この手を伸ばせば   作:まるね子

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執筆のペースが落ちてきた気がします。
というのも、大まかなプロットは途中まで用意してあったのですが、実は第二部にはいってからは完全にその時その時の勢いだけで書いてます。おかげで構成に詰まることもしばしば……
そりゃペースも落ちますよね。


第十三話「戦士たちの戦場」

「やっぱり、ムアコック・レヒテ機関よりもBETAの誘引力が弱い……量子融合でグレイ・イレブンが変質した影響か?」

 悠平は想定より引っ張られてこなかったBETA群を見つめながらつぶやいた。このエリアに上陸したBETAはもうすぐ大部分が射程に入る。すでに発射タイミングはこちらへ委譲されているため、いつでも発射できる。

 思っていたよりもBETAがバラけてしまっており、荷電粒子砲一発では殲滅し切れそうにない。これは想定以上にがんばる必要がありそうだ。

 やがて最大の殲滅効果を期待できるタイミングがやって来る。そして、三千ものBETAが荷電粒子砲の広域放射モードで消し飛んだ。

 攻撃半径は広いが射程は短く、拡散してしまうため威力も低下する広域放射モードだが、ラザフォード場を持たないBETA相手なら十分な威力を発揮する。

 センサーが残りのBETAを捕捉し、悠平はネージュと共に戦場を駆けはじめた。

 

 

 一万二千のBETAが二発の試作兵器によって六千まで数を減らしたとはいっても、元々想定されていたのは旅団規模――三千から五千といったところであり、現状の戦力では少々荷が勝ちすぎている。BETAが大きくバラけた状態で上陸してこなければあっという間に内陸部へ侵攻されていたかもしれない。

「ここを通すな!……クソッ、援軍はまだか!?」

「戦闘そのものは優勢ですが、戦線が広がっているせいで各地への増援が間に合っていません!何とか持ちこたえてください!」

 そろそろ老齢に差し掛かりそうな男は舌打ちした。 国連軍の試作兵器のおかげで大きく持ち直したとはいえ、戦線は横に伸びきっている。このままではどこが抜かれてもおかしくはないだろう。

 倒せど倒せどBETAは次から次へとやって来る。こちらの殲滅力よりBETAの数の圧力のほうが上回っているようで、徐々に押し上げられていく。

「後退しつつ攻撃を続けろ!やつらに距離を詰めさせるな!」

 男は仲間に指示を出すが、あまり長くは持たないだろう。網膜に投影された期待の情報が残弾が残りわずかであることを示している。補給のために後退したくとも、代わりにこの場を支えられる部隊が近くに存在しないのだ。

 残弾が乏しくなってきたことで制圧力が低下し、BETAの進軍速度が上昇する。

(これまでか……!?)

 男が死を覚悟した時、後方から心強い音の群れが響いてきた。

「――支援砲撃!間に合ってくれたか!!」

 一瞬、男は安堵する。だが、BETAの後方から迸った幾筋ものレーザーによって大部分の支援砲撃は無力化されてしまった。

 虚を突かれた衛士たちはBETA群から何体かの突撃級が飛び出したことに気づくのが遅れてしまった。

「きゃぁぁあああああっ!?」

 突撃級を回避し損ねた仲間の撃震が轟音と共に右半身を千切り飛ばされながら倒れた。管制ユニットは無事なようだが、これでは離脱することもままならない。

 BETA群を見ると再び何体かの突撃級が飛び出すのが見えた。その先にあるのは右半身を失った撃震。

 あの撃震の衛士である女性は、近々結婚が決まっていたはずだ。もはや老いぼれともいえる己とは違って未来に希望がある。その未来が今、失われようとしている。

 男は突撃砲の銃口を突撃級へと向け、トリガーを引く。しかし、響くのはカラカラという情けない音だけだった。

「こんな時にっ……!?」

 予備のマガジンはもうない。男は弾倉の尽きた突撃砲を投げ捨てながら突撃級へ向かって機体を全力噴射させた。

「させるかよぉぉぉおおおおおおっ!!」

 倒れた機体を突撃級が轢き潰そうとする瞬間、男は左肩から全力で体当たりすることで突撃級の軌道を逸らすことに成功した。

 だが、左腕はその衝撃で千切れ飛び、装甲が歪んだらしく胴体部分の動きが明らかに悪い。

「隊長……!」

「今のうちにベイルアウトしろ!ここは俺が支える!――山口!金村を回収してやれ!」

 男は仲間に指示を飛ばすと、残った右腕で倒れていた撃震の突撃砲を拾い上げて構える。

「こいつらの未来は奪わせねえ!!これ以上奪わせてたまるか!!」

 仲間が倒れた機体から衛士を回収して後退するのを確認しつつ、突撃砲を近づいてくるBETAへ向けて連射する。

 要撃級、戦車級、要撃級、要撃級、戦車級、戦車級、戦車級、要撃級――次々に打ち抜いていく。しかし、その猛攻はすぐに続かなくなった。

 残弾が尽いた突撃砲を捨て、兵装担架の長刀が右肩へせり上がる。

「……やっぱり、最後は刀だよなあ、日本人ならよ」

 そう言い、男は長刀を握ろうとする――が、撃震の右手は長刀の柄まで届かない。

「――っ!?右肩のフレームまでやられちまってたのか!?」

 何度やっても、撃震の右手が長刀の柄まで届くことはなかった。

 仕方なく、男はナイフシースから短刀を右手に装備する。上がらない腕ではほとんどまともな攻撃はできないだろうが、何もしないままで終われないのだ。

「せめて、あいつらが後退する時間くらいは稼がねえとな」

 残った仲間たちが男の言葉に同意する。

「――行くぞぉぉぉおおおおっ!!」

 男が短刀を片手に疾駆する。腕が上がらないならば上がらないなりに戦いようはある。

 要撃級の攻撃を回避した男はそのまま回避時の回転運動を利用し、()()()()で短刀を振るった。機体そのものを腕に見立てたのだ。

 短刀で重要器官を切り裂かれた要撃級は地に倒れ伏し、男は次の獲物へと機体を疾走させる。

「元斯衛を、舐めんじゃねぇぇえええっ!!」

 仲間たちが残り少ない残弾の突撃砲でBETAを食い止める中、男は腕の上がらない機体で次々にBETAを駆逐していく。男の意地から来るその戦いぶりは、かの紅蓮大将を髣髴とさせるほどすさまじいものだった。だが、それも長くは続かない。

「――チッ、右腕も完全にイカれちまったか」

 撃震の右腕が脱力し、短刀が鈍い音を立てて地面にこぼれ落ちた。だが、男の目はまだ諦めてはいなかった。

「――腕がダメなら足。足がダメなら体全体で行きゃあいいんだよ!」

 そう言って男は再びBETAの群れへ挑もうとする。しかし、それは阻まれた。

「それは次の戦場に取っておいてください!ここは俺たちが支えます!」

 若い男の声が耳に届くと同時、とてつもないスピードで目の前を見たこともない戦術機がBETAの群れへと跳ねて行った。あれではレーザーの的になると思った瞬間、目を見張る光景が繰り広げられた。

「レーザーを、回避した!?」

 それも一度ではない。都合五度のレーザー照射を回避したその機体は、そのまま後方にいた光線属種を食い尽くしにかかる。その神業に見惚れそうになると、男の隣に降り立った青い不知火が、近づいてくるBETAの駆逐を開始した。

「おじーちゃん、ここで死んじゃだめだよ」

 耳に不知火の衛士と思われる少女の声が響く。不知火はその間もすさまじい速さでBETAを食い尽くしていく。

「ここは我々に任せて後退してください。ここから五キロ下がったところに補給コンテナが敷設してあります」

 今度は若い女性の声が聞こえると同時に十一機の青い不知火が戦場へと飛び込んできた。合同実弾演習をする予定だった国連軍だ。

 不知火たちは男がこれまで見たこともないほど伸びやかな機動で次々にBETA群を殲滅していく。

 先ほど光線級吶喊を行った機体もBETAの後方から単機で無数のBETAを屠りながら戻ってくる。その機動はこの場でもっとも激しく、重力を無視するかのように変則的で、しかしとても洗練されたものだった。こんな戦闘機動が存在したのかと男は感動すら覚えていた。

「……スマン!ここは頼む!」

 男はそう言うと仲間たちに後退の指示を出した。補給を済ませ、機体を調達したら再び戦場へと舞い戻るために。

 

 

 ある戦域にはまったく帝国軍の姿はなく、しかし、無数のBETAが次々に肉塊に変えられていっていた。

 このエリアはもっとも上陸したBETAが少ないエリアだった。ならば、ここに帝国軍を配置しているのははっきり言って無駄である。その分を他の戦域へまわしたほうが助かる者も増えるというものだ。

 大型種、小型種関係なくBETAに砲弾が浴びせられていく。接近してきた要撃級や突撃級は次々に切り裂かれていく。

 たった二機の戦術機だけでこの戦線を支えられている理由の一つは、意図的に抗重力機関の出力を上げることでこのエリア全体のBETAが誘引されているからだった。

「輝津薙の通常出力じゃBETAの誘引力はあってないようなものということか。でも、こういう状況にでもならない限りは特に誘引する必要はなさそうだな」

 そうつぶやく悠平は、この数週間で急速に培われた特異な集中力を発揮していた。

 全ての砲弾がただの一発も余すことなくBETAへ叩き込まれていく。正確に、確実に。

 こんな芸当ができるようになったきっかけは、一週間分の作業を一日で終わらせたことにある。あの不思議な状態を体験して以降、悠平は集中し始めると周囲の速度が低下していくことに気づいた。集中力が増せば増すほどに周囲の速度は低下していき、これほどのBETAの大群であってもほとんど止まった的にしか見えなくなっていく。

 悠平にそのように見せているものの正体は、思考加速。死に至る危険が迫った時に周囲の光景がスローモーションに見えるという現象を意図的に引き起こしているのだ。

(加速しろ、もっと早く、限界の先へ――とか言いたくなってくるな)

 かつていた世界で見た物語に出てきそうな台詞に、悠平が苦笑する。その時間は実時間として0.01秒。千倍の思考加速とまでは行かないまでも、百倍の思考加速を悠平は制御していた。

 これも二週間近くに及ぶ荷電粒子砲修復の際に制御の訓練を試みた結果だった。そのおかげで思考だけならばいくらでも加速できそうな気がしているが、肉体制御も同時に加速すると体力の消耗は相当激しいものになることがわかった。あの日の記憶が曖昧になり、その後丸一日眠っていたのはそれが原因だった。むしろそれだけで済んだともいえるが。

 だから今悠平が行っているのは思考加速だけであり、肉体の速度はそのままなのだ。非常にもどかしいものがあるが、戦闘中に倒れるわけにもいかないためしかたがない。

 悠平は0.2秒だけネージュへと意識を向けた。

 ネージュの長刀捌きは鋭く、美しい。まるで氷の刃のようだ。その機動も武人のような荒々しさよりも、舞のような艶やかさが見える。

 悠平はネージュをフォローし、ネージュは悠平をフォローする。BETAの中心で舞い踊る二人。その光景はおよそ現実のものとは思えないものだろう。

 それゆえにというわけではないが、二人は己に幽霊(ゲシュペンスト)というコールサインをつけた。悠平とネージュの機動に惑わされ、当てられず、逆に追い詰められていくという体験をした武が幽霊みたいだと言ったのが始まりだが、それはいみじくも前の世界で悠平たちを襲撃してきたラプターの衛士が悠平のテレポートを見て言い残した最期の言葉と同じだった。

 悠平とネージュは舞い続ける。弾が尽きればアポーツで近くの補給コンテナから取り寄せ、BETAが寄り集まってくる限り、えもいわれぬ光景を作り出し続ける。

 

 

 圧倒的だった。気圧されていた。

 冥夜は初めて触れた戦場の空気に、BETAと戦う戦士たちの気迫に、そして戦場がもたらす恐怖に呑まれかけていた。

 前線からボロボロになった機体が戻ってくるたびに肝を冷やし、戻ってくる機体から時折BETAに手足を食いちぎられた衛士の呻きが聞こえるたびに震えた。

(これが、戦場……これが、タケルや教官たちのいる世界……)

 そばにはまりもや真那たちがついているにもかかわらず、恐ろしい。だが、それと同時に戦わなければという思いに駆られる。

 戦え。戦わなければ、何も守れない。そんな思いに突き動かされそうになる。

(戦えないということが、これほどまでにもどかしいと思ったことはない……!)

 冥夜たちはまだ訓練兵だ。本来は横浜基地まで戻されてもおかしくないものだが、この指揮所の手前に布陣することを許されている。だが、まだ前へ出ることは許されていないのだ。

(もっと強くならねばならん……もっと、あのような者たちを少しでも減らせるよう、強く……っ)

 冥夜はもどかしさに奥歯を噛み締めた。

 網膜に投影される小隊の仲間たちもまた自分と同じように感じていることに気づき、冥夜はこれまで以上に仲間たちを大切に思える気がした。

 

 戦いの音は、まだ鳴り止まない――




かっこいいロートルってなんかいいよね。

悠平がまた新たな能力に目覚めていました……最初はただのシュールギャグ?だったはずなのに……

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