この手を伸ばせば   作:まるね子

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総戦技演習の内容なんて書きません。書きませんったら書きません。


第十話「帝都の夜」

 美琴が早期退院したことで若干の体力不足が懸念されていたが総戦技演習は事前通達どおり早められ、10月28日より開始されることとなった。

 なお、武と初顔合わせした時の美琴の第一声は、

「大尉は女たらしだって聞いてます。あ、プライベートは気軽でいいんだっけ。じゃあタケルでいいよね?」

 という非常に気安いものだった。武にとってはその気安さはありがたいものではあったが、明らかに不名誉なイメージをもたれているのは間違いない。

 入院中に面会時間を使って結束力を固めたことで207小隊は以前まであったぎこちなさが薄くなってきており、恐ろしい連携で武弄りを行うようになってきていた。この連携が試験中も発揮できれば総戦技演習の突破は容易だろう。

 そして迎えた総戦技演習初日。武は水着姿でくつろぐ夕呼と共に無人島の海岸に立っていた。

「……夕呼先生、なんで研究が順調なのにこんなところに来てるんですか」

「順調すぎて今はできることがないいのよ。それにアンタたちだけバカンスってなんだか悔しいじゃない」

 この先生は……と呆れ半分の表情で武は夕呼を見つめた。

「……何?アタシに欲情でもしたの?アタシは年下は性別認識範囲外よ」

「知ってますよ」

 武はため息を一つついて無人島の奥のほうを見渡すように視線を巡らせた。

 最終試験はすでに始まっている。ならばあまり心配しすぎるのもよくないだろう。それに今の彼女たちならお互いを助け合ってちゃんとクリアできるはずだ。

 だが、一つだけ心配事がある。

(御巫……大丈夫かな?)

 水月にネージュを取られ一人黙々と寂しく荷電粒子砲部分の修復作業を進める悠平のことを考えると、涙がちょちょぎれそうになる武だった。

 

 

 総戦技演習が終わったらしい。らしいというのは悠平自身はもう何日も90番格納庫に篭りきりである上ろくに時計も見ていなかったため、ついさっき戻ってきた武の報告でようやく気づいたのだ。

 久しぶりに日時を確認するとすでに11月3日と表示されている。

「思ったよりは作業が進んでいるわけか……」

 この調子なら新潟で一度くらい荷電粒子砲を使用しても、その後の修復の遅れは出さずに済むだろう――ドジって損傷させなければ。

 一度手を休め、クリスカとイーニァが時折差し入れてくれたレーションを口に含む。ネージュがなかなか上等なものを選んでくれたらしく、意外とおいしいというところに努力の影がみられる。

「速瀬さんに付き合わされて、ろくにこっちに来る時間もないみたいだしな……」

 集中が途切れ始めたせいか、妙に独り言が多い。少し休憩を取るべきだと判断し、悠平は90番格納庫の床に転がった。

「――総戦技演習が終わったら何かしようと思っていたはずなんだけど……なんだったかな?」

 疲労でぼーっとする頭で悠平は入れておいたはずの予定を思い出そうとする。

 総戦技演習が終われば次は戦術機適正検査だ。これは悠平たちもやったから覚えている。

 その次はシミュレーター訓練で操作を覚えながら、吹雪が来るのを待つ。とはいっても今回は夕呼が手配しており、今日中には届くらしい。よってこちらも問題はない。

「……ん?吹雪の搬入?」

 ふと脳裏に引っかかるものがあった。よく思い出してみれば搬入されるのは吹雪だけではないではないか。

「……そうか、将軍のことがあったか」

 政威大将軍――煌武院悠陽。彼女が冥夜のために紫の武御雷を搬入させるのだ。

 そしてそこからこれからやるべきだったことを悠平は思い出した。時計を確認するとすでに日は落ち、夜へとさしかかろうとしていた。

「あー……そろそろ行っておくべきだよな……」

 悠平は疲れた体に鞭を打ち、気だるげに上半身を起こした。まだほとんど休んでいないが、さっさと準備を済ませて向かわなければ()()をするタイミングを逃してしまいかねない。

 必要なものを用意して夕呼に予定通り行ってくることを伝えた悠平は、一つ背伸びをした。

「――さーて……行ってきますか」

 その一言を残して悠平は、横浜基地から姿を消した。

 

 

 各家庭から一日の終わりを告げるように少しずつ明かりが消えていく頃、一日の役目を終えて自室へと戻ってきた乙女が小さくため息をついていた。

 その乙女は未だ女性と呼ぶには年若く、少女と呼ぶには成熟した娘だったが、その両肩には年齢からは考えられないような重責がのしかかっていた。

(いけませんね……あの者はわたくしの代わりに多くの重責を背負っているのです。この程度で音を上げていてはあの者に申し訳が立ちませんね)

 とはいえ、今日は断りにくい筋からの嘆願で国粋主義の食事会へと招かれ延々と国粋の素晴らしさを、そして米国に対する嫌悪の感情を聞かされ続けて思いのほか精神的に疲れてしまっている。早めに休むべきだろう。

 そう思い、敷かれた布団へ体を横たえようとすると妙な感触がつま先に感じられた。一瞬、爆発物でも仕掛けられているのかと思ったが、布団の中を覗いてみるとそこにあったのは手のひらに収まりそうな小さな物体が一つ。

(これは……レシーバー?なぜこのような場所に……?)

 乙女は誰かを呼ぼうかと思ったが、これは自分に対する秘密裏の接触を求めているのではないかと予想し、恐る恐るレシーバーを手に取った。

 念のため部屋の外に誰もいないことを確かめ、乙女はそっとレシーバーへ話しかけた。

「……どなたかは存じませんが、聞こえていますか?」

「――ええ、聞こえていますよ。煌武院悠陽殿下……こんな方法で接触するしかなくて、無駄に不安を煽る形になってしまってすみません」

 返ってきたのは若い男の声だった。人の部屋にこんなもの(レシーバー)を無断で潜ませたことに対する謝罪はあったが、こんなことをしてまで一体何の用があるのか。

「いくつかあなたに伝えておきたいことと……あとは単なるお節介ですね。もっとも、あなたが信じるかどうかで帝国の未来が大きく変わるかもしれませんが」

 穏やかではない話だ。だが、悠陽はこの男の話を聞いてみるつもりでいた。どうやってレシーバーをこの部屋へ隠したのかはわからないが、物的証拠はこちらにある。場合によってはこのレシーバーから相手を探ることもできるだろう。当然対策はされているだろうが、何もないよりはマシである。

 そう思って悠陽は話の先を促した。

「そうですね……まず最初に、妹さんの総合戦闘技術評価演習の合格おめでとうございます。やはり、武御雷を贈られるんですか?」

 それを聞いたとき、悠陽は心臓を掴まれたような気がした。悠陽には確かに双子の妹がいる。だが家の仕来りによって妹は養子に出されて公には存在を隠され、悠陽自身も会ったことがない。精々妹に護衛としてつけている月詠真那からの定期的な報告からどうしているかを知るだけだ。

「何故あなたたちの秘密を知っているか疑問に思っているかもしれませんが、俺には特にどうこうするつもりはありません。……むしろ、一度でもいいから会わせてやりたいとすら思っています」

 緊張に固まっていると、男の声が再び耳に届いた。その声はどこか切なさすら感じられ、悠陽にはこの男が心から二人を会わせてやりたいと思っていることを信じられるような気がした。だが、

「……それはなりません。わたくしたちは会うことは許されません。そんなことをしてしまえば、この国は――」

「わかっています。これは俺の我がままに過ぎませんから」

 男ははっきりとそう言った。甘い言葉でそそのかすでもなく、ひたすら二人を引き離すでもなく、ただ己の我がままだと言い切った。

 たったそれだけのはずなのに、悠陽はこの男を少しは信じていいのではとすら思い始めていた。

「……そなたの質問は確か、武御雷を贈るのかということでしたね。その答えは、はいと言いましょう。しかし、何ゆえそなたはそのことを……?」

 このことを知る者はまだ数人しかいないはずである。いずれも悠陽が信頼する者たちであり、そこから洩れるとは考えにくいものだった。

「――未来を知っている……いえ、違いますね……未来を見てきた、というのが正解でしょうか」

 からかわれているとは思わなかった。何故かこの男の言葉は悠陽に重く響く。そこに嘘はないと感じてしまう。それは、この男がとても切なそうに語るせいなのかもしれない。

「では、未来を見てきたというそなたは、わたくしに何を伝えようと?」

「……一つ目は、11月11日」

 男の声は重々しく、しかしかすかに震えているような気がした。どうやら少し緊張しているらしい。それは不安からか、11日に起きる何かゆえか。

 そして男は語った。

「旅団規模のBETA群が、新潟に上陸してきます」

 悠陽は息を呑んだ。11日にBETAが再び日本を蹂躙しようとやってくる。もしそれが事実ならば一体どれほどの被害が出るのか。それどころか守りきることはできるのか。

「特別なことは何もしなくても、BETAを殲滅することはできます。でも、その場合は被害がかなり大きくなります」

「……そなたは、わたくしに一体何をさせようというのです?」

「特に何も、でしょうか。……これは俺が未来を見てきたことを証明するためのもの。BETAの動きを人間が予測することは()()()()不可能ですから」

 今はまだ。そう言ったことから悠陽は男がオルタネイティヴ4を知っていることに気づいた。だがあの計画はまだそこまでの成果を挙げることができていないと聞いている。つまりはこれをもって自分の言っていることを信じろと言っているのだ。

「では、それが事実だった場合は……国土を守る際に犠牲となる者たちを見捨てろと、わたくしに申すのですか……っ」

 悠陽の声は震えていた。悠陽が信じず、しかしBETAが新潟に上陸してきた時は多くの犠牲が出るという。信じなかった場合のリスクが、あまりに重い。

 だが、男の声はそれを否定した。

「国連の精鋭部隊と帝国軍が11日に合同実弾演習を新潟で行うことになっています。未来を変えるために、より良い未来を手繰り寄せるために」

「未来を……?」

「俺は……俺たちは、そのために活動していますから」

 悠陽はこれまでの話から、この男が国連軍の者ではないかというあたりをつけた。そして、おそらくそれはあたっているだろう。もしかしたらオルタネイティヴ4に深く関わってすらいるかもしれない。

「では、オルタネイティヴ4を完遂させるということですか?」

「オルタネイティヴ4は確実に完遂()()()。俺たちはすでにその段階に来ています」

 悠陽は目を見開いた。もしかしたらこの男はすでにオルタネイティヴ4完遂の結果、何がもたらされるかを知っているということなのかもしれない。

「ですが、今はまだ明かせません。まだ早すぎる……あなたはまだ俺が伝えた未来が正しいものであると確信しておらず、オルタネイティヴ4は世界に認めさせるだけのものも用意できてはいません」

 男の声がもどかしさに震える。もしこれが演技だというのなら、己は軽い人間不信になってもおかしくはないだろうとすら悠陽が思うほどだった。

「全ては11日、ということですか」

「はい」

 その言葉を最後に、わずかに沈黙が支配する。思っていた以上に話が大きくなってしまっていた。今の悠陽には荷が重い話だ。

「……そなたは何ゆえ、かような話をわたくしへ持ってきたのですか?わたくしよりももっとふさわしい者がいると思うのですが……」

「確かに、()()あなたには荷が重いかもしれません。ですが、あなたは絶対に成長しなくてはならない」

 成長しなくてはならない。それは確かにそうだろう。今の悠陽は榊首相にほぼ全てを任せているようなものだ。いつまでもこのままでは不甲斐ない。

 そう思っていた悠陽の思考をハンマーで叩き壊すかのような未来を、男が告げる。

「あなたが立ち上がる勇気を持てなければ、榊首相はそう遠くない未来で殺されます……これが、二つ目です」

 

 榊首相が殺されるという衝撃の未来の理由を尋ねることは、悠陽にはできなかった。男はこの未来に関してはまだ猶予があると言っていた。しかし、悠陽がこのままであるならば、それは遠からず現実になるのだろう。事実、殺されてもおかしくないような原因に悠陽もいくつも心当たりが浮かぶほどだ。

(わたくしは、あの者に甘えすぎていたのでしょうね……)

 榊首相は悠陽の代わりにいつも矢面に立ち、日本を支えてきた。そのやり方は国粋主義の者たちからみれば売国奴と罵られるような方法だが、そうでもしなければ今頃日本という国自体がなくなっていたかもしれない。

 だが、それではいけない。いつまでも榊首相ばかりを矢面に立たせていては立ち行かないところまで来ているのかもしれない。ならばせめて、二人で並び立つことで彼の負担を減らすことはできないだろうか。男の言った立ち上がる勇気とはつまりそういうことなのではないだろうか。

(まずはあの者と相談してみる必要がありますね……わたくしの独断で動いてはあの者を余計に危険に晒してしまうかもしれません)

 悠陽は己のうちに小さな、しかし確かな覚悟が宿ったことを感じていた。

「今話せることはこのくらいでしょうか……11日にBETAが新潟に上陸した時はまた、()()()()で連絡します」

「わかりました。このレシーバーはどうすればよろしいでしょうか?このまま部屋に置いておいては侍従の者に見つかってしまいますが……」

「大丈夫です。この会話が終了したらこちらから回収します。願わくば、いずれ直接話せる日が来ることを……」

「そうですね。わたくしも一度、そなたと顔を合わせて話をしてみたいものです。ですがその前に一つ、そなたに尋ねたいことがあります」

「なんでしょうか?」

「そなたは、一体何を求めているのですか?」

 悠陽の質問に男が沈黙を返す。あれだけデタラメにも思える話を堂々としてきたような男でも答えにくいものなのだろうか。よく耳を澄ましてみると時折唸るような声が漏れ聞こえてくる。

「――その……笑いませんか?」

 男はどうやら恥ずかしがっていたらしく、そう尋ねる声もとても照れくさそうで、悠陽は思わずほほえましい気持ちになってしまった。

「ええ、笑いません。政威大将軍という地位に賭けまして」

 悠陽がそう返すと、ようやく覚悟が決まったように男は言った。

「俺は、ご都合主義(ハッピーエンド)にしたいんですよ……できる限り、ですけど」

 恥ずかしそうにそう言って、男との密談が終わりを告げた。

 

 男はレシーバーを回収すると言っていたが、誰にもばれずに回収する方法があるのだろうか。もしかしたら回収に来た男の顔を見ることができるかもしれない。そんな悠陽の期待は、しかし驚きによって塗り替えられることとなった。

「――っ!?」

 手に持っていたレシーバーが忽然と消えてしまった。何の前兆もなく。手の中から質量が消失したのだ。

 悠陽はまるで夢でも見ていたかのように感じていた。しかし、先ほどまで話をしていたのは紛れもない真実だ。

 先ほどの男の様子を思い出して、悠陽は思わず含み笑いをしてしまった。

(笑わないと約束したのに……わたくしは嘘つきですね)

 あれだけ重い話をしたというのに、何故だか今夜はよく眠れそうな気がしていた。

 

 

「――はぁー、緊張したぁー……」

 悠平は息でも止めていたかのように大きく呼吸をした。

 現在悠平がいるのは帝都城の屋根の上、監視網の死角になっているところだった。悠陽の部屋からは実は百メートルほどしか離れていない。こんなところへ潜り込めるのはテレポートを使える悠平くらいのものだろう。

(これでひとまず、第一段階は終了ってところかな……)

 第二段階は新潟に上陸したBETAを片付けてからになるだろう。もちろん、クーデターを阻止し、同時に悠陽を少しずつ政威大将軍として立ち向かえるように発破をかけることが目的だ。だが、悠平には荷が重いと感じている。

(まぁ、今回で取っ掛かりはできたはずだ。あとは殿下が立ち上がって沙霧大尉がクーデターを起こすのを思いとどまるようにするだけだ!)

 とはいえ、クーデターの背後にオルタネイティヴ5推進派や米国の影が見えるため、そううまくはいかないだろう。だが、やらなければクーデターは非常に高い確率で起こると踏んでいる。そうなればあまりに多くの戦力が失われてしまい、またぎりぎりの綱渡りをすることになってしまう。それをなんとしても回避しなければならないのだ。

(ここでできることはもうないな……早く戻って、荷電粒子砲の修復を進めるか)

 そして悠平の姿は人知れず帝都城から消えた。後に残ったのは、冬の到来を感じさせる木枯らしだけだった。




悠平が過労死するんじゃないかという気がしてきた……

フラグが立った?いいえ、気のせいです。
悠平はハーレムルートにはいりません、多分、きっと……

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