この手を伸ばせば   作:まるね子

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ふぅ、やっと武のヒロインたちが出るところまでこれた……


第六話「第207衛士訓練小隊」

 悠平とネージュが輝津薙で横浜基地を発った頃、武は207訓練小隊の懐かしい面々と顔合わせをしていた。

 自分たちとほとんど変わらない年齢の大尉として紹介された武は、四人の視線を一身に集めていた。そう、ほとんど変わらない年齢だ。

 今回、武はこの世界にもともと存在したシロガネタケルの戸籍を復活させるのではなく、同姓同名のまったくの別人としての戸籍を用意していた。これはこれまでのようにループによって年齢が巻き戻っていないため、不自然さをなるべく出さないためのものであり、真那対策でもあった。疑惑自体はかけられるだろうが、別人であることをこちらから明言することで不必要な嫌疑を減らすことを考えたのだ。

 その武は今、大切な仲間たちのために心を鬼にしようとしていた。

「神宮司軍曹から紹介されたとおり、俺の出番はお前たちが戦術機に触れることを許されてからだ」

 戦術機という単語を聞いて息を呑む207の一同。全員、戦術機に乗れるようにさえなれば衛士になれると思っている節があるが、武は今からその驕りを叩き潰そうとしていた。

「お前たちは技術だけを見るならすぐにでも戦術機教習応用過程に進めるだけの実力を持っているだろう」

 武の言葉に慧が当然とでも言いたげな顔をする。他の三人も似たり寄ったりだった。

「――だが、今のお前たちでは例え衛士になったとしても仲間の足を引っ張って死なせるだけのお荷物にしかならない!何故だか分かるか!?それはお前たちが仲間を本当の意味で信頼していないからだ!」

 この武の言葉に壬姫はびくりと身を震わせ、我が強い三人は何も知らないくせにとでも言いたそうな不満げな表情を見せた。

「一つ言っておくが、俺はお前たちが抱えている事情をお前たち自身が知らないものまで知っている!その上で言おう!そんなものは()()()()()()!!」

 207小隊の四人だけでなく、まりもも驚いて息を呑んだ。自分たちがこれまでずっと気にしていたことをどうでもいいと言ったのだ。その驚きは推して知るべしだろう。

「前線の衛士が戦いに身を置く理由でもっとも大きいものが何か、お前たちは知っているか?」

「人類の勝利のためです!」

「国のためだ」

「……家族を守るのため」

「えっと、生きるためです!」

 武に答えを促され、それぞれが思い思いに応えていく。しかし、どれも違う。

「……答えは、仲間のためだ。今も前線で戦っている衛士の多くが、共に戦う仲間のために戦っている。少しでも長く仲間を生かすために戦っている。それが結果的に一人でも多くの者を生き延びさせ国のため、人類のために戦うことへとつながっている」

 武の重く、静かに答える姿に全員が再び息を呑んだ。その言葉の重さから、武もこれまで戦い抜いてきた衛士なのだという圧力を感じているのかもしれない。そして、武は言葉を続けていく。

「お前たちがどうして前回の総戦技演習で落ちたのかは知っている。いきなり仲間を全面的に信用しろと言われても無理だろう。だから最初は一つでもいい。仲間の信頼できる部分を見つけて、お互いにその部分を()()()()()()ように、その部分だけでも信じあえるように努力して欲しい」

 それができれば総戦技演習もちゃんと突破できるはずだ、と武は続けた。

 武の言葉を聞いていた四人は少しの沈黙の後何らかの答えが出たのか、どこか表情が違って見えた。どうやら少しは届いてくれたらしい。

 

 

「さすがですね、大尉」

 午後の訓練を終えた頃、訓練の様子を見学をしていた武はまりもに声をかけられていた。

「大尉のお言葉を聞いただけで、あの子達の身の入り方が違っていました。私ではあのようには行かなかったでしょう」

 お恥ずかしながら、とでも言うように苦笑しながらまりもは言った。

「そんなことありませんよ。あいつらがここまでこれているのは神宮司軍曹のおかげなんです。俺はほんのちょっと後押しをしただけですよ」

「いいえ。あの子たちが抱えているもののことでうまく纏まれていないことは理解していましたが、私はそれをどこかで容認してしまっていました。これでは教官失格ですね」

「そんなこと言わないでください。俺は神宮司軍曹のことを尊敬しているんですから」

「大尉が、私をですか?」

 まりもは目を丸くしていた。武はまりもによって育てられたのだ。それはここにいるまりもではないかもしれないが、それでも武にとっては尊敬できる()()であることに変わりないのだ。

「それと、俺のほうが年下なんですからもっと気楽な呼び方でいいですよ。なんだかんだ言って俺も夕呼先生の同類ですし、神宮司軍曹も元の階級は俺と同じ大尉じゃないですか」

「ですが、それでは規律が…………はぁ~」

 まりもは諦めたようなため息をつくと、仕方なさそうな笑みを浮かべていた。

「まったく……それじゃ、プライベートでは白銀君って呼ばせてもらうわよ?」

「えぇ、それでお願いします。神宮司軍曹」

 武はかつてのようにまりもちゃんとは呼ばない。それは、武の一つのケジメだった。

 

 

 霞と二人でPXで空いている席がないか探していると、207小隊の面々が食事をしている姿が見えた。丁度すぐ傍に空いている席もあるため、親睦を深めるには丁度いいだろう。

「よっ。ここいいか?」

「はい、大丈夫で――って、た、大尉っ!?」

「ああ、敬礼はいい。プライベートまで堅苦しいのを持ち込む気はないぞ」

 敬礼しかけた手の置き場に迷い、戸惑いを見せる面々。訓練中の厳しい物言いとのギャップに戸惑いを感じているのだろう。食事を進める一同の空気がややぎこちなく感じる。ちらちらと武と霞を覗き見ているが、遠慮してしまって聞いてこようとはしない。どうやらここでも不干渉の暗黙の了解の影響がまだ残っているようだ。逆に言えばここで武に対する遠慮を少しでも取り除くことができれば、不干渉という壁を少しは取り払えるのかもしれない。

「訓練や任務の時以外はあまり上下関係とかあまり気にしなくていいんだぞ。年もほとんど変わらないんだし、戦場に出ちまえば戦友になるんだしな」

「いえ……ですが、そういうわけには……」

 千鶴が他に三人に目で助けを求めるが、みんなもどうするべきか困っているようだ。壁を崩すには今一歩足りないのかもしれない。

「――よし、なら俺のほうは勝手に呼びやすい名前で呼んでやる!委員長!冥夜!彩峰!タマ!うん、これで決まりだな!」

 武はニヤリと笑みを浮かべてみせる。いかにも突発的なインスピレーションから決めましたというポーズをとったのだ。このままではついうっかり以前からの呼び方で名前を呼んでしまいそうだったので、早いうちに諦めをつけさせようと考えたのだ。

「私が、委員長……?……それって、少しきつそうに見えるってことかしら……」

「なんだ、私は下の名前か?……ふむ、確かにそのほうが少しは親しみやすいか」

「……私だけ普通。でも、変な風に呼ばれるよりマシ」

「なんだか猫さんみたいですね。……えっと、ニャー?」

 どうやらみんな前よりはすんなり受け入れてくれようとしているようだ。武が上官ということもあるだろうが、そんなことはこれからどうにでもしていけばいいだろう。

「みんなもプライベートな時は俺のことは呼びやすいように呼んでくれていいぞ」

「えっと……」

「それは……」

 だが、武のことを好きに呼ぶにはまだハードルが高いようだ。なんとか気軽に呼ぼうという努力は感じるのだが、いまいち言葉に出て来る様子はない。この中では一番気が小さいであろう壬姫などは顔を赤くしていっぱいいっぱいになってしまっているようだ。

 そう思っていると、

「あ、あのっ、タケル……さん!その……社少尉とは、どういう関係なんですか!?」

 意外なことに壬姫が真っ先にそう言い出した。しかもかなりの危険球である。

(これは、どう答えるべきなんだ……!?)

 いきなり本当のことを言っては誤解を招く可能性もあり、そもそも他人の恋愛話というものは非常に話の()()になりやすいものだ。だが、それを利用することで207小隊のみんなを団結させる一助になるのならばやぶさかではないとすら思っている。しかし、武が二股をかけているようなものだということを知られるのは風聞が――

「私は、タケルさんの彼女の一人です」

 とか武が悩んでいる間に霞が暴露してしまった。そして案の定、207小隊のみんなからの視線がとても鋭いものへと変化した。

「彼女の」「一人」「ですか」「……やるね」

 千鶴、冥夜、壬姫、慧の順番で放たれた言葉のトゲが武へと突き刺さる。

「……白銀はそういう人だったのね」

「タケル……誰かを泣かすような真似だけはするでないぞ」

「タケルさん、大人なんですね……」

「……白銀、女たらしだね」

 どうやら武に対する遠慮の壁はほとんど一気に吹き飛んだようだ。そして武に関しての場合だけではあるが、207小隊はこれまでにないほどの一体感を発揮していた。これならば意外と早くチームとして纏まるかもしれない。

(けど俺に対しての株は駄々下がりだな、こりゃ……)

 武は嬉しいのやら悲しいのやらわからず肩を落とした。霞が優しく背中を撫でてくれるが、どこか確信犯のような空気をまとわせる霞を武は気のせいだと思い込むことで流すことにした。まだこの世界では出会ったばかりなのだ。巻き返すのはいくらでも可能だろう。

 

 

 消灯時間が迫りつつある頃、そろそろ悠平たちが戻ってくるという連絡を受けて出迎えに行こうと外へ出ると丁度自主訓練を終えたらしい冥夜と鉢合わせた。

「自主訓練か?精が出るな」

「タケルか。そなたはこれからか?」

「いや、仲間がそろそろ戻ってくるっていうからその出迎えにな」

 武が嬉しそうな顔で語るのを見て冥夜は少し驚いたような顔で武を見ていた。

「そなたの戦友か……そなたが訓練の時に語っていたあの話は、その者たちとのことなのか?」

「いや、あいつらとも付き合いは長いけど……あのことを俺に教えてくれた連中はその()の戦友たちだな」

武はふっと遠くを見るような目をした。今はもういない、だがこの世界ではまだ生きている仲間たちに教えられた数々のことを武は反芻していた。

「……その者たちは、もう?」

「ああ。ほとんどみんな死んじまったよ。でも俺はあいつらを忘れない。生きて、あいつらのことを誇らしく伝えてやるんだ」

「……たしか、衛士の流儀だったか」

 ああ、と武は頷いた。これもまた、武が教えられた大切なことの一つだ。

「……そなたを見ていると、衛士にとって仲間というものがどれほど大事なものなのか思い知らされる気がするな」

 冥夜が静かにつぶやいた。武は冥夜が何かを言おうとしていることを感じ、黙って先を待つことにした。

「――私は、一刻も早く衛士となって戦場に立ちたいと思っていた。この国、日本という国のために戦いたいと思っていた。……だが、それだけではダメなのかもしれんな」

「……そうだな。俺も昔は世界と人類を救うために戦っていた。でも、それだけじゃダメだったんだ」

「そなたがそう言うと、何故だかとても重く聞こえるな。経験者は違う、ということか……」

 冥夜はそう言うと小さく息をついた。

「これまでの私は……いや、我々は……どこか独りよがりだったのかも知れんな」

 冥夜が誰にともなく口にしたその言葉は、あるいは冥夜自身に言った言葉だったのかもしれない。




割とあっさり効果が出たのは武が現役の衛士だからというご都合主義。
これからもご都合主義的な介入がボロボロ出てくる予定です。

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