武はPXで207小隊の仲間たちと壬姫の一日分隊長について話し合っていた。昨日、壬姫が父親である珠瀬事務次官への手紙にちょっとした嘘の内容をしたためたことが発覚したため、事務次官による視察が行われる今日一日の間を分隊長として振舞うことになったのだ。
この場に千鶴の姿はない。彼女はすでに榊首相の娘という立場から珠瀬事務次官の出迎えのために立ち会いの場に向かっていた。
分隊長の心得やそれらしい振る舞いの予習をしていると、武は自分たちを見つめる視線があることに気がついた。
(まさか、このタイミングで来るとはなぁ……)
視線を向けているのは二人。その二人はこれまでの世界で武御雷が搬入されてきた件について冥夜に絡んできた衛士たちだ。ある意味武にとって懐かしいものたちではあるだろう。
大尉である武がここにいる限り絡んでくることはないだろうが、用心するに越したことはない。そう思っていると、PXの隅で霞が武に向かって小さく手招きをしていた。どうやら世界はこの諍いを何が何でも起こしたいらしい。
武が207小隊のみんなに断りをいれて霞のほうへ駆け寄ると、それを待っていたかのように二人の衛士が207小隊へ近づいていった。
「どうしたんだ?俺はこれからアレを止めないといけないんだけど」
アレと言って二人の衛士を指差し、武は霞に尋ねた。
「HSST墜落の事前阻止にほぼ失敗しました。横浜基地への落下軌道にはいるのは、多分間違いないです」
小声で霞が伝えてくれる。
視察の件を知るのが遅すぎたため覚悟はしていたが、やはり事前に阻止するには時間が足りなかったようだ。
「わかった。最悪の時は、やっぱOTHキャノンか?」
「はい」
OTHキャノン――試作1200mm超水平線砲。一度目の世界で横浜基地への落下軌道に入っていた海上輸送が原則の爆薬を満載したHSSTを撃墜した兵器だ。だが、三発目以降は砲身が持たない欠陥兵器でもある。
一度目の時は壬姫が狙撃を行ったが、二度目はオルタネイティヴ4への影響を鑑みて事前に阻止を行った。その結果、米国がXG-70を出し渋るという事態が発生したが、それは00ユニットの完成に伴って手のひらを返したように解決した。
そのため、今回も事前に阻止できればと思っていたのだが、やはりそううまくはいかないらしい。
「OTHキャノンの整備状況は?」
「現在最終確認が終了して、再組み上げの途中です」
最悪の場合の準備はもうすぐ完了するようだ。あとは、その時が来た時は壬姫任せとなってしまう。
(俺にタマくらい狙撃の腕があればな……)
そう愚痴りたくもなるが、そんなことを言っても意味はない。それよりも今は、
「あぁ……やっぱり始まってるし」
二人の衛士が冥夜に絡んでいた。207小隊のみんなはどうするべきかわたわたしているようで、中でも壬姫はかわいそうなくらい青ざめているのを見て武は慌てて冥夜たちの所へ駆け寄ろうとした。
「――っ!?け、敬礼!!」
突然、冥夜が慌てて敬礼をしたのを皮切りに207小隊の全員が敬礼をするのを見て、二人の衛士は訝しげな顔をした。
「あぁ?突然何を――」
そう言いかけた二人の片割れである男の衛士の肩が、後ろからポンとやさしく叩かれた。
「――君は、何をしているのかね?」
男の衛士の後ろに立っていた者は優しげな声で尋ねた。しかし、その声に秘められているのは決してやさしさなどではない。
恐る恐る振り向いた男は一気に青ざめていく。そこには一人の修羅が立っていた。
修羅が二人の耳に口を近づけ何事かをささやいていくと、二人の体はかわいそうなくらいガチガチと震え始めた。
「……追って沙汰を連絡する。それまで自室で待機していなさい」
元の位置に戻った修羅がそう言うと、二人はすっかり色をなくしていた。一体何を言ったのだろうか。
「さて……」
一人の修羅が207小隊に向き直ると、その顔はすでに修羅のそれではなく、一人の親バカのだらしない顔になっていた。
「うむうむ。たまの敬礼、かっこいいぞぉ~」
「パパ……あ、ありがとうございます!」
パパは相変わらずのようだ。
娘にデレデレし始めた親バカを兵舎に案内し、隊員たちが自己紹介を終えると壬姫の手紙によるいくつもの悲劇を生み、ついに武が自己紹介する番となった。
(一度目の時はそろそろ警報が鳴る頃なんだよな……)
そう思いながら、武は自己紹介をしていく。
「君が白銀武大尉だね。いつもたまがお世話になっているようだ」
「は、教官として当然の義務であります」
「顔も悪くない。性格もいいと聞いている。戦術機の操縦に関してはあの神宮司軍曹以上だという。君ほどの衛士はそうそう居まい」
うんうんと頷きながら事務次官は武を褒めちぎってくる。やはりこの世界でもこの流れになることは避けられないらしい。
「君ならば……たまをよろしく頼むよ。今までも、そしてこれからも傍で支えてやって欲しい」
207小隊のみんなが一様にショックを受けているのが手に取るようにわかる。三度目ともなればそんな余裕すらあるのだろうか。
「いやあ、楽しみだ。そろそろわしも孫の顔が見たいかな。ま・ご・の・か・お・が・な!わははははは!」
「は、ははは……」
武は親バカの猛攻に乾いた笑みを漏らすだけだった。
(そ、そろそろ来る頃だよな……来て欲しくないけど、来るなら早く来てくれぇー!!)
仲間たちからの怒りの視線に武が怯えていると、願いが通じたかのように警報が鳴り響いた。
時は昨日夜まで遡る。
「……怪しいと思われるHSSTは、もう発進準備に入っているみたいね。今からじゃ阻止するのは難しいわ」
「そんな……」
やはり気がつくのが遅れたのが致命的だったらしい。せめてもう半日早く気づいていれば阻止できたかもしれないが、言っても詮無いことだろう。
「やっぱり、今回はOTHキャノンでいくしかないのか……?」
「OTHキャノン?……そうか、珠瀬ね」
「珠瀬?もしやその者は玄丞斎殿の……?」
「はい。彼女は現状でも極東一と言って過言ではないほどの狙撃の名手ですから」
そうしている間に夕呼は整備班に機能保全の名目でOTHキャノンの整備を指示していた。HSSTの発進を阻止できなかった際の保険として用意しておくつもりなのだろう。
「……一度は成功させているとはいえ、保険としては不確実ね」
指示を出し終えた夕呼はそうつぶやいた。歴史を変えた結果、必ず同じ結果が得られるとは限らないため、OTHキャノンによる狙撃は本当に最終手段にするべきだ。ならば他にどのような保険を用意すればいいのかを悠平は思考した。
問題のHSSTがニューエドワーズを出たのを確認して、悠平は輝津薙で衛星軌道へと上がった。
「相変わらず、地球は綺麗だな……」
三度目の宇宙になるが何度見ても地球は綺麗であり、宇宙はとても居心地がいいと感じていた。
このまま宇宙にいたらニュータイプに覚醒したりしないだろうかとくだらないことを考えるが、今の自分がとても普通の人間とはいえないことを思い出して複雑な気持ちになってしまう。どうせなら見えるっとか言ってみたいと思ったりもしたが、よく考えれば思考の加速によって体感時間を千倍まで引き延ばせば実際に止まって見えるのだ。つくづく人間離れしたものだ。
好きだった物語の内容を思い返したり、元いた世界のアニソンを熱唱しながら時間を潰していると、ようやく目標の姿がレーダーで確認された。目標とはいうまでもなく、横浜基地を目指しているHSSTだ。
現在、悠平は輝津薙での衛星軌道上における無重力機動訓練という名目で衛星軌道をそれなりに自由に動き回っている。件のHSSTにある程度接近する分にはそれほど不自然には思われないのだ。
本来ならば、この時点で荷電粒子砲によってHSSTを破壊してしまうのが一番手っ取り早いのだが、まだ落下軌道にすらはいっていないため今破壊してしまうと普通に反逆行為となってしまう。
(だからって、これはないよな……)
悠平はため息をつきながら、管制ユニット内に本来あるはずのない物体に視線を向けた。
その直方体の物体は悠平の足元に無造作に転がっている。中央部分にはパネルが埋め込まれており、そこに表示された数字が刻一刻とその数を減らしていた。
ありていに言ってしまえば、それは時限爆弾だ。
悠平は夕呼に遠隔起爆装置によるHSSTの爆破を提案した。だが、それはあっさりと却下されてしまったのだ。
電離層を抜ける際に起爆するための電波が届かないことや、受信装置の破損による失敗の可能性を考慮した結果、遠隔起爆方式ではなく、タイマー式の爆弾を使うことになったのだ。夕呼いわく、HSSTが衛星軌道に上がった時刻やどの軌道を通っているかがわかっているならば、横浜基地へ落とす軌道や爆破するタイミングも計算できるのだそうだ。天才とは恐ろしいものだ。
しかし、だからといってタイマーのカウントが動いている状態で持って行かせるというのは絶対に間違っているだろう。
悠平は愚痴りたい気持ちを抑えながら、強化装備の上から手早く宇宙服を着込んだ。各部の気密をチェックし、空気の漏れがないことを確認する。これから宇宙に出るのだから、万が一にも穴が開いていたりしたらシャレにならないのだ。
「――よし」
HSSTにある程度接近したところで、悠平は足元に転がっていた爆弾に触れ、テレポートで宇宙空間へと出た。
無重力空間へと出た悠平は思わずそのまましばらくたゆたっていたい気持ちになったが、そんなことをしている時間はないため、すぐにテレポートを再開した。
宇宙空間では空気遠近効果がないので距離感が掴みにくいが、なんとか目的であるHSSTのカーゴブロックに取り付いた悠平は、カーゴ内へ進入するためのハッチを開放した。
中に進入し内部のもう一つのハッチを開くと、その中には危険物を示すマークが記されたコンテナが大量に詰め込まれていた。偽装を施す時間がなかったのか、内容を示すタグには件の爆薬の名前が記されている。
悠平は手に持っていた時限爆弾をコンテナに仕掛け、ハッチから見えないことを確認した。
HSSTはまだ自動操縦にはいっていないためカーゴブロックにコソコソと爆弾をセットするしか方法がなかったのだが、この時点で自動操縦になっていたのならばどこか適当なハイヴに落とすという手も使えたかもしれないのが残念だった。もっとも、自動操縦システムにはプロテクトがかけられていてもおかしくはないため、結局は爆弾をセットすることになっていただろうが。
全ての準備を終えた悠平はハッチを閉じ、再びテレポートを駆使して輝津薙へ戻っていった。
管制ユニット内部へ戻るときに宇宙服はテレポートさせず、そのまま宇宙空間に漂わせた。宇宙服は輝津薙の手で大気圏へと投げ飛ばしておくのも忘れない。一種の証拠隠滅のためだ。
「さて……あとは俺も最悪の事態に備えておくか」
とは言ったものの、もう悠平の出る幕はないだろう。
爆破が失敗したのなら次はOTHキャノンによる狙撃による迎撃となり、そうなっては荷電粒子砲を使おうとしても間に合わない。間に合わせる手段があるとすれば、戦術機での長距離テレポートしかないだろう。
(そうなったら、またネージュを泣かせかねないしな……うまくいってくれよ)
HSSTが横浜基地へ向かって加速してきている。そんな事態に横浜基地は迅速に対応してみせていた。
OTHキャノンの設置作業が進められ、避難誘導も滞りなく進んでいく。そんな中、クリスカはイーニァと二人で空を見上げていた。
もうすぐHSSTが落ちてくるというのに、イーニァは大丈夫と言ってクリスカを屋上へと連れてきたのだ。
少ししてネージュと霞も屋上に上がってきた。話を聞くと、屋上にこのメンバーを集めたのはネージュだという。
「……もうすぐ、とても綺麗なものが見られます」
そう言ってネージュは空へと視線を向けた。
本来ならばイーニァを連れて一緒に避難するところだったが、クリスカはネージュから妙な確信を感じとり従ってみることにした。
じっと待ち続け、ふと視線をおろしてみると吹雪がOTHキャノンの発射体勢へと移行していた。どうやらそろそろOTHキャノンの射程に入るらしい。
クリスカは再び空へと視線を向けた。もう避難するような時間はないだろう。
だが、ネージュは不思議なほど落ち着いて空を見上げている。まるで、HSSTが落ちてこないことを確信しているかのように。
やがて空が少しずつ夕焼け色に染まり始める。警報が鳴ったのは昼過ぎだったから、だいぶ時間が過ぎているようだ。
「……来ました」
青がオレンジに少しずつ侵食されてゆく。その境界線で小さく光が爆ぜ、キラキラと光る何かが尾を引いて広がっていく。その様子はまるで空に花が咲いたかのようだった。
「あ……」
クリスカは思わず声を漏らしてしまった。空に咲いた花は、数秒ほどでほとんど消えてしまっていた。
「……ユーヘーに花火というものを教えてもらったことがあります。花火というものもさっきのHSSTみたいに空で爆発して、一瞬だけ花が咲いたかのように見えるらしいです」
先ほどの光はHSSTが爆発したものだったらしい。狙撃前に爆発したということは、悠平が成功させたのだろう。だが、クリスカはそれよりも花火というものに興味が引かれていた。
「花火とは、一体何なんだ?」
「……伝統工芸の一種であり一種の芸術、らしいです。中でも日本の花火は、世界一だと言われているみたいです」
「そうか……それは一度見てみたいな」
「地球からBETAがいなくなれば、きっと見れます」
「ねえ、ユウヘイに頼んだら作ってくれないかな?」
イーニァのその一言に、三人が思わず期待してしまうのは仕方のないことだろう。
屋上に集まっている四人はそのまま色が移り変わってゆく空を見上げながら、まだ見ぬ本物の花火に思いを馳せていた。
大気圏へ再突入していた悠平は急に背筋に寒気を感じ、思わず身を震わせた。自分のあずかり知らぬところで想定外の苦労を背負ったような気がするが、悠平にはどうすることもできなかった。
HSST狙撃前に爆破成功。しかし、悠平は新たな苦労を背負ってしまった……
四人の無茶振りで将来花火師にでもなりそうだ(汗