なるようになーぁれー(投げやり気味)
市街地演習場をUNブルーに塗装された三機の不知火が翔けていた。
一機が突撃砲からマズルフラッシュを吐き出せば、狙われた一機は主脚とジャンプユニットを最大限に使用して真横に
一対一対一の混戦、三つ巴。しかし、三機とも一度の被弾もなく戦闘が続いていく。
一機は複雑で激しく、大胆さと繊細さを兼ね備えたアクロバティックな機動を。
一機は柳のようにしなやかな、とらえどころがなく翻弄するかのような機動を。
一機は相手を魅了する演舞のように舞い、鋭く切り込むような攻撃的の機動を。
三機が三機とも違った特徴が見られる独特な戦闘機動を行っていた。XM3の特徴である先行入力、キャンセルやコンボを多用し、その性能を最大限に発揮した機動だ。
跳び、舞い、駆ける。
この三機全てに共通して言えるのは、一切の停滞がなく、流れるように戦闘を行っているということだった。誰にも止められず、誰も止まらない。それは乗っている衛士の実力であり、そしてそれを支えるOSの力でもあり、強化が施された機体の力でもあった。三機はもはや従来の不知火とは比較にならない機動性を持っており、それでいて多大な負荷がかかるであろう各関節は、まったく軋む様子を見せていなかった。
相手を食い破らんとする突撃砲による応酬。
烈風のごとき長刀による切り結び。
大気を切り裂くかのように噴射跳躍を多用した追走。
獲物と狩人が激しく入れ替わりながら高速機動のドッグファイトを繰り広げていく。
このまま放っておけばいつまでも続くかのような終わりの見えない闘争は、しかし突然の終わりを見せる。あらかじめ決められた刻限を過ぎたことを知らせる音を合図に、三機の闘争者たちはその牙を収めた。
ハンガーへ戻ってきた三機の不知火のチェックを行う年若い整備兵は感嘆のため息を漏らした。
「はぁー……あれだけ激しく動いてたのに、まるで消耗がないなんて……」
厳密に言えば消耗がないわけではない。電磁伸縮炭素帯は特に強化が施されたわけではないため、これまでどおりの整備が必要だ。しかしそれ以外、電磁伸縮炭素帯を補助する新型関節構造はまるで消耗がみられない。
本来消耗が激しい関節部分はどれだけがんばっても五回の戦闘にしか耐えられないものだが、この関節はよほどのミスでも発生しない限り、十回でも二十回でも問題なさそうだった。
整備兵は三機の不知火を見上げるように眺めた。もはや従来の不知火とは比べようもない三機の内の二機は、ほんの一ヶ月前までは扱いに困るようなジャンク機だったとは未だに信じられないでいた。
機体もさることながら乗っている衛士の腕も並ではない。一人はXM3を発案した天才にして桜花作戦を成功させた英雄。もう一人もこの新型関節を生み出した天才。最後の一人は徴兵年齢にも至っていないらしい少女だ。
しかもこのうち二人は実機訓練もろくに受けられずに任官した、普通は他の衛士から馬鹿にされてもおかしくないような存在だ。にもかかわらず、この二人は基地内最強のエレメントと呼ばれており、残りの一人も先日行われた模擬戦でベテランの一個小隊を相手に単機で完勝したと聞いていた。
結局のところ、戦術機適性検査で落ちて整備兵に転向した自分とはいろいろ違うのだろう、と考えながら不知火を見上げているとふいに拳骨が飛んできた。
「よそ見してねぇでしっかり整備しねぇか!一つのミスが衛士を殺すかもしれねぇんだぞ!」
メカニックチーフに叱られ、再び整備に集中する……が、不知火の凄まじさに若い整備兵は今ひとつ集中できずにいた。
「……やっぱり足りねぇ」
武御雷を超えるのではないかとすら考えながら作業をしていると、不知火を見上げていたチーフが独り言でも言うかのように口を開いた。
「何が足りないんですか?」
「分からねぇか?コイツには色々足りてねぇ。主機の出力に装甲の強度、挙げ始めるとキリがねぇ。あの関節とXM3を完璧に生かすにゃ新素材でもなけりゃ解決しないような物ばかりが足りてねぇ」
OSや関節に他の部分がついていけていないのだとチーフは言う。若い整備兵は言われるまでそのことに思い至ることができなかったが、確かに関節の性能に他の部分がついていけていないようにも感じた。
しかし、それもそう遠くない未来に解決する日が来るのではないかと若い整備兵は妙な確信があった。なぜなら、ここは魔女がいる横浜基地なのだから。
豪奢なインテリアが施された、しかし人に不快感を与えないセンスのいい部屋にその男はいた。
椅子が軋む音もなく、天然の素材を使用した高価な執務机に手を組んで男は微動だにしなかった。
男が食い入るように見ているモニターに映し出されているのは先日行われたという実験機の稼動テストの様子だった。妙に距離があったり、見辛かったりするのはこの映像が秘密裏に撮影されたものだからだ。
例の新OSと新型の関節を組み込んだ改良型の戦術機は、その男が知る自国の戦術機とは比べ物にならない性能と可能性を有しているのは明白だった。
「横浜の魔女め……やはり、侮れんか」
男は苦虫を噛み潰したような顔でつぶやく。
横浜の魔女。オルタネイティヴ4の最高責任者であり、人類にBETAに打ち勝てる希望を与えた聖母。しかし、彼女はこの男にとっては忌々しい邪魔者でしかなかった。
そんな魔女がオルタネイティヴ4を完遂させたことを評価され、国連上層部や各国から協力を得て独立実験開発部隊――正式名称はまだ存在しないが、通称・横浜機関と呼ばれている――を作り上げた。その最初の成果が、先ほどの映像にある改良型の戦術機だった。今はまだ成果を公表してはいないようではあったがいずれは実戦テストが行われ、そこでますます魔女の評価は上昇するだろう。
しかし、あれが自国――否、自らの手にあったらどうなるか。
OSはすでに特許を抑えられているが、あの新型関節の技術を手に入れることができればどうなるか。
しかし、行動を起こすにはまだ早すぎると男は判断する。今行動を起こしたとしても得られるのは今あるものだけだ。ならば、今はおとなしく待つのも手だろう。しかし、隙を見せた時に容赦するつもりは男には微塵もなかった。
「白銀
管制ユニットから降りると、悠平はからかうように声をかけた。
「中尉ってのはやめてくれよぉ。敬語も背筋がかゆくなっちまう!」
悠平たちが任官した後、武は中尉に昇進を果たした。元々XM3や桜花作戦の功績もあり、昇進する予定はあったのだ。
二人がじゃれあっていると、少し遅れてネージュが管制ユニットから出てきた。
「……おつかれさまです」
一ヶ月ほど前の料理事件からまた少し社交性が向上したネージュは、やはり表情が薄いままだった。しかし、以前とは違って目には活力があり、出会ったばかりの時とはまるで別人のようにイメージが変わっていた。
「二人とも、もうすっかり乗りこなしてるな。俺もうかうかしてられないぜ」
「いやいや、まだ単機じゃ一度も武に勝てないんだから……エレメントでようやくってところだしな」
苦笑いしながら悠平が応えるが、事実、武と互角に戦えるのは今回のような混戦状態か、ネージュとエレメントを組んだ時だけなのだ。ヴァルキリーズの実力を記録映像でしか見たことがない悠平だったが、武の今の実力はすでにヴァルキリーズを遥かに上回っているのではないかと感じていた。
「ネージュとのエレメント相手は俺が逆にやばいって。ここ何回かは連敗してるじゃねえか」
武は悠平とエレメントを組んだネージュを相手にすると、時折思考が読まれているのではないかと思うほど全ての攻撃をかわされ、逆に追い詰められることがあった。リーディング能力を持たないことは知っているので、恐ろしく先読みの精度が高いのだろう。それを発揮することができるのが今のところ悠平とエレメントを組んでいる時だけというのは、ある意味ネージュらしいといえた。
悠平もネージュも未だ実戦経験こそないが、すでにベテランでも相手にならなくなりつつある。人のことを言えないが、武は二人の成長の早さを教官として好ましく思っていた。
お互いの技量についての会話が一段楽したところで、三人は今回のテストでの戦術機についての感想を述べた。
「まだ着地時の感触が若干硬い気がするな」
「あぁ、それは俺も思ったよ」
「…………」
ネージュが無言でうなずき、同意を示す。新型関節機構自体はすでに完成しているのだが、三人にはまだ若干の不満があるようだった。
「来月からテストパイロットを二人追加するから」
今回の稼動テストの結果や感想をレポートにまとめ、執務室へ集まった三人は夕呼から突然の連絡事項に思わず固まっていた。
「せ、先生、俺たちのデータじゃ足りないんですか?」
武は自分たちが努力不足だったのではないかと少しだけ不安になっていた。
「バッカねぇ~。データなんていくらあっても足りないのよ?ましてやそれが今までになかったものなんだから、それこそ膨大なデータが必要なの」
そこまで口にすると、夕呼はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、
「アンタたち三人、そろいもそろって規格外な戦闘機動ばかり使うもんだから、一般的な戦闘機動のデータが足りてないのよ」
クスクスと笑い始めた。どこに笑いのツボがあったのか、やはり天才とは常人に理解できるものではないらしい。
だが、武はそれで合点がいった。そもそも実験開発部隊とはいえ衛士が三人しかいないというのは少なすぎるのだろう。
武はふと、夕呼が手に持っているレポートらしきものに気がついた。機密書類というわけではないようだが、三人が来るまで読んでいたものらしい。
「あぁ、これ?この実験開発部隊の各国からの反応とか要望をまとめたものよ」
武の視線に気づいた夕呼が内容を大雑把に説明していく。まだ正式に稼動を始めて間もないが、概ね反応はいいようだ。要望は、やはりG元素の人工的生産や戦術機に関する新技術の開発が多いようだった。
「そういえば、あるところではアタシたちのことを横浜機関なんて呼んでいるらしいわよ」
それを聞いた武は、なんだかどこかの秘密結社みたいだなと思ったが、魔女が親玉なのだから似たようなものかもしれない。
「……丁度いいわね。正式名称も決まっていなかったことだし、横浜機関と名乗ることにしましょうか」
「え……マジっすか?」
武が思わず発したマジ、にマジよ、と返した夕呼は、どこか邪悪な魔女の笑みを湛えていた。
時は遡り、料理事件で三人が横浜基地から姿を消した翌日。
霞はPXで一人食事を取っていた。武も夕呼も、悠平もおらず、ネージュまで悠平についていってしまっていた。
ネージュの愚直なまでに悠平のそばにいようとする姿勢をうらやましく思っていた。自分もネージュのように武のそばにくっついていたい、と考えてもそれを実行する勇気がないのである。告白までしておきながら意外とヘタレだった。
「いけません……このままじゃ」
せっかく武が自分のためにこの世界に留まってくれたのだ。純夏には悪いとは思うが、これはチャンスだった。
霞は自分に協力してくれそうな人がいなかったかと脳内の知り合いリストから検索を開始する……が、そこまで親密な知り合いはほとんどいないため、すぐに検索が終わってしまった。
検索に引っかかったのは二人。夕呼と悠平だった。しかし、二人とも今は横浜基地にはおらず、相談することができない。
霞は途方にくれてしまった。
「……どうしたんですか、カスミ?」
途方にくれていた霞の前に現れたのは、悠平についていったはずのネージュだった。
ネージュは悠平に頼まれ、霞にいくつかの作戦を伝えるために戻ってきてくれたのだ。あの時(勝手にリーディングして)聞いた心の声は嘘ではなかったのだ。
霞は藁にもすがる思いで作戦内容を聞いていた。
作戦その一。実のところ、作戦ではないが体力づくりである。
新部署である実験開発部隊――後の横浜機関――に霞も所属しており、凄乃皇が完成した時はテストパイロットの一人として武と一緒に乗りこむことがすでに決まっているのだ。もしかすると通常の戦術機でも武と複座で乗ることになるかもしれない。その時のために今のうちから体力を作っておくというものだった。運動不足である霞には驚くほど体力がない。それゆえの作戦その一だが、
「……ユーヘーが、夜にも体力を使うことがあるかもしれない、と言っていました」
これを聞いてやる気を出してしまったあたり、霞は現金なのかもしれない。徹夜での作業は体力を使うものなのである。
作戦その二。うさぎさんハニー作戦。
うさぎさんは寂しいと死んでしまうのである。それゆえに武はうさぎさんと一緒に寝なければならないのだ。以前にベッドで一緒に眠った経験があるため武も受け入れやすい考えられた作戦だと感心し、霞は即座に採用を決めた。
作戦その二は武が戻ってからの実行となり、まずはすぐに始めることができる体力づくりから行うことになった霞は、ネージュにしたがって訓練用の服でグラウンドに立っていた。普段から着慣れていないため明らかに違和感があるが、気にはしていられない。
霞はネージュから、体力づくりにはランニングが一番であること、自分の体力を把握すること、自分のペースを掴むこと、無理をしないことを教わった。あとは自分の足で走り出すだけ。その先に霞が望むものが待っているのだ。
霞はいつになくやる気に満ち、今、その一歩を踏み出した――
――が、グラウンドを一周した時、そこには霞だったものが真っ白になって転がっているだけだった。
そんなにすぐ体力がつくはずもないのである。そして、霞の体力づくりはまだまだ続く……がんばれ、霞。
また小話的なのを入れてみました。
……うん。本当にがんばれ、霞。