「陛下、明日から三日間、王都を離れても良いでしょうか?」
そう問われた王は理解しているというように頷く。
「故郷の墓参りに行くのだな」
「はっ」
「構わない。その間、ルシス守りはコル将軍に任せておけばよい。・・・あれから30年か、時がたつのは早いものだ」
「ええ」
「あの時は、まだ若かったが、それでも劣勢を覆すことはできなかった。お前には、苦しい思いをさせてしまった」
「いえ、陛下の所為では」
過ぎ去った日を思い返し、斜陽の差し込む室内には重い沈黙が満ちた。
「それでは、失礼します」
立ち去ろうとする男に、王は声をかけた。
「道中気を付けて、ドラットー将軍」
「御心遣い感謝いたします陛下。もしも帝国に動きがあれば連絡を、直ちに駆けつけます故」
「ああ、そうしよう」
ドラットーと呼ばれた男は、一礼して去っていった。
***
「レギス」
室内に落ち着いた声が響く
「ドラットーに外出の許可を出したそうだな」
「ああ」
「休戦協定の交渉を控えた今、王の剣の要であるドラットーを王都から離すのは賛同しかねる。帝国が約束を違え、いつ動き出すか分からん」
「万が一に備え、コルが控えている」
「コルの実力については疑っていない。だが、現状我々の戦力として王の剣は欠かせないものだ。万が一、事があった場合、全指揮権が王都出身のコルでは、王の剣内部に反発が生まれかねない」
「それは理解している。なれど、故人を悼みたいというその気持ちを阻む事はできない。私の無力さが彼の故郷を奪ったに等しいのだから」
「・・・レギス、あまり背負い込むな。時々、お前が人の身に余るものさえ背負おうとしているように見える。・・・王であっても、万能ではないのだから」
「私など・・・」
自嘲気味に呟いたレギスは、杖を持っている左手に嵌めた指輪を眺めた。その黒い指輪は灯りに照らされて鈍く輝いていた。
***
ドラット―は墓の前で手を合わせた。一年ぶりの故郷は、懐かしい匂いがする。後ろから微かな足音が聞こえ、振り返る。
「久しいな、ドラットー」
その姿を見たドラット―は、驚愕した。
「お前、生きていたのか」
「ああ、なんとかな」
「どうして知らせてくれなかった」
「・・・いろいろ、あったからな」
死んだと思っていた旧友との再会。馴染みの定食屋にでも行こうと言ったのだが、彼は、二人で飲みたいとドラットーを誘った。
「ここを覚えているか?」
旧友の言葉にドラット―は頷く。
「忘れる訳があるまい」
穏やかな風の吹く丘の上、此処からは故郷が見渡せる。何度もここに来た。共に駆け回り、共に笑った。持ってきた酒を交わし、思い出話に花を咲かせる。日も暮れ、頬を撫でる風は僅かに冷たいものとなっている。そろそろ宿にでも戻ろうか、そういえば旧友は何処に泊まっているのだろう。なんならどちらかの部屋で飲み直すのも良い。そうドラットーが考え始めた頃。旧友は、真剣な顔をして言った。
「ドラットー、お前は今、王の剣の将軍をしているそうだな」
「ああ、そうだ。あの頃から変わらず帝国と戦っているよ。そう言うお前は、今何をしているんだ?」
「俺か・・・俺は今、帝国軍にいる」
ドラット―は、旧友が達の悪い冗談を言っていると思い笑い飛ばそうとした。だが、旧友の目は真剣そのものだった。その目を見て旧友が突然何か別のものになったような気がして、立ち上がり距離をとった。酔いは急速に冷めていた。いつでも剣は召喚できる。この間合いであれば、例え銃を抜かれたとしても、先手を取る自信があった。旧友は、表情を変えず。座ったまま故郷を眺めていた。冷えた風に言葉がのせられる。
「ドラットー、レギス陛下を殺せ」
「狂ったか!?」
ドラットーは剣を召喚し友の首に当てた。皮膚のすぐ上に、研ぎ澄まされた刃が当てられている。だが旧友は動じなかった。
「聞け、ドラットー。陛下の力にも限界がある」
そんなことは分かっていた。だから即座に言葉を返す。
「それを、死んでいった仲間たちを前にしても言えるのか?」
旧友は薄く笑った。
「では、どうする?このまま陛下の為に戦い。帝国の支配下におかれるのか?」
「そうせぬために戦っている」
「いずれそうなる。このまま戦争が継続されても、ルシスに戦況を覆す手はない、じり貧に陥って更なる悲劇が生まれるだけだ。お前の率いている王の剣がまさにそうだろう」
旧友の言葉には諦めがあり、そして事実でもあった。王の剣は、王都の外、帝国との緩衝地帯、長く続く戦争で故郷を失った移民で構成されている。だが、それが事実だとしてもドラットーには受け入れられなかった。30年戦い続けてきたのだ。戦況がどうであるかは理解していた。それでも自らを信じ死んでいった者が、レギスへの忠義がそれを考えることを許さなかった。旧友はさらに続けた。
「帝国は和平協定を持ちかける。レギスもそれを受けるだろう。内々に、現神凪ルナフレーナ嬢と、自らの子息との婚姻を条件として提示してきている」
「なに?」
ドラットーは、まだそれを聞いていなかった。
「帝国側の条件はインソムニア以外の放棄。我らの故郷は帝国に売られる。それが12年前に魔法障壁の範囲から外され、それでもなお王の為に、長年使えてきたお前に対する見返りだ」
ドラットーは、返す言葉を見つけられない。自分を信じて死んでいった者達の顔が浮かぶ。
「だが、ひとつだけ方法がある。・・・王の嵌めている光耀の指輪、それを手にいれれば力を手にすることができるという。魔法障壁を拡大する事も、いや帝国を滅ぼすことすらできるかも知れない。言いたいことは分かるな?」
ドラットーの中に葛藤が生まれていた。
「それでも俺は・・・」
ドラットーの言葉から、力が薄れつつあった。旧友の言葉には、ドラットーが迷うだけの真実味があった。
「ドラットー、もはや言葉では足りぬ。此処に至っては剣で語り合うしかない」
旧友は立ち上がり、剣を抜いた。ドラットーは突き付けていた剣を逸らしてしまった。その剣で、即座に旧友の首を刎ねる。それが本来ドラットーのやるべき事であったにもかかわらず。旧友が纏っていた外套の下から、奇妙な義足が見えた。
「それは・・・」
「これか?俺の身体は30年前の戦いで大きく傷ついた。捉えた俺を帝国は新しい技術、魔導機関を用いた魔導義肢の実験台にしたのさ」
荷物を背負っているように見えていた背中からは、液体金属が流れ出し兜を形成、旧友の顔が覆われた。
「馬鹿な」
そう呟いたドラットーの目の前に、ニフルハイム帝国将軍。魔人グラウカの姿が現れていた。ドラットーは旧友の正体に驚きながら、振り下ろされた剣を咄嗟に受け止める。剣と剣がぶつかり合い、大きな金属音が響いた。
***
帝国領の上空を飛ぶ飛空艇の中で皇帝イドラ・エルダーキャプトと、宰相アーデン・イズニアが話し合っていた。
「グラウカ将軍は確かに帝国の戦力の象徴ですが、もはや、個人の力など帝国に不可欠ではありません。しかし、士気を高めるためには帝国の魔人と呼ばれるその名は有用です」
「ほう、ではどうする?」
「この戦いでやつの忠誠心を確かめましょう。駄目なら捨てればいい」
皇帝は、それを聞き冷たく笑った。
***
剣が振るわれる。二つの剣が重なり、離れ、また重なる。
「おおおおおおおお」
ドラット―の咆哮と共に放たれた一撃が、グラウカの魔導甲冑を貫き、背へと抜けた。
「・・・なぜ?」
旧友の斃れ行く体を抱き留め、発したのは疑問だった。その剣はグラウカならば絶対に受けとめられる軌道だったからだ
「俺、にはもう時間が残されていない。病が、体を蝕んでいる」
口から血を流しながらグラウカは語った。
「30年前の戦いで時半死半生で捕らえられた俺は、取引を受けた。仲間と、故郷を守るためには、受け入れるしかなかった。俺は裏切り者となり、死人になった。顔を捨て、名を捨て、仲間たちの為、故郷の為、誰にも称賛されぬ戦いを始めた。そのおかげで、故郷は今も存在している」
ドラット―は、傷口から溢れる血を止めようとした。それが無駄であることを知りながら、その手を、旧友が薄れゆく力を振り絞り強く掴んでいた。
「ドラットー、俺達の故郷は捨てられた。だが俺達の故郷は、帝国のものでも王国のものでもない。俺達の物だ。もう、誰にも支配させない。取引を受けろ。明日ここへ帝国の交渉役がやってくる」
受け入れるべきではない。だがドラットーの口は問いを投げかけていた。
「・・・もしも、指輪がやはり、常人には扱えぬものだったら?」
「その時は、指輪を帝国へと持ち帰り忠誠を誓え。そして、お前が帝国から、故郷を守れ、俺の代わりに守ってくれ、死んでいった者達の墓を、生き残った者たちの家を、裏切り者となり顔を、名前すら失っても」
彼は最後の力を振り絞って笑った。
「ドラットー、最後にお前に会えて、良かった」
そう言い残して旧友は、死んだ。
ドラットーは、その名を呼んだ。何度も何度も何度も、それに応えなど望めないことは分かっていた。もう何人も看取ったのだ。命が失われる手を何度も握ったのだ。ドラットーは叫んだ。風が彼の声をかき消しても、声が枯れるまで叫び続けた。その腕に抱いた旧友の熱は流れ出し、やがて無くなった。丘には、ただ、ドラットーだけが残された。頬を撫でる風を酷く冷たく感じた。
***
穏やかな風の吹く、故郷を見わたせる丘の上に、グラウカと名乗っていたもはや誰でもない男の墓を作った。誰も参ることのない墓。誰にも知られず故郷を守り続けた英雄の墓を・・・ドラットーはそこに立っていた。ただずっと立ち続けていた。夕焼けに染まる世界に、魔導エンジンの音が聞こえ、ドラット―の背後に揚陸艇がゆっくりと降下してくる。格納庫が開き、男が足場をゆっくりと降りてきた。そして男は言った。
「初めまして、俺はアーデン・イズニア。此処にいるという事は、君が提案を受け入れてくれたようで嬉しいよ。条件は彼から聞いたかな。我々はクリスタル。そしてできれば指輪も欲しい。条件を飲んでくれるのなら、君のこの素晴らしい故郷には平和が訪れると約束しよう。王の剣の指揮官。ドラットー将軍」
「いや、違う」
ドラットーの言葉にアーデンは首を傾げた。ドラットーは、武器召喚を用い、魔導甲冑を装着する。視界が鮮やかさを失い、呼吸が僅かに苦しくなった。ドラットーは兜により変質した声で告げる。
「私は、グラウカ、ニフルハイム帝国の将軍」
「はっ、はははははは」
アーデンは愉快そうに笑った。
「そうか、そうだった。まさしく、君こそはニフルハイム帝国軍を率いるグラウカ将軍。これからもどうぞよろしく」
そう言って、アーデンは、大仰にお辞儀をしてみせた。
「レギスは私が始末し、指輪も手に入れよう。それを持って、帝国への忠誠を示す」
「結構。では、参ろうか、グラウカ将軍。王都襲撃の算段を練らなければ」
アーデンにいざなわれ、グラウカは歩き始めた。背後には、旧友の、そしてドラットーと名乗っていた男の墓標が沈みゆく太陽の光を浴びて、影を長く伸ばしていた。