この手を伸ばせば   作:まるね子

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設定とか展開に説得力を持たせるのって難しいですよね。


第十八話「過去の傷跡」

 夕呼は非常に忙しかった。それもこれも武たちが未来から持ってきたデータの解析や、鑑純夏から得た00ユニットの改良プランを元に改良を施していたせいだ。改良プランには直接00ユニットとは関係ないと思われるものも多く含まれていたが、それらも律儀に全部実現させていった。実のところ、あまりに興味深い内容だったせいでのめりこみすぎていただけなのだが。

 もっとも、そのせいで事務次官来訪の日程を武たちに連絡し忘れ、もう少しでOTHキャノンに頼るしか手がなくなってしまうところだった。それはそれで実に面白そうだったが、結局OTHキャノンは使わずに片をつけることができたので良しとしたい。だが、後手に回ってしまったことで首謀者の尻尾はつかめず、逃がしてしまうこととなった。まったくもって忌々しいものだ。

 そのストレスをぶつけるかのように00ユニット改良に打ち込み、純夏の要求を全て満たす()を完成させたのはHSST落下事件から数日後のことだった。

 

 

「ということで、00ユニットの準備が済んだわ」

 夕呼の執務室に集められたかと思えば、急にそんなことを言われて悠平は一瞬戸惑ってしまった。隣を見てみると武も戸惑っているのか、どんな表情をすればいいのかわからないようだ。

「あの、先生……準備ができたって、純夏はまだ00ユニットじゃないってことですか?」

「ええ、そうよ」

「それなら純夏を早くあそこから解放してやってください。準備はできたんですよね?」

「だから、そのためにアンタたちをここに呼んだのよ」

 そう言って夕呼は執務室にいる全員――武、霞、悠平、ネージュの四人を視界に納めた。

「残りの作業自体は一瞬で終わるから、白銀と社には一足先に会わせてあげようと思ったのよ」

 早く会いたいでしょ?と言い、夕呼は口元に笑みを浮かべた。武は純夏の目覚めに立ち会えると知ってとても嬉しそうな顔をしていたが、霞の顔は何故か陰りを見せている。何か心配事でもあるのだろうか。

「……すみません。私は、何故呼ばれたんですか?」

 ネージュが小さく手を上げて質問した。悠平はともかく、純夏のことをほとんど何も知らないネージュは、確かになぜ呼ばれたのかはよくわからない。

「アンタは御巫を呼んだついでよ。御巫だけ呼んだら後で不機嫌になるじゃない」

 苦笑しながら夕呼がそう言うと、ネージュは少し恥ずかしそうにうつむいた。それで顔は見えなくなったが、見えている耳がほのかに赤くなっているのであまり意味はない。

「じゃあ、俺も立会いのために呼ばれたんですか?」

 悠平が尋ねると、それまで夕呼がまとっていた空気が鋭くなった気がした。

「いえ。御巫には00ユニット完成のための最後の作業をしてもらうわ」

 なるほど、真剣にもなるはずだと思うと同時、何故最後の作業を任されるのかと悠平は不思議に思った。

「この作業はアタシじゃできない、アンタにしかできないことよ。だから、アンタをここに呼んだの」

「俺にしかできない?一体、俺に何を――」

「意外と頭の回るアンタのことだから、本当はもう何をするか気づいているんじゃないの?それとも、気づいていないふりをしているのかしら?」

 悠平の心臓が跳ねた。

(気づいていないふり……?何を言ってるんだ?)

 呼吸が無意識に荒くなり、動悸が激しくなる。妙な汗をかいているのか、全身がぞわぞわしている。まるで何かの拒否反応が起きているかのような――否、これは拒否反応だ。本当は悠平も気づいている。だが、()()()()()()()()

 

――何を?

 

――思い出すな。

 

――あの日のことを。

 

――止めろ。

 

 悠平の中で何かが激しくぶつかり合い、必死に押し込めようとする。

 そして、夕呼が口を開いた。

「アンタには、鑑の脳髄をアポーツで取り寄せて00ユニットに量子融合させてもらうわ」

 

 

 悠平には己の超能力を知っても普通に接してくれる優しい両親がいた。普通は超能力を持っていたりしたら気味悪がられたり、どこかに売り飛ばされたりしても不思議ではないだろう。だが、悠平の両親は悠平を普通の子と同じように接し、育ててくれた。そんな両親に育てられた悠平は決して家族以外の前では能力を使用せず、表向きは普通の子供として幸せな日々を送っていた。

 そんなある日、悠平は両親と共に車で二泊三日の旅行に行くことになった。行き先は海が近くにあるペンションであり、そこは悠平たちの住んでいる町からは少々距離があるため、夜中のうちから出発することとなった。

 まだ幼い悠平は車の中で眠りながら、目的地への到着を楽しみにしていた。

 どれだけ時間が過ぎたのか、車が停止したことに気づいて悠平は眼を覚ました。

「……もうついたの?」

 悠平は寝ぼけ眼を擦りながら母に尋ねた。辺りはまだ薄暗く、ようやく日の出といったところだろう。

「ううん、今はちょっと休憩中。ここからだと日の出が綺麗に見えそうだからユウちゃんも一緒に見る?」

 悠平は頷いた。その年の初日の出もとても綺麗だったのがとても印象に残っていたのだ。

 両親と一緒に車から降りると、目の前には岬が伸びていた。道が整備されており、岬の先端まで行くことができるようだ。

 悠平は我先に岬の先端へと駆けていき、両親はその後をゆっくり歩いてついていく。父親から気をつけるように注意されるが、悠平はいざとなればテレポートできることを知っているためあまり強くは言われない。

 岬の先端へ辿りついた悠平の目に映ったのは、雄大な海をキラキラと輝かせながら空と海の境界線からゆっくりと顔を出す太陽の姿だった。

 その美しい光景に悠平は目を奪われていた。両親もまた、岬の中ほどで足を止めて日の出に魅入っていた。

 いつまでもこの光景を見ていたい。そんな気さえしていた時間は、しかし、唐突に終わりを告げた。

 突然の突き上げるような振動が悠平にたたらを踏ませる。振動はどんどん大きくなり、悠平は立っていられずにしりもちをついてしまった。

「きゃぁぁああああああっ!?」「うわぁぁああああああっ!?」

 後ろから聞こえた悲鳴に、悠平は勢いよく視線を向ける。その先では岬の半ばが大きく崩壊を始め、大好きな両親が崩れていく地面に飲まれようとしていた。幸い悠平がいる先端部は崩壊する様子はないが、崩壊する岬に飲み込まれれば両親はまず助からないであろうことは疑いようがなかった。

 悠平は迷わなかった。

 両親に手を伸ばし、己の手元に引き寄せることをためらわない。そして、狙ったものを引き寄せる手ごたえを悠平は感じて――これまでで一番大きい爆発のように突き上げるような一瞬の振動が悠平の体を浮かし、集中を途切れさせた。

 

 一体何が起こったのかわからなかった。

 慌てて周囲を見渡し、両親の無事を確かめようとする。母は悠平のすぐ隣にいたが、父の姿が見えない。岬の崩壊に巻き込まれてしまったのかもしれないと思って悠平は父親に呼びかけた。

「――ぁ……ぁあ……あ……」

 近くからうめき声のようなものが聞こえた。しかし、その声は間違いなく父のものだ。どうやら近くにいるらしい。

 視界に映るのは隣に立つ母と崩壊した岬。そして、人と岩が混ざり合ったかのような不気味な物体が地面から生えていた。うめき声はその不気味な物体から発せられているようだった。

 悠平は震えた。こんなものが、人間の生身と岩が歪に混ざり合った何かが父であるはずがない。

 だが、そんな悠平のすがるような想いはその歪な物体の()を見た瞬間、崩れ去ってしまった。

「――とう、さん……?」

 それは紛れもなく父のものだ。父の体は半分近くが岩と混ざり合っており、ほとんどその原形をとどめていない。顔も右半分が岩に飲み込まれるように混ざり合い、肌はひび割れ、動こうとした端からボロボロと崩れていく。

 ボロボロ、ぼろぼろ、砕けていく。

 歩き出そうとしたのか、岩と混ざり合った右足が砕ける。

 右腕が中ほどから折れ、地面に落ちて砕けた。

 そして父はバランスが取れなくなったのかそのまま地面に倒れ、バラバラに――

「――~~~~っっ!!?」

 悠平の声にならない叫びが周囲に響いた。悠平の目からは涙があふれ、舌が回らず言葉にならない。

「ユウ、ちゃん……」

 ふいに、それまで微動だにしなかった母が悠平に声をかけてきた。

 悠平は涙でぐしゃぐしゃになった顔を母親に向けた。視界が歪んでわかりにくいが、とても悲しそうな顔をしているのはわかった。

「ご、ごめ……さいっ、とうさんが……っ、とうさ……っ」

 悠平は泣きじゃくりながら何度も謝った。助けようとして使った力が、このような悲劇を起こしてしまった。己の力が父を死なせてしまったことがたまらなく苦しかった。

 何もしなくてもまず助からなかった、などと言っても言い訳でしかない。悠平が、悠平の力が父を殺したのだ。

 そんな悠平の頭を、母は優しく撫でた。

「……ごめん、ね、ユウちゃん」

 母は何故か悠平に謝った。父を殺したのは己なのに、母が謝る必要がどこにあるのか悠平にはわからなかった。

 母は続けて唇を動かす。しかし、その言葉は声にならなかった。

「――――――」

 悠平は涙にぬれた目のまま呆然とする。それまで傷一つなかった母が、崩れていく。全身から血を噴き出し、ぼろぼろと崩れ落ちていく。母からもげ落ちた右腕は、地面に落ちた瞬間に原形をとどめないほどぐずぐずに崩れてしまった。

 母の姿が、崩れていく。

 母は父が砕けた時も微動だにしていなかった。それは動こうとしなかったのではなく、動けなかったのだ。母は動いてしまえば自分の体がバラバラに崩れ落ちてしまうことがわかっていたのだ。

 アポーツは失敗していた。物質の崩壊現象はその証明だ。

 母はぐずぐずに崩れていく。

 だが、その顔に浮かぶのは怒りでも憎しみでもない、悲しみの表情。アポーツの制御を誤った悠平に対する恨みなどまるで感じられない、子を想う母の顔だった。

 その母の唇が再び動くが、やはり声にはならない。すでに声帯が崩れてしまっていたのだ。しかし、悠平にはその言葉が届いていた。

 

――ひとりにして、ごめんね。

 

 その遺言を最後に、母の体は原形をとどめないほどぐずぐずに崩れた何かになってしまった。

 崩壊した岬に、両親を失った一人の子供の絶叫が響き渡った。

 

 年の離れた従姉が保護者となっても、悠平は両親と暮らした家で一人暮らし続けた。己の持つ力を知られないために。

 そして、悠平は己の力を完全に御するために何年も一人で訓練を続けた。もう二度と両親のような悲劇を起こさないために。

 悠平はそれからぐんぐんと能力の精度を高めていった。そこには一切の妥協はなく、血を吐くような訓練の日々を続けて1ミクロンのずれもないほどの精度を手に入れていった。

 しかし、あの悲劇の記憶が悠平の心に深い傷を刻みつけ、生きているもの――正確には悠平が生きていると感じたものをアポーツで取り寄せることに強い拒否反応を示すようになっていた。

 結果、悠平はあの日から一度も生きているものを取り寄せたことはなかった――この世界へと飛ばされるまでは。

 

 

「――それが、御巫が無生物だけしか取り寄せることができないって言ってる理由、なのか」

 武の言葉に霞が悲痛な表情で頷いた。

 夕呼の話の途中で倒れてしまった悠平はソファーに寝かされ、ネージュが膝枕をしている。ネージュはとても悲しそうな表情で、時折うなされている悠平の頭を優しく撫でている。

「アンタはその()()を、鑑に教えてもらったのね」

「はい。純夏さんはこの世界に来る途中で、この記憶を見つけたそうです」

 それは00ユニットの改良プランを受け取った数日後、霞が純夏との()()で教えられたものだ。何故そんなものがこの世界に来る途中にあったのかは、霞にはわからない。だが、これが悠平の記憶なのは間違いないらしい。

「……本当に、ユーヘーがやらないといけないんですか?」

 悠平を膝枕していたネージュが、ぽつりとつぶやいた。

 一瞬、何のことかわからなかったが、それが00ユニット完成のための最後の作業のことだと霞は気づいた。

「当たり前でしょ。それを前提にした00ユニットの改良なんだから」

「……それは、本当に可能なんですか?」

「実際に00ユニットだった鑑が自分から提案したのよ。まず間違いなく成功するでしょうね」

 実際に行うことができれば、と言って夕呼は悠平へと目を向けた。

「……御巫がこの調子じゃ、難しいかもしれないけどね」




主人公らしくトラウマ属性持ちでした。
こんな体験してたらまりもちゃんの()()で武に感情移入するのも当然かもしれません。

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