その結果がどうであってもそのまま書き続ける!(やけっぱち)
男は輸送機のエンジン音に耳を傾けながら新しく着任することになる横浜機関のことを考えていた。
横浜機関。横浜の魔女と呼ばれる者がトップに立つ、独立実験開発部隊。
ハイヴのモニュメントを吹き飛ばすほどの威力を誇る荷電粒子砲を装備した凄乃皇に興味がないわけではないが、それだけならば、あくまでも要請であるこの辞令を受けることはなかっただろう。だが、横浜機関では凄乃皇の完成と運用だけではなく、凄乃皇の直援とする戦術機の開発も行っているという。そして現在、新型関節機構のテストが行われている戦術機は、男にとって無視できない機体だった。
モニター越しに会話した魔女によれば、自分が深く関わったあの機体も今後のテストに使用される可能性があるという。
「おもしれぇじゃねぇか……っ」
男は隣で眠りこけているもう一人のテストパイロットを起こさないよう静かに、だがひどく熱のこもった声でつぶやいた。
「そういえば結局、今日来る人たちはどういう人なんですか?」
一日のスケジュールの確認のために夕呼の執務室へやってきた武は、確認事項のついでに追加でやってくるテストパイロットについて尋ねた。テストパイロットが増えることを初めて聞いた時も尋ねたのだが、教えてもらえなかったのだ。あれから数週間が過ぎ、6月の始めである今日まで我慢してきた武はもう一度尋ねてみることにしたのだ。
「そうねぇ……アンタほどじゃないけど、だいぶ変わった経歴を持っているわよ。一人は米国でテストパイロットをやっていた経験があるし、腕は確かみたいね」
夕呼は意味深な笑顔を見せるが、武にはその意味まではわからなかった。しかし、腕がいいということなので、模擬戦にバリエーションが増えることが純粋に楽しみになっていた。テストはほとんど三人だけで繰り返してきたため、ややマンネリ化していたのだ。三人から五人に増えればその分だけ行えるテストにも幅が増える。データの収集効率も今まで以上に良くなるだろう。
「あ、そうそう。予定していた二人の不知火だけど、今日の夕方には搬入されるみたいね。でも、各部の換装と調整に二日かかるみたいだから、それまではアンタたちの機体を貸してやって頂戴」
オルタネイティヴ4の時みたいに時間に追われてるわけじゃないから気が楽だわー、と笑いながら夕呼は告げた。武によって未来からもたらされた12月24日というタイムリミットは、やはり夕呼に相当なプレッシャーをかけていたのだ。
武は00ユニットの完成までに夕呼にかけたであろう迷惑やプレッシャーの数々を申し訳なく思うのだった。
横浜基地に所属するほとんどの部隊が未だに中層を突破することができていないハイヴ攻略シミュレーターのBETA無制限モードを被撃ゼロで下層に到達し、なおも止まることなく大広間へ駆け抜けていく三人がいた。ハイヴを攻略するにはあまりに少ない兵站は時折通路を塞ぐBETAの排除に使用されるに留まり、最小限の消耗に抑えられていた。
それぞれ独自の機動を行い、型にとらわれず臨機応変に対応し、しかし統制の取れた連携で突き進み反応炉を目指してゆく。彼らにとってもはや通路を塞ぐBETAは突き崩すだけのもろい障害であり、横坑に湧き出てくる無数のBETAは足場に過ぎなかった。突如現れる母艦級や実際にはありえないハイヴ内でのレーザー照射ですら彼らの足を止められるものではなく、そんな三人が反応炉に到達するのは時間の問題でしかない。
反応炉に到達した三人はそのまま一定時間を過ごし、反応炉を破壊したという前提でハイヴからの脱出に移行する。反応炉を破壊するには三機のS-11では不足なのだ。
ハイヴからの離脱は必ずしも突入時の入り口から脱出できるとは限らないため、突入時よりも臨機応変な対応が要求される。しかし、ろくに兵站を消費せずに反応炉へたどり着いた三人は突入時と変わらない速度で、まるでBETAなど存在しないかのようにハイヴの中を疾走する。だが、反応炉の破壊以降のデータが不足しているためBETAの動きには一貫性がなくなり、不測の事態が多発する。そんな事態にも三人は冷静に対処し、お互いをカバーしあうことで無事に脱出を成功させた。
このシミュレーターで反応炉到達からの脱出は反応炉到達よりも困難であるとされている。幾度となくハイヴ攻略シミュレーターを繰り返している武でも単機での反応炉到達経験は数あれど、そのまま脱出に成功した経験は一度もないほどだった。
このシミュレーションの結果は見学していた者たちに衝撃を与え、後に横浜基地全体の衛士の実力を底上げすることにつながるが、それはまた別の話である。
テストパイロットが乗った輸送機は昼前に到着するため、悠平たちは午前のシミュレーター訓練は早めに切り上げることになった。午後は現状の不知火がどの程度のものなのかを着任したテストパイロットに見せるため、模擬線を行うことになっている。午前の疲れを残さないようにしたのだ。
輸送機の到着を待つために悠平たちは夕呼の執務室へ向かう。着任の挨拶が執務室で行われるためだ。執務室への道すがら、悠平は武に聞いた新しいテストパイロットの情報を反芻していた。
「変わった経歴で、米国でテストパイロットをやっていた、ね……どう変わってるのか分からないし、もう一人もどういうやつなのか分からない、と」
悠平は難しい顔でうなるようにつぶやき、武たちの時のようにいい関係を構築できるか心配になっていた。超能力のことを一人で抱えていたこともあって意外と心配性なのだ。
しかし、武は悠平ほど心配はしていなかった。あの夕呼が指名したのだから一癖も二癖もあってもおかしくはないだろうが、信用できないような相手ならばそもそも夕呼が手元に置くことはないのだ。
そんな中ネージュは、やはりいつもどおり表情の薄い顔で悠平の手を握ってついていくだけだった。
「ここが、日本か……」
滑走路に降り立った輸送機から一人の男が下りてくる。男は感慨深そうに空を見上げ自分が遠い地へ来たことを実感する。色々思うことはあるが、思っていたような嫌悪感は感じていないことに気がつく。
男は苦笑を浮かべ歩き出すと男に続いてもう一人、男に続いて輸送機から降りてきた。
「お待ちしてました。私はイリーナ・ピアティフ中尉です。あなた方お二人をご案内する役目を仰せつかりました」
二人が降りてくるのを確認すると、待機していたピアティフが敬礼と共に声をかけてきた。二人はピアティフに敬礼を返し、先導するピアティフに続いて横浜基地へと消えていった。
途中で霞と合流し、悠平たちが夕呼の執務室でコーヒーもどきの味に顔をしかめながら時間をつぶしていると、ピアティフが入室してきた。ピアティフの影に隠れて見えにくいが件のテストパイロットの二人もいた。
夕呼に促され、入室した二人は見事な敬礼をしてみせた。
一人は東洋系の顔立ちをしており、軍服に隠れて見えにくいがよく鍛え上げられた体躯をしていた。
もう一人は色白で一見儚いイメージを抱かせる容姿だが、その顔に浮かぶ表情は無邪気なものだった。
「……ユウヤ・ブリッジスに、イーニァ・シェスチナ……?」
この二人の姿を見た瞬間、悠平は思わず口からこぼれていた。
「ん?……なんで、俺たちの名前を?」
「あ、いや……ちょっと噂で聞いたことがあったんだ、うん」
怪訝そうなユウヤに悠平は内心焦りながら答えた。もしかするとイーニァにはばれていたかもしれないが、悠平にはイーニァの能力がどの程度のものなのか分からないので、これ以上は気にしても仕方なかった。
「コイツのことは気にしなくていいわ。それと、敬礼もやめてちょうだい。めんどくさいじゃない」
およそ軍人らしくない夕呼の言葉に、ユウヤは若干戸惑いながら着任の挨拶を行った。
ユウヤ・ブリッジス少尉。
イーニァ・シェスチナ少尉。
悠平はトータル・イクリプスはアニメ版しか観てはいなかったが、ゲーム版でどういうエンディングを迎えたかは知っていたため、二人が無事に生きていたことをうれしく思った。後で夕呼に尋ねたところ、二人は桜花作戦でレーザー属の新種と交戦した後は非常に不安定な立ち位置にあり、宙ぶらりん状態になっていたところを夕呼によって拾われ、正式に国連軍へ移籍したらしい。アルゴス小隊の仲間や篁唯依がどうなったのかまでは聞くことはできなかったが、きっと生きているだろう。
ユウヤたちの自己紹介が終わり、悠平たちも自己紹介を開始する。武と悠平が滞りなく自己紹介を終え、残るはネージュと霞の二人だけだ。
「……ネージュ・シェスチナ少尉です」
「待て……シェスチナだと?」
「わぁ、いっしょだね!」
ネージュが敬礼しながら名を告げると、ユウヤとイーニァが反応を示した。当然、気づくだろう。そして、ここにはもう一人シェスチナがいた。
「社霞特務少――」
「トリースタ!」
霞が敬礼と共に自己紹介を行おうとすると、イーニァが勢いよく霞に抱きついた。
「放してください……イーニァ」
「やー」
霞が困ったように――実際困っているのだろうが――武を見つめるが、武には理由が分からず、助けようがなかった。
「じゃれあうのならあとにしてよ。話が進まないじゃない」
諭され、ようやくイーニァが霞を解放するのを確認した夕呼は話を続けていく。
横浜機関の設立目的と、現在運用試験中の新型関節構造実装型不知火――不知火・改――に関しての説明を続けていく。
XM3やそれに対応した新型関節機構についてまで説明を終えたところで夕呼は一息ついた。
「さて、おおまかな説明は以上だけど……何か質問はある?」
質問の許可が出たことで、ユウヤは先ほど疑問に感じたことを尋ねることにした。
「あの女の子、ネージュ・シェスチナ少尉は……イーニァと同じ、なのか?」
ユウヤの問いかけに夕呼は小さく微笑を浮かべた。
「あの子だけじゃなく、社もそうよ」
夕呼は霞とイーニァが元々は同じ施設で生まれ育ったこと、ネージュは失敗作として隔離されていたことをユウヤに教えた。彼女たちは同じ目的で生み出された兄弟や姉妹の数少ない生き残りたちなのだ。
「アンタをテストパイロットの一人に選んだ理由は、アンタが不知火・弐型のテストパイロットだったからってだけじゃないってことよ」
その理由の中には、霞を生き別れた兄弟・姉妹と会わせてやりたいといったものもあったが、夕呼はそれを説明することはない。冷徹な振りをして意外と純情なところを晒したくはないのだ。
午後に入り、市街地演習場で模擬戦が開始されるとユウヤとイーニァは終始圧倒されることになった。
これまで誰もが行おうとしなかったような、新しい概念としか言いようがないアクロバティックな変則戦闘機動に。
止まることを知らず、流れるように続いていく戦闘に。
それらを可能とする新概念OSであるXM3に。
激しい戦闘機動で関節にかかるはずの負荷をものともしない不知火・改に。
そして、それらを使いこなしてみせる衛士の技量に。
三人の闘争者たちによる嵐のような戦いぶりに、ユウヤは自分がまだ衛士として成長できる可能性を感じ、イーニァは
戦闘は三人の立場が激しく入れ替わりながら推移しつつも、まったく決着がつく様子を見せないまま進んでいく。
いつまでも続くかと思われた闘争がタイムアップによって終了した瞬間、ユウヤとイーニァの胸中にあったのは早くあの不知火・改に乗りたいという思いだった。
というわけで出す予定のなかった人たちが……でも霞とイーニァを会わせるのは一度やってみたかったので、ある意味満足。
ちなみにTEのゲームやっていないんで、いろいろなところが妄想と理想で補完されています。
もっとセンスよく書きたい……