自分に体重と腕力が足りてないことにコルは気付いていた。未だ成長途上の身体では、より恵まれた体格を持っている者に勝つことは難しい。少なくとも、同じ技を使っていては・・・それでも、その天性の才により対抗はできていたが、コルはより自らに合った技を求めた。行きついたのは速度だった。膨大な熟練を要するが故に断絶した戦闘技術。古のルシス王が用いたとされる技。湾曲した特殊な刀と呼ばれる剣を使うそれは、刀術と呼ばれる。未だ各流派に残されていたその技の断片と歴史書から推測し、刀術を再現、自らの技へと取り込んだ。15歳になるころには、ルシス王国唯一にして最強の刀術士と目されるようになった。同世代においては無敗。第一線で活躍する強者とも互角に渡り合えた。模擬試合において剣を交えたクレイラスはその強さに感嘆した。この少年が歳を重ね、その刀に圧を纏ったならば、もはや自らの剛剣とて通用せぬだろうと・・・
***
コルは既に眠っていた。天才と呼ばれるほどの強さを誇っていても未だ15歳なのだ。夜は早い。成長の為にも睡眠が必要だと考えているコルは、規則正しい生活を送っている。いつまでも火の周りに集まりこうして話している王子も見習ってほしいとクレイラスは思うのだが、自らも起きているだけに言いづらい。
「強すぎる事が問題になっているのだろう」
ウィスカムがそう言った。ウィスカムの発言は理解不能だ。
「強い事が?それのなにが問題になる?」
強い事は良い事だ、問題になる事などない。性格が破綻していない限り。そしてコルは、感情をあまり見せないが性格破綻者では無い。
「お前には分からんだろうな。愚直に強さを求め、そして相手の強さに対し素直に敬意を払えるお前には」
それに頷く、まるで分らない。
「誰もがその境地に達する事ができるわけではねぇってことだ。特に若い者にとっては、面白くないだろうな」
シドが、口を挟む。
「自分より若いコルが、自分よりも勝っている事を嫌でも突き付けられるんだからな」
ウィスカムが頷く
「故にアイツは孤立している」
「だが、コルはただ感情を表すのが苦手なだけだ。それを理解してもらえたのならきっと」
レギスの言葉にシドが首を振る。
「王族と言う特別な立場に生まれついたお前には分からないかもしれないが、あいつが感情を表すのが苦手なのは孤独だからだ。強くなりすぎたからと言っても良い」
その言葉の意味なら、クレイラスにもなんとなく分かるような気がした。初めから支える者が周りにいる王家や、自らのような名家とは、また違う難しさがあるのだろう。庶民の出であるウィスカムやシドにはそれが良く分かっている。
「レギス、お前がコルを目にかけている事も、あいつの孤立を助長する一端になっている。アイツに専用の刀を渡したことも、旅に連れ出したことも、あいつだけが特別扱いされているようで、周りは気に入らんのさ」
「それは」
レギスの悲しげな様子にウィスカムが付け加えた。
「だが、特別扱いしなかったとしても、コルは孤立しただろう。それほどの才だ」
シドも同意する。
「確かに、あいつは強い。次代を担う逸材だ。しかし、このままであれば、それも難しい。ただ、強いだけの男についていける者は少ない。分かるだろう?今までの戦いでもあいつは、まるで独りであるかのように戦っている。お前に対する忠は篤い、だがそれだけでは・・・」
レギスが沈黙する。クレイラスにも思い当たる節があった。コルは、常に独力で敵に当たる。誰の助けも要らぬというように、まるで自らの力を見せつけようとするように・・・ウィスカムが呟く。
「あの才を受け止めることができる程の者が身近にいなかった事が、あいつの不運だろうな」
四人の前で、火は揺らめいていた。空には月と星が浮かぶ。人の悩みなど無いもののように遥か彼方で輝いている。
***
自分の強さには自信があった。シドやウィスカムよりも自分の方が強く、クレイラスとは五分と言ったところ。ファントムソードを展開したレギスに勝つことは難しいだろうが、それさえも、状況と立ち回りによって勝利の目を上げることはできる。だから子供扱いされている事が我慢ならなかった。特にシドがそうだ。レギスは目上の者に対しては敬意を払えと言うが、年齢など何もせずとも増えていく。弱い奴やくだらない奴ほど、何もせずに手に入る年齢と言う物を誇っているような気がしていた。王都でそうだったように、力で勝てない奴らは、それ以外の何かで報復を図ろうとする。それもまたくだらない。レギス達が、自分が眠っている間に四人だけで何かを話していることは分かっていた。だが、それに加わろうとは思わなかった。何より睡眠をとらなければ肉体の成長が見込めないし、レギスを守れればそれでいい。レギスはクレイラスが守っているから、正確に言えば、レギスに向かってくる敵が刃をレギスに向ける前に倒してやればいいのだ。レギスには恩がある。名家でもない自分を取り立ててもらえたのはありがたいし、王家の威光は周りの面倒な連中を遠ざけるのにも効果があった。なにより素晴らしい刀を貰った。もはや刀術士がいなくなった今、王家の力が無ければこれほどの刀を手に入れることはできなかっただろう。こうして王都を離れ実戦で技を磨く事もできている。だからこの力をレギスの為に振るってやる。後の事はどうでもよかった。レギスやクレイラスに疎まれるようなことは無いと思うが、シドやウィスカムはどうだろうか?等しい力や、それ以上の力を示しても、彼らは自分を、同等に扱ってはくれない。レギスやクレイラスにも僅かだがそういう所はある。シドほど酷くはないが・・・もっと自らの力を証明してやる必要があるだろう。誰も何も言えなくなるほどの力。それには戦果がいる。この辺りに、帝国の簡易拠点がある事は知っていた。そこから周囲の街へ帝国軍が侵攻し略奪をしている事も・・・そこを叩こうと、レギス達が話し合っているのを聞いた。だから先に行って片付けておこうと思った。彼らが来た時に陥落した拠点を見せてやれば、シドも考えを変えるだろう。実にいい思いつきだ。
誰もが眠っている夜更け、寝床から音を立てずに抜けだした。天幕を出ると、チョコボ達が首を上げこちらを見た。それに向けて静かにするように合図を送る。チョコボは耳が良いため見張りに最適なのだ。彼らがいるからいちいち見張り番を決め、交代で睡眠をとらなくても済んでいる。自分のチョコボに近づくと、チョコボは立ち上がった。その首筋を撫でてやる。チョコボが、気持ちよさそうに頬を寄せる。天幕から離れるまで、歩いて連れ出した。残ったチョコボ達はこっちを見送っており、横を歩くチョコボは、出発の挨拶をするように仲間たちの方を一度振り返った。その背にまたがる。このような時間に起こしてしまったが、チョコボの機嫌は悪くなかった。むしろいつもと違う雰囲気に、喜んでいるように見える。足先で、少し胴をつついてやると、チョコボはそれを合図に走り出した。
***
夜明け前、シドに全員が叩き起こされた。コルが居なくなっていた。自らのチョコボと一緒に。シドが地図を広げ苛立たし気に告げる。
「あのクソガキ、チョコボに乗っていきやがった。いつ出発しやがったか知らねぇが想定される範囲は格段に広がるぞ」
不安げなレギスを落ち着かせようとクレイラスは言葉を紡ぐ。
「散歩にでも行ったのかもしれない」
即座にシドの言葉が挟まれる。
「ここが王都なら、散歩でも家出でも構わねぇけどな。ここは前線だぞ」
それには返す言葉が無い。周囲を探していたウィスカムが戻ってきた。
「地面が乾燥していて、チョコボの足跡を探すのは難しいな。一応、カメリアにも連絡をしておいた、何か情報が入れば直ぐに教えてくれるはずだ」
レギスは頷く。
「ありがとうウィスカム。・・・しかし、コルは一体どこへ」
レギスと共に考え込む。そしてふと思い浮かぶものがあった。コルは力を試そうとするところがある。
「もしや、我々が次に落とそうと考えていた帝国の拠点。それをコルが聞いていたとしたら・・・」
地図を確認する。チョコボでなら十分移動可能な距離だ。
「独りでか?馬鹿な・・・」
ウィスカムが信じられないと言った顔をする。
「いや、あり得るな。あのクソガキの考えそうなことだ。急ぐぞ」
シドが叫びながらチョコボにまたがるとレギスも慌ててチョコボに手を伸ばした。
***
「何故?」
男は、自らの身体から噴き出す血を眺めながら最後にそう言った。目の前に立っているコルの手が、その奇妙に湾曲した剣の柄から離れていなかったからだ。自らの振り下ろした剣が、目の前にいる少年の身体に突き刺さると思った次の瞬間、少年は身体を僅かに反らして剣を躱した。追撃しようとした男は、そこで初めて自らの身体が既に斬られている事に気付いたのだ。男は、何もわからないまま死んだ。居合。そう呼ばれる超高速の刀法だった。コルは、僅かに体をひねるのと同時に、自らの刀を抜き、相手の剣が届く前に、その身体を切り裂き、納刀した。男の目には、それを見ることができなかった。故に男には、ただ、コルが少し身体をずらしたとしか思えなかっただろう。
こいつで最後だ。この拠点は落としてやった。思っていたよりも小規模だったが、まぁ、いいだろう。後はやってくるレギス達を待つだけだ。コルは、簡易施設の外にでると、装甲車両の屋根に飛び乗り座った。周りには倒した敵兵の死体が散らばっている。シドはどんな顔をするだろうか、楽しみでならない。そのとき丘の向こうから、朝日と共に歩いてくる人影を見つけた。人影は一つ。レギス達では無い。槍を背負っているがシドでもない。新手だ。車から飛び降りる。近づいてきた男は考え込みながら言った。
「一応聞くが、お前さん、迷子、じゃあないよな?」
その呑気な言葉に呆れる。どこの世界に、帝国軍の死体の中で迷子になっている人間がいるのか。この男も、見た目で人を判断するのなら大した男ではないだろう。死体が一つ増えるだけだ。だが違和感がある。この男は、帝国軍の筈だ。何故仲間の死体を見て平然としているのか・・・男は、辺りを見回して死体を眺めている。
「あ~、君が一人でこれをやったのか?ただの一人で?」
コルは頷く、まだ状況が理解できていなかっただけか、それとも、まだ信じられないのか、男の頭の中で状況が理解できたとき、この男は怒るだろうか、それとも嘆くのか、あるいは両方か、そう思ったコルに男は不思議な反応を見せた。
「そいつは面白い」
そう言って笑ったのだ。不思議に思って眺めているコルに向けて男が言う。
「ああ、別に俺の部隊の者じゃないし、どうせ命令に従うように見せて略奪を目的とする様な品の無い連中さ、俺の部隊には要らねぇ」
男は、伸びをしてみせた。
「さて、俺はただ偶然通りかかっただけだ。銃声がしたから来てみた。だから、お前さんと事を構えなくても良い。が、興味がある」
男は槍を背中から外し、回転させながら構えた。その構え一つで、男が相当な手練れである事が分かる。コルは、男を侮る事をやめ、腰を僅かに落とした。
「分かるだろ?どうしても試したくなる時がある。強者を見ると刃を交えてみたくて仕方が無くなる。救いようがねぇが、どうしようもねぇ」
男は歯を見せて笑った。獰猛な笑み。それと同時に疾走。それに応じる。間合いの内側に入り、突き出された槍をギリギリで回避。伸ばされた槍の突きは直線運動となり、その横に攻撃圏は無い。前進と同時に鞘の中で刀身を滑らせ、槍を突き出した男の頭部へ奔らせる。男は、それを転がるように回避した。初見ではまずありえないことだが、居合を回避された。ならば追撃。回避した男の先へ刃を突き出す。男が槍の持ち手で、それを逸らす。一連の攻防の後。男は、口笛を吹いた。
「やるぅ、高速の抜き打ちか、確かにその速度なら、並の人間なら反応もできずに斬られるだろうな」
男が笑う。ふざけた男だ。気に入らない。笑みと共に男が飛び出し、槍が、大きく振るわれる。横凪の一閃。左右や後方への回避は間に合わない。ならば前へ、槍の穂先が描く死線を潜り抜け、下から真上へ向けて刃を奔らせる。男は顎を上げて回避。刀身は顎を浅く切り裂くにとどまる。同時に放たれた男の蹴りを、腕で防御。重い蹴りに軽い身体が浮く、だが腕は折れてはいない。急いで距離をとる。追撃された槍の刃圏の外へ、男からのさらなる追撃は無く、互いの間合いの外側で仕切り直す。男は、血の滴る顎に手を当てて首を鳴らした。
「お前、面白すぎるだろ」
男はまだ笑っている。
「舐めているのか?死ぬぞ」
そう告げると男は、奇妙な顔。それから納得したように真剣な顔をした。
「ああ、違う、君を侮っているのではない。むしろ称賛している。誤解させたなら謝ろう。その歳で、その境地に達している事に敬意を払う。この笑みはこの戦いに対する喜びの笑みだ」
「歳など関係ない」
それを聞いた男は頷く
「確かに、君の言う通りだ。行くぞ」
男が一歩を踏み出す。繰りだされる槍の突きは、そのまま連続する。一点に対する突きでは無く、こちらの回避に合わせ僅かに穂先をずらしてきている。受け止め前に進むか?間合いの差がある限りそうするしかないが、前に進めば男の蹴りがくるだろう。厄介なのは、槍よりも男の体術だった。単純な体術戦へと移行させられてしまえば、重量差がある限り不利だ。それは覆せない。それでも、槍の突きをそらし、前に出る。槍が引き戻される。低くなった此方の疾走体勢に合わせ槍がもう一度突き出される。それに合わせ跳躍。槍の持ち手の上に乗り、さらに跳躍しながら回転。体重が軽く相手の剛力があったからこそできる芸当。下が蹴りによって応じられるなら上から。この距離、速度では槍を引き戻し対応することも、蹴りによる上空への対応も時間的に不可能。此方の刃の方が先に届く。回転する身体から繰り出した上段からの一撃を、男が身をひねって躱そうとする。その肩口に刃が侵入。さらに斬り進もうとする刃を男が構えた槍の柄が止めていた。男は最低限の肉を犠牲にしたのだ。そのまま男が身体を押し出し、弾きとばされる。地面を転がりながら回避と体勢を立て直す。追撃は無い。流石の男も荒い息を吐いている。肩口からは出血。攻撃、防御共に減衰させられたはずだ。
「これは、ちとまずいな」
男が言う、少し手こずったが次で終わるだろう。男が槍を構え直すのを待たず疾走。間合いに踏み込む一歩手前で、急停止、回避運動に移る。同時に響いたのは銃声。踏み出そうとした一歩前に、銃痕が穿たれた。
「隊長」
別の男が走ってくるのが見えた。故に攻撃を中断した。
「おう、なんだお前か」
男が、額から汗を流しながら言う。
「あの槍は、回収したか?」
男が聞いた。銃を構えながら、一瞬もこちらから視線を外さずに、新しく現れた男は、槍の男の横に並んだ。
「しましたよ。まったく、壊れたと見るやその場に放り投げるのはやめてください。技術部からまたなんていわれるか」
男が槍を構え直して言葉を返す。
「耐久性の無い欠陥品なんかよこしてくる方が悪い。こっちは命かけてんだ。机の上の数で競ってるわけじゃねぇ」
「それは分かりますが」
「そうだ、報告書をつくっといてくれ」
「貴方が受けた試作品の報告書ぐらい自分で書いてくださいよ。使ってない俺に書けるわけがないでしょう」
「んなもん適当でいいんだよ」
「例えば?」
「そうだな。強度不十分。破壊力はまぁまぁだが、操作性が今一つで改良が必要。扱いには相当の熟練と、柔軟な身体が必要であると思われ、普及化には不向き。新兵に与えるなら銃器の方が手っ取り早い。ただ、面白いから開発は継続しろと」
「一般兵に扱いきれず戦力増強が見込めないと報告を受けながら開発が続くわけがないでしょうが、今や魔導兵器開発の主流は、飛空艇と魔導アーマーですよ」
「じゃあ、その辺ははぐらかしといてくれ。とにかく改良型が欲しい。俺用に一本ありゃそれでいい」
自分を無視して、会話が始まっていたが、二人に隙があるわけではない。これ以上増援が来ないか周囲に視線を動かす。
「あの少年、かなり強いですね」
銃を構えた男が口にした。
「ああ、これだからやめられねぇ。こいつは、俺が倒す。手を出すんじゃねえぞ」
「馬鹿なこと言わないでください。ほぼ負けてたじゃないですか」
「これから、覆すんだろうが」
「貴方を死なせるわけにはいきません。お子さんが生まれるのでしょう?」
そう言われた男の顔が悔し気に歪む。口からもれるのは苦し紛れの反論。
「そう言うお前だって、2歳になる子供が待ってるんだろうが、俺の方は、どうせまだ面も見てねぇし、言葉も話せねぇんだ。俺が死んだって乳飲んで笑ってらぁ」
「ふざけないでください。奥さんから頼まれましたし、貴方も今や部隊長。いつまでも独り気ままに戦ってもらっては困ります。貴方が死ねば、部下はどうするのです?。だから手を出すと言ってるんですよ。二人共生きて帰るために」
男は返す言葉を無くした。血気盛んな男だったがそれだけの分別はあった。でなければ部隊長までは昇れない。
「くそっ、仕方ねぇな」
新しく現れた男の銃撃を躱す。それを合図としたように男が疾走、槍を突き出してくる。それをいなす。やはり先ほどまでの圧は無い。斬り倒そうとしたところへ、銃から刺突剣へと切り替えた男の突き。攻撃を諦め後退。槍と刺突剣が左右を挟むように突き出される。後退。反撃に転じようとする度に、槍か刺突剣が阻む。疑問が生まれる。何が違う?何が変わった?個人の力ならば、自分の方が最初の男よりも僅かに、現れた男よりも圧倒的に上の筈だ。ましてや槍の男の方には、傷を与え、その力を削いでいる。何故押される?多数を相手にした戦闘に慣れていない訳でもない。現に拠点に詰めていた兵士共は、まとめてことごとく屠ったのだから。槍の男が残念そうに言う。
「お前は強いよ。だが、今何故押されているのかは、まだ分からないのだろう」
距離をとっても、隙が見当たらない。
「お前、俺と来ないか?」
男が言った。真剣な目をしていた。
「ふざけるな」
即座に返す。男はがっかりした顔をする。
「このままお前を倒してしまうことに躊躇いさえ覚えるが、敵なのだから仕方がない。別の形で会いたかったよ」
攻撃が再開される。それを受け、いなし、迎撃するが、手が足りない。徐々に追いつめられる。俺が負けるのか?視線の隅に、槍の軌道が見える。これは、駄目だ。直撃する。自らの頭部を槍が切断する光景を思い浮かべて、コルは哂った。何故負けたのかさっぱりわからない。
「うぉおおおお」
背後から叫び声が聞こえた。頭部に迫っていた槍が弾かれる。
「クソガキが、無事か?」
シドが、投擲した槍が男の槍を止めていた。男が後退する。レギスにクレイラス、ウィスカムまでやってくる。シドが槍を拾い上げるとそのまま走っていく。
「シド、そいつはあんたよりもずっと」
その背中にそう言うと、即座に答えが返ってきた。
「んなことは、見りゃわかる。だから、協力して戦うんだよ。行くぞウィスカム!」
ウィスカムがそれに応じ、後に続く、男達を退かせながらシドが叫ぶ
「どれだけ独りで強かろうと、連携のとれる奴らには勝てねぇ。古の戦場で一騎打ちしてるわけじゃねぇんだ。馬鹿野郎が。そんなんだからお前はガキなんだよ」
シドとウィスカムが、二人の男と拮抗している。クレイラスが目の前で、大剣を構え、防壁を形成。
「コル、大丈夫か?」
駆け寄ってきたレギスが聞く。頷いて立ち上がって見せたが、レギスは何処かに傷は無いかと念入りに確かめている。そういう扱いは好きではなかったが、レギスの顔を見ると何も言えない。あと少しで死んでいたことも事実だ。槍を持った男がシドの攻撃を受けながら笑った。
「なんだ、いるじゃねぇかお前にも」
刺突剣の男は後退。男の槍が、シドを弾き、追撃を防ごうとしたウィスカムを蹴り飛ばして距離をとる。
「形勢は不利だ。此処は退こう。次の進攻の時、もし会えたら、また手合わせしようぜ」
男が笑いながら下がる
「逃がすわけねぇじゃねぇか」
シドがそう言って槍を投擲。
男はそれを容易く弾く、もう一人の男が、刺突剣を捨て、銃を構えた。
「いかん」
レギスがファントムソードを飛ばしシドたちの前面に展開。銃弾を防ぐ。
「お前ら、王子一行だったのか、そうかそうか」
頷く男の上空に魔導機関の音。帝国の揚陸艇だ。赤い塗料で識別番号が描かれている。レギスが警戒し、ファントムソードを移動させる。男は、無線機を取り出し応答した。
「攻撃は許可しない。・・・何故?何故ってつまんねぇじゃねぇか。王子を殺せなんて指令は受けてないしな。味方が死んでたが何も無かったとでも言っとけ」
機銃はこちらを向いていたが撃ってくることは無かった。男達はそのまま開いた格納庫に乗り込む。
「さて、それじゃあさよならだ。因みに、俺の部隊は、いつでもお前の事を待っている。その気になったら訪ねて来い」
男がこちらを向いてそう告げると同時に格納庫の扉が閉まりはじめ、揚陸艇は上昇していった。男は待っていると言ったが、名前を名乗っていかなかった。行く気などなかったが・・・
***
オルティシエに戻ると、待っていたカメリアにいきなり頬をぶたれた。避けることはできた。防ぐことも、ただ、カメリアの瞳が潤んでいたから避けてはいけない様な気がした。頬が痛かった。不思議な痛みだ。これまでの経験で受け止められるか、避けられると思っていたのだろう。当たった事に何よりもカメリアが驚いていた。それから抱きしめられた。温かな熱が身体を包んだ。怒っているのか、喜んでいるのか良く分からない。ウィスカムに言わせれば、この良く分からないところが魅力だとでもいうのだろう。さっぱり分からない。それからカメリアは温かい紅茶をいれてくれた。飲み終わると休むように言われベッドに入った。
***
目を覚ますとシドが居た。どうやらかなり長い間眠ってしまっていたらしい。戦いの疲れが出たのかもしれない。
「おう、目を覚ましたか、カメリアの所為で頭をやられたかと思ったぜ」
その冗談はカメリアが聞いたら怒るだろう。
「シド・・・さん」
そう呼びかけると、シドは驚いたように此方を見た。
「・・・何だクソガキ、殊勝な心掛けじゃねぇか、いままで敬称なんぞつけたことが無かったのによ」
「あんたに助けられたから、礼を」
そう答え、礼を言おうとする前に、シドは鼻を鳴らし、口を開いた。
「お前から見えれば、どいつもこいつも弱く感じるのかもしれねぇけどな。俺達は、協力して戦うために一緒にいるんだ。何でもかんでも独りでこなそうとするんじゃねぇ、独りじゃ通用しねぇ敵がいる事も。協力できる奴らがどれだけ強くなるかも、分かったはずだ」
あの槍の男達になすすべもなかった自分と、それに拮抗していたシドとウィスカム。自分の力だけで乗り越えてきたと思っていた今までも、知らないうちに守られていたのだろう。
「・・・はい」
「本当は、今すぐ王都に叩き返してやりてぇぐらいだが、今回の事がこの程度で済んでるのはお前がガキだからだ」
それには何も言い返せない。自分は力に自惚れて背伸びをしているガキだった。
「・・・ごめんなさい」
シドはそれを聞いて言った。
「その言葉はレギスにでも言ってやれ。お前の勝手な行動が、レギスや仲間を危険にさらすんだ。それが分かったらもう二度とするんじゃねぇぞ。お前に足りねぇのはそれだけだ。実力は誰もが認めてる」
シドの言葉に驚きながら頷く。シドがそんな風に思ってくれていた事を知らなかった。
「それから俺に礼はいらねぇ。いちいち礼を言ってたんじゃきりがねぇ。お前が俺に一度礼を言う度に、俺は何度言うはめになるのか分からねぇからな」
シドは頭を掻きながらそう言って笑った。
「まぁ、お前さんのその成長に免じて、クソガキって呼び方はやめてやるよ。そうだな・・・コル坊だな」
その呼び方が不満だという事が顔に出ていたのだろう。シドが意地悪そうに笑う。
「いつかお前さんが本当に一人前になったら、変えてやるよ」
それから独りで戦おうとするのをやめた。誰かと合せるのは難しかったが、それでも、面白さもあった。だがシドが自分の事をコル坊と呼ばなくなる日。遠いと思っていたその日はすぐに訪れた。大規模な戦闘で、ウィスカムが大怪我を負ったのだ。帝国を退けることはできた。だが、その代償は大きかった。見知った人の中にも死者が出た。戦争なのだから仕方がない。そう思っていても、シドとレギスの間に合った考え方の相違が拡大していた。帝国の侵攻が終わると、旅も終わった。ウィスカムはオルティシエに残り、シドは仲間から抜けると言った。ルシスへ帰る前日の夜、シドに呼ばれた。細い月が、開け放たれたカーテンの向こうから顔をのぞかせていた。
「コル」
シドはそう呼んだ。
「俺は、レギスとはいっしょに行けねぇ。そんな俺が、こんなことを言う資格はねぇが、あいつを支えてやってくれ、クレイラスは王の盾として、最後までレギスを守るだろう。だから、クレイラスにできないことを、お前に頼みたい。俺にはもうできねぇから。・・・よろしく頼む」
そう言って、シドは頭を下げた。そんなシドの様子は、見たことが無かった。
「そのつもりです。でも俺は貴方といつかまた共に歩める日がくると思っていますよ
貴方も、王子も意地になっているだけだ。それぐらい俺にも分かりますから」
そう言うとシドは、悲しげに笑った。
「そうだな。時がいつか解決してくれるなら、その時が来たらきっと・・・」
***
練技場に木剣の重なり合う音が響く。雄叫びと共に、巨大な木剣が振り下ろされるのを、僅かに身をずらし躱した青年が、その根元を自らの木剣で巻き上げ跳ね上げた。巨大な木剣が宙を舞い。板張りの床に落ち、音を立てた。二人は構えを解き、汗を拭いた。クレイラスは息を整えながら言う。
「コル、お前は強すぎる。もはやお前の横に並べるものは現れないかもしれない。もう、俺ですら、お前についていけない」
その言葉をコルは、真っすぐに受け止める。
「それでも、独りでも俺は、陛下の為に戦いますよ。貴方が陛下の盾ならば、俺は陛下の手足となる。貴方にできないことを俺がする。それに、誰も並べなかったとしても、教え、導き、共に戦う事はできる。少なくとも今の俺にならば」
クレイラスはそれを聞いて頷く。
「そうだな」
そう口にしたクレイラスには、彼がやがて一軍を率いるだろうことが容易に想像できた。あの日から、コルは変わっていた。口下手なのは変わらないが、人と関係を持とうとするようになった。コルよりも若い者にとって、今やコルは憧れの的だ。年長者の中には未だ妬むものもいるが、一部で信頼を築く者もいる。人を拒み氷のようだった刀身が、清らかな水に変わったかのように、コルの強さの中に優しさが生まれたように思う。もう、独りで全てのものと戦おうとしていた少年は何処にもいなかった。
***
ルシス王国に現れた強力な軍団とそれを率いる刀術士。その強さから不死将軍とあだ名された男の名が世界に広がるのに時間はかからなかった。病床に臥せっていた男が、そのニュースを見て口を開く、あまり口数の多い男では無く、自分の事もめったに話さなかったが、その日の男は機嫌がよさそうだった。男は咳き込みながら、見舞いに来ていた娘に告げた。
「なぁ、もしこいつと戦う事になったら気をつけろよ」
そう言って笑う
「こいつは強いぞ、俺が思ってた以上に強くなりやがった」
男が誰かを褒めるのは珍しいと彼女は思った。
「ああ、俺の身体がこんなんじゃなきゃもう一度刃を交えられたのになぁ。それだけが心残りだ」
男は自らから失われた力を取り戻そうとするように拳を握った。その手にかつての握力が無い事に、悲しそうに微笑む。
「まぁ、今やっても勝てんだろうが・・・。あの時無理にでも連れてこれば良かったなぁ」
映像の向こうで、不死将軍と呼ばれる男の顔が一瞬こちらを見る。ルシス王国とニフルハイム帝国の交戦地域において、帝国の魔人グラウカと一戦を交え、戦線は硬直。互いに退いたらしい。いつか戦う事になるだろうか、手元にある魔導槍の感覚を確かめる。今はまだ届かない気がする。だがいつか・・・
***
あれから随分長い時が過ぎたものだと思う。様々な事があった。いまでもあの日、王都城でレギスやクレイラスと共にいれば、二人を救えたのではないかと思う。だが、シドやクレイラスと交わした約束があり。そして何よりもレギス本人から託されたのだ。ノクティスは、レギスの願った通り立派な王となった。彼を支える仲間たちの成長も見る事ができた。だから、間違ってはいないと思いつつ、悔いが無いとは言えない。ジャレッドの事もそうだ。力不足で救えなかった者の事を想わぬ日は無い。30年前には考えもしなかった事だ。あの頃は、自らの生と死しかなかった。いつしか守りたいものが増え、その為に力を貸してくれる者たちができた。独りの時にはあり得なかった喜びと、それに伴う苦悩がある。今や背後には、黒と赤の軍団がいる。あの旅が無ければ、こうは成れていなかっただろう。そして・・・
左側でアラネアの魔導槍が、武装決起を計画していた反政府組織の雑兵をまとめて薙ぎ倒した。反対側の敵の足や腕を刀で斬り地面に倒しておく。違う方向から聞きなれた機械音。どこから手に入れたのか、魔導アーマーが姿を見せた。無力化した敵から意識を移し、それに向き直る。
「へぇ、どんなルートを使ったか知らないが、よくまぁ手に入ったねぇ」
アラネアが感心したように言う。残党は、魔導アーマーの登場で沸いている。形勢が逆転したと思っているのだ。
「一体かぁ~、残念だけどちょっと足りないかなぁ」
そう言いながらアラネアが此方へやってくる。アラネアが踏み出した一歩で、互いの爪先が横一列に並ぶ。魔導アーマーに注意を向けながらアラネアが言う。
「現在同数。最後のあれを先に倒したほうが勝ちって事で」
倒した敵の数をいちいち数えていたらしい。別にどちらでも構わないが頷く。アラネアの指定した競技のスタートラインの上で、合図に向け重心を移動させる。
「じゃあ、行くよ」
アラネアが、疾走を開始するのに合わせ足を踏み出す。魔導アーマーの機銃が、左右に別れた標的を捉えられずに地面を穿つ。抜き放った刀身が、魔導アーマーの足を両断。アラネアの槍が、腕を貫いて抜ける。操縦者を殺さないように胴は無傷で済ませている。危険であれば殺すことも厭わないが、捕らえられそうであるならば捕らえ、法の裁きを受けさせる。そこで死刑になる事も多いので二度手間に思えるが、神凪の治安維持部隊は、殺し屋では無い。
「同時かぁ」
その言葉に、悔しそうな響きは無かった。
「他にかかってくる奴は?」
アラネアが獰猛な笑みを見せる。その横顔を美しいと思う。倒れずにいた男達は、逃走を開始するが、出口はビッグスやウェッジ達が抑えている。全員確保できるだろう。此方の視線に気付いて、アラネアが問う
「どうかした?」
「いや」
そう答えて微笑む。
「へんなの」
そう言いながらアラネアが笑う。
コルは、今は亡き友の言葉を思い出して心中で呼びかけた。
いましたよ。俺の横に並んで立ってくれる人が・・・