残された王の幼い息子を、歳の離れた姉が育てていました。姉の元に神使と名乗る女性が現れます。神使は、姉に世界の調和を保つ役割を与えました。姉は、神凪と名乗り、神使と共に荒廃した世界を癒し、忌まわしき技術の数々を歴史から抹消していったのです。僅かに生き残った人々の間からやがてその知識は失われ、超技術の文明の事も忘れられていきました。人はもう一度歩み始めたのです。ただ、恐ろしい力をふるった炎神の事だけは人々の間で裏切り者として記憶されました。やがて王位を継いだ息子は初代ルシス王となり、姉はフルーレ家の祖となりました。
神凪の口伝
***
(問いがあれば答えよう)
帰路に就いた揚陸艇の中にいるノクティス達に竜神が聞いた。
「では、世界の危機とは?」
イグニスが問う
(創星記にある通りだ)
「あれはやはり事実なのか?」
(そうだ。始まりは、この世界に女神が誕生した事だった。戦いの果て、死んだ女神の左目は天へと上り太陽となった。傷ついた右目は月となり、身体は大地となった。そしてこの大地へ落ちた月のクリスタルの欠片から、我が生まれた。女神の身体に生じたクリスタルからも、続々と神々が生まれた。我も含めた七神は、混沌との争い、女神の死と、世界の誕生を生まれた瞬間から理解していた。そして、最後に、汝ら人間の祖となるオーディンとチェラムが生まれたのだ。何処から生じたのかは分からぬ。二人は何も知らず、自らのクリスタルを持たなかった。だが、女神の力の一部のみを受け継ぎ、それしか受け入れられぬ我らと違い。二人は、全ての力を受け入れ、女神本来の力、光の力を行使する事が出来た。そこで我らは、二人を八番目の神、女神の後継者である真なる神として受け入れ。女神の力を意味するルシスと名付け、やがて訪れるだろう混沌の再来に備えるため、クリスタルから生成した指輪を与えた)
「ルシスにチェラム?それって・・・」
(人は長い時の中でその意味を忘れてしまったが、指輪の継承者の名としてそれは残り続けた)
「ルシス・チェラムの子である王と言うわけか」
(だが、ルシスの命には限りがあった。長命であったチェラムは自らが成した多くの子共たちよりも長く生きたが、やがて死んだ。オーディンもまた同じであると考えた我らは、彼の魂をクリスタルに焼き付け、最も優れた者に指輪を継承させた。それから、我らはただ見守ることにした。我らからすれば短い時間に人は代を重ね増えていった。そしてこの星の支配者となった。だが、いつしか人は、互いに争うようになったのだ。人の技術は極まり大戦が起こった。女神の創り上げた大地に、深い傷を残すほどの・・・人に失望し、怒りを抱いた炎神は人を滅ぼそうとした。氷神はそれに対し、当時の指輪の継承者と共に炎神に立ち向かった。雷神がそれに呼応した。我と水神、巨神は、どちらにもつかなかった。氷神と雷神は王を伴い、当時、人に畏れられていた荒ぶる神。不確定要素であった風神の封印に成功。その所為で風神は雷神に封じられたと思いこんでいたようだが・・・その後、炎神は封印されたが、当時の継承者の命と氷神の肉体は失われた。乱れた惑星の力の隙間から落ちてきたメテオを巨神が受け止めた。炎神により文明がほぼ崩壊した時代、残されたまだ幼き継承者の息子を守るため、雷神は継承者の姉に自らのクリスタルを授けた。氷神は、残された力で人の姿をつくり姉の下へ降りた。神使ゲンティアナとして・・・姉は、弟が成人するまで守り、世界に残された超文明の痕跡を抹消。行き過ぎた技術を放棄し、それまでの歴史書を改変、創星記を記した。その後、弟は現在のルシス王国の初代王となり、彼女は、神使となった氷神の導きにより初代神凪に、そしてフルーレ家の祖となった。彼女は、風神の封印を守るため、風神の支配領域であったテネブラエに国をたてた。混沌の再来はクリスタルが一つ砕けた事により予定よりも早まってしまった。傷ついた惑星の力の調和を保ち少しでも時を稼ぐために、混沌に対し人が抗えるだけの力を蓄えるまで我らは眠りについたのだ。それが今から二千年前の事だ。だが四十年ほど前、帝国の研究者ヴァ―サタイルが、炎神を封印していた氷神のクリスタルに目をつけ採掘を始めてしまった。それによって、炎神の封印がとけ、炎神はアーデン・イズニアとして帝国に入り込んだ。ルシス王国の建国を見守った後、眠りについていた氷神は、それに気づき動こうとしたが、既に後手に回っていた。三十年前のルシス、アコルド同盟の敗北が、それを決定的にし、氷神は神凪を守るためにテネブラエへと降りた。帝国の勢いはとどまらず。予見される混沌の再来の時は、現在の王ノクティスのものとなった。そして全てはルシスの王ノクティスと、神凪ルナフレーナに託されたのだ)
「じゃあ、巨神が支えているメテオは、調和が乱れ、混沌が再来しようとしている今、またこの星に落ちてくるのか?」
(メテオとは、女神との戦いの時に砕け散った混沌の身体の一部だ。故に、混沌が復活すれば、また混沌を形成する)
「なんだと、じゃあ、この空に見えてる星は」
(全て混沌の欠片だ)
「マジかよ。んなもんとどーやって戦えばいいんだ」
(創星の女神が死んでしまった今。混沌に直接対抗できる存在は無い。想定よりも早い復活に、指輪の継承者一人では立ち向かえるほどの力が蓄えられていない。故に、氷神は二千年前に神凪を定めた。神凪が女神の力の結晶であるクリスタルの力を全て用いれば、混沌の侵攻を妨げ、その核への道を開くことができる。そこで混沌の核を直接叩く。それであれば、女神の力を持つ人は混沌に抗う事が可能だ)
「じゃあ、シガイは?あれも混沌なの?」
(彼らは混沌から生まれた、故にそうとも言える。が、まったく同じものと言うわけではない。光を浴びれば彼らは硬化し土塊となってしまう。だが、まったく浴びなければ、自己を定義されず、闇に溶けて消えてしまう。混沌が女神の存在なくしては自己を認識できなかったように、そして彼らには、混沌とは違い生存本能がある。故に彼らは、弱い月の光で自己を再定義するために夜な夜な現れる。シガイとは、女神(イオス)の影響を受けた不完全な混沌(カオス)だ。だが、混沌が力を増せば、彼らは混沌の意思に支配されるだろう)
「あ、あとさ神使ってのは何だったの?ゲンティアナさんは氷神だったわけだし。アンブラとプライナは?」
(アンブラとプライナは親を亡くし、死にかけていた双子の子犬にゲンティアナが力を与え神使とした。十二年前にアンブラはノクティスと、プライナはルナフレーナと契約を結んだ。契約によりアンブラはノクティスの居場所と、もともと繋がっていたプライナの居場所を感じる事が出来る。ゲンティアナはそれを元に、アンブラを伝令として任じた)
「ああ、それでどこに居ても居場所が分かったのか」
その時、ビッグスが、不思議そうにつぶやいていた。
「おかしいな、もう夜が明けても良い頃なのに・・・」
「確かに、夜は少しずつ伸びていましたが、これほどでは」
部隊の一人が応じる。
「夜が長くなったのも混沌と関係があるのか?」
(混沌の再来が急速に近づいている。夜が長くなったのは、この星の周囲に混沌から流れ出た闇が集まりつつあるからだ)
***
帝都グラレア。急に伸びた夜と。帝国軍降伏の報せを受け、人々は不安を抱いていた。そこへ神凪を示す旗を掲げた飛空艇が僅かな揚陸艇と共に訪れる。しかし、事前に通告していた事。神凪の名の与える信頼感。先の敗戦から、帝都が穏健派によってほぼ掌握されていた事でその進行は妨げられることは無かった。むしろ戦に次ぐ戦により疲弊していた庶民は神凪が帝都に平穏をもたらすと歓迎すらしていた。帝都に降り立ったアラネアとコルは、帝都を掌握した穏健派臨時政府との会談に臨んだ。急ごしらえの会議場で、男が声を上げる。
「あなた方の言う条件は全て飲みましょう。我々には拒む理由が無い。しかし一つだけ問題があります。確かに、我々は帝都のほとんどを掌握しました。なれど、一部の貴族階級が我々との協調を拒否し、宮殿に籠っています」
「なるほど。それでこんな場所に臨時政府ができているわけだ」
アラネアが納得する。
「ええ、あなた方が、我々に魔導兵器の利用を許可するのであれば、壊滅させる事もできるでしょうが、彼らもまた、少なからず魔導兵器を持っている。ぶつかれば帝都に住む市民への被害も免れません。そして戦いが始まってしまったら、帝国は内乱状態となる可能性すらあります。私たちはそれを避けたいと考えています」
「つまり、私らになんとかしてほしいと」
「お恥ずかしい話ですが、端的に言えばその通りです」
「いいだろう、それは私が受け持とう」
アラネアがさっそく立ち去ろうとしたのを見てコルが呼び止める。
「一人で行くのか?」
「ああ、宮殿には少し詳しいんだ。その代わり、そっちの交渉はあんたが全部まとめておいてくれ」
そう言うとアラネアは、魔導槍を持って議場から出ていった。
***
「やあ、帝国貴族の皆さん。ご機嫌麗しゅう」
僅かな明かりに照らされた暗い議場で突然上から声をかけられ、集まった者達は皆振り仰いだ。アラネアは音もなく着地する。明かりに照らされたその姿を見て、男達が声を上げた。
「お前は、アラネア」
「あの傭兵隊長か」
「裏切り者が」
腰の剣に手をかける者もいたが、アラネアの前に動くことができなかった。自らが剣を抜く前に、その槍によって貫かれる光景が脳裏に浮かんだのだ。アラネアはうんざりと言った顔で彼らを見た。
「先に裏切ったのは帝国の方なんだけどね。まぁいいや。はいはい、裏切り者ですよ。だけど、皇帝が死んだ今も私は生きてる。部下たちも帝国についていた時よりもずっと良い待遇に満足している」
「・・・何が言いたい?」
年長の貴族が口を開く
「そうだね。皆さんご存知の通り帝国は既に崩壊した。長年の戦、圧政により搾取され、疲弊した民衆は怒りを抱いているだろう。今は世界に闇が迫り、彼らの目を閉ざしていても、夜が明ければ彼らは見つける。歴史にある革命がそうであったように、その時、あなた方を待つのは、優しく温かい太陽の光では無く、断頭台に吊るされた刃の冷たく鈍い光だ」
「我らを脅すつもりか?」
若い青年が気色ばむ
「脅す?はて、脅すのであれば、あなた方の命は既に私の手に握られているという事実で十分。私にこの議場への侵入を許した時点で、あなた方は既に詰んでいる。あなた方の誰一人として、衛兵の誰一人として、全員合わせたとしても私一人に敵わない。私が既に此処にいる以上。魔導アーマーなどの兵器群も展開できない」
青年は、アラネアの発した圧力に無意識のまま僅かに後ずさった。
「我々に許しを請えと?ありえん。我らは貴族だ。そのような事をするぐらいならば潔く死を選ぶ」
「世界がこのまま滅びれば、皆死ぬだろう。しかし、世界が滅びなかったら?あなた方は思いつく限りの残酷なやり方で殺される。あなた方が信念に従うというのならどうぞご勝手に、それがあなた方の言う潔い死であるというのならば、この中で自ら前線に立った者は?敵をその手にかけ、仲間の死を看取ったものは?あるいは、拷問、そのような趣味を持つ方もおられる筈だ」
拷問という言葉に数人が反応を示す。
「あなた方がしたことを、今度はあなた方がされるのです。さて、そこには何か美しい潔い死というものがありましたか?」
身に覚えがあるものは息を飲み、表情を蒼白に変えた。
「それはさておき、先ほどもいいましたが、私はあなた方を脅しに来たのではない。交渉に来たのです。未だあなた方に従う兵も、所有している魔導兵器群も、これから迎える混沌との戦いには必要な物だ」
「混沌との戦いだと?はっ、創星記を真に受けるなど」
「本当に?実際、クリスタルは存在し、神々の顕現をあなた方も見た筈だ。そして夜は急速に長くなっている。それについて創星記以上の回答を持ち得るものは?」
その問いに返答は無かった。
「可能性がゼロでないのならば、我々はそれに備える必要がある。どれも無意味な争いによって、消費されるべきものでは無い。あなた方の意思を持って、我々に協力してもらいたい」
「協力?欺瞞だ。我々から全てを取り上げるための」
「ええ、その通り。言葉を選んでいるに過ぎない。けれどあなた方は意識していなかったかもしれないが、あなた方の生活を支えたのも、安全を保障したのも民であった。その彼らが、あなた方に従わなくなったのならば、いえ、従わせられなくなったのならば、もはや、あなた方の生命を保証するものは何もない。貴族という肩書も、家柄や財産も、あなた方を守りはしない。これまでの行動は、もはや取り返しがつかない。けれど、いまからどう行動するかは選ぶことができる。家柄も、財産もすべて失う事になるかもしれない。でも、生きていられる。あなたも、あなたの家族も・・・もしも望むなら、私が取り次いでも良い。あなた方が、その財と誇りを全て投げ払ってでも生きたいというのならば、ただし、私たちの部隊にも人数の制約上限りがありますからね、あまり長考なさらない方が宜しい。世界の危機を告げる闇が、あなた方に最後の機会を与えてもいるのですから・・・」
その言葉に、議場は沈黙する。誰もが、誇りと命を秤にかけ、さらに互いの意思を探り、面目を保とうとしていた。
「私は・・・」
年老いた貴族が口を開いた。傍らには、まだ若い女と、赤子がいた。女は不安から震えていた。老人の手が、それをそっと支えている
「どうなっても構わない。財産も何もかもを放棄しても、それでも、彼女とこの子の安全だけは保障すると、約束してもらえるだろうか」
アラネアはそれを聞き微笑む。
「ええ、約束しましょう。望むのならば、他国への移住も、勿論身分は失われますが」
「よろしくお願いしたい」
老人は深く頭を下げた。家族を守るために彼は誇りを捨てたのだ。今まで特権階級として生きてきた彼らにとっては唾棄すべき行為、だが誰にもそれを罵ることはできなかった。
「さて、未だ迷える方々の為に、もう一つの可能性をお話ししよう。もしも我らに協力を惜しまなければ、あるいはその地位を保てるかもしれない。なにせ神凪の名の下で行われる世界を救うための戦いだ。貢献によっては失われつつある民衆の支持を保つこともあるいは、・・・しかし、それにおいても、あなた方が評価する立場から、される側へと変わった事を忘れるべきではないのだけれど・・・さて全ての可能性について私は提供したつもりです。よくお考え下さるよう。拒むのも自由です。財を持って逃げるのもいいでしょう。しかし、闇が満ちれば逃げ場などなく、我らが敗北した場合、世界は崩壊する。そうなればすべては失われるという事は容易にお分かりいただける事でしょう。後は我らが勝利し世界に光が差し込んだ瞬間に、あなた方がどこに立っているかという問題なのですよ」
アラネアは笑って見せた。残った貴族たち全員に選択が迫られていた。
***
テネブラエに付いたノクティス達は、アラネアとコルの帰還を待って、今後の事について話し合った。議場にはルナフレーナを中心に、コル、アラネア、テネブラエ騎士団、帝国臨時政府使節の姿もあった。
「夜が急速に伸びている事は、周知の事実です。それは、混沌の復活を示唆しています。それに伴って混沌を形成する闇は濃くなり、この星を取り巻きつつある。それが、夜が長くなった原因です。ゲンティアナによれば、混沌が完全に目覚めるまで、あとひと月程度。3週間もすれば、太陽の光は完全に遮られ、世界は闇に包まれる。そして混沌の侵攻が始まるでしょう」
「何か方法は無いのですか?」
テネブラエ騎士団、団長の老騎士が問う。
「一つだけ存在します。全てのクリスタルの力を開放し、星全体に魔法障壁を張ります。それで、混沌の侵攻を阻むことができる」
「そんな事が?」
アラネアが驚いたように聞く
「可能です。けれど、この星に既に存在するシガイを消滅させることはできません。また、それによって混沌そのものを退ける事も」
「では、シガイを退治し、障壁によって、混沌を防ぎ続けるしかないと?」
「いえ、それも叶いません。本来あるべきクリスタルが一つ失われてしまった事で、完全な魔法障壁を展開することはできません。障壁の持続時間には限りがあります」
「そんな」
「ですが、方法はあります。魔法障壁の展開により混沌の侵攻を防ぐと同時に、混沌の核へつながる道を開き、そこで混沌の核を破壊します」
「混沌の核に対し、討伐軍を派遣するのですか?」
「いえ、核の破壊は、指輪の継承者であるノクティス様にしかできません。併せて、障壁が展開されればシガイは術式の発生源である私を狙ってくるでしょう。星全体を覆う障壁、惑星障壁を展開している間、私はその場から離れる事が出来ず、私が倒れれば障壁は消え、混沌の核へ通じる道も崩壊してしまいます」
「つまり、シガイの攻撃を防がねばならぬと」
コルが理解を示す。
「そうです。そこで、要塞を塩原中央に降下させ、砦とします。街や村からは遠く周囲には何もない広大な塩原ならば、人々に及ぶ被害も最小限にとどめることができる筈です」
「塩原の中央に降ろし、混沌を迎え撃つ砦として利用するか、恐ろしい代物だったが、こうして役に立つとはな」
グラディオラスが言う。
「降下?飛空要塞としては使わないんですか?」
プロンプトの疑問にルナフレーナが答える。
「ええ、あの主砲の力は混沌には意味がありませんし、動力源であるクリスタルが本来あるべき場所、迷いの森に近いインソムニアの地になければ、惑星障壁と混沌の核への道は展開できません」
「思ったんだが、それならルーナは、何処かの魔法障壁内から、障壁を展開させればいいんじゃないか?」
「そうしたいところですが、それはできません。惑星障壁の展開だけならば何とかなると思いますが、同時に混沌の核へと通じる道を開く為には、クリスタルの障壁の外から、全てのクリスタルの力を纏め上げ制御する必要があるのです」
「そうか、それで軍勢が必要なのか」
「そうです。どうしても、ノクティス様が混沌の核を破壊するまで、私を守ってもらう必要があります。そしてシガイの軍勢はとても大規模なものになるでしょう」
「ちなみにシヴァのクリスタルの欠片を使っている飛空艇に、魔法障壁は張れないのですか?」
イグニスが問う。あの要塞のようにそれができたなら、飛空艇そのものが無敵の小さな要塞になる筈だった。
「残念ですが、砕けてしまったクリスタルでは、それ自体による魔法障壁の展開は不可能です」
「ルシス王と共に混沌の核へ向かう者、ルナフレーナ様を守る者ですか」
老騎士が考え込む。
「それならもう決まっているでしょう」
イグニスが告げる。
「というと?」
「あなた方は、テネブラエ騎士団として、神凪を守護する象徴でなければなりません。飛空艇部隊の運用には、アラネア部隊及び、旧帝国軍の協力が欠かせない。そして王都警護隊を指揮するのはコル将軍以外ありえない。混沌の核へは、我々が向かう」
「だな」
グラディオラスが頷く。
「うん」
プロンプトが同意する。
「しかし、それではあまりに少数すぎるのでは?」
帝国臨時政府使節が問う。
「いや、あまり大勢で行っても、身動きが取れない。それに、俺はこいつらとの連携が一番やり易い」
ノクティスが答える。
「そうですね。混沌には、神々の力を手にしたノクティス様の力しか対抗手段がありませんし、ノクティス様がそれを付与するにしてもその対象を増やしても力が分散してしまうだけでしょう」
ルナフレーナもノクティスの意見に賛同する。
「では、私達はお姫様を守ろう。世界の運命あんたらに託すよ」
アラネアが笑って言う。
「後は、非戦闘員の避難についてです。混沌の影響によって力を増したシガイでもクリスタルそのものを破壊する事はできません。また障壁の展開と同時にクリスタルの周囲には強力な魔法陣が発生するため、テネブラエ、インソムニア、オルティシエ、レスタルム、グラレアは安全です。ですからそこへ避難を呼びかけます。各国には受け入れの要請を・・・」
「お待ちを、グラレアもなのですか?」
帝国臨時政府使節の疑問にルナフレーナが答える。
「ええ、元々グラレアの地中には、炎神のクリスタルが存在しています。皇帝はそれを知らなかったのです」
「そうか、炎神の・・・」
イグニスが呟いた。
***
要塞は、修復され再浮上し、塩原に向けゆっくりと動き出していた
ルナフレーナと、ノクティスを二人にし、イグニスと、プロンプト、グラディオラスだけが集まっている。
「この星を覆う巨大な魔法障壁、惑星障壁か」
「でもインソムニアを護っていたあの障壁を星全体に展開するなんて、それって」
プロンプトが不安そうに聞く
「ああ、ルナフレーナ様は言わなかったが、惑星障壁の展開とその維持には、莫大な労力を消費する筈だ。インソムニアに障壁を展開していたレギス陛下のように」
グラディオラス、プロンプトの両者が、急速に衰えた陛下の事を思い出す。一つの都市を覆うのにあれだけの負荷があった事を思えば、当然そうなるだろう。
「急いでけりを付けなきゃね」
「ああ、ノクトの為にも、ルナフレーナ様の為にもな」
***
夜は、暗く星も見えぬ、ただ霞んだ月のみが浮かぶものとなった。その日、フェネスタラ宮殿からルナフレーナは人々に声明を発した。それは、シドや、アラネア部隊、王都警護隊、旧帝国の技師達の手によって世界中に中継された。インソムニアで、オルティシエで、レスタルムで、帝都グラレアで、ガーディナや小さな宿場ですら人々はその姿を見、声を聞いた。
「今、世界は闇に包まれようとしています。残念ながら私たちは、互いに争ってきました。その禍根を消し去る事がとても難しいのは分かっています。けれど、それでも私たちは今、共にこの星に訪れる災厄、混沌の再来に立ち向かわなければなりません。昨日まで刃を向け合っていて、互いを信じられないという方も居ると思います。もしそうであるのならどうか私を信じてください。私は皆さんを信じます。世界から闇を払うために、この星に生きる全ての命を救い、未来を守るために・・・私は、この星を覆う魔法障壁を展開します。それによって混沌の侵攻を妨げる事は出来るでしょう。しかし、既にこの星に存在している混沌の落し子であるシガイを消滅させることはできません。そして混沌の力が増し、その支配下におかれたシガイは、障壁の発生源である私を狙い障壁を消し去ろうとするでしょう。私たちは、塩原にて、それを迎え撃ちます。そして同時に、混沌の中心、核への攻撃を行います。それだけが、混沌を打ち払い、世界に光を取り戻す、ただ一つの方法なのです。皆さんは自分の力など些細なものだと思うかもしれません。それでも、その小さな力を結集させなければ、強大な混沌に打ち勝つことはできません。どうか、私と共に戦ってください。避難が必要な方々は、クリスタルのある。テネブラエ、インソムニア、オルティシエ、グラレア、レスタルムへ向かってください。クリスタルの力が、皆さんを守ります。戦えない方々も、避難の為に協力が必要な方々に手を差し伸べてください。全ての命は尊く、価値のあるものです。どうか皆さんの御力を貸してください。お願いいたします」
ルナフレーナは、聴衆に向かい深々と頭を下げた。
***
アコルドの首都。オルティシエで、カメリアは神凪の声明を聞いた。その、若さと力強さにカメリアは、過去を思い出した。まだ、自らも若かった時代。30年前の戦いで、帝国をなんとか退けることはできたが、あれは敗北だった。以降、ルシスには魔法障壁の展開が必要となり、アコルドは戦場とはならなかったが、市民や政治家には帝国に対する恐れが芽生えた。アコルドの方針について意見が対立し、意思決定が遅れ、戦いに踏み出さなくなったのはその頃からだ。恐らく、今回もアコルドは参戦に消極的になるだろう。しかし・・・。考えをまとめようとするカメリアの下へ侍従が来て、ウィスカムが訪れた事を伝えた。ウィスカムがここまで来るのは珍しい。いや初めての事だろうか。カメリアは通すように告げた。ウィスカム、それも懐かしい事を思い起こさせる。30年前、レギスの一行は、戦いの前にオルティシエに逗留し、戦いが始まってからはルシス王国を迂回して進軍してくる帝国軍に対し、アコルド方面の護りとして前線を駆けまわっていた。私は彼らがオルティシエに逗留している頃に出会った。中でもウィスカムは、とても軽い男だった。当時から次期国王への使命感を持っていたレギスや、武門一辺倒であったクレイラス、頑固者だったシド、天才と呼ばれるほど強かったが全く愛想の無かったコルに比べて異質なほど、初めは毛嫌いしていたが、彼の話は面白かった。行ったことも無い異国の話。そこに住む人や獣、草木の事を、その情景が浮かぶように話した。助けた娘に惚れられた話しや、巨大な獣を一人で倒した話は、嘘くさかったけれど、いつの間にか彼と会う事が楽しみになっていた。そんな関係に親は、いい顔をしなかった。ルシスの王家一行と言っても、ウィスカムは庶民。まして辺境の出身者だったから、けれど当時はそんなもの簡単に乗り越えられると思っていた。隠れるようにあの橋で逢瀬を重ね。未来を語った。彼はいつか自分の店を開きたいと、そう言って笑った。店が開けたら私が手伝ってあげると告げた。それは淡い約束だった。戦いが始まってからは、政治家であった父に働きかけ、彼らを支援しようとしたし、一緒に戦いたいとすら思った。それは叶わなかったけれど・・・彼が前線から大怪我を負ってオルティシエに戻ってきた時。私はレギス達をなじり、彼に諫められた。オルティシエに残る事になった彼と、共に生きようと思った。夕日の差し込む病室で、彼に拒絶されるまでは・・・簡単に越えられると思っていたしがらみは、彼の一言で私を捉え、そして私はそれを千切ることができなかった。一人、橋の上で見たオルティシエの夜景。あの貴族の娘と平民の男の恋物語のように、あの橋で逢瀬を重ねた。恋が実るという橋で、けれど、その恋が実るのは物語の中だけ、後で知った史実によれば貴族の娘が愛した男は、娘の父親にいわれのない罪をつくりあげられ処刑され、その後娘は橋から身を投げて死んだという。今でも彼女を描いたその絵には、その怨念が宿っていたらしい。あの伝説は、彼らを憐れんだ後世の人間が作った幸せな嘘、私はそこで声をあげて泣いた。それから、彼が店を開いたことを知っても、私は会いに行かなかった。私は政治家への道をひたすら進んだ。親が進める縁談を受け入れ、権力者への道をひた走った。そんな日々の後、彼から来た手紙で私は初めて彼の店に行き、彼と和解したのだ。友人として・・・。どうして今更そんな事を思い出すのだろう。全部彼が悪いのだ。こんな時に訪ねてくる彼が、そう思っていると、何食わぬ顔でウィスカムが扉を開けて入ってきた。それにできる限りそっけなく挨拶をする。
「今日はどうしたんだい?珍しいじゃないか、あんたが此処まで来るなんて」
「そうだな。・・・神凪の言葉は聞いただろう?」
「ああ」
「俺も、行こうと思ってる」
「そうかい、どうせ何言ったって聞きやしないんだろ。あんたの事は分かってるつもりだ。わざわざ、そんな事だけ言いに?私は忙しいんだ。これからぶん殴ってでもこの国を動かさなきゃならないんだから」
ウィスカムはそれを聞き笑った。
「変わらんな、その苛烈さが、俺は好きだった。・・・愛していた」
この男は何を言っているのかと思った。
「・・・あの時は嫌いだと言ったじゃないか、愛していないと」
彼に共に生きようと言ったあの日、それを彼は拒絶したのだ。その苛烈さが嫌いだと、お前のことなど、愛してはいないと、ウィスカムがすまなそうに言う
「そうとしか言えなかった。あの時は、俺の体が元に戻るのかさえ分からなかった。長いリハビリで、ようやく店が開けるまでになったが、俺の為にお前の未来を捨てさせたくなかった。実際、それは間違っちゃいなかっただろう。今じゃ立派な首相だ」
「・・・なんで今になって」
「なんでだろうな。最後になるかもしれねぇから、言っときたかったのかもな。心残りが無いようにさ、じゃぁ、俺は行くよ。マーゴはしばらく休業だ」
ウィスカムが出ていった執務室で、カメリアは椅子に深く背を預けた。言いたいことだけ言って出ていかれ、余計に腹が立つ気がした。だけどそれは彼に対してだけではない。彼を信じられなかった。いや彼の拒絶を信じてしまった自分に対してだろう。あの時、その言葉を聞いていたら、あるいは拒絶されてなお、彼の手を取っていたのなら、また違う今があったのかもしれない。例えば、二人で営むささやかな食堂。何が苛烈だ。私は酷く臆病だったじゃないか、カメリアは小さくため息をついて、自嘲気味に笑った。そして思い浮かべた光景を一瞬でかき消し、呼び鈴を鳴らす。
「お呼びですか首相」
侍従が用件を聞きに入室した。
「臨時議会を招集する。急げ」
「分かりました」
出ていく侍従の背を見る。議会は紛糾するだろう。しかしこの国を動かさなければならない。その為に私は、ここまで来たのだから。
***
演説を終えたルナフレーナをノクティスは迎えた。疲れているだろうとルナフレーナを労わろうとしたノクティスにルナフレーナが言った。
「ノクティス様、ひとつだけお願いを聞いてくれませんか?」
「ああ、何を?」
「その、・・・式を挙げたいのです」
「式?」
「こんな時に、すべきではないと思います。それでも」
「分かった。そうしよう」
ノクティスの返答を聞いてルナフレーナは喜んだ。急遽挙げられた式は簡素な物だった。ノクティスと仲間たち。コルと王都警護隊の一部、アラネアにビッグスとウェッジ、テネブラエ騎士団が集った。礼装など用意していなかったから、参加者は宮殿にあったものを着ていたり、甲冑や戦闘服のまま出席していた。式はゲンティアナが取り仕切り、豪勢な食事も派手な演出も無かったが、誰もが祝っていた。ノクティスは緊張した手で、ゲンティアナから受け取った指輪を、ルナフレーナの細い薬指に嵌めた。それも、別に特別に作られた物でも、ノクティスが持ってきたものでもなかった。ただ宮殿にあったものだ。それでも、その指輪が嵌められると、ルナフレーナは満足そうに微笑んだ。指輪は一つしか用意されていなかった。
「嵌め直しても?」
ルナフレーナは、ノクティスにそう聞いた。ノクティスは頷く、それを見て、ルナフレーナは丁寧に光耀の指輪を中指から外すと、ノクティスの薬指に嵌め直した。王がすべき指輪は一つしかない。レギスがそうだったように
「誓いの口づけを」
ゲンンティアナがそう言って、ノクティスはさらに緊張した。それを見たプロンプトが、黙っていられなくなって席から声をかける。プロンプトが声援を送ったせいで、ノクティスの緊張は高まってしまった。グラディオラスが、慌ててプロンプトの口をふさぐ、そんな様子に微笑みながらルナフレーナがノクティスの頬に両手を伸ばす。そして口づけが交わされ、ノクティスの頬が、朱に染まった。写真を撮るために立ち上がろうとしたプロンプトとグラディオラスが騒ぎ始める。イグニスは呆れたが、まぁ、それもいいかと思った。不意に室内を、雪の結晶が舞った。それは蝶のように、ひらひらと照明を反射し輝きながら飛んでいた。誰もがそれに見とれ、プロンプトとグラディオラスもおとなしくなってそれを見ていた。ゲンティアナの仕業だろう、彼女はいつものように微笑んでいる。グラディオラスの手から逃れたプロンプトは思い出したようにカメラを取り出すとシャッターを切り始めた。
***
「私の我儘で、このように急に式を挙げてしまって申し訳ありません」
ノクティスと二人きりになった時、ルナフレーナはそう謝罪した。
「本当ならば、王都の復興を待ち、正式な手続きを踏んで行わなければならなかったのに」
「いいよ別に、堅苦しいのは苦手だし、それに、もしルーナがそうしたいなら、全部終わらせた後で、また盛大に祝ってもらえばいい。立場上どうせ報告しなきゃいけなくなるだろうし、どんな風にしたいか、考えておいてくれ・・・そうだ。旅行にも行こう。神凪の使命としてじゃなく、ルーナの行きたい場所に、気の向くまま。少しぐらいなら許してもらえるだろ」
ルナフレーナは、ノクティスの言葉に虚をつかれたようだった。それでもすぐに戸惑いを微笑みに変えて答える。
「そう、ですね。それは楽しみです。ノクティス様は何処に行きたいですか?」
「俺は、その・・・」
言いよどんだノクティスにルナフレーナが続きを催促する。
「何処です?」
「・・・ルーナがいれば何処でもいいよ」
ノクティスが照れながら言った言葉にルナフレーナも頬を染める。
「それは、ずるいです」
戦いの前の、ささやかな幸せを、ノクティスとルナフレーナは感じていた。