それがいつの事かは分かりません。まだ時の無い世の事です。無限の闇の中、唐突に光が生まれました。それは一柱の神でした。美しい身体に翼を生やしたその女神の名はイオスと言います。女神の顕現により、時が流れ始め、世界に変化が起こりました。世界に満ちていた混沌はその姿を照らし出され、初めて自己を認識したのです。混沌はそれに怖れを抱きました。存在しなかった自己が生じた事で、虚無という安定性が失われ、世界が動き始めたからです。混沌は、元の安定した状態へ戻りたいと願い、その為に、世界に光をもたらした女神を殺すことにしたのです。
創星記第1章 序の二
***
「おらぁああ」
放置された警察車両に叩きつけられた帝国兵は、衝撃で脳震盪を起こし失神した。車両のドアは凹み、窓ガラスが割れる。赤色灯が廻りサイレンは鳴り続けている。
「ノクト、やはり動くべきでは・・・」
眼鏡を掛けた青年が問う。
「うるせえ、王都が襲撃されてるんだぞ。何もしねぇなんてあり得ねぇ」
ノクトと呼ばれた青年が、何もない空間から剣を出現させ意識を失った帝国兵にとどめを刺しながら答える。
「グラディオ」
眼鏡を掛けた青年は一人での説得を諦め、大剣を持ったもう一人に協力を促した。
「仕方ねぇだろ、王子が動いちまったんだからな。それに、俺もこんな時に隠れてるなんてのは性分じゃねぇ。今、お前にできることは、少しでも戦況を有利にする策を考える事だけだ」
眼鏡の青年は苦々しげに表情をゆがめると、襲い掛かってくる帝国兵を二本の短剣でさばいた。
「目標は、帝国軍の排除」
グラディオが一振りで複数の帝国兵をまとめて薙ぎ倒しながら宣言する。
「無理だ、戦力が違いすぎる」
「関係ねぇ、俺が覆してやる」
ノクトはそう言うと剣を放り投げ、その先に転移しながら帝国兵を押し込む。
「あまり突出するな」
そう言いながら、青年とグラディオは慌てて追いかけてゆく
「そもそも魔法障壁があるのになんで帝国兵が入り込んでやがる」
「魔法障壁は、敵の侵入を阻みはするが万能ではない。障壁のおかげで、飛空艇と大型兵器の侵攻は防げているが、破られた門から侵入してくる敵兵までは遮断できない。
恐らく帝国は会談に際し随行者の内に伏兵を潜り込ませ、門を支配下に置いた、そしてその外側から飛空艇によって輸送した大量の兵士を送り込んできている」
「じゃぁ、まだ増えるっていうのか」
「ああ」
「どうする?門まで押し込み、城門を閉鎖するか?」
「いや・・・ノクト、何処へ向かっている?」
「城だ」
「それでいい、このまま王都城を目指そう。侵入してくる兵士を相手にしていてもきりが無い。王都城に乗り込み皇帝イドラ・エルダーキャプト及び、帝国高官を拘束し、兵を退かせる。その為には、帝国兵が未だ王都内に完全展開していない今が唯一の好機ともいえる」
「なるほど、そのほうが楽そうだな」
「いや、楽観視しないほうがいい。帝国もそんな事は承知で仕掛けてきている。現に皇帝の護衛としてグラウカ将軍が随行している」
「帝国の魔人」
「あいつか」
ノクトの声には、怒りがこもる。
「恐らくこうなる事も予想して、陛下はノクトを城から遠ざけていた。だから下手をすれば、陛下ともども包囲されてしまう事になる・・・」
「いや、やるしかねぇ」
「仕方が無い。目的達成が困難な場合包囲される前に即撤退。可能ならば陛下を連れ王都を脱出する。それでいいな?」
「ルーナもだ」
「ルナフレーナ様か、帝国がルナフレーナ様を害することは考えにくく、連れ出せばむしろ此方にとって枷となりかねないが」
「それでも」
「分かった、考慮に入れよう」
そう言いながら青年はグラディオに視線で合図を送る。最悪の場合ノクトを無理やりにでも連れて逃げなければならない。グラディオは、その意思をくみ取り頷いた。
***
左手に刀の収められた鞘を手にした男が、扉を開ける。そこに探していた者達がいないことを自分の目で確認し、歩き出す。額にはシワが寄せられる。
「想定より帝国兵の展開が早い。王子はどこに行った」
「申し訳ありませんコル将軍。私が目を離さなければ」
初老の男性が追随しながら言う
「いや、ジャレッド、貴方の所為ではない。こうなっては仕方がない。王子の方は私が対応する。貴方は当初の予定通り、このままイリス、タルコットをつれモニカと合流し共に脱出してくれ」
「わかりました」
ジャレッドと呼ばれた初老の男性は、頭を下げて去ってゆく。
「イグニスと、グラディオラスは何をやっている」
王子を抑えるために二人を付けていたのだ。たとえ目を離さなかったとしても、ジャレッドに三人を止めることはできなかっただろう。
コルは、端末を取り出し指示を出す。
「王子を目撃した者がいたら直ぐに連絡を、それと王都警察には誘導を優先させろ、彼らの装備では対抗できない」
それに部下たちが答える。
「了解」
「・・・了解」
「こちらモニカ、王子を発見、王都城へ向かいながら帝国軍と交戦中。あっ、君」
「どうした?」
「いえ、金髪の青年が一人王都城の方へ」
「くそっ」
「すぐに連れ戻します」
「いや、私の落ち度だ。その青年の目的は分かっている。私が対応する。モニカは予定通りジャレッド達と合流。王都から脱出してくれ」
「了解」
***
「ノクト!」
金色の髪をした青年が声を上げながら走ってきた。
「プロンプト!?なんで来た此処は戦場だぞ」
「俺だって戦える」
プロンプトは死んでいた帝国兵から恐る恐る銃を取り上げると、予備弾倉も回収しながら言った
「馬鹿、すぐ避難しろ」
「いや、もはやそれも危険だ。連れていくしかない」
周りには帝国兵が展開しつつあった。今更一人で避難するのは難しそうだった。
「くそ、イグニス、プロンプトを頼む」
ノクトは眼鏡の青年に叫ぶ。
「任せておけ」
イグニスがそう言うのを聞き、ノクトは前に向き直る。
「本気で行く」
ノクトの周りに幻影のようにいくつもの剣が浮かび上がり、回転を始める。それが帝国兵の銃弾を弾き、ノクトは同時に瞬間移動。帝国兵の展開する中央に到達。回る剣の幻影が大きく円を描き、帝国兵を薙ぎ倒す。掲げた右腕に従い、剣群が移動。こちらに向かっていた装甲車両に殺到。繰り返される突撃に装甲前面が破砕。運転手を切り刻む。運転手を失った車両は暴走し横転。高層建築の壁面にぶつかって炎上する。
「おぉ、ノクト凄ぇえ」
プロンプトが呑気に見つめて声を上げる。
「ボーっとしてんじゃねぇプロンプト」
グラディオラスがプロンプトの頭をさげさせる。
「ご、ごめん」
帝国軍の追撃を押しとどめながら、城前広場までたどり着いた。追いすがる帝国軍の銃撃をノクトの展開した剣群の防壁が弾き、プロンプトが牽制の為に銃弾をばら撒く。突然、王都城上層からの爆音。数瞬後上空から硝子の割れるような音が響いた。見上げれば、青い空に細かくひび割れがはしっている。その向こう側に帝国の飛空艇が降下してくるのが歪んで見える。
「魔法障壁がっ!」
プロンプトの驚愕と共に、鱗が剥がれ落ちるように魔法障壁は細かい欠片となって落下、青く輝きながら消えてゆく。
「馬鹿な」
グラディオラスが呻く。
「・・・間に合わなかった」
イグニスは、正確に状況を予測しながら次に移るべき行動を思考し始める。ノクトの周りに付き従っていた剣群が、青い光の粒子となって飛散。
「くそっ、ファントムソードが」
「まずいな、飛空艇が乗り込んでくる。ノクト、退こう」
「まだだ、まだ終わってねぇ。武器召喚とシフトさえあれば十分だ」
「グラディオ!」
頷いたグラディオラスが、ノクトを連れ戻そうと動く
「プロンプト、帝国軍を牽制してくれ」
「わ、わかった」
振り返ったプロンプトが牽制射撃。その先へ目をやったイグニスの視界には、負傷者を引きずりながら後退していく帝国軍の姿。状況的有利にもかかわらず行われている行動の違和感が、イグニスの思考に警鐘を鳴らす。見上げれば先ほどよりも降下している飛空艇群、しかしまだ地上からは離れている。それでも格納庫の扉は開いていて、中から黒い何かが見えた。
「気を付けろ、上だ」
イグニスの叫びと同時に飛空艇の格納庫から黒い塊が落下。落された超重量の物体が、爆音と共に石畳を粉砕する。掲げた腕に土埃と共に微細な欠片が当たる。グラディオラスは大剣でガレキを弾いた。
「うぁああ」
プロンプトが叫んでいる。
着地した黒いブロックのようなそれは、立ち上がり、倍ほどの大きさになった。
「なにこれぇええ」
人の数倍はある筋肉質な体に、重厚な鎧。大剣を持った異形が吠えた。
「ぐぅううおおおおお」
振り回された大剣が、列柱や街灯を、まるで玩具のように吹き飛ばしていく
「鉄巨人、こんなものまで動員してくるとは」
「鉄巨人?」
グラディオラスが戦闘態勢を取りながら問う
「シガイ、そう呼ばれる魔物がいる事は知っているな。帝国はシガイの兵器利用に成功したらしい。あれはその一つだ」
「シガイ?シガイは夜しか活動できないんじゃねぇのか?」
「ああ、本来はな、だからあれは装甲を纏わせる事で日中でも活動できるようにしている」
「何だろうが関係ねぇ、邪魔するなら倒せばいい」
ノクトはそう言ったが、状況は最悪だった。本当にノクトの力が制限された状況で城に向かい帝国最強の魔人率いる精鋭部隊と戦うのか?しかし続々と戦力を増している帝国軍の中あまり悠長に考えている時間は無い。最適の方法は、鉄巨人の脇を通り抜けてまだ抑えられていない門へ向かい王都を脱出する事だった。が、どちらにしても巨人は見逃してはくれないだろう。
「こいつは倒すしかない。元はシガイだ。装甲さえ外してやれれば弱体化、消滅させられる」
「簡単に言ってくれる」
イグニスの言葉にグラディオラスが答える。帝国軍が巻き添えを恐れて遠巻きに見ている事。僅かに高台となっている広場に向けて射線が確保できる場所が限られる事だけが救いだった。鉄巨人の振り上げたもはや建築物のような大剣が真っすぐに振り下ろされる。
「勝負だ、化け物」
グラディオラスが大剣を振りかぶって合わせる。
「うぉおおおお」
一合、二合、三合。競り勝つことはできず、辛うじて弾き返している。
「おらぁっ」
ノクトが、持っている剣を投擲し鉄巨人の頭部にシフト突撃。僅かにずれた鉄巨人の剣線を躱しグラディオラスが接近。鉄巨人の手甲に向け大剣を振り下ろす。切り裂かれた手甲から黒い霧のような物が溢れだし硬化、砂状となって散る。巨人が大剣を落す。
「たたみかけろ」
イグニスの号令にプロンプトが銃撃。撤去人の胸部装甲にいくつもの穴が穿たれる。反動で空中に舞い上がっていたノクトが、もう一度シフト突撃を敢行。鉄巨人の兜に深々と剣を突き立てる。漏れる闇に、巨人が呻きを上げながら膝をつく
「終わりだ」
叫びながらグラディオラスが全力で大剣を振り上げる。巨人の左わき腹から胸元までの装甲を両断。溢れだした大量の闇が光に照らされて砂になって風に飛ばされてゆく。
「がぁああああああああ」
叫び声を上げながら鉄巨人は纏っていた装甲だけを残して幻のように消滅した。
「よし」
「いくぞ!」
ノクティスが王都所へ向かって駆けだそうとする。
「グラディオ」
イグニスが指示を送る。
「おう」
グラディオラスが、その意図を汲みノクトの腕を掴んだ。
「なんだ!?離せ、グラディオ」
「退くんだよ」
「ここまで来て何言ってんだ」
ノクトは腕を振りほどこうとしていた。
「まって、また何かくる」
プロンプトの声と同時にまた何かが、城への入り口を塞ぐように落ちてきた。またしても高重量の衝撃。けれど、鉄巨人のそれよりは軽い。それは機械だった。グラディオラスが腕を離す。着地と同時に運搬形態から戦闘形態へとその機械は可変していた。
「魔導アーマーだと」
「次から次へと」
ノクトが舌打ちする。
「そんなっ」
それでも、鉄巨人を倒したおかげで、魔導アーマーにより城への入り口はふさがれたが、脇へ逃げる道は確保できていた。
「ノクト、此処は退いた方が良い」
「城を攻撃されてるのに逃げる王族がどこにいるんだよ」
ノクトが、剣を振りかぶろうとする。魔導アーマーの機銃がこちらを捉えていた。
「まずい」
「ノクト!」
グラディオラスがノクトを後方に投げるように引き、強引に前に出る。大剣を盾のように構え防御態勢。イグニスがグラディオラスの後ろに自らの体を割り込ませる。
プロンプトは圧倒的な恐怖の中で立ちすくんでいた。誰もが一瞬先に訪れる死を予感した。引き伸ばされる一瞬。回り始める銃身。瞬間、甲高い金属音が響き渡った。機銃と、魔導アーマーを支えていた片足が、その断面を見せながら傾斜していく。断面からはオイルが噴出。粘性のそれが石畳にゆっくりと広がる。切断された足では自重を支えられなかった魔導アーマーはバランスを崩し横転。動きを止めた。
「間に合ったようだな」
降り立った男の手は、既に鞘に納められた刀を握っている
「将軍」
グラディオラスが盾を下ろし、イグニスは己の失態を詫びるために僅かに頭を垂れた。プロンプトは安堵から崩れ落ちそうになる体を支えるので精いっぱいだった。
「王子、ファントムソードは陛下より授けられた力。それが何を意味するか分かるはずだ。陛下は」
その言葉を遮るためにノクティスは叫んだ。
「知らねぇ!俺が全部倒してやる」
コルはノクトの胸ぐらをつかんで引き寄せた。
「ノクティス!お前は今、自分だけでなく、仲間たちをも危険にさらしている。俺が間に合わなければ、お前たちは死んでいた。それが王子たるものの姿か?お前は王の意志を無駄にするつもりか!」
ノクティスの身体から力が抜ける。拳だけがきつく握りしめられていた。
「退くぞ。王都は・・・陥落した」
誰にも何も言えなかった。誰もが敗北を感じていた。逃走を続けながらコルは端末通信で告げる。
「一人でも多く生き延びろ。我らはこれより、王都を捨て帝国に対し遊撃戦にて抵抗を続ける」
「了解」
「・・・了解」
応答するいくつもの声を聞いて、通信は切られた。王都には、飛空艇が続々と降下し、帝国兵と魔導アーマーが投下されていった。
***
夜、王都には雨が降っていた。王都全域を制圧した帝国軍は王都城前広場に飛空艇を着陸させている。周囲には帝国兵が護衛として並ぶ。白い服に身を包んだニフルハイム帝国皇帝イドラ・エルダーキャプトがゆっくりと歩みを進め、帝国宰相アーデン・イズニアが追従する。
「クリスタルを運び出す準備は、既に終わっています。明日の朝には帝都に向けて出立できるかと」
「そうか・・・レイヴスの様子はどうだ?」
「命に別状はなく、検査結果にも異常は見受けられません。失った左腕にはグラウカ将軍同様、魔導義手を使用します。すぐに動けるようになるでしょう」
「そうか、しかし、魔導義手か、結局完全自律型の魔導兵は完成しなかったな」
「申し訳ありません。他の全てはもはや実用段階なのですが、なにぶん、自立した思考と言うものは未だ作ることができていません」
「構わぬ。しかし指輪を手に入れ、それを嵌めた我らの内通者や、一時的に指輪の力を行使していたと思われる王の剣も死亡したと報告を受けている。何故レイヴスだけが無事であったのだ?」
「それは、恐らくフルーレ家の血のなせる業かと」
「力に対する抵抗力か」
「仰る通りです」
「レギスは死亡、王都は制圧、クリスタルは手に入れたが、指輪の確保には失敗。神凪と王子に逃げられ、レイヴスは負傷。グラウカは死亡か・・・想定以上だな」
「まさか王の剣ごときがグラウカ将軍を殺しうるとは、いや、指輪の力を限定的とはいえ行使できるとは思いませんでした。されど、その後死亡したことからみて、やはり常人に使いこなせるものでは無いのでしょう」
「しかし指輪が王子に渡ればどうなる?」
「確かに、それは脅威ではあります。なれど、それもあくまで個人の力としての話。もはや英雄が戦況を支配する時代ではありません。なにより王都を制圧、クリスタルも確保できました。最大の目的を果たした今、たいした問題などないでしょう。使えぬ指輪に意味は無く。王子や神凪といえど唯の人。インソムニア陥落により、アコルドの制圧も目前。陛下の宿願である世界全土の支配も、もはや夢ではない」
雨の降り注ぐ中、皇帝は躊躇ず階段を降り始めたが、アーデンは、屋根の無くなる寸前で立ち止まった。
「逃走した神凪と指輪、王子を追い捕らえよ。・・・ルシスの血は根絶やしにする」
皇帝は雨に打たれながらアーデンに命じ飛空艇へと向かった。その姿を見送りながらアーデンは帽子をかぶり傘を開いた。屋根から滴る雨粒が傘を叩き、その下でアーデンは呟く。
「やれやれ、なんだか、めんどくさい事になってきたなぁ」