この手を伸ばせば   作:まるね子

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今回短めです。


第十四話「フェアリーテイル」

 ヴァルキリーズは武の分隊と共に戦線を縦横無尽に駆け回っていた。

 ある時は瓦解しかけた戦線を補強し、ある時はBETAの撹乱と殲滅のためにBETA群の中へ突っ込み、ある時はベイルアウトした衛士の保護を行っていた。

 その中でも特に異常なのが、近くで光線属種が確認されるたびに光線級吶喊を繰り返す武とイーニァの存在だった。二人はその異常ともいえる機動と反応速度で次々にレーザーを回避し、光線属種を食い散らかしていった。たとえ光線属種がBETA群の壁に隠れた後方にいたとしても、まるで障害など何もないかのように飛び越え、光線属種を確実に葬っていくのだ。もしかすると今回の上陸後に確認された光線属種の半分近くはこの二人が平らげたかもしれない。そんな戦闘機動を見せられると、シミュレーター訓練ではかなり手加減されていたことを水月は思い知らされていた。

(あの新型も、ジャンプユニットなんかほとんど使っていないのに何なのよ、あの機動は!?)

 武が乗っている新型機――輝津薙は重力制御による機動を可能とし、ジャンプユニットなしでもそれなりの機動性を発揮できるのだという。事実、武は要所要所で一瞬だけ噴かす程度にしかジャンプユニットを使用していない。推進剤もまだたんまり残っているだろう。

 その上あの機体には荷電粒子砲なんていうとんでもない試作兵器が搭載されている。これまでの戦術機では考えられないような可能性を秘めている機体である。

 だが、希少物質を用いていることによる極端な生産性の低さや特異な機体特性からほぼ完全な専用機であると同時に概念実証機となっており、今後も量産されることはないという。実に悔しい話だ。

(そういえば、もう一機の輝津薙に乗っている大尉さんも、相当異常みたいなのよねぇ)

 水月は次の戦場へと駆けながら、ある戦域をたった二機で支えているという情報に耳を傾けた。

 ネージュの近接格等戦は異常なほど強いということは散々思い知らされていたが、それでも上陸したBETAが一番少ないエリアとはいえ、たった二機で戦域を支えられるような人外ではないと感じていた。悠平のほうも話を聞く限りでは、化け物じみてはいてもそんな芸当ができるほどとは思えない。武の言うようにコンビネーションが異常なのだろうか。

(それでも戦線から一匹も逃がさずに支えているなんて、幽霊(ゲシュペンスト)じゃなくておとぎ話(フェアリーテイル)の間違いじゃないの?)

 抜け出た小型種の掃討を目的に展開している機械化強化歩兵部隊の報告によると、周囲のBETAが二機の舞に魅せられたかのように群がり、磨り潰されていく様はとてもこの世の光景とは思えないものだそうだ。不思議なことに兵站が底を尽く様子もないという。

 水月は見せ場を持っていかれたような悔しさに苦虫を噛み潰したような気持ちになっていたが、ピンチに颯爽と現れてBETAを殲滅して回る自分たちもまたおとぎ話(フェアリーテイル)のような扱いになっていることには気づいていなかった。

 そんなことを考えている間に次の戦場へと辿りついたヴァルキリーズと武の分隊は、ここでもまたおとぎ話(フェアリーテイル)を紡いでいく。

 

 

 損耗率二割。それがこの防衛戦における衛士の損耗率だった。

 五千前後という当初の予測を大きく超えた一万二千ものBETA群が上陸したにしてはあまりに少ない損耗率といえた。本来ならば七割以上の損耗率をたたき出すどころか全滅してもおかしくなかったこの戦闘で、その立役者となったのは一個中隊半にも届かない国連軍の精鋭たちだった。

 荷電粒子砲という光の剣を携え、多くの者たちを死から救っていった彼らの存在はまるでおとぎ話のように少しずつ広まっていった。

 

 真那は冥夜たちの警護をしながらその報告を聞いたとき、戦慄と高揚を同時に感じていた。もしかしたらこの日本で人類を救う救世主が誕生したのかもしれない。それほど圧倒的な戦果をオーディンズとA-01は挙げていた。

 特にすさまじいのはやはりオーディンズだ。

 わずか二機で一つの戦域に展開していたBETA群をほとんど全滅させてしまった悠平とネージュは言うに及ばず、A-01と共にあちこちの戦場を駆け巡っていた武とイーニァもまた異常なスコアをたたき出していた。

 白銀武――撃破数、3768。

 御巫悠平――撃破数、4021。

 イーニァ・シェスチナ――撃破数、687。

 ネージュ・シェスチナ――撃破数、488。

 最初の荷電粒子砲で六千ものBETAを消し飛ばしたことを抜きにしても、オーディンズだけで残りの約半数のBETAを殲滅していた。

 このことを知ることができたのは、オーディンズはA-01と違って隊員の名前に機密性はなく、作戦指揮官から許可を求められた夕呼が撃破スコアの公開を許可したためだ。

 公開された情報には、ヴァルキリーズとオーディンズには新概念のOSが搭載されている旨とそのアピールも含まれていた。

 新OSを搭載しているがためのこの戦果ではあるのだろうが、A-01とオーディンズの条件がほぼ同じことを考えると技量も相当なものだということがうかがい知れる。

(この日本にこれほどの腕を持つ衛士が存在していたとは……っ)

 二人ほど明らかに日本人ではない名前が見られるが、帝国軍や斯衛にもこれほどの腕を持つものはもしかしたらいないかもしれない。真那自身も対戦術機戦闘ならばそう簡単に負けない自信はあるが、BETAの殲滅という点では勝てる気がしていない。隊長である武に疑惑があるのが惜しいくらいだ。

(――いや。もしあの男の疑惑が晴れ、身の潔白が証明されたら……)

 それを確かめるためにはこれからも武を注視し、見極める必要があるだろう。あるいは何らかの大きな功績を世界に示した時は、その正体に関係なく――

(……それを考えるのはまだ早計か。しかし、もしそうなるとすれば、殿下に上申してみるのもいいかもしれんな)

 真那はそんなことを考えながら、周囲を油断なく見つめ続ける。すでにBETAの掃討はほぼ完了しているとはいえ、何が起こるともわからないのだから。

 

 

 帝国軍本土防衛軍が二千のBETAを倒す間に武たち――オーディンズとA-01は四千のBETAを倒した。帝国軍には損耗が出たにもかかわらず武たちは一機も小破以上の損傷を受けた機体はなかったことから、その戦闘力の差は明らかだ。それは新OSの優位性や衛士の能力差が如実に現れた形と言えよう。

「つまり、私たちはまだまだ使いこなせていないってことね……」

 ハンガーのキャットウォークに降り立ちながら、千鶴は肩をすくめた。

「うむ。あとで戦闘の記録映像を見せてもらえることになっているが、おそらく今の我々とは次元が違うのであろうな。精進せねば……」

「……私たちだってこれから」

 先に下りて集まってきていた冥夜と慧が悔しそうに口を開いた。あの戦いで自分たちの無力感を強く感じているようだ。

「大丈夫だよ。ボクたちは神宮司教官とタケルに教わってるんだから」

「あ、でも、他のオーディンズの人の機動も見てみたいです。タケルさんに聞いた話だと、みんな機動の特徴が違うみたいだし」

「そういえば、長刀の扱いに長けている者がいると聞いたな。私はその者の機動を見てみたい」

「ホラホラ、こんなところで喋ってないで、はやくブリーフィングルームに行きましょう。教官が待っているわよ」

 興奮冷めやらぬ様子の仲間たちに、千鶴が隊長らしく注意を促す。遅くなるとまたまりもに注意されてしまう。

 千鶴たちはまりもが待つであろうブリーフィングルームへと向かって歩き出した。

 

 

「まさか、これほどのものとはな……」

 巌谷がBETA新潟上陸時の戦闘報告を見ながら。

 荷電粒子砲の威力は言わずもがな、新OSを操る精鋭たちの活躍は本土防衛軍を遥かに圧倒していた。もっとも、その報告はどれもおとぎ話でも読んでいるかのように現実味のない内容だったが。

「その辺りは後で届く戦闘記録映像を見ればはっきりすることだな」

 二機の国連軍機にBETAが吸い寄せられるように集まっていった結果、その二機だけで一つの戦域を支えきって見せたという報告には衛士として興味が湧き、国連軍の精鋭たちが見せたという異常ともいえる機動性には開発局副部長として興味を引かれた。BETAが誘引されたというのはおそらく、例の試作機によほど高性能な演算装置を搭載しているのだろう。普通はそのような状況になれば即座に後退するべきだが、この二機は誘引された周囲のBETAを全て殲滅してしまった。恐ろしい腕だ。

 新OSについては近く横浜基地に駐屯している斯衛の小隊に実装し、どれほどのものかを実際に確かめることになるらしい。新OSが本物だとしても、帝国軍に新OSが回ってくるのはまだしばらく先のことになりそうだ。

「これは、唯依ちゃんに早く戻ってきてもらいたいところだな……」

 巌谷は唯依にも新OSのテストを受けてもらいたいと思っていた。よく知らない誰かよりも、よく知っている唯依の感想を聞きたいのだ。

 また、横浜基地にいれば他にも面白いものに早くありつけるかもしれない。そんなどこか子供のような考えをしている巌谷は、間違いなく戦術機バカだった。

 幸いXFJ計画はすでに問題を解決し、あと二週間ほどでこちらへ戻ってくることができそうだという連絡もあった。横浜の魔女から不知火・弐型への換装パーツの発注を早くしたいという催促が来ている。唯依が戻ってくれば、すぐにでも先行量産された換装パーツと一緒に派遣できるように準備しておくべきだろう。

 それに、あの魔女が不知火・弐型をどう使うかも気になる。悪名高い横浜の魔女ではあるが天才でもある彼女の不知火・弐型の使い方次第では、今後の帝国での不知火・弐型運用の参考になるかもしれない。

 巌谷のこの打算や計算は全て戦術機関係に発揮され、政治方面ではまるで発揮されない。頭の中は戦術機のことでいっぱいの戦術機バカであり、数少ない例外の一つが唯依のことなのだ。

「唯依ちゃん、元気でやっているだろうか……」

 報告書を読みながらも、彼は今日も戦術機のことと唯依のことを考えてすごしていく。




なんだか妙なフラグ(略

今回はあまり書く内容が思いつきませんでした……まぁ、三回連続新潟防衛だったし、いい加減次に行きたかったし、いいか。

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