この手を伸ばせば   作:まるね子

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今回は少々グダグダな展開かも。


第八話「オーディンズ」

 武はA-01の面々と顔合わせをしたとき、思わず目頭が熱くなってしまった。なんとかそのことはバレることはなく新OSについての説明を行うことができたのだが、説明が終わったとたん水月に勝負を挑まれてしまった。やはり水月は相変わらずのようだ。

 よく見てみれば武の知らないメンバーが数名いることに気づいた。おそらく、前の世界では武がA-01に加入した時点ではすでに戦死していた者たちや重症で入院していた者たちだ。

 築地多恵。彼女は元の世界でも顔見知り程度ではあるが知り合いといえるだろう。茜にいつもくっついている娘だ。夕呼の実験で猫にされたこともあった――どうすればそんなことができるのか皆目見当もつかないが。

 麻倉光。彼女とは元の世界の球技大会で行われたラクロスの試合でぶつかったことがある。茜のクラスメイトだ。

 高原雪名。彼女もラクロスの試合で茜のクラスメイトとして出場していたが、クラスが違うのでこれ以上は特に知らない。

 鹿島るい。風間祷子の同期であり、ヴァルキリーズ随一の大食いだという。速度の祷子、量のるいという双璧とPXでは認識されているらしい。その割にはずいぶんと小柄なようだが。

 稲村小鳥。同じく祷子の同期である。幼馴染に武家がいるらしいが、その幼馴染が妙な京都弁で喋るせいで中途半端に移ってしまい独特な喋り方をする。

 自己紹介が済み、シミュレータールームへ移動した武たちは一対三の対人戦を行うことになった。彼女たちの実力は侮れないが、二年以上XM3を使い続けている上にフィードバックデータまであるのだ。今日初めてXM3を使うような彼女たちに負けていては話にならない。

 ひとまず現在の彼女たちの現在の技量を確かめた上で、武がここまではできるようになって欲しいと思うレベルの機動を披露して勝利を収めていった。彼女たちの腕ならば多少の時間さえあれば到達することは難しくないだろう。だが、案の定負けた彼女たちの機嫌はあまりよくはなく、とくに水月はライバル心を燃やして数合わせとして再戦を申し込んできたくらいだった。

「あっははははははっ、ひぃーっ、ふ、腹筋がっ、ひひ……ひひひっ」

 シミュレーターから出ると夕呼が腹を抱えて爆笑していた。茜の姉である遙によると、どうやら全員が一歩目から大転倒したのがよほどツボにはまってしまったらしい。やはり天才とはわからないものだ。

「さて、白銀大尉の実力はいやというほど分かっただろうが、XM3の有用性はちょっと触っただけの貴様たちもよく分かっただろう」

 みちるが未だ爆笑し続ける夕呼を無視して話し始めた。いつまで笑い続けるか分からないので至極当然だろう。

「XM3が有用で私たちはまだその能力の一端にしか触れていないことはよく分かりました。ですが、白銀大尉のあの機動は少々危険ではないでしょうか?対戦術機戦では有効ではあっても、あんなに上へ何度も飛び上がっていたら光線級に打ち落とされてしまいます」

 茜のこの質問はもっともなものだろう。光線属種に狙われるのを避けるためにBETAを盾にしたり、上へ逃げることを恐れていたりするのだ。だが、それでは戦術の幅が狭まってしまう。

「そのことだけど、俺たちオーディンズは全員ある程度の数ならレーザー照射をそれぞれの機動で回避できるんだ。もちろん回避できる数に個人差はあるけど」

 この武の答えにヴァルキリーズは全員息を呑んだ。レーザーを回避すること自体は不可能ではない。低出力による照準照射を検知した瞬間に回避機動を取ればいいのだ。だが、それは言うほど簡単なことではない。事実それで多くの衛士が打ち落とされ、蒸発しているのだ。それをある程度の数――つまり、少なくとも一体ならば避けられると言い切れる武の技量の底が知れないのだ。

「ちょっと待ってください。オーディンズとは一体……?」

 祷子が挙手して質問をしてきた。そういえばまだ説明していなかったなと武は気づいた。

「オーディンズはA-01と同様、副司令直属の特殊任務部隊です。主な内容は基本的にはA-01とは大きく違いませんが独自に新型機や新技術の開発や運用試験、あとは今回のような新技術の教導も行います」

 第99独立部隊――オーディンズはヴァルキリーズと同様に夕呼直属の特務部隊であると同時に、エインヘリアル小隊の流れを汲む実験開発部隊でもある。A-01と共に出撃することも想定されているが、あくまでも新技術の実験・開発が目的の部隊だ。

「A-01に編入するのはダメだったんですか?正直、大尉のような凄腕が入ってくれたら大助かりなんですけど」

 晴子の質問はもっともだろう。A-01はただでさえ損耗率が激しく、元々は連隊規模だった部隊も現在では一個中隊にギリギリ届いていない。A-01へ組み込んだほうが効率がいいのは確かだろう。

「まず一つ、俺たちはオルタネイティヴ計画で必要と思われる技術を扱ってる関係でA-01よりも機密レベルが高い情報を多く持っています。その関係で試作された実験機も保有していますが、その中のいくつかはまだ公開することもできないものが含まれています」

「それは我々にもまだ見せられないものがある、ということでしょうか?」

「そうです。いずれ見せられるものも出てきますが、今はまだほとんどのものを見せることができません」

 美冴の質問に武が頷いた。輝津薙は例外的に最低限の武装――突撃砲と長刀のみを護身用に装備してユーコン基地まで行ってきたがそれは夕呼に考えあってのことであり、この世界には存在しない機体や技術を見せるには少し時間を置いたほうがいいと判断したのだ。武がここでこうしている今も悠平は技師たちとともに様々な作業を行っている。最低でも新型関節の量産化が済むまでは接触を控えるべきというのが全員一致の考えだった。

(本当はすぐにでもヴァルキリーズに電磁投射砲とか使わせたいけど、一度にできることじゃないんだよな……)

 電磁投射砲の複製も行われるが、現状でその出力に耐えられるのは弐型改だけなのだ。今ある不知火を弐型改へ換装することも考えられているが、そちらはXFJ計画が完了しなければ難しいということだ。同様の理由で現在基地に存在する弐型改も予備部品の確保が難しいため当面は実戦に使えない。基地で予備部品を製造することも考えられたが、そこも含めて悠平のがんばり次第で色々変わってくるだろう。

(がんばってくれよ、御巫……)

 武は今も準備に勤しんでいる悠平のことを考えながら、ヴァルキリーズのシミュレーター訓練を続けていった。

 

 

 悠平は己の強化装備にしまいこんでいた設計データを若干改良し、不知火系の規格にあわせた新型関節の製造を行おうとしていた。この修正は通常の不知火と弐型の関節に互換性を持たせることで換装を容易に行えるようにするものであり、わざわざ新造の弐型を用意する手間を省くためのものだ。

 すぐ近くでは多くの技師たちが新型関節の製造ラインを構築するために慌ただしく駆け回っていたが、悠平は目もくれずに作業を続けていく。

「……すみません、後どれくらいで製造ラインを動かせそうですか?」

 その様子をちらりちらりと見ていた製造ライン構築の監督役をしていた技師にネージュが尋ねた。作業で手が離せない悠平に代わって聞きに来たのだ。

「かなり突貫で作業しているから初期ロットの生産開始まで十五時間ってところだろうな」

「……わかりました」

 そう言ってネージュは悠平のところへ戻っていく。

「ありがとう」

 ネージュが頼まれていたことを伝えると悠平はまったく顔を上げずに答えた。よく見ればすでに新型関節の再設計作業は終了しており、いつの間にか電磁投射砲の製造プランへと作業は移っている。

 あまりの作業の早さに感心する前に心配になり、おそるおそる悠平の顔を覗いてみたネージュは絶句してしまった。

 

 悠平の目が死んでいた。

 

 病的なまでに病んだ目をしていた。まだ作業を開始して半日程度しか経ってないはずだが、まるで一睡もせず一週間ぶっ通しで作業を続けてきた者のような目をしていた。それでいて作業は異常ともいえる速度で進んでいき、その手の動きはまるで思考と反射が融合したかのように淀みない。確かに急がなければならない事情はあるのだが、ここまでやらなければならないものなのかとネージュは戦慄を禁じえなかった。

 結局、悠平は一日で抗重力機関の製造を除く予定されていた全ての作業を終えてしまうことになるのだがその翌日、彼が自室から出てこなかったというのは別の話である。

 

 

 PXでの休憩を挟み、A-01の不知火は換装作業が行われているためそのまま午後もシミュレーター訓練を行うことになった。もしかしたら数日は不知火に乗ることができないかもしれないと聞いたときのヴァルキリーズからの非難の嵐は武には少々つらいものがあった。だが、そんなブーイングもすぐに止むこととなる。

「えー、本日よりXM3慣熟訓練に神宮時教か――じゃない、軍曹が時々参加することとなった」

「神宮司まりも軍曹です!よろしくお願いします!」

 その瞬間、シミュレータールームに阿鼻叫喚が広がった。

「え、何で……?え、何でっ!?」

「イヤァァ……鬼教官のしごきはもうイヤァァ……!」

「…………ふぅっ(気絶)」

 そんなに酷いことをしていたのかとやや不安そうな表情を浮かべるまりもだが、実のところヴァルキリーズのこの反応はやや過剰ではあるものの喜びの表れでもあった――気絶したるいだけは違ったかもしれないが。

 やがて阿鼻叫喚が収まるとヴァルキリーズの面々はまりもの後ろに二人の銀髪の衛士がいることに気がついた。

「あまり恥ずかしいところを見せるんじゃない……彼女たちはオーディンズの預かりである衛士だ」

「クリスカ・ビャーチェノワ少尉です」

「イーニァ・シェスチナ少尉です」

「シェスチナ少尉はオーディンズの一員であり、ビャーチェノワ少尉のリハビリとしてXM3慣熟訓練に付き合ってくれるそうだ」

 それを聞いた戦乙女たちの目の色が変わった。オーディンズということは武と同じくレーザー照射を回避できる衛士なのだ。興味を持ってもおかしくはないだろう。

「オーディンズなのはシェスチナ少尉だけでビャーチェノワ少尉は違うということでしょうか?」

 水月がみちるに質問するが、それに答えたのは武だった。

「彼女、ビャーチェノワ少尉は現在ある治療の最中であまり過度な訓練はできない状態なんです。ですがまったく訓練しないのでは復帰が遅れるだけなので、リハビリとして無理をしない程度に訓練へ参加することが許されています。また、彼女はオーディンズの候補でもあるので、腕は確かで訓練にも十分ついていけると思いますよ」

「じゃあこっちにくださいよ、白銀大尉。ただでさえ数が足りていないんですから」

「それを俺に言われてもな……」

 雪名の文句にやや困り顔で武が返した。クリスカを入れることを決めたのは悠平なのだ。武に文句を言われても困るだけだ。

「あまりお喋りしている時間はないぞ!シミュレーターを使える時間は限られているんだからな!」

 収拾がつかなくなりつつある中、みちるが注意を促した。

「では、神宮司軍曹、これからよろしくお願いします」

「はっ。足を引っ張らぬよう努力します!」

 みちるは教官であったまりもの下士官としての対応にむずがゆそうな表情をしていた。

 午後のシミュレーター訓練でヴァルキリーズは相変わらず飛びぬけている武や同じオーディンズであるイーニァだけではなく、XM3に初めて触ったまりもやクリスカにも手酷くやられる結果となり、非常に悔しい思いをすることとなった。狂犬やソビエト最強(スカーレット・ツイン)という呼び名は伊達ではないということだろう。

 

 

 207小隊は午後の訓練が中止となり、代わりに美琴が入院する病院へ来ていた。美琴の退院と総戦技演習の時期を早めるため、退院する前から結束力を高めるためにまりもが指示したのだ。

 その病室で一番の話題になったのは退院後すぐに行われる総戦技演習のことではなく、武のことだった。

「それで、白銀ったら社少尉以外にも女がいるらしいのよ?」

「へえー、僕たちも狙われてたりするのかな?」

「そ、それは……どう、なのだろうな」

「そういえばさぁー――」

 病室からは面会終了時間まで和気藹々とした話し声が聞こえていた。その様子はすでに一度失敗して後がないとは思えないものであり、チームが確実に変わってきている証拠のようにも一同は感じていた。

 




何かのフラグが立った気がする……まぁ気にせず書いていきます。

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