この手を伸ばせば   作:まるね子

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想定外の予定がはいったり体調を崩したりでなかなか書けませんでした。
今もまだお腹の調子が……


第二十話「覚醒」

 悠平たちは00ユニットの最終作業を行うためにシリンダールームへと集まっていた。

 悠平自身が抱えているトラウマは依然問題ではあるが、テレポートとアポーツの併用による一時的な量子コンピュータ化によって作業の完遂に目処がついている。

 厳密には量子コンピュータ化ではないらしいが、それに匹敵する演算能力を一瞬でも手に入れられるのならば、やり遂げることができるはずだ。

 そんな意気込みにあふれていた悠平は、待ちぼうけをくらっていた。

「00ユニット自体は完成してるんだよな?運んでくるのにそれほど時間がかかるとは思えないんだけど……」

 悠平は覚悟を決めた勢いで作業を完遂させようと思っていたが、焦らされ続けているせいで再びトラウマの不安が鎌首をもたげようとしていた。

「そうだよな。霞と夕呼先生は何をやってるんだ……?」

 なかなか戻ってこない二人に武もだんだん焦れて不安になってきたようだ。

 ネージュは悠平の不安を紛らわそうと、悠平の手を握ってくれている。俗に言う恋人つなぎというやつであり、少々気恥ずかしいことがうまく不安を押さえ込んでくれている。

 00ユニットに何か不具合でもあったのかと心配になってきた頃、ようやく扉の開く音がした。

「遅くなったわ」

 どこか疲れた様子の夕呼がシリンダールームに入ってきた。後ろには霞と00ユニットが納められている棺のような機械が続く。

 その棺のような機械はフィクションに登場する人工冬眠装置を髣髴とさせるものであり、半透明のケース状になっている部分からは純夏の姿をした00ユニットが確認できる。強化装備のようなものを着用しているのは覚醒後の純夏への配慮か、00ユニットの状態をモニターするためだろう。

 そこまで確認して、その後ろにもう一人ついてきていることに気がついた。

「こんにちは~!」

 暢気な笑顔で手を振るのはこの世界でもお世話になっている人工ESP発現体を受け持っている医者の女性だった。

「自己紹介がまだだったよね~?私の名前はひ――」

「コレのことは今は気にしないで。早く作業始めるわよ」

「――って、最後まで言わせてー!」

 どうやら彼女のことは放っておいていいらしい。扱いがぞんざいなのは夕呼が疲れていることと関係があるのだろうか。

 

 純夏の脳髄が収められたシリンダーの手前に00ユニットを配置し、その前に悠平が立つことで準備が完了した。

 薄暗く不気味ささえ感じる部屋の空気は緊張に満たされている。部屋の中にいる全員が悠平の一挙手一投足に注目していた。

 悠平は緊張を振り払うように一つ深呼吸をした。

(――大丈夫だ、やれる)

 霞から純夏のゴーサインが出たことを確認して悠平は目を閉じた。

 悠平の意識が己の内へと沈んでいくと同時に外部の音が切り離されていく。認識できるのは己のみとなっていく。

 だが、そこから別の感覚が周囲へ広がっていく。目で見ることなく把握し、シリンダールームの中の全てを認識していく。

 本来、目を閉じるという行為は無駄でしかない。だが、今回はより感覚を鋭敏にするためにあえて目を閉じた。

 全てを認識する暗闇の中、純夏の脳髄と00ユニットが直線になるように手をまっすぐ伸ばす。

 純夏の脳髄を構成する全ての情報を掌握していく感覚に悠平は軽く吐き気を催すが、何とか堪える。

 次いで、00ユニットの座標を1ミクロンのズレも許さずに把握する。

 準備が整うまでこの間およそ三秒弱ではあったが、思考が加速していたのか悠平には数分に感じられていた。

(――ここからが本番だ)

 悠平は無意識のうちに乱れかけていた呼吸を整え、思考の安定化を図った。

 少しずつ呼吸が安定していき、動悸も治まっていく。

(この一度だけでいい……この一度に、全力を賭ける!)

 そして悠平は、ついに己のトラウマへと踏み込んだ。

 

 

 悠平の感覚は二度目の光の世界――量子情報領域(クァンタムフィールド)を認識していた。一度目と違い大部分の光の粒子がその場で停滞しているのは、それを構成している存在がその場から動いていないからだろう。

 その粒子の中で悠平の力は鑑純夏を構成する粒子を完全に掌握し、00ユニットの座標を完璧に把握していた。

 

――ささっ、わたしをドーンとぶちこんじゃって!

 

――滅茶苦茶大雑把だな、おい……!

 

 この状態で悠平に意思を伝えることができるということにも驚いたが、自分のことなのにとてもアバウトな物言いなのが余計に不安を煽る。

 だが、勢い任せにぶちこんでも綿密に計算されつくしたかのようにうまく重なるという妙な確信がある。これが量子コンピュータクラスの演算能力というものかと感心する。

 今回は対象も一人分の脳髄たった一つであるため、世界間を移動した時のような処理能力不足に陥ることはない。

 

――これなら、やれる!

 

 悠平は鑑純夏を構成する粒子を見えない手で掴むと、そのまま00ユニットの量子電導脳へと叩き込んだ。

 やや乱暴な方法にもかかわらず、わずかなズレもなく完璧に指定の座標へと重なり合い、粒子が融合していく。

 00ユニットが変質し、意思が吹き込まれていく。鑑純夏という魂が末端まで浸透していき、ただの物体を命なき生命という矛盾した存在へと昇華していく。そして気づいた。

 

――なんだ、これは……っ?

 

 生体反応ゼロ・生物学的根拠ゼロであるはずの00ユニットの中で生命を生み出す器官が活動し始めたのを視た瞬間、悠平は再び物質空間へと戻っていた。

 

 

 部屋の中央にあるシリンダーから純夏の脳髄が消えた瞬間、悠平は頭を押さえてその場にうずくまってしまった。眉間には深いしわが刻まれ額に脂汗を浮かせているその様子は、激しい頭痛に苛まれているかのようだった。

「御巫、大丈夫か!?」

 武は慌てて悠平に駆け寄るが、それよりも早くネージュが悠平の傍に駆け寄り、心配そうに背中をさすっていた。

「っ……これで、負担は大きく、ない……?っ、とてもじゃ、ないが……っ」

 悠平の息は乱れ、とてもではないが問題がないようには見えない。

「……それで御巫、きついでしょうけどこれだけは答えてもらうわ。量子融合は成功したの?失敗したの?」

 いつの間にか傍まで来ていた夕呼が悠平に尋ねた。

(そうだ、純夏はどうなったんだ……!?)

 答えが気になり悠平を見ていると、呼吸を整えようとしていた悠平が苦しそうに口を開いた。

「量子融合は、成功、しました……っ。彼女も、じき、に……っ」

 そこまで口にすると、悠平は口元を抑えて背中を丸めた。顔はすっかり蒼白であり、今にも吐きそうなほどだ。

「ユーヘー……っ」

「……大、丈夫。少し休めば……」

 悠平は息も絶え絶えに答える。話に聞いていた以上に副作用が大きいようだ。

「すぐには目覚めないでしょうから、少し休ませるわよ。モニターを代わるから、アンタは御巫を見てやってちょうだい」

「はいは~い」

 

 少しして悠平の体調は落ち着きを見せ始めたが頭痛が酷く、しばらくは能力を使えそうもないらしい。

 以前にこの世界に転移したときもしばらくは頭痛で能力を使用できなかったらしいことを考えると、今回使用した()()はそう何度も使えるようなものではなさそうだ。

「――っ、純夏さんが目覚めます」

 霞は純夏をリーディングしながら覚醒を待っていたらしく、霞の言葉で武たちは00ユニット――5:44 2013/07/16純夏の傍へ集まった。

「純夏……」

 思わず口からこぼれた名前に反応したかのように、純夏のまぶたが震えた。

「純夏……っ!」

「純夏さん……!」

 純夏がゆっくりと目を開いていく。

「タ、ケル……ちゃん。それに、霞ちゃんも……」

 まだどこかぼんやりしているようだが、確かに純夏は目覚めていた。そのことに感極まった武は霞と二人でゆっくり上半身を起こそうとしていた純夏を抱き締めていた。

「純夏……っ、純夏……っ!」

「あ、あはは……苦しいよ、二人とも~」

 二人同時に抱き締められて苦しそうだったため、武は抱き締める腕から少しだけ力を抜いた。

「……俺たちのことが、わかるんだな?」

「うん。っていうか……ずっと見てたから、なんだか久しぶりって感じがあまりしない……かな」

 まるで寝起きのように――実際に寝起きだからなのかもしれないが、少し気だるげに純夏は語り始めた。

 00ユニットが機能停止してからもずっと幽霊のような状態で武たちを見ていたこと。それを可能にしていたのは機能を停止した00ユニットとわずかに繋がりが残っていた並列世界の00ユニットのおかげだということ。

「だから、わたしが今、ここにこうしていることができるのは……夕呼先生が、00ユニットが機能停止した後も廃棄せずに保管してくれていたおかげなんです。だから……ありがとうございます、先生」

「……それをアタシに言われても、ね」

 夕呼はそっぽを向きながらも、まんざらでもなさそうに言った。並列存在のやったこととはいえ、自分のやったことに照れくさくなったらしい。

 次いで、純夏は悠平へと視線を向けた。悠平の顔色はまだいいとは言えず、それを見て純夏は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。

「やっぱり、結構きついかな……?」

「これが、きつくないように見えるのか?……副作用のせいだけじゃないけどさ」

 少し言いにくそうに口にした副作用のせいだけじゃないということは、おそらくトラウマの影響もあるということなのだろう。悠平は結局、トラウマを乗り越えること自体はできなかったということだ。

「あ~……でも、それだけ危険なものでもあるということで……ダメかな?」

「副作用があるとわかっててやったのは俺だよ。……もう二度とやろうとは思わないけど」

「うん、それでいいと思うよ。……次は命に関わるかもしれないしね」

「……そんな危険なものをここ一番で使わせるなよ」

 半眼になった悠平に、ですよねー、と言って純夏は苦笑いを浮かべた。

 武はようやく00ユニットという自由に動ける体を得た純夏を見て、しかし、少しだけ物寂しいものを感じていた。

 00ユニットとは生体反応ゼロ・生物根拠ゼロを示すものだ。見た目はほぼ完全に武の知る純夏そのものではあるが、その体は非常に精巧に作られた偽物だ。それゆえに今後、どれだけ望んだとしても純夏との子供を授かることはできないのだ。

「それで、夕呼先生に一つ聞きたいことがあるんだけど」

 話に一区切りつき、悠平が夕呼に尋ねた。

「00ユニットの内部……あれは一体どうなってるんだ?あれじゃまるで……」

「そのことについてはコレに説明させるわ」

 そう言って夕呼が

「はいはい了解~!でもコレじゃなくて私の名前はひ――」

「さっさと説明する!」

「あひんっ!?……うぅ、わかりましたよぉ」

 女医が夕呼にはたかれたお尻を撫でながら答えた。

「えーと……まず、この00ユニットは従来に予定されていたものとは一部大きく違う部分が存在します」

 改良が加えられた00ユニットの従来の違いとは生体反応のオン/オフを切り替えることができる。一体何のためにそんな機能を用意したのか武にはわからなかったが、説明にはまだ続きがあった。

「これはある機能を働かせるためのキーなの。その機能というのは――」

 演出のためか、どこからかドラムロールが聞こえてくる。一体いつの間にこんなものを仕込んだのだろうか。

 少々長すぎるドラムロールによるタメに若干イラつき始めた頃、ようやくドラムロールの演出が終了し女医が口を開いた。

「――子供を作れます」

 武の思考が停止しかけ、悠平はなるほどと頷いた。霞は知っていたようで特に反応はなく、純夏は頬に手を当てて妙にくねくねしていた。

「……え、いや、でも……純夏の体はあくまで本物に似せてある作り物じゃ……?」

「うん、まあそうなんだけどね。でもそれじゃあ00ユニットとしての役目を終えた後はどうなるんだーって思ってた時に、博士から生体義肢の技術とクローニングで彼女の卵巣と子宮を再現するプランが提供されちゃったもんだから、これはもうやるしかないでしょう!って作っちゃったんだよね」

 だからちゃんと子供を産めるよと、武の疑問に女医があっけらかんと答えた。

「コレは生体義肢にかけてはちょっと右に出る者がいないくらいでね、00ユニットのボディの開発を任せていたのよ」

 それを聞いて武はこの女医がここにいる理由にやっと納得がいった。それにしては扱いが雑なようで、今もコレ扱いされた女医は少し涙目になっている。

「えー、生体反応のオン/オフの切り替えは子供を作るのに必要な要素を満たすためのものなの。基本的には00ユニットとしての最も重要な役目を終えるまではその機能を使うことはないと思うけどね。……というか香月さん、そろそろコレ扱いはやめてくださいよー」

「ほとんど全身を独自開発した生体義肢に入れ替えた狂人はコレで十分でしょ。まったく、()()を超えてるんだから少しは色々自重したらどうなの?」

「衰えない美貌は乙女の夢でしょ?私はそれを実現しただけなのにー」

 唇を尖らせる女医に武たちは驚愕した。どう見ても二十代前半にしか見えないが、見えている部分はほぼ全て生体義肢だという。正気を疑う行為だが、そんな彼女もまた夕呼の同類だということを武は強く意識した。

 純夏の体も通常の生体義肢とは違って彼女の独自技術で作られており、彼女の言葉を信用するならば少なくとも外見上は経年劣化しないらしい。確かにそれは乙女――女性の夢と言えるだろう。

 だが、すっかり目が覚めたらしい純夏はどこか不満そうな顔をしていた。

「それなんですけど、わたしの要望がちゃんと反映されてないみたいなんですけど」

「えっ!?そんなはずは……」

 女医はまじまじと純夏の体を見つめたが、首をひねっていた。

「いーえ、反映されてないじゃないですか!せっかく、胸をもっと大きくしてって伝えておいたのに……」

 そう言って純夏は唇を尖らせた。夕呼が怪しげな笑みを浮かべているのを見ると、わざと要望を無視したのかもしれない。




ようやく純夏が復活しました。

まさかオリキャラの女医さんがここまで出張ってくるとは思ってませんでした。
そんな五十超えのほぼ全身生体義肢な若作り狂人な彼女の名前は――(ここから先は血で汚れていて読めない。

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