指輪には継承者の力を蓄える役割もありました。指輪の力は受け継がれるたびに増し、力の結晶であるファントムソードもその数を増してゆきました。
創星記第3章 二節
***
テネブラエの遥か彼方、上空。付近の山に匹敵しかねない冗談のような巨大建造物が浮かんでいた。辺りに点々と浮かび上がるのは、膨大な数の飛空艇や揚陸艇だ。まるで、巨大な巣の周りを飛び回る蜂のようにも、大型海洋生物に随行し生活している小魚の群れのようにも見える。それは、事実だと思ってみていなければ、目の錯覚だと思ったはずだ。
「馬鹿な、あんなものが浮いていられるはずが無い。魔導機関をいくつ積んでも、必要な浮力が得られるとは思えない・・・」
長年飛空艇を操ってきたアラネアたちでさえ困惑している。
「恐らく、ルシスのクリスタルを使っているのだろう」
コルが推論を述べる。
「あれは、複数の魔導機関を用いた巨大な飛空艇と言うよりは、あれ自体が巨大な一つの魔導機関になっている筈だ」
アラネアが理解を示す。
「なるほど。ビッグス、住民の避難は?」
「テネブラエ騎士団と義勇軍。我々も協力し進めてはいますが、しかし何処へ逃げればいいと言うのでしょう。速度は遅いとはいえ、あの主砲の威力を持ってすれば安全な場所などありません」
「それでも打てる手はすべて打つ。急がせな」
「了解しました」
無線で指示を飛ばすビッグスの横でイグニスが告げる。
「テネブラエが、あの主砲の射程圏内に入る前にこちらから迎え撃つ」
ノクティスが頷く。
「ああ」
「大丈夫かな?」
プロンプトは僅かに不安を口にするが、グラディオラスは平静を保っている。
「あれだけでけぇんだ。外れる事はねぇだろ」
「雷神の一撃で沈めてやる」
ノクティスはこぶしを握り締めた。
「さて、じゃあそろそろ行こうか。揚陸艇で向かう。避難に割いた揚陸艇以外と飛空艇も向かわせるが、あまり期待しないでくれ、あの主砲にも、要塞の周りに展開している飛空艇にも対抗できない。雷神の攻撃が失敗したらお終いだよ」
アラネアのその言葉にプロンプトが唾を飲みこむ。
「あまり、怖がらせないでやってくれ」
イグニスはそれを見てアラネアに言った。
「ああ、ごめんごめん。でもまぁ、あの要塞さえ落とせれば、周りの飛空艇は戦闘を継続しようとはしないだろう。あの要塞には皇帝が乗っていて、それが沈められれば恐怖によってまとめられた帝国軍は今度こそ瓦解する筈だからね」
***
ノクティスは、揚陸艇の先端に立って雷神を降ろした。空は厚い雷雲に覆われ、降り注ぐ雷の中から雷神の姿が現出する。帝国飛空艇群に動きは無く、要塞の主砲も沈黙していた。
「テネブラエを射程に入れるまで、攻撃してこないつもりなのか?」
アラネアは操舵室で回避準備を取りつつ呟く。帝国飛空艇群が、先行し攻撃をしかけてこないのも巻き添えを恐れているが故だとすれば納得できる。だが、帝国は雷神の恐ろしさを実感している筈だ。雷神が雷から杖を作り出し投擲した。揚陸艇の窓の外が、雷神の放った杖の雷光によって白く染まる。目に強烈な閃光を残し飛んでいったそれは、確かに要塞を捉えていた。先端の接触と共に爆発。操舵室に歓声が上がる。要塞を包んだ猛煙が風に流されて消えてゆく
「馬鹿な」
ビッグスが呻く。要塞は、煙の中から青い光に包まれ無傷のまま飛行していた。損傷した青い防壁は急速に再生されていく。
「魔法障壁だと!?」
グラディオラスが叫ぶ。
「後退!」
アラネアの指示で止まっていた時間が動き出したように揚陸艇は要塞から距離をとり始める。要塞の主砲が動いたのが分かった。
「全艇、回避行動!」
青い魔法の光が主砲に収束し、極太の光線となって放たれる。光線は雷神へ向け直進。雷神は手元に再出現させた雷の結晶で受け止めようとするも圧力に負け地に叩きつけられた。膨大な土煙が上がる。
「雷神がっ」
プロンプトの悲鳴。
「次に主砲が撃てるようになるまでは、しばらく時間があるはずだ。それまでに何か」
瞬時に切り替えたアラネアが、立て直しを図る。
「あれは内部から停止させるしかありません」
操舵室内部に突如として現れたゲンティアナが告げた。
「どうやって」
ゲンティアナに驚きつつもグラディオラスが問う、それにイグニスが応じる。
「・・・あれはレギス陛下が発生させていたような完全な魔法障壁ではない。僅かだが雷神の雷で損壊し再生していた。レイヴスの防壁に近い。だとしたら、雷神の攻撃で損壊した魔法障壁の切れ間から侵入、もしくは内部へ攻撃ができるはずだ」
ゲンティアナはその答えに頷く。
「しかし、雷神が、まだ攻撃できたとして、魔法障壁の損傷から再生までの間に二撃目を叩き込むことはできない。揚陸艇の飛行速度では間に合わないか、帝国飛空艇群、要塞の対空兵器に撃墜される可能性が高い。アラネア部隊のリスクが高すぎる。残るは、神の同時召喚しかないが、ノクト、できるか?」
「やるしかねぇな」
揚陸艇のデッキにいるノクティスが通信で答える。
「で、どれを呼んだらいい?」
「いえ、それは不可能です」
ゲンティアナが否定する。
「同時召喚がか?」
「いえ、同時召喚は可能です。ですが、いまノクティスの呼べる五神のうち最も貫通力に優れその一点集中の火力に優れているのは雷神だけです。あの障壁は、雷神にしか破れず、機動力に優れた風神が回復中である今、その後開いた隙間から内部に侵入し壊滅的な被害を与えられるのも雷神の雷しかありません」
「なんだと」
グラディオラスが、他に手はないのかと悔し気に顔をゆがめる。
「揚陸艇で乗り込む、それしかないようだね」
アラネアが冷静に言った。
「どれだけ犠牲を払っても、要塞に侵入する」
その顔には覚悟の表情が浮かんでいた。アラネアが全艇に指示を出そうとしたとき。
「あ、ちょっと」
背後に控えていた飛空艇からの通信回線に、何か揉める声が混ざった。
「話は聞かせてもらった。もうひとつ方法があるが?」
それは、シドの声だった。
***
シドの指示により、ノクティス達はアラネアの飛空艇に移動していた。まだ距離のある要塞は沈黙を保っていたが、楽観視はできない。雷神は肉体の再構築を行っている。
「んで、どんな方法があるって?」
「本当にあるんだろうな?」
ノクティスとグラディオラスがシドに迫る。
「まぁ、そう急かすな。見りゃわかる。あれだ」
シドが指し示した方向には、飛空艇のデッキに向けて、昇降機が何かを持ち上げてきていた。それと一緒にシドニーも上がってきた。
「これは、レガリア?」
「って、シドニーじゃん。なんで此処にいるの?避難しなきゃ」
プロンプトがシドニーの身を案じて言う
「ついて来るって聞かねぇからよ」
シドが呆れたように口にする。シドニーは笑顔をみせた。
「何処にいたって一緒でしょ。だったら私は私のできる事をしたい。プロンプトもそうでしょ?」
「いや、そうだけど」
「そんな事よりもこれ」
「レガリアがどう関係するんだ?。ちょっと形が変わった気がするが」
グラディオラスの言葉に、シドニーがいいところに気付きましたと言うように声を上げる。
「そう、レガリア、フライングモデル!」
全員が一瞬理解できず黙った。シドニーが皆の反応の薄さにあれ?という顔をする。
「・・・フライングモデル?」
「まさか、飛ぶのか?」
ようやく、反応が返ってきたのを見てシドニーが満足そうに頷く。
「そう、そのまさか、墜落してた帝国の揚陸艇から拝借した魔導機関を小型改良してレガリアに取り付けたの。アラネアの魔導槍を参考にして、じいじが作ったんだよ。整備したのは私」
「すげぇ、流石シドニー」
「おい、作ったのは俺だって言ってるだろうが」
プロンプトがシドニーを誉め、シドが少しふてくされる。
「飛空艇の魔導機関による飛行原理をレガリア用に改造。最小限まで小型化して二基装着。レガリア自体も軽量だからな、加速も最高速度も揚陸艇の比じゃねぇぞ。世界最速の乗り物だ。急遽完成させたから初めての飛行がいきなり本番だが、まぁ落ちる事はねぇはずだ」
「・・・」
グラディオラスが、無言のまま不安を表情に表す。
「やるしかないな」
イグニスが言う。
「おう、操縦自体は今までと変わらねぇから、アクセル全開でデッキの端まで加速したらボタンを押せ。飛行形態に切り替わる。それだけだ」
「なるほど」
ノクティス達は車に乗り込み、念のためシートベルトを締めた。ゲンティアナが車の外から声をかける。
「ノクティス、雷神がもう一度撃てるようになるまでは少し時間がかかります。要塞の主砲が再装填されテネブラエを捉える方が早いでしょう。その一撃は神々が防ぎます。あなた達は気にせず雷神が空ける障壁の間隙に入り込むことだけを考えなさい」
ノクティスは頷いた。
「分かった。行ってくる」
ノクティスの言葉を残し、レガリアは一気に加速すると飛空艇のデッキから飛び立った。車内からはプロンプトの悲鳴だか、歓声だかが聞こえた。
***
射程内にテネブラエを捉え、要塞の主砲が動く。青い魔法の力が集まりつつあるその前に雷神が立ちふさがり、崖下の川からは水神が顕現。テネブラエにある土塊から巨神の別身が立ち上がり要塞を見据える。閃光。要塞の主砲から発生した光線を水神がその身を膨大な水の壁と変え偏光、減衰させる。巨神の別身が地面を叩き巨大な磐壁を形成。残った光を受け止める。その壁の後ろで雷を杖と成していた雷神は、壁が下がるのと同時にその杖を要塞に向け一直線に投擲した。その穂先が魔法障壁に穴をあけ、同時に消失。
「いくぞ」
レガリアを支援するためにアラネアの揚陸艇部隊がおこなっている果敢な攻撃の中、応戦する帝国飛空艇群と要塞からの対空砲火を避けレガリアは加速、僅かに生まれた障壁の間隙から車体を滑り込ませた。イグニスはレガリアを急減速、着陸と言うか不時着ぎみに、要塞の上部に強引に降ろす。レガリアはすぐには勢いを殺せぬまま、甲板の資材やコンテナを弾き飛ばして、ようやく停止した。
「無事か?」
イグニスの言葉に、舌をかまないように歯を食いしばっていたプロンプトが答える。
「な、なんとか」
「急いで要塞を停止させるぞ」
ノクティス達は、レガリアに向かってきた帝国兵たちを倒しながら要塞の内部へ侵入した。
***
「レガリアの、魔法障壁内への突入を確認」
レガリア支援の為、少数の揚陸艇によって帝国飛空艇群と交戦していたアラネアたちが沸く。しかし、レガリアに的を絞らせぬために、帝国飛空艇群の中心部に飛び込まざる負えなかった。無謀な突撃作戦で想定されたほどの被害は出なかったとはいえ。アラネアたちは圧倒的な数の差により、撤退も困難な状態となっていた。
「さすがに厳しいか」
アラネアが誰にも聞こえぬように呟く。硝子の全面を埋め尽くすような飛空艇の群れ、雷神が復活し攻撃を再開していると言っても、周囲に展開するそれをすべて打ち落とすには膨大な時間がかかりそうだった。アラネアは全滅すら覚悟し、少しでも要塞と、飛空艇群の進攻を遅らせるために檄を飛ばした。雷神が飛空艇に目標を変え、雷を放つ。胴に穴をあけられ燃え落ちてゆく飛空艇の後ろから、まだ健在な飛空艇が表れては雷神に主砲を放つ。また、数え切れぬほど展開された揚陸艇が、巨大な獲物を貪り食っていく蟻の群れの様に雷神を消耗させていた。
***
「やはり、雷神だけではこの状況を打開できませんか・・・」
ゲンティアナが帝国揚陸艇の機銃から撃ち出された銃弾を空中に停止させながら言う。
「水神は、膨大な水が存在しないこの地では、完全な力を出せず。巨神は別け身を寄こすしかない、そもそも空中を飛行する多数の揚陸艇に対しては有効打を持ち得ない。まして今の私では、ノクティス達が要塞を落しても、この者達は救えない」
ゲンティアナが悔しそうに口を引き結ぶ。雷神が大地に膝をつき、アラネア部隊の揚陸艇が一機落とされる。これ以上進攻されれば、要塞の主砲はおろか、飛空艇群の攻撃にさえテネブラエは晒されるだろう。ルナフレーナだけは何としても守らなければならない。ゲンティアナがその意思を持ちルナフレーナの下へ戻ろうと考え始めた時。大気が渦を巻き、哄笑と共に四枚の翼がそれを弾けさせながら広げられた。
「くはははははは。爺、苦戦しておるようじゃのう」
「風神?何故?」
「おう、お前もそこにおったのか、もう完全に復活してのう。力が湧き立つ。ルシスを眷属にすることに、このような効能があるとは、これならもっと早く眷属にしておけばよかったのう」
「・・・まさか、これほど早く回復するとは、障壁を展開していないからですか?貴女には驚かされる」
「障壁?なんじゃそれは」
「いえ、なんでも・・・それよりもまさか雷神と戦うつもりですか?」
「うん?そうしてもいいんじゃが、まだそのつもりはないぞえ?既に弱っている雷神をいたぶっても面白うないからのう」
「では何を?」
「ふむ、爺をはじめとして、水神も巨神も、手が出ず。お前もどうやら困っておるようじゃ、妾の直轄地に住み着いた眷属達も困っておるようじゃし、少し妾の力を見せてやろうかと思っての。どうじゃ?奴ら、さらに妾を崇め奉ることじゃろうて、そうなれば、また力が増してしまうかもしれんのう」
風神は嗤う。
「なるほど、ところで貴女は、何を攻撃すればよいか、そもそも状況を理解していますか?」
「うん?ようわからんが、妾の眷属同士がまた争っておるのじゃろう?ましてや、二度も妾の直轄地で争うとは、しかも空で、よって飛んでおる奴をすべて落とし、妾にもう一度忠誠を誓わせれば良いのじゃ」
「風神、私が乗っているこの揚陸艇含め、飛んでいる赤いのは貴女に忠実な眷属です。故に攻撃してはいけません」
風神はそれを聞いて、辺りを見わたした。ゲンティアナに視線を戻し聞く。
「うん?待て、おかしいではないか、妾に忠実な眷属の赤いのは、少ししかないぞえ?」
「ですから困っているのです」
「ルシスの王を眷属にしてもこれだけ逆らってくるというのか、そんなにも好かれておらん奴じゃったとは・・・因みに、あやつはどうしておる?」
「王ですか?」
「違う、妾の翼を千切った槍使いじゃ」
「彼女なら、あの船に乗っています」
ゲンティアナは前方で交戦している赤い揚陸艇を示した。
「囲まれておるではないか、なぜもっと早く言わぬ」
慌てた風神の様子にゲンティアナは違和感を覚える。
「彼女を、心配しているのですか?」
「ち、違う、あれじゃ、妾の翼を千切ったのじゃから、妾以外の者に殺されるなど許せぬだけじゃ」
ゲンティアナの返事も聞かず、風神は慌てて飛び去って行った。
***
ノクティス達は、要塞に侵入し動力源であるクリスタルを目指していた。制御室に行っても制御できるかどうか分からず。まして、制御室が複数に別れている可能性もあった。しかし動力がルシスのクリスタルであるならば、動力源は一つしかない。そこから動力の供給を停止させれば、要塞は動作を止める筈だ。
「しかし、この要塞なんかおかしくねぇか?」
グラディオラスの言葉にプロンプトが応じる。
「なにが?」
「確かに、これだけの規模にしては兵の数が少ない」
「兵よりも、軍用シガイの方が多いくらいだな」
イグニスの言葉にノクティスが同意。要塞内で起こる戦闘も、対軍用シガイ戦の方が多いぐらいだった。
「ああ、まるで必要最低限の人間だけ配置している感じだ」
「そういえば、そうだね。それにちょっとだけ混ざってた兵士も何処か変じゃなかった?操られてるっていうのか、まるでゾンビみたいな」
「ああ、いつも相手にしてた帝国兵と感じが違っていた」
「あー、なんか俺怖くなってきた。なんでだと思う」
プロンプトが自分の身体を抱きながら震える。
「それを考えるのは後に、今はテネブラエへの再攻撃の前に要塞を停止させることだけを考えよう・・・この要塞が巨大な魔導機関と同じであるとすれば、動力源となるクリスタルは要塞の中央に据えられている筈だ。とにかく中央を目指すぞ」
ノクティス達は、要塞の中央、巨大な円形の空間に到達した。中央は吹き抜けとなっていて、青い魔法の光が柱のように伸びている。
「クリスタルの光だ」
「奥にあるあの部屋、エレベーターになってるんじゃないか?」
「ああ、恐らくあそこから下、クリスタルのある中心部に降りられるはずだ」
「行こう」
プロンプトが扉を開き、巨大な円形のエレベーターになっている室内に入る。それは、要塞を一直線に貫く空間を上下に移動するためのエレベーターで、吹き抜けほどの広さは無いとしても、高さは20メートル、直径が100メートルほどもある巨大な物だった。
「え?」
プロンプトが室内に入って驚く
「おい、あれって」
グラディオラスも立ち止まる。床には男が倒れていた。男から流れ出た血が、血だまりとなって広がっている。その男の身に着けている服、帽子から覗く髪の色、苦しそうに歪んだ顔。全てに見覚えがあった。映像で何度も見た。
「アーデン・イズニア、帝国の宰相」
これにはイグニスも驚きを隠せなかった。
「なんで、死んでるんだ?」
ノクティスの言葉と共に、背後で扉の閉まる音がした。振り返ったノクティス達の前で扉は完全にしまる。
「閉じ込められた?」
驚くプロンプトの声に反対側から低い老いた声がかけられた。
「その男が死んでいる理由。それは私が説明しよう」
円形の室内の上方に設けられた通路から、鉄製の階段を老人は共も連れずゆっくりと降りはじめた。
「その男、アーデン・イズニアは、我が帝国の簒奪を狙っていた。故に、私自らが手にかけた。有能な男だった。だが過ぎたる野心が自らを滅ぼした」
全員に緊張が走る。何度も映像で、何度も胸中で思い浮かべた顔だ。ノクティスの手が握りしめられる。
「・・・帝国皇帝、イドラ・エルダーキャプト」
イグニスが忌々し気に告げた。
「そうだ、まったくその通り、私こそが皇帝。待っていたぞ、ルシスの血の生き残りよ。ずいぶんと手間をかけさせられたが、それもこれで終わりだ」
最後の一歩を踏み同じ位置に立った皇帝はノクティスを見て薄く笑った。
「お前を殺し、テネブラエを滅ぼし、我が帝国が、私が世界の支配者となる」
「っは、笑わせてくれる。唯の権力者に過ぎないお前が、一人で俺らに勝てる訳がねぇじゃねぇか。それともなんだ魔導アーマーでも隠してんのか?」
グラディオラスの挑発に、皇帝は首を傾げた。
「魔導アーマー?、もはやそんなものは要らぬ」
「どっちにしろお前が姿を見せた時点で、終わってんだよ」
罠があろうが、どうでもいい。いや罠の可能性があるからこそ、のんびりと会話をしている間に、この男を倒すべきだ。ノクティスの最速のシフトは、真っすぐに皇帝へと突き進み、皇帝の周囲に現れた、浮遊する六つの黒い影に弾かれた。
「何?」
ノクティスは追撃を諦め、後退する。宙を舞いながら視線を動かす。外部からの攻撃では無い。剣は、皇帝を今も取り巻いている黒い影のようなものに阻まれた。あれは
「シガイの力?」
プロンプトが、ノクティスのシフトを弾いたそれを見て言った。皇帝が嗤う。
「どうした、ルシス王の力とはその程度なのか?」
「ノクト、全員でかかるぞ!」
イグニスの声に、ノクティスは、さらに後退。一度仲間たちのところまで退き、体制を整えた。
***
風神が帝国の揚陸艇を笑いながら落としていた。風神の機動力に飛空艇や揚陸艇はついていけていない。
「ええ、本当に」
彼女にしか聞こえぬ雷神の声にゲンティアナが応える。
「空において彼女に勝る者は無い。それに、私は誤解していたのかもしれません。彼女は、ただその猛威を振るう気まぐれで残忍な存在だと、けれどそれは、私たちが、そうしてしまったのでしょう。今の彼女は戦いを楽しんでいるようには見えますが、あの揚陸艇を守ろうとしてもいる。後で謝らなくてはなりませんね」
ゲンティアナは、赤い揚陸艇への攻撃を防ぎながら戦っている風神を見つめて言った。風神が攻撃では無く、守りの方に重点を置いている事が見て取れる。自らの力を繊細に制御する。それは、風神にとっては困難な事だというのに、雷神がゲンティアナに考えを伝えた。
「そうですね。言わない方が良いのかもしれませんね」
ゲンティアナは、雷神の考えに同意した。
***
くり返された攻撃によって皇帝は傷を負っていたが、まるで気にしていなかった。
「ふむ、流石にこれではまだ勝てぬか」
皇帝がそう言うと、その身体から闇が噴き出し急速に膨れ上がった。
「なっ」
驚愕し、距離をとったノクティス達の前で、闇が皇帝の身体を覆い、作り替えていく。腕は黒く巨大なものとなり、禍々しい爪が形作られる。皇帝の周囲を廻っていた六つの黒い影は背後に移動し拡大、闇によって背と繋がり翼のように展開される。額からは角のような物が生え、巨大な眼球と発達した歯がならぶその顔は、まるで死神のような印象を受ける。背中からは背骨が突き出し、甲殻類のような殻へと変わる。足は、その身体を支えるために多脚化。長い尾が床を叩き室内を大きく揺らした。
「いやいやいや、なにあれ、嘘でしょ」
プロンプトが叫ぶ。
「視ィヨ、私ノ得タ、圧倒的ナ、チカラヲ」
化物と化した皇帝は、唸り声のような言葉を発した。背中に展開されていた羽のような爪が分かれて宙を舞う。ノクティス達が咄嗟に身を投げ出すと、その爪から発せられた赤い光線が床を溶かし、線を刻んだ。ノクティスが展開したファントムソードの防壁が赤光を遮る。赤光が通り過ぎるのを待って、グラディオラスが斬りかかり、ノクティスもシフト。イグニスが短剣を投げ、プロンプトは射撃位置まで距離をとっていく。大きく振られた腕の一撃を掻い潜りながら、多脚化した皇帝の懐に潜り込んだグラディオラスが、四本ある足のうち一本の関節を狙い切断。そのまま転がり出る。
「こいつ、表面は硬いが、関節はそれほどでもねえ」
グラディオラスの言葉によって、ノクティス達が目標を変更。固い甲殻の隙間に狙いを定める。足が飛び、床に落ちるが、皇帝は痛みを感じていないのか、動きを止めることは無かった。追撃しようとしていたノクティスが退避すると同時に、爪が本体から離れ周囲を高速で舞う、限定範囲の全方位攻撃。プロンプトの撃ち出した弾丸も弾かれる。
「防御も兼ねているのか」
イグニスの言葉に皇帝が応じる。
「驚クのハ、マダ早イ」
爪の生み出す嵐の中で、関節の断面から溢れだす闇が固形化、欠損部を補い。再び身体を形成していく。
「再生?」
ノクティスの言葉と共に、爪の嵐が消える。完全に復元された皇帝が、笑いながら浮かび上がる爪を掲げた。爪はノクティスのファントムソードのように回転運動を開始、振り下ろされるのと同時に、先端から太い束になった赤光が放射。その線上を全て焼き尽くす。その攻撃は強力すぎてファントムソードの防壁で受け止めるには消耗が大きい。ノクティス達は回避。背後に周ったグラディオラスが、長い尾の関節から、一部を斬り落とす。中からは闇が漏れ出す。プロンプトの銃弾が足を一本吹き飛ばした。爪が周囲に展開され、グラディオラスとノクティスを跳ね飛ばす。その中で、皇帝の身体が復元される。
「切りがねぇぞ」
ノクティスの言葉にイグニスが考え込む。
「あれは、シガイの力だ。シガイは倒せる。無敵であるはずが無い」
「だが、ファントムソードもあまり効いているようには見えない。普通のシガイなら、ファントムソードはかなり効果があるんだが」
恐らく、ファントムソード自体が、太陽光と近い属性を持っているのだろう、ノクティスの言うようにシガイにファントムソードの攻撃は有効だった。だが、皇帝にはファントムソードが斬り落とした断面から、身体が硬化し崩壊していくと言った現象は見られなかった。全身を太陽光にさらせば崩壊させられるのかもしれないが、ここではそれも望めない。切断した足や尾は、そのまま床に転がっている為、削り続ければいつか皇帝を構成する闇が底をつくかもしれないが、いつになるか分からない。そこまで考えて、イグニスは思う。皇帝はあの姿になっても自分の意思を保っている。あの身体を皇帝が制御しているとすれば、どこかにまだ皇帝の身体だった部分。少なくとも脳があるはずだ。固い甲殻に刃は通らず、弱点と思えた関節が、むしろ本当の弱点から目を逸らすための物だったとしたら?
「プロンプト、あいつの中のどこかに、皇帝の本体があるはずだ。貫けなくても良い関節ではなく甲殻部を狙ってみてくれ」
「了解!」
プロンプトがアンチマテリアルライフルによる射撃を開始する。打ち出された弾丸が甲殻部に当たり、その硬い殻を砕く。頭部、右額を撃ち抜かれ削り取られたその下から、眼球が露出する。皇帝は気にせず攻撃をしてくる。効果なしと見て取ったプロンプトが胸部へ目標を変更。弾丸が胸部の外殻にひびを入れる。皇帝の腕が次弾を防ぎ、プロンプトに向けて爪を繰りだした。
「胸だ!胸を撃ち続けろ!」
皇帝が初めて防御態勢をとったのを見てイグニスが叫ぶ。ノクティスが、放射される赤光をファントムソードで弾き、グラディオラスが、防御している腕を関節から斬り飛ばす。射線を確保されたプロンプトの銃弾が胸部を連打。その厚い外殻を砕く。内部から皇帝の上半身が露出。慌てた皇帝が爪を展開し修復を狙う。ノクティスが、ファントムソードを全力展開、6本の爪に対し二本ずつのファントムソードでもって嵐を未然に防ぐ。その隙に、グラディオラスとイグニスが疾走。二人を目指し、迫る残った皇帝の腕をイグニスが強引に受け止める。歴然な力の差によって、イグニスは吹き飛ぶも、その一瞬の間にグラディオラスの大剣が皇帝の腹部に突き立てられていた。宙を舞っていたイグニスを、ノクティスがシフトで捉え地に降ろす。叫びながら暴れ始めた皇帝から、グラディオラスが大剣を残したまま退避。
「馬鹿ナ、私ガ負ケル筈ガ・・・」
よろめいた皇帝へ向けて、ノクティスはファントムソードを伴ってシフトで突撃した。
「おらぁあああ」
ノクティスが、シガイ化した皇帝の巨体を、円形の室内に大きく設けられた硝子窓の壁面に叩きつける。衝撃によって硝子が割れた。皇帝は、その巨大な爪を壁に掛け、落下を防ごうとしたが吹き抜けへと飛び出した巨体の重みを支えきれず落ちていく。
「倒したー」
汗だくになったプロンプトが歓声を上げる。ノクティスは窓辺から遥か下に叩きつけられた皇帝の身体を眺めた。失った何かが戻ってくることは無い。
「イグニス、エレベーターは?」
既に端末に取り付いていたイグニスが答える。
「何とか下降できそうだ。急ごう」
イグニスがエレベータを稼働させると、巨大な部屋全体がゆっくりと下降していった。到達した最深部。立ち上る青い光の元にクリスタルが据えられている。クリスタルからは、様々なケーブルがいくつかの制御用端末を経由し、要塞内部の必要な場所に伸びているようだった。
「あ、あれ」
見れば、まだ生きていた皇帝が自らの身体を引き摺りクリスタルへと向かっている。身体は崩壊しかけており、足がもげ、背の爪は千切れ、身体からは闇が血のように流れ出し、闇でできた肉は剥がれ落ち、グラディオラスの大剣を引き抜いた傷口からは血を流しながら、皇帝は元の人の形に戻り、クリスタルへと手を伸ばしていた。
「クリスタルよ。我に力を与えよ。この世界を支配する力を」
その行動を阻止しようと走りだすノクティス達に顔を向け皇帝は哂った。皇帝の指がクリスタルに触れる。そしてクリスタルが強い光を放った。ノクティス達はその光を腕を翳し遮った。後方で、何かが床に落ちる音がした。
「何故、何故だ。何故我には力を与えぬ」
皇帝の叫び声。皇帝はクリスタルに弾き飛ばされ、床に落ちていた。その指からは、青い炎が上がり、瞬く間に身体を覆っていく。
「がぁあああああああ」
燃えてゆく皇帝からプロンプトが目を逸らす。皇帝は苦痛と共に転がったが、その炎は衰えず、皇帝を焼き尽くした。炎が収まるとそこにはただ焦げた跡が残っているだけだった。
「要塞を止めよう。帝国軍もこれで戦闘を中止する筈だ」
「ああ」
ノクティスはそう言いながら、皇帝と呼ばれた男の死に跡を見つめていた。
イグニスが端末に駆け寄り、クリスタルからのエネルギー供給を低下させると、要塞は、ゆっくりと下降し始めた。
***
要塞が活動を停止し、ゆっくりと降下し始めたのを見て、帝国軍は動きを止めた。指揮系統は混乱しており、要塞と主砲という切り札が失われ、猛威を振るっている風神と雷神の雷の前になすすべがない。帝国軍の中に逃亡する者が現れ、戦線は崩壊。ゲンティアナは風神に攻撃をやめさせると、テネブラエに居たルナフレーナに無線を使いアラネアの揚陸艇から帝国軍へ向けて降伏勧告をさせた。帝国軍主戦派、貴族たる将校の中には、尚も抵抗を主張する者もいたが、多数を占める一般兵はそれを強引に抑え、飛空艇を降下、着陸させ指示に従った。これにより戦闘は終結した。