合いだったのかしら?」
VGとステラまで絡んできた。みんな興味津々だったようだ。
「ちょっとした極秘計画で知り合ったんだ。それ以外は内緒だな」
困り果ててどう説明するか迷っていたユウヤに悠平が助け舟を出した。興味は余計に引くことになるだろうが、極秘計画という盾を使えばあまり深入りはしてこないだろう。
「えぇー。つまんないなー。あの機体のこともまったく教えてくれないし……」
まだ包帯やギプスが取れていないタリサが不満そうに唇を尖らせる。というよりも、まだ入院が必要なはずだがこんなところにいてもいいのだろうか。
「お前が極秘計画に関わってたなんて初耳だぞ。あの機体もその極秘計画に関係してるのか?」
「まぁ、その……機密事項だ」
付き合いの長いヴィンセントの追及をかわしていると、ユウヤはクリスカが不安そうな表情をしていることに気がついた。
「どうした、クリスカ。浮かない顔だな?」
「あ、あぁ……そうか……私は、そんな顔をしているのか……」
クリスカは何かに怯えている子供のように不安そうなそぶりを見せているが、ユウヤには何がそんなに不安なのかがよくわからなかった。
「あのね、クリスカはユウヤと会えなくなるかもしれないことが不安なの」
「イ、イーニァ……!?」
イーニァに不安の理由をばらされて焦りを見せるクリスカは、普段のギャップもあってとても魅力的に見えていた。
「そういうことか……まぁ、心配するな。XFJ計画を完遂したら俺もそっちに行くことになってる。一ヶ月もすりゃすぐに会えるさ」
「それは本当か……っ?」
ユウヤの肯定に、クリスカの表情が華やいだ。どうやら不安はだいぶ払拭されたようだ。
それぞれの機体にクリスカとイーニァを乗せた悠平たちは、来た時と同じようにふわりと宙に浮かび衛星軌道へと昇っていく。その様子を唯依はユウヤと肩を並べて見ていた。
「……行ってしまったな」
「ああ」
唯依はこれで決着がつけられなくなったと思っていた。もっとも、ユウヤとの本当の関係を知った時に決着はついていたのかもしれないが。それでも自分はユウヤの傍にいることができ、彼女はユウヤの傍から去っていったことからこれは引き分けといえるのかもしれない。
「ユウヤは……その、寂しくはないのか?」
思わず口が滑った風に唯依は尋ねてしまった。寂しくないはずなどないことは分かりきっていたのにだ。
「寂しくないって言ったら嘘になるが……XFJ計画が完遂したら俺もあっちに行くんだ。それほど時間はかからずにまた会えるさ」
唯依は一瞬、ユウヤが何を言ったのか理解できなかった。
「あっち……?あっちとは、日本のことか……?」
「ああ。国連の横浜基地に誘われてるんだ。……そうだな、日本に行ったら唯依に案内してもらうのもいいかもしれないな」
前に行った時はずっと基地にいたしな、と言うユウヤのつぶやきは唯依の耳には届いていなかった。
(相手の全てを受け入れてからが恋愛の本番、か……私にとっては特にそうなのかもしれないな)
唯依は自分がまだユウヤのことを諦めていないのだということに気づいた。たとえ相手が実の兄であろうと、諦めたくはないのだ。
(まったく、自分がここまで諦めの悪い女だったなんて……ですが、覚悟が決まってしまったのなら仕方ありませんよね?)
どこか自嘲気味な笑みを浮かべて唯依は諦めることを諦めた。そうだ。まだ、この戦いは
「――ああ、どこでも案内してやろう。帝都も、私のお気に入りの場所も全部見せてやる」
だから覚悟しておいてください、
色々でっち上げました。
唯依さんはすでに狙撃による死亡偽装から復活している設定です。
あまりごちゃごちゃ考えるのをやめたので原作から大きく離れ、キャラクターもどこか変化していると思います。
でも、この方が面白そうな気がしませんか?