この手を伸ばせば   作:まるね子

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さっそくペースが乱れました。
果たして安定して書けるようになる日は来るのか……

○能力の制限について修正しました


第三話「贈り物」

 武に00ユニットのことを仄めかし、横浜基地に入った悠平は数日振りにノズルから流れる熱い湯に身をさらしていた。長かった検査が終了しようやく夕呼と面会がかなうことになったが、輸送船に密航している間は体を拭くこともできなかったためそれなりに汚れていたのだ。このまま面会するのはさすがにまずいらしく、検査を担当した職員にシャワーを勧められたのだ。シャワールームは一つずつ仕切りで区切られており、しっかりと清掃されているのかとても清潔そうに見える。しかし、悠平は久しぶりのシャワーにリラックスすることができずにいた。現在シャワールームにいるのは悠平一人ではない。仕切りで区切られているとはいえ個室ではないのだから当然だ。だが、問題はそこではなかった。

 悠平はリラックスできない原因を横目で見やった。そこに見えたのは肌色。シャワーを浴びているのだから裸なのは当然だ。そこはいい。だが、問題はその相手が銀髪の()()であり、シャワー中でも離れたくないらしく仕方なく仕切りの内側――狭いシャワーブースに二人で()()して入っているということ。そして、極めつけはその少女の体を洗ってやっているということだった。

 

 

 ようやくシャワーを終えると面会のためにB19フロアにある夕呼の執務室に通されたが、悠平は思い出すのもはばかられるような拷問じみた時間にすっかり憔悴してしまっていた。

「シャワーを浴びたのに何でそんなに疲れてるのよ?何か疲れるような行為でも強要してたの?」

 悠平の目の前に魅惑的な足を組んで、国連太平洋方面第11軍・横浜基地副司令官である香月夕呼はまるで変態でも見るかのような目で見つめながら訊ねた。

「お願いですから、そんな目で見ないでください……誓ってやましいことはしていませんから」

 悠平が気力の絞りかすを限界まで振り絞るように否定すると夕呼は隣に座っていたウサギの耳のような形をしたヘッドセットを装着した銀髪の少女、霞を一瞥した。

 

 すごく、真っ赤だった。

 

 夕呼はまるで犯罪者でも見るような目で悠平を見ると、

「アンタ……それはさすがに犯罪よ?」

 本当にそう言葉を投げつけた。

 社霞は人工ESP発現体の第六世代であり、相手の思考をリーディングすることができる。おそらく、シャワー中のことを読まれてしまったのだ。

 このままでは話が進まないと判断した悠平は流れを変える意味でも自己紹介を行うことにした。

「俺は御巫悠平。こことは違う世界――BETAが存在しない世界の日本から来ました」

「な、なんだって!?」

 悠平の言葉に武が食いつくように身を乗り出した。それも当然だろう。悠平が武の言うところの()()()()から来たと言ったようなものなのだ。しかし、実際はそうではないため悠平は武の誤解を正すために自分の世界のことを口にしていく。

 西暦2013年であること。御剣財閥が存在しないこと。バルジャーノンが存在しないこと。ゲームガイやドリスコ、プレスタとは違う名称のゲーム機が存在すること。そして、この世界のことがマブラヴオルタネイティヴという物語になって存在していること。自分がこの世界にやってきた経緯まで話し終えたところで、悠平は一息ついた。

 話を聞いた武は肩を落としながらも、信じられないというような顔で目を見開いていた。

オルタネイティヴ(二者択一)……ね。それじゃあアンタはその、ゲームの中に入ったっていうことなのかしら?」

「確かにその可能性はありますが、それでは説明のつかないこともありますし、せいぜい妄想レベルの仮説でしかありません」

 夕呼の問いに悠平は首を横に振り、否定した。悠平には現実(リアル)の空気しか感じられないこの世界がゲームの中だとはどうしても考えられない。ならば、

「この世界は現実に存在し、俺はこの世界に転移してしまった。そう考えるほうが自然です」

「ふぅん……アンタには、そう考えるに足る根拠があるってこと?」

「根拠、と言えるほどのものじゃありませんが……一つ、この世界に来る前から考えていたことがあります」

 それはかつて夕呼が占い師の能力のことを因果律量子論で立てた仮説が基になっている、悠平の自論。作家が物語を作る時、虚数空間から因果情報を取得してそれを形にしているのではないかというもの。ならばこの世界はその因果情報の発信源である、オリジナルの世界ではないかということ。それは悠平の自論であり、願望とも呼べるものだった。

「ふ、ふふっ……いいわ、面白いじゃない。あの話のことを知ってるだけじゃなく、そこからそんな仮説を立てるなんて、これは思ったよりも面白い拾い物かもしれないわね」

 夕呼はニヤリと笑みを作り上げた。その姿は、まさに女狐と呼ぶにふさわしいもの。横浜の魔女にふさわしいもの。そして、悠平が魔女の興味を引くことに成功した証拠でもあった。

「さて、アンタにはもっと詳しく聞いてみたいことがあるけど……その前にそっちの子のこと、教えてくれるかしら?」

 そっちの子、悠平の手を握り、ぴったりとくっつくように座る銀髪の少女を見やって夕呼は訊ねてきた。当然、気になるだろう。しかし、この少女に関しては悠平も確たる何かを知っているわけではないため話せることはとても少ない。

 悠平は、この世界に転移した時に現れた場所がソ連の研究施設らしき場所だったこと。その施設で処分されようとしていた少女を連れて脱出したこと。外見的特長とソ連が深く関わっていることからオルタネイティヴ3、人工ESP発現体の第六世代ではないかとあたりをつけていることを話した。

 霞はその話を聞いて驚いたように少女に視線を釘付けにし、夕呼は憤りをあらわにしていた。

「あの連中、まだそんなことをやっていたのね……アンタ、よくそんな施設からその子を連れて脱出できたわねぇ。警備なんかうじゃうじゃいたでしょうに……実はどこかの特殊部隊にでもいたの?」

「普通に学生やってましたけど……俺、移動距離はそんなに長くないんですけどテレポートを使えますから」

 悠平が己の能力のことを話すと夕呼だけではなく、武と霞も息をするのを忘れたように動きを止めてしまった。突然、俺超能力者です、と言われたのだ。信じられないのも無理はないだろう。

 夕呼と武が霞に確認を取るように視線を集めると、霞はやはりリーディングで真偽を確かめていたらしく、悠平の話を真実だと肯定するだけだった。

「その能力のことも詳しく聞きたいけど……そうね、今は先に話の続きを聞きましょうか」

 夕方が気を取り直したように聞いてくるが、悠平にはすでに少女について話せることがない。何せ名前すらわからないのだ。

「あの……私があの子と話してみてもいいですか?」

 どうするか迷っていると、霞が悠平に助け舟を出した。社霞という名は夕呼がつけた和名であり、元の名をトリースタ・シェスチナという。シェスチナとは人工ESP発現体の第六世代を指すことであり、あの少女が反応を示す言葉でもある。霞も同じ出身であるためロシア語ができるのだろうと考え、悠平はむしろ霞に頼むことにした。悠平も少女のことを知りたかったのだ。

 霞が少女とロシア語で会話を始めたのを確認して、夕呼は再び悠平に向き直った。

「あの子のことは社に任せて、あんたのことの続き、聞きましょうか」

 続きとはおそらく能力のことだろう。悠平は口で説明しながら実演することにした。

「まず、俺が持っている能力はテレポートとアポーツの二つ。どちらも遠隔瞬間移動現象と呼ばれるものです」

 一つ目はテレポート。テレポーテーション、またはトランスポーテーションと呼ばれるこの能力は自身を一瞬で別の場所に移動する能力である。悠平の場合は自身だけではなく自身と触れ合っているもの、さらにその物体と触れているものならば転移できる質量の限界までは一緒に転移することができる。つまり、たとえ大勢の人が乗った電車であっても転移できる質量の限界に達しなければ一緒にテレポートすることができるのだ。しかし、転移させる質量が大きければ大きいほど悠平自身に掛かる負荷が大きくなる傾向がある。

 悠平が実際に目の前でテレポートを行い夕呼の背後に現れてみせると、夕呼はとても嫌そうな顔をした。どうやらいきなり背後に立たれることに不快感を感じたらしい。

 二つ目はアポーツ。 こちらは手元にはない存在を一瞬でに取り寄せる能力である。この能力の原理はテレポートと同一であるとされているが、悠平の場合アポーツでは生命活動を行っているものを転移させることができないという制限が存在する。こちらは悠平自身に負荷は存在せず、距離が伸びるほど転移可能な質量が減っていく傾向がある。

 試しに夕呼が着ている白衣をアポーツで取り寄せて見せると、再び夕呼は嫌そうな顔をした。いきなり服を脱がされたようなものなのが癇に障ったらしい。

「とりあえず、どういう能力かは大体わかったわ。その力が本物だって言うこともね」

 脱がされた白衣を着つつそう言うと、夕呼は急に生き生きし始め、

「じゃあとりあえず頭蓋切開してみましょうか。電極ぶっ刺して、能力使用時の反応とか調べて……あ~~、久しぶりに楽しくなってきたわぁ!」

 これ以上ないくらいの笑顔で、そうのたまった。

「いえ、遠慮します。遠慮させてください。そんなことしようとしたら即逃げますんで」

 夕呼が何を言い出すかを予測していた悠平が冷静に拒否すると、夕呼は非常ににつまらなさそうに唇を尖らせた。悠平としては人体実験の材料にされるのは勘弁なのである。

 武もかつて似たようなことを言われた経験から苦笑いを浮かべていると、いつの間にか話が終わったらしく霞が悠平たちを見つめていた。

「それで社、何かわかった?」

 夕呼が訊ねると霞は少女から得た情報を口にしていく。

 少女は悠平の推測したとおり、オルタネイティヴ3で生み出された第六世代の人工ESP発現体であった。しかし、肝心のリーディング能力が発現せず、プロジェクション能力だけを有して生まれた代わりになんらかの別の能力が発現する可能性が示唆され現在まで生かされていた。だが、いつまでたっても発現が確認されず、業を煮やした上層部は廃棄処分を決定した。そして廃棄処分当日に悠平によって施設より連れ出されたのである。

 通常、彼女のような存在は投薬などによって生命を維持するように調整されており、脱走や反逆などが行えないようになっているらしいが、少女は失敗作であったがゆえに早くから他の発現体とは隔離され、そのような処置がなされていなかったという。社は初め、少女が自分と同じ存在であると気がつかなかったが、無理もない話だったのだ。

 そして、話はそれだけではなかった。

 少女は失敗作ゆえに名前がなかったのだ。研究者たちからはただ第六世代(シェスチナ)とだけ呼ばれ、あの(はこ)に閉じ込められていたのだ。だから、霞は悠平へ一つのお願いをした。

「この子に、あなたが名前をつけてあげてください。この子にとっては、あなただけですから……」

 霞から聞いた話は悠平が半ば予想していたとおりのものであり、それゆえに悠平の胸を強く締め付けていた。彼女たちのような存在があったからこそ、この世界はようやくBETAへの反撃ができるようになった。だが、そんな彼女たちに名前すら付けてやらない研究者たちに悠平は憤りを感じていた。

 名前とは願いや想い、その人を表す形であり、その人に贈られるべき最初の贈り物だ。悠平は少女に似合う名前をつけてやりたいと思い、霞の願いに従うことにした。

 悠平はどこか虚ろな瞳をした白銀の長い髪を持つ少女を見る。ろくに日に当たっていないためか霞よりも白い印象があり、電灯とはいえ光を受けて煌びやかに輝いて見える。その姿は光を浴びてきらきらと輝く雪をイメージさせた。そのイメージから悠平はロシア語で雪はなんだったかと考え、

「――ネージュ……ネージュ・シェスチナ」

 少女に確認するようにつぶやいた。

 少女はしばらく無言を貫いたが、やがて小さく口の中でネージュ、とつぶやいた。少女の虚ろに見えた瞳にわずかだが生気が宿ったように見えた気がしたが、表情がそのままなので悠平には判断がつかなかった。

「……気に入ってくれたみたいです」

 霞がリーディングしたのか、そう伝えてくれる。悠平は安心しほっと息をつこうとしたが、霞は言葉を続けた。

「でも、ネージュはフランス語です……ロシア語で雪はスニェークです」

「え……え、嘘っ!?あれっ!?マジでっ!?」

 霞にダメ出しされた悠平は己の勘違いに身を悶えさせ、武は久しぶりに聞いたマジ、に懐かしさを感じるのだった。

(大佐、指示をくれ……)

 それはスネークだ、と悠平は現実逃避気味に一人心の中で自分にツッコミを行っていた。




語学に憧れはあれど頭がついていかない悠平君。
いいキャラに成長してくれるといいなぁ。

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