氷神は、人と共に生き、導こうとしました。人に絶望した炎神によって、その力の大半を失い眠りにつく事になっても、その想いは変わりませんでした。短命な人は、いつも氷神を残して星を去っていきます。その度に氷神は氷の涙を流し、新たな命が誕生すれば微笑み、祝福を与えました。
創星記 口承
***
‐10年後‐
テネブラエの地で式典が行われていた。世界を救った戦いから十年と言う節目を迎え、慰霊と継続されている世界の復興に対する激励の意味を込めて開かれたものだった。
「はぁ、肩こった」
ノクトを先頭に壇上から戻ってきた三人をプロンプトが迎える。
「お疲れ様です陛下」
「プロンプト、その陛下とか言うのやめろっつたろ」
「そうもいかないよねイグニス?」
「そうだな、名実ともに王になったからには、それ相応の敬意を示さなければ」
「そういうのは公の席だけでいいだろ。息が詰まるわ。だいたいプロンプトもついて来りゃあよかったじゃねえか」
「いや、ほら僕由緒正しき一般人ですし」
「何言ってやがる、英雄の一人のくせして」
「それすっげえ恥ずかしいんだからやめてよ」
「世界を救った英雄。プロンプト・アージェンタム。その類い稀な射撃能力と、撮影テクニックで怨霊すら封じ込めた男」
「そうそれ、何か俺だけ誇張されてるんだよオカルト方面に・・・その所為で時々変な依頼が」
「まぁ、誰の所為か察しはつくがな」
「そうだ引け目を感じるくらいなら、いっそなんか役職作ろうぜ」
「例えば?」
ノクティスの言葉にイグニスが問う
「そうだな、王室専属カメラマン兼王室車両技師・・・見習い?」
「いや、なんか余分なのついたよね」
「しょうがねぇだろシドニーのが腕がいいんだし」
不満顔のプロンプトにグラディオラスが言葉をかける。
「けど実際、夜明けを撮ったあの写真は、世界中に記録写真として出回ったじゃねえか、歴史的瞬間を写し取った伝説のカメラマンだぜ」
「他にあの時取れる奴がいなかっただけだよ」
プロンプトはあの時の事を思い出す。辛うじて脱出できたと思った瞬間、プロンプトの身体は宙に浮かんでいた。正確に言えば落ちていた。ルナフレーナの開いた混沌の核への道が途中で途絶えていて、出口が上空に変わってしまっていたからだ。もう駄目だと思った。それでも地平線から太陽が上がるのを見て、プロンプトは、ああ勝ったんだという興奮からカメラを取り出し撮影を始めたのだ。それは、恐怖に対する逃避行動だったのかもしれないが、とにかくシャッターを切り続け地面に接触する瞬間にカメラを上に放り投げようと本気で考えていた。それでカメラが無事に済むのかどうかは分からなかったが、とにかくそうしなければと思っていた。そこに竜神が飛んできて、その大きな手に拾い上げられたことを覚えている。
「まぁ、でも最後の戦いで、カメラが壊れてなかったのは奇跡だと思ったね。俺のカメラはあの瞬間の為にあった、みたいな」
「あれから10年か」
イグニスの言葉に、誰もがあの日を思い出す。懐かしさと喜び、痛みを伴いながら。
「はやいもんだな。今や世界を救った偉大なる王だ。傍から見ればそうは見えねぇけどな」
「世界を救ったのはルーナだよ。ルーナがいなきゃ勝てなかった」
ノクティスが静かに告げた。誰もがその言葉に頷く
「・・・それに、お前らも」
ノクティスが付け加えたその言葉は急に吹いた強い風に流された。
「あ?なんだって?」
聞き取れなかった言葉をグラディオラスが確認しようとした。
「なんでもねーよ」
ノクティスは微かに笑ってごまかす。
「しかし、一時はどうなるかと思ったぜ」
「世界の危機を救えたとはいえ、世界中が酷い有様だったからな」
「そんな時に、新しい神凪が現れるなんてね」
「ああ、何かな、神凪とか王っていうのは、途絶えちまったときのために一応の用意がされていたらしい」
「そうなのか?」
「ああ」
「ふ~ん、まぁ、そりゃそうか王や神凪が絶えたから何もできませんでしたじゃ笑えねぇからな」
「今の神凪様は、ルナフレーナ様の母親の姉の娘の妹の娘だったっけ?ちがったけ?、あー、もう俺には何が何だかわからない」
「まぁ、なんか素質っていうの?神々が決めるんだと」
「ノクトはあの子と再婚するの?」
プロンプトの言葉に、イグニスとグラディオラスが一瞬身を固くしたが、ノクティスは動じることなく返した。
「いや、しねーよ」
「でも、神凪と王は共にいなきゃいけないんでしょ?」
「あれは、別に結婚しなきゃならないっていう事じゃねえ。俺とルーナの方がむしろ例外だっただけで・・・」
「そっか、じゃあイリスが喜ぶね」
プロンプトの笑顔にノクティスは首を傾げた。
「あ?何でイリスが喜ぶんだよ」
「だって、うわぁ」
「プロンプトちっと黙っとこうな」
言葉をつづけようとしたプロンプトをグラディオラスが羽交い絞めにして黙らせた。
「暴力反対」
「?よくわかんねぇけど、俺はもう、選ばれし王じゃねえしな。指輪も、受け取った神々の力もあのとき消えちまった・・・でもまぁ。神々が消えちまったわけじゃねえし、アーデン、炎神は消滅したらしいが、ゲンティアナの例もあるしな、何とも言えねぇ。分かってるのはクリスタルも、神々もまだ存在してるって事だ。必要になれば、新しい指輪がまた選ばれし者へ与えられるんだろ。きっと今日が神話の時代になるぐらい遠い未来の話さ」
「そうだな」
「指輪の力は、継承者の命の力だとオーディンは言っていたが、あれは、たぶん想いの力だ。指輪を継承した者と、それを支えた沢山の人の想い。神々には無い短命な人だからこそ持ち得る力。伝わってきたんだ、王都を復興させて、王国を再建した時に周った地方。そのどこも懐かしく感じたのは、そこで生き、指輪に受け継がれた想いがあったからだ。沢山の人の想いと物語が。アーデンは、人を愚かだと言った。確かにそうなのかもしれない。けれどゲンティアナは、それでも人が好きだと、少なくとも、そう思ってもらえているのなら、人はまだ何とかやっていけるさ」
「ああ」
「ところでさっき気付いたんだが、アラネアの飛空艇って前のと変わってたよな」
しんみりした空気に耐えかねたグラディオラスが話題を変え、それにプロンプトが応じる。
「ああ、あれ?レッド・ローズ号。やっぱり帝国の揚陸艇をそのまま使うのは心象が悪いからって改造したみたい。中身は同じなんだけど見た目は全くの別物だよね」
「確かに、帝国が解体されたとはいえ、治安維持に帝国の飛空艇が飛んでいれば良くは思われなかっただろう」
「神凪のもたらす平和と神々の姿をイメージしたとか、なんとか」
「お前なんでそんなに詳しいんだよ」
「あの戦いのすぐ後ぐらいに、アラネアがしばらく借りるって言ってシド連れてったんだよね。扱き使いやがって、とか文句言いながらも、なんか満足そうにしてて聞いたら話してくれた。そういえばコル将軍はいた?」
「いや将軍は見かけなかったな。居残り組じゃないか?」
「ソルハイム連邦だっけ?」
「ああ、帝国の支配下にあった国々を取りあえずまとめ、時間をかけて独立させていくらしい。魔導機関を手放すことには反発もあったらしいが、削減は上手くいっているようだし、代替技術の開発も進んでいる」
「本当の和平協定も結んだし、コルもいるから大丈夫だろ」
「将軍が行っちゃうとは思わなかったよね。王国の再建に手を貸してくれるとばかり思ってたし、これからはお前たちの時代だ。とか言って・・・今考えると、あれは怪しい。ねぇ、いつの間に仲良くなってたんだと思う?」
「さぁ?」
「アラネアがアプロ―チかけたっていうのも嘘くさいよねぇ」
「しかし、そうなると将軍が、という事になるが?」
「それは・・・謎だね。謎」
「まぁ、しかし、今分かってるのは、子供はどっちに似てても鬼だな」
「竜騎士か刀術士、どっちにしても鬼だろうな」
「双子だって聞いたけど?女の子と男の子の」
「・・・やばいなそれ」
「なんか出産の直前まで指揮を執ってて、次の日には槍もって飛び回ってたとか」
「それは嘘だろ」
「いや、あり得そうで怖いな」
「その間、子供は?流石の将軍も飛空艇から飛び降りることはできないだろうし、アラネアの魔導槍による移動速度と体にかかる負担では子供が持たないだろうし」
「授乳の間だけ戻ってたんじゃ無いか?」
「じゃあその間は将軍があやしてたってこと?」
「想像される絵面の違和感が半端ねえな。あの時、無理にでも会いに行っときゃあよかった」
「まぁ、あの頃は、お互い忙しかったし」
「ルシス王国の再建に、旧ニフルハイム帝国領の秩序回復。けれど、将軍の選択は正しかった。アラネアだけだったなら、元帝国軍に対する反発もあっただろうが、王都を襲撃された王国の将軍に、テネブラエ騎士団もあわせて神凪の名の下に活動しているのは大きい。まぁ、本人は昔ほど動けないと言っているらしいが、不死将軍と呼ばれたその力は、いまだ健在といえる」
「それでもまだ、武力でことを収めるしかないのが悲しいところだな」
「しかたないさ、一度つけられた傷痕は、途方もなく長い間、世界に影を落とすだろう。あれは、世界の危機と、ルナフレーナ様が成し遂げた一時の奇跡だった」
神凪直下の治安維持部隊はフェネスタラ宮殿の警護を主な任務とする新生テネブラエ騎士団、アラネアとコル率いる治安維持の実行部隊に別れ、さらにテネブラエ騎士団の白、アラネア部隊の赤、王都警護隊の流れをくむコル部隊の黒と装束には未だ違いもあるが、結成から10年。お互いに敬意を払い上手くやっているらしい。いずれ、その枠がなくなる日も近いだろう。
「そういえば、帝国で魔導機関を作っていたとされるヴァ―サタイルは結局見つかったのか?」
ノクティスが思い出したように聞く。
「いや、あの戦いの後。コル将軍が鎮圧した魔導兵器を使用していた武装組織が、その名を口にしたらしいが、確認は取れなかったらしい。本当に繋がりがあったのか、帝国の流れを組むという箔をつけたかっただけなのか、関連は謎のままだ。皇帝と同じようにシガイ化し俺達が要塞で倒した中にいたのかもしれない。どちらにせよ、あれから10年、生きていたとしてもかなりの老齢の筈だ」
「燃え尽きて死体の確認がされなかった皇帝と同じように、その名だけが、亡霊のように残り、火種となるか」
グラディオラスが、やりきれないというように言った。
「ああ」
イグニスは頷く。帝国が崩壊し、星に日の光を取り戻したと言っても世界が全て平和になったわけではないのだ。それはこれからの人の想いと奮闘にかかっている。
「あの、ノクティス陛下」
躊躇いがちに呼びかけられたその声はまだ高く若い。ノクティスは声の方向に向き直った。声の主は、まだ幼さの残る顔に少しだけ緊張を受かべている。
「君は・・・」
「クラルスです。クラルス・ノックス・フルーレ。あ、その、ノックス・フルーレと言うのは拝命した性でして、本来のものではないのですけど」
「ああ、知ってる」
「あっ、ですよね。・・・本来はもっと早く御挨拶に伺うべきでしたのに、遅れてしまい申し訳ありません」
「いや、いいんだ。あの時は世界中が混乱していたから、君が旧帝国領やもたらされた戦禍で傷ついた人々を癒すために駆け回っていたことも知ってる」
「いえ、私など、アラネアさんやコルさんのおかげです。ノクティス陛下、その、少し宜しいでしょうか」
「何か困りごとか?」
グラディオラスが横から問いかける
「いえ、その」
クラルスの遠慮がちな様子にプロンプトが何か察したように頷いた。
「はいはい、俺達はちょっと席を外しましょうね。特にグラディオのその無駄な筋肉が威圧感を与えてるんだって」
「何処が無駄な筋肉だ。あ?」
その声に、クラルスは少したじろいだ様子だった
「余計怖がらせてどうする」
イグニスが呆れる。
「そうだな。我々は少し席を外そう。ちょうど話し合いたい事もあるしな」
「んな事あったか?」
「いいからいいから。怖いおじさんはいなくなるからね~」
「お前も変わんねぇだろうが」
グラディオに首を抱えられながらプロンプトはそう言って少女に手を振り、イグニスが、やれやれといった様子で後についていった。変わんねぇなとノクティスはそれを見て思う。
「それで、ノクティス陛下、少しお尋ねしたいことが」
クラルスに向き直り口を開く。
「ノクティスでいいよ」
「いえ、そういうわけにはまいりません。では、ノクティス様、そうお呼びしても?」
その声を聞いて、ノクティスは一瞬、胸が詰まった。それが幼いころに初めて聞いた声。10年前、最後に投げかけられた呼び声にあまりに似ていたから。姿は似ているわけではないけれど。まるで彼女が重なったように感じた。
「どうかされましたか?」
クラルスが、不思議そうに問う
「すまない。それは、少し・・・。昔を思い出して」
「あ、その、申し訳ありません」
クラルスはノクティスの心境を察して慌てて言った。聡い子だとノクティスは思った。
「それで、いえ」
クラルスはそれ以上続けるのを躊躇っていた。そのことから、彼女が何を聞きたいか解った。
「いや、いいんだ。君が聞きたいのは、ルーナの、ルナフレーナの事かな」
「ええ、そうです。ルナフレーナ様とはどのような方だったのでしょうか?アラネアさんはよく知らないと、コルさんはノクティス陛下に聞けと、私は、ルナフレーナ様を越える若さで選ばれた神凪です。皆さん私を助けてくださいますし、私が行けば歓迎してくださいます。けれど、私の身には余るのではないかと」
「神凪であることが辛い?」
ノクティスは、自分が彼女と同じくらいの時には、かなりいい加減な王子であった事を思い出しながら、王となった今の少し窮屈な生活を考えて聞いた。
「いえ、神凪の役目が嫌だというわけではないのです。けれど、ルナフレーナ様に比べて私はあまりにも未熟なのではないかと思うのです。私は、迷ったり、悩んだり、今もそうですね・・・ですから」
ノクティスはそれを聞いて自分の思い違いに可笑しくなる。
「そんなことはないさ、君は俺なんかよりずっとしっかりしている」
「いえ、そんな。陛下は世界を救いました。ルナフレーナ様と共に」
「いや、俺はたくさんの人に支えられて立っていた。何度も迷って、間違えて、それでもそばにいてくれる人たちがいた。多分これからもそうなんだろう。ルーナにも支えてもらった。本当のところを言うと、俺はあまりルーナの事を知らないんだ。共にいた時間も交わした言葉もそれほど多くは無かった。とても大切な人だったのに、今となっては俺がルーナを少しでも支えられていたのか、正直自身が無い。それでも、ルーナが俺との婚礼を喜んでくれた時、凄く嬉しく思った。ルーナは確かに強い人だった。けれどルーナだってたくさんの人に支えられていたはずだよ。たくさんの人に支えられて、そしてもっとたくさんの人を支えていた。喜んだり、悲しんだり、そういう姿も見せてくれた。ルーナは決してどこまでも強い存在じゃなかった。君と同じ人間だった。ただそれを強い意志で表には出さなかった。あまり出してくれなかった。それは俺が未熟だったからかな」
「・・・そんなことは」
クラルスの言葉にノクティスは微笑む
「偉大な人はたくさんいる。王と呼ばれるようになっても、世界を救ったと称賛されても、ぜんぜん追いつけた気がしない。だけど、きっとそれでいいんだ。託された想いを受け継いで胸を張って生きていけば、導いてくれる人も、支えてくれる人も、思い出の中でしか会えない人も、側にいて、笑ったり泣いたりしてくれる人も・・・偉大な人たちもたぶんそうだったんだと思う。迷い、悩み、そして選択する。沢山の想いを受け止めて、次へ繋ぐ、なんていうか、まだ上手く言葉にできねぇんだけど、一人で立っているみたいに見える誰かだって、本当は誰かに支えられてる。困ったり、悩んだりしたら誰かを頼ったっていい。そうやって余裕ができたら、誰かを支えてあげたらいい。自分が成長できたなら、その分、多くの人を支えてあげられるさ、理想像を演じきる必要は無いんだ。それは、きっと幻で、どうやったって勝てはしない。だから君は君のやり方で、できることをしたらいい」
クラルスは頷いてみせた。その顔は、少しだけ晴れたような気がする。
「そう、ですね。ありがとうございます。少しだけ気が楽になりました。私、精一杯やってみます」
「ああ、困ったら、アラネアやコル。俺や、さっきのあいつらに言ってくれればいい。皆、君の味方だ。時々、口うるさかったり、面倒に思う事もあるかもしれないけど、皆良い奴らだからさ」
「分かります」
そう言ってクラルスは嬉しそうに笑った。
「神凪に選ばれた私を守ってくれたのはアラネアさんです。母を幼いころに亡くした私にとってアラネアさんは母のようなもの。コルさんは少し気難しそうな叔父さんですね。ノクティス陛下と共にいた方達も、皆良い方なのだと思います」
「ああ、本当、俺には過ぎた奴らだよ」
クラルスの笑顔にノクティスも応え笑う。不意に近づいてくる足音が聞こえた。本当は足音など消せるから、それはわざとたてられた合図だった。ノクティスは振り返ってその名を呼ぶ。
「ゲンティアナ」
「ゲンティアナさん」
あの時から全く変わっていない女は、寂しげに微笑んだ。
「少し、外してもらえますか?」
そういわれたクラルスは、コクコクと頷いて、離れていった。ゲンティアナと会うのも10年ぶりだった。
「久しぶりです。ノクティス。私を、恨んでいますか?」
ノクティスは、ゆっくりと息を吐いた。
「そうだな。正直に言えば、恨んだこともあった」
「そうでしょうね」
「でも、それは八つ当たりだ。何かのせいにすることで、自分の愚かさから目をそらし正当化しようとしていた。俺は助けてやれなかった。それ以前に気付いてもやれなかった。親父の時もそうだった。知っていたらもっと、何かを伝えられたんじゃないかと、そう思う。でもそれも全部、今だから言える事だ。神の力も万能じゃない。定めを知っていても、いや、だからこそそれを話さない。ルーナにしかできなかった。そしてルーナはそれを投げ出さなかった。あんたはずっと見守っていてくれたんだ。そして、それしかできなかった。そうだろ?」
ゲンティアナは言葉を返さなかったが、それが肯定を表している事は理解できた。
「・・・ありがとな」
ゲンティアナが僅かに驚き、悲しげな顔をした。
「ずっとそう言いたかった。会えてよかったよ。これからも人を見ていてくれるんだろ?」
ゲンティアナの口が優しく言葉を紡ぎ出した。
「膨大な時の果て、最後のその瞬間まで・・・」
ゲンティアナは微笑み、空気に溶けるように消えた。
***
ノクティス達から離れた場所でグラディオラスから解放されたプロンプトが声を上げる。
「なんでイリスの気持ちを教えてやらないのさ、ノクトなんかほっといたらずっと気付かないよ」
不満そうな問いかけに、澄んだ青空を見上げてグラディオラスが口を開いた。
「そりゃあどうだかな」
さらに続けようとしていたプロンプトの口が止まり、別の言葉を吐き出す。
「どういう事?」
「もしかしたら、ノクトも気付いてるのかもしれねぇ、いや、たとえノクトが気付いてなかったとしてもだ。誰かが伝えるべきことじゃねぇよ。姫さんは世界を救っていっちまったからな。生きてりゃあ諦めもついたんだろうが、一人でいるあいつを見て支えになってやりたいとか。でもそれは、死んじまった姫さんに悪いんじゃないかとか、イリスはそんな風に思ってるんだろ。ノクトが受け入れたとして、あいつの中に残った姫さんには誰も勝てねぇしな・・・それでも共に歩もうとすれば、もしかしたらそれは諦めるよりもずっと辛い思いをすることになるかもしれねぇ、全部イリスは分かってて、それでも揺れてる。結局イリスが自分で決めるしかないんだ」
プロンプトが沈黙し、イグニスが眼鏡の位置を僅かに直しグラディオラスを見た。グラディオラスはなにか真剣に語った事が恥ずかしく思えてきていた。
「グラディオ、お前」
イグニスが真剣な目をして口を開いた。
「なんだよ」
「結構いろいろ考えてたんだな」
「うっせー」
少しだけしんみりした空気を吹っ切るようにプロンプトは話題をずらした。
「そういえばさー、あの子はどうなったの?」
「あの子?」
「ほらイリスを守るって言ってた、サボテンダーの子」
「ああ、タルコットか、鍛えてくれっていうから、時々稽古つけてやってる。そこそこ強くなってきたが、まだ頼りないな」
「あの子がイリスと付き合わせてくれっていったら?」
「うん?そうだなぁ。まぁ、俺を倒せるぐらい強くなってからだな。それから考える」
「うへぇ、後10年ぐらいかかりそう」
「そういう、お前はシドニーとはどうなんだよ?」
「俺?、ああ、シドニーとは仲はいいよ。一緒にルシス再興の為に走り回ったし、ただ、車の整備の手伝いしてたら、使いっ走りってゆーか、趣味の合う友達っていうか仕事仲間っていうか、俺男として見られてないんじゃないかなって、この間なんて平和になってから店が忙しいからこのままハンマーヘッドを手伝ってくれないかって言われたし」
イグニスが首をかしげて口をはさんだ
「プロンプト、思ったんだが、それはプロポーズされてるんじゃないのか」
「へっ?」
「いままで、シドニーに直接好意を伝えたことは?」
「無いよ。無い無い。シドニーっていつも真面目だからさ、そんなこと言ったら嫌われちゃうんじゃ無いかと思って」
「それはつまり、何も言ってこないプロンプトに対してしびれを切らしたんじゃ・・・」
「え?うそ本当に?」
驚きながらそう言うプロンプトに、イグニスとグラディオラスは頷いてやる。プロンプトの表情に、喜びと微かな疑いが混ざった。
「俺、ちょっと今からシドニーのとこ行ってくる。ノクトにも言っといて」
それだけ言い残すとプロンプトは慌てて駆けていった。二人になってからグラディオラスが口を開く。
「相変わらず騒がしい奴だな。で?、どうなんだよ」
「ノクトの事か?」
「ああ」
「力が消えた。そうノクトは言っていたが、俺は、クリスタルひいては神々が意図的にその結びつきを断ったのだと思う。現に俺たちは未だに武器召喚ができる。という事はクリスタルとの結びつき自体は消滅していない。ならばノクトが発現できる力が抑えられた。そう考えた方が自然だろう」
「危機が去り必要がなくなったからか?」
「いや、それならば我々の力も、神凪の存在も無くなっている筈だ。おそらくノクトの身体がこれ以上耐えられなかったのだろう。クリスタルに指輪、そして神々の力、俺達が触れる一生分以上のクリスタルの影響を受けていたはずだ。神々の力を持たず、指輪と一つのクリスタルの行使にとどまっていたレギス陛下でさえ、急速な老化現象という代償を支払っていた。ルナフレーナ様は全てのクリスタルを統制した負荷により命を落とされた。クリスタルは人に力を与え癒しもするが、影響を受けすぎれば、たとえそれと親和性の高い王家や神凪であろうと身体を蝕まれる。クリスタルの力は、人が完全に受け入れるには強すぎるんだ。例えるならクリスタルの力は、人という器に注がれる水のような物で、注ぎすぎれば、器の許容量をこえ溢れだしてしまう。ノクトは、その溢れる寸前のところにいる」
「でもよ、ノクトは、ここ10年それほど変化が在るようには見えねぇよな」
「確かに、ここ10年注意して見ていたがなにかこれと言った凶兆は見受けられない。それでも、いつその影響が出るかは分からない。だが、クリスタルとの結びつきが神々により断たれたのだとすれば、あまり悲観的に考える必要もないのかもしれない」
「今後、人と同じように生きられるかもしれねぇってことか」
「そうだ」
「そりゃいいことじゃねぇか・・・それでも、か」
「ああ、ノクトは王の権限を段階的に減らしていこうと考えている」
「楽したいから・・・じゃねぇな。力がなくなったから王の意味も失われたと?」
「それもあるかもしれないが、自らが最後の王になると考えているからだろう。ルナフレーナ様のことも大きいだろうな」
「喪失感と罪の意識か」
「戦いの後は特に酷かったからな、それを表に出すまいとしていた。王国の再建と、乱れた世界の秩序回復。立派な王になりきる事で、ノクトはルナフレーナ様に応えようとしていたのだろう」
「俺に言わせればあんなのはただ向き合おうとしてなかっただけだ。目の前の事にただ必死になって、直視してなかった。俺は力になってやりたかったし、気持ちを打ち明けて欲しかった。例え何もできなかったとしても、それでも・・・だが、それは俺の我儘だな。結局、俺は何もしてやれなかったんだから」
「俺も変わらないさ」
「プロンプトがシドニーに気持ちを打ち明ける機会を逃してたのだって、言動が軽い割に奥手っていうのもあるだろうがよ。それ以上にノクトに気を使ってたからだろ」
「そうだな、時間が必要だった。ノクトにも俺達にも」
「王国も世界も落ち着いて、ようやくノクトも俺達も向き合う事が出来た。逝っちまった奴らの想いをちゃんと受け止めて、前に進もうとすることが」
「ああ。俺にもこれからどうなるのかは分からないが、王という存在がいなくなっても混乱をきたすことなく政治が執り行われる為の用意だけは進めていくつもりだ。恐らく、アコルドのような政治体制になるだろう」
「アコルドねぇ・・・」
グラディオラスの様子を見てイグニスが問う。
「不満か?」
「まぁ、代々王の盾を務めてきたアミシティア家としては思う所が無いと言えば嘘になるが、どう変わろうが俺がやる事は変わらねぇよ。王の盾として守り続けるさ、親父がそうしたようにな」
「お前らしいな」
「お前もだろ」
グラディオラスの言葉を受けイグニスは笑う
「無論だ」
笑いあう二人のところへノクティスがやってきて聞いた。
「あれ?、プロンプトは?」
「プロンプトなら今さっき慌ててシドニーのとこに行った」
「仕事か?」
「いや、まぁなんつーかアイツの人生を賭けた戦いだな」
「は?なんだそれ」
「ノクトはそれほど気にしなくてもいい」
「いや、気になるだろ」
「そういやぁ、くる時にチラッと見かけたんだけどよプロンプトの車に載ってた帽子、シドのじゃねぇか?」
グラディオラスの問いにノクティスが答える。
「ああ、あれならなんかシドから貰ったっていってた。あれ被ってハンマーヘッドの宣伝しろって言われたらしい」
それを聞いたグラディオラスが驚きながら笑う。
「おいおい、じいじ公認じゃねぇか、あいつもたいがい鈍いな」
グラディオラスの言葉にイグニスも笑う。
「そうだな」
「どうする?王都城使うか?」
「いや、それもいいが、オルティシエが良いだろう。もうほとんど以前の姿を取り戻したし、なによりあそこにはウィスカムがいる」
「ああ、なるほどな、シドもそのほうが喜ぶだろうな。船で行くか、船旅が堪えそうなら将軍に連絡してアラネアの飛空艇を動かしてもらうか」
「だから、さっきから何の話だって」
「プロンプトから連絡が来たらゆっくり話してやるよ」
グラディオラスから答えを聞きだすのを諦めたノクティスはイグニスに回答を求めた。
「おーい、イグニス?」
「楽しみは取っておいた方が良い」
イグニスもそう言って答えようとはしなかった。
「念のため、カエムの港を用意させておくか、久しぶりにキャンプしようぜ。キャンプ。イグニスの手料理も食いたいしな」
「キャンプか、それもいいかもな、ノクト、何か食べたいものはあるか?」
ノクティスは相変わらず答えが無いのを不満に思っていたが、此処でちゃんと答えなければ、とんでもない料理が並んでしまうかもしれない。野菜とか、野菜とか、野菜とかだ。
「あ~、野菜以外なら何でもいい」
「久しぶりに、海で釣りでもするか」
グラディオラスがまいた餌に、ノクティスがかかる。
「あっ、それいいな」
「呼べるだけ呼ぼうぜ、カエムなら部屋には困らねぇし、足りなかったら、アラネアの飛空艇を使えばいいだろ」
その言葉にイグニスは呆れる。
「・・・それはもうキャンプとは呼べないんじゃないか?」
「細けぇ事はいいんだよ。おい、ノクト、大きいの釣らなきゃ間に合わねぇからな」
そう言って、肩を叩くグラディオラスにノクティスは答える。
「誰に言ってんだよ、俺の腕で、超大物釣りあげてやるよ」
風は穏やかで暖かい。草花や木の香りが優しく周囲を包んでいる。ゆっくりと流れていく雲の隙間から、温かな日差しが差し込み。鳥や虫が歌う。そこに、ノクティス達の声が響く。時折笑い声を含みながら・・・
***
壁にはいくつもの写真が飾られている。室内は電灯で照らされていて、朝焼けがそれにゆっくりと取って代わろうとしている。赤い飛空艇の前で仁王立ちする気の強そうな女の子と、それに隠れるように此方を窺っている頼りなさそうな男の子。グラディオの振るった木剣の一撃をタルコットが受け止めている。最終的に、アラネアやコルまで加わった特訓で痣や擦り傷だらけになったタルコットが、イリスに手当てされて笑っている。イリスはあきれ顔だ。手持無沙汰で邪魔にならない扉の左右を選んで立っているビックスとウェッジはまるで門を守る衛兵のように見える。アンブラを追いかけて坂道を駆け降りてゆく女の子と、それを追いかけるビッグス。彼らは、お嬢のお嬢と姐さんの坊ちゃんの安全確保の為に奔走していた。ソファーで眠っているノクティスの顔。キッチンで料理をするイグニスとモニカが料理法について語り合い、互いに思考している瞬間。イリスが食器を並べていて、タルコットが指示に従って動きだそうとしている。緊張からガチガチに固まったプロンプトを写した一枚は撮影者の力量から少しぼけていて、腕で顔を拭うシドの肩をウィスカムが笑いながら叩いている写真は僅かに傾いている。新婦の後ろでベールを持って歩く女の子は胸を張って前を向いていて、男の子はレンズ越しに撮影者を見ようとこちらを向いてしまっている。純白のドレスを着たシドニーがはにかんでこちらを見ていて、腕を引っ張られ、レンズの前に連れ出されたシドが目元の張れた顔を隠そうとしている。コルに頭を撫でられ、せっかく整えてもらった髪が乱れたことに女の子が抗議していて、コルは困り顔。その隣でアラネアが笑っていて、アラネアの手を男の子がしっかりと握っている。壁の端には、その時全員で写った一枚が飾られている。机の上には幾つかの写真立て、旅をしていた時のレギスたちの写真。出港の時に撮った記念写真。灯台の前で撮った集合写真。その横にルナフレーナとノクティスが二人で写った写真が二つ並んでいる。森でとったぎこちない写真とテネブラエで上げた式の時の写真だ。何度もやり取りされた手帳の少し古びた装丁に触れてみる。明るく照らし出されつつある部屋で、心に浮かぶ懐かしさと切なさ、目をつむり、少しだけ微笑んでみる。彼女も同じように微笑んでくれているような気がする。呼びかけられた声に目を開けて返事をする。朝食ができたのだろう。また、新しい一日が始まる。世界の新しい一日が・・・昇りゆく太陽の光を背に受けて、力強く足を踏み出した。誰もいなくなった部屋に、波の音と海鳥の鳴き声だけが響いていた。
Fin