超次元ゲイムネプテューヌ Origins Interlude   作:シモツキ

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第三十二話 少女の未来

私は自分を不幸な人間だとか、悲劇的な日々を過ごしてきただとかは思っていない。でも、人生なんてこんなものだ…と、自分の事なのに冷めた目で見ていた。だって、前の私は暗殺者として育てられる世界しか知らなかったから。

そんな私が今は、多くの人の優しさを知った。ギルドの人は職員さんも同じようにクエストを受ける人も私に親切にしてくれて、ご近所さんも無知な私を対等な相手として接してくれている。ユニ様は殆ど話した事もない私の事を見にきてくれて、語り合いの楽しさを教えてくれた。そして何より……ノワール様が、私をこの優しい世界へ導いてくれた。ノワール様が私を救ってくれたおかげで、今の私がある。ノワール様が私を見つけてくれたおかげで、私は優しい世界を知った。ノワール様が私を信用してくれたおかげで、居場所を得る事が出来た。全部、全部、全部…ノワール様がいたから。

だから私は、ノワール様に尽くしてあげたい。ノワール様に恩返しをしたい。私なんかが出来る事なんて高が知れているけど、それでもノワール様の為になりたい。…だけど、私は……。

 

 

 

 

現状を知らずして、適切な対応など出来よう筈がない。黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の件を話してみようと考えた私は、まず目的を伏せて現支部長に会いにいき、それとなく現状と支部長本人の希望を聞きだした。ギルドという国際的な大組織の一角を纏める支部長だから、もしかしたら私の意図に気付いていたかもしれないけど…まぁ、別に詐欺にかけようってんじゃないんだからいいわよね。

 

「資料は…うん、全部ある」

 

支部長の仕事や私の思う『黄金の第三勢力(ゴールドサァド)とはなんたるか』を纏めた書類を持って自室を出る私。今日は仕事をお休みにしてるから、これを使ってじっくりと話が出来る。

 

「性格からして最初から乗り気になってくれる…って事はないだろうし、私の話術の見せどころよね」

 

教会を出て、街中を歩きながらシュミレーション。…話術と言っても支部長の事を余すところなくきちんと伝えようって意味であって、詐欺にかけようってんじゃないわよ?(パート2)

 

「…にしても、これでほんとに黄金の第三勢力(ゴールドサァド)になってくれたとしたら、歴史に残りそうなレベルでのハイスピード出世になるわね…」

 

少し前まで自分自身の社会的証明すら出来なかった人間が、あれよあれよという間に絶大な地位の有力者になるなんて、普通はあり得ない事。…それを可能にしてしまう(勿論本人の人間性や運なんかも関係してるけど)女神の権威って、やっぱり恐ろしいレベルよね…これが国民を苦しめる圧力にならないよう、これからも自分を律していかないと。

…と、少し思考が脱線を始めた頃、私は目的地前に到着。まさかこんな短いスパンでまた来る事になるとはね…と思いつつ、私は話をしようと思っている相手……ケーシャの部屋へと向かった。

 

 

 

 

「む、むむ無理ですよ!私には無理ですって!」

 

マンションの部屋に入ってから十数分。ケーシャが淹れてくれたお茶を飲みつつ軽く雑談をし、機を見て私は支部長の件を切り出した。で、ケーシャの反応は……ご覧の通り。

 

「大丈夫よ、ケーシャ。やれそうな気がする時は、やれるんだから」

「そ、そうなんですか?…って、私そもそもやれそうな気していないんです!私はそういう柄じゃありませんから!」

「柄、ねぇ…ネプテューヌって知ってるでしょ?ネプテューヌはちゃらんぽらんでとても人の上に立つような感じじゃないけど、そんなネプテューヌも女神をやってるのよ?」

「それはネプテューヌ様がちゃらんぽらんなだけの性格をしてる訳ではないからでは…?…ちゃらんぽらんなだけなんですか?」

「いや、それは…うんまぁ、ネプテューヌにある種のカリスマ性があるのは否定しないわ…」

 

(ネプテューヌには失礼かもだけど)女神らしくないネプテューヌは、柄とかキャラとかで自分に向いてないと言われた際に良い例になると思ったけど…割と簡単に覆されてしまった。…ま、そもそも誰々だって出来るんだから、って言葉は自分に言い聞かせる場合や何か別の説得の補助としての効果はあっても、それ単体で納得させられるだけの力はあまりない物言いなんだけどね。

 

「私はカリスマのカの字もない人間なんです、あったとしてもそれはカルシウムとかカドミウムのカですよ…」

「なんで金属元素なのよ…っていうかカルシウムは栄養素だからあるとしても、ケーシャの身体からカドミウムが検出されたら大問題だから…」

「とにかく無理ですよ…というか、どうして私なんです…?」

「ふっ、よく訊いてくれたわねケーシャ」

「え?……あ…」

 

そう言ってくれるのを待っていた、とばかりに笑みを浮かべて書類を見せる私。ケーシャもそれで自分が話を入り口部分から内容部分に移動させてしまったと気付いたみたいだけど…もう遅い。

 

「見て。これは私の考える必要な技能と、ケーシャが如何にその力を持ってるかを纏めたものよ」

「わ、わざわざ作ってきたんですか…?」

「えぇ、口頭だけより分かり易いでしょ?…じゃ、順を追って言っていくけど…まず戦闘能力に関しては説明不要よね」

「そんな、私に戦闘能力なんて…」

「…………」

「……ごめんなさい。戦闘能力はあります、はい」

 

ケーシャはまさかの戦闘能力否定をしかけたけど…私が半眼で見ていたら、自分でそれを撤回した。流石に今のは無理があると思ったらしい。

 

「なら次、組織の長として重要な信用だけど…私が信用してるんだもの。問題はないわ」

「の、ノワール様…そう言って頂けるのは本当に嬉しいんですけど、幾ら何でもノワール様の信用だけでは…」

「私しか信用してない、なんて言ってないわよ?…勿論万人に信用されてるとまでは言わないけど、ラステイションのトップである私とユニが信用してるんだから大丈夫よ。それに、信用っていうのはその立場になってから作り上げていくものでもあるわ」

「……ズルいです、そういう否定出来ない事言うのは…」

「私は私の思っている事を言ってるだけ。どんどん説明していくわよ」

 

それから暫く私は説明を続行。乗り気じゃないケーシャも取り敢えずはちゃんと聞いてくれているから、少しでもケーシャの「自分には無理だ」って思いを変えられるよう言葉を紡ぐ。

私が書類に乗せた要件は、あくまで私個人が纏めたもの。だから必要な技能全てを乗せてるとは言い難いし、ケーシャが適任だって結論に持っていく為の作りにした面も、多少ながらある。でも、嘘は書いてない。乗せた要件も、私がケーシャなら良い支部長になれるって思っているのも、嘘偽りは一切ない。

 

「…最後に事務的な仕事をこなす能力も書いておいたけど…事務仕事は努力すれば誰だって一定のラインに届くし、事務ってのは能力の有無より真面目にやれるかどうかが重要なの。現支部長も性格からしてサポートはしてくれるだろうし、真面目なケーシャなら十分やれるはずよ」

「…真面目、ですか…ノワール様には、私が真面目に見えますか?」

「見えるわ。見えているし、これまでケーシャがしてきた選択は不真面目な人間、怠惰な人間には出来ないものよ」

「……ノワール様がそう言うなら、そうかもしれません…私がどうして向いているのかは、よく分かりました」

 

数秒考えるような素振りを見せて、その後軽く頷いたケーシャ。気の早い人なら今の言葉で、「じゃあ、やってくれる?」…と返してしまうところだけど、私はそんな短絡的じゃない。今のケーシャの言葉は、あくまで私の説明に対する『理解』を示したに過ぎないんだって分かっている。

そして予想通り、ケーシャの答えはYESじゃなかった。

 

「…でも、それなら私ではなくてもいいんじゃないんですか?」

「…そうね、該当するのは貴女一人って事はないわ」

 

そう、これまで私が話したのは、『ケーシャが支部長になれそうな理由』であって、『ケーシャじゃなければ駄目な説明』は行っていない。ケーシャじゃなくてもいいけど、ケーシャであってもいいのよ?…なんて返したっていいけど、これもさっきの誰々だって出来るんだから同様、説得力に欠けてるから言うのは無し。というかそんな返しで分かってもらおうなんて考えは毛頭無い。

 

「…でも、今上げた要件に叶う知り合いの中で一番適任だと思えるのは…ケーシャ、貴女なのよ」

「私が、一番適任…?」

「立場柄既に他の重役に就いてるとか、旅をしてるとかで支部長になれない知り合いが多いのよ、私って。…あ、べ、別に交友関係が狭いとかじゃないわよ!?違うからね!?」

「え、あ…はい……」

「……こほん。…ねぇケーシャ、貴女は支部長になるのが嫌?」

「…それは……」

 

一瞬話が変な方向に行きそうになったから(え?そんな雰囲気はなかったし、今のは私の自意識過剰?…うっさいわね、先手を打っておいたって言うのよこれは)すぐに修正をかけ、私はケーシャの思いの部分へ一歩踏み込む。どうしても嫌と言うなら強要はしないけど…嫌なら嫌で、その理由位は聞いておきたいもの。

 

「高い立場ってのは義務や責任も大きくなるし、良くも悪くも目立ってしまうものだから、そういう観点から敬遠されがちなのは分かるわ。…ケーシャが嫌なのは、そういう理由からなの?」

「…それも、あります」

「それも…って事は、他にもあるのね?」

「…………」

「……話したく、ない?」

 

ケーシャが質問を受け、ほんの少し伏し目がちになったのを私は見逃さない。嫌な理由は聞いておきたいけど…それはケーシャの気持ちを害してまでしたい事じゃないもの。…折角仲良くなれたんだから、こんな事で気不味くなったりしたくない。

数秒間の静かな時間。その間の沈黙を肯定と捉え、私はこれ以上訊くのは止めようと口を開きかけた瞬間…ぽつり、とケーシャは言葉を溢す。

 

「……きっと私じゃ、ノワール様に迷惑をかけてしまいます」

「…迷惑?」

「私は今の支部長さんと会った事はありませんし、支部長職の知識も殆どないですけど…ギルドの動向が、ラステイションの社会に少なからず影響を与える事位は分かります。だから…」

「だから自分はやるべきじゃない…って事?」

「…ごめんなさい、ノワール様…」

 

言葉通り、申し訳なさそうな声音でそう謝るケーシャ。自分にかかる負担ではなく周りの人の負担を気にし、何も悪くないのにすまなそうにするその様子は、どこかユニにも似ていて……

 

「…ケーシャ、さっきの私の言葉を聞いてなかったの?」

「言葉、ですか…?」

「えぇ。一番適任だと思えるのはケーシャだ、って言ったでしょ?」

「それは…条件に合う人の中ではだって…」

「だとしても一番である事に変わりはないわ。…ギルドは国において無くてはならない組織の一つよ。そのトップに対して、私が安易な考えで人選をすると思う?…いや人選って言っても私に決定権はないけど…」

 

……私の中の、止めようという気持ちが引っ込んでいった。でもそれは、意地でもケーシャをその気にしてやろうなんて事じゃない。

ケーシャにしてもユニにしても、自己評価が低めで周りに遠慮し過ぎるきらいがあると思う。それは謙虚且つ気配りが出来るとも言い換えられて、そのどちらも美徳と言えるけど……過ぎたるは猶及ばざるが如しという言葉もあるように、過剰であれば問題となるし、私はケーシャにそんな窮屈な考え方はしてほしくない。だって、それは自分の意思を縛ってるようなものだから。

 

「…ケーシャ、私は貴女を公園で見つけてから、ずっと見てきたわ。自分の境遇を悲観せず、楽な道に走ろうともせず、しっかりと自分の足で進んでいこうとする貴女の姿を。その動機が何なのかは分からないけど、貴女が見せてきた行動は私の目にそう映ったわ」

「…贔屓目です、それかノワール様のお優しい心がそう見せたんです…きっと」

「なら、ケーシャは境遇から自暴自棄になろうとしてたの?自分は可哀想なんだからと周りに甘える事を是としたの?教会を出てからの貴女は、誰かにお金を貢いでもらっていたの?」

「…そ、れは……」

「…貴女の行動が何よりの証拠なのよ、ケーシャ。どうしても嫌なら、支部長の事はもう言わないわ。…でも、覚えておいて。私はケーシャの事を、支部長としてもやっていける人物だと信じてるって」

 

彼女の肩に手を置いて、私は一番言いたかった事を伝える。ケーシャに勧めようとしたのは、シアンに支部長の話をされたからで、ケーシャになってほしいって気持ちも勿論あるけど…それよりも今は、ケーシャに自信を持ってほしかった。貴女は自分が思っているより立派な人間なんだって、伝えたかった。そしてそれは、伝わったと思う。ケーシャは自分に自信がない面はあっても、卑屈だったり捻くれてたりする人間じゃないから。

 

「…………」

「一応、持ってきた書類は置いていくわ。不要だと思ったら捨ててくれていいからね?」

「……ノワール様は、そこまで私を評価していてくれたんですね…嬉しいです、凄く嬉しいです…」

「実力のある人間も、何かを成そうとしている人間も、光る部分があるなら評価するのは当然の事。私は公平に見ているだけよ」

「…そういうところ含めて、やっぱりノワール様は凄いです…だから私、力になりたいんです…でも、でも……っ…」

 

俯いていた顔を上げるケーシャ。その瞬間に、ぽたりと水滴がカーペットへと落ちる。──それは、ケーシャの瞳から零れた涙だった。

 

「…え……ケーシャ…?」

「……へ…?…あ、あれ…おかしいな…き、気にしなくて下さいねノワール様。こんなの目にゴミが入っただけ…」

「……本当に?」

「……っ…」

 

動揺した様子でケーシャは涙を拭う。手で涙を拭きながらそう言うケーシャの顔には笑みが表れていたけど……その笑顔は、ぎこちない。そんなぎこちない笑顔が、本心からのものじゃないって事は私には…ううん、誰から見たって明らかだった。

 

「…無理に話せとは言わないわ。話したくないなら聞き出したりはしない。でも…もしも、ケーシャの中に秘めているものがあって、それを抱えたままでいる事が辛いなら…私は聞くわ。最後まで、ちゃんとね」

「…ノワール、様……」

「私は貴女の味方よ。今も、これからも」

「……ごめん、なさい…ごめんなさい、ノワール様…」

 

一度離していた手を再び肩において、語りかける。それがケーシャの中で何かを動かしたのか、ケーシャは肩を震わせ……またその瞳から、涙が零れ出した。

ぽろぽろと涙を落としながら、私へ向けた謝罪の言葉を口にするケーシャ。今度はその涙を、隠そうとはしない。

 

「私、私…ずっと、嘘を吐いていました…ノワール様の優しさに甘えて、黙っていました…」

「嘘?黙ってた?」

「はい…私、本当は……私の正体は……っ」

 

 

 

 

「──アヴニールの傭兵、又は暗殺者…かしら?」

「……っ!?…どうして…それを……?」

 

本人に先んじて言った私に対し、ケーシャは目を見開き驚きを露わにする。…って事は、やっぱり私の予想通りだった訳ね…。

 

「理由は二つよ。一つは貴女の持っている銃。…ごめんなさいね、ケーシャ。最初の日に貴女の荷物を確認した時、銃を見つけたの」

「…私の銃がアヴニール社の物だって、分かったんですね…」

「ユニが教えてくれたのよ。で、二つ目は…貴女の戦い方よ。一緒にクエストをやった時、一目で分かったわ。貴女の動きは、対人…それも即死させる事を想定してのものだって。あんな動き、暗殺の訓練をしてなきゃ出来やしないわ」

「……全部、お見通しだったんですね…ならどうして、これまで一度をそれを指摘しなかったんですか…?」

「きっとケーシャはそれを知られたくないんだろうな、って思ったからよ。それに、推測の域を出ないもので人を問い詰めたくなんかないしね」

 

……なんて、ケーシャに言った私だけど…本当は、もう一つ言わなかった理由がある。ケーシャが、私と実質敵対していた企業の一員だなんて信じたくない気持ち。…それがあったから、私はそうかもしれないと思っても言わなかった。

先程のように、また数秒間の沈黙が訪れる。その間ケーシャは、私から目を逸らすように俯いていて…顔を上げた時、ケーシャはどこか観念したみたいな顔をしていた。

 

「…知られていたなら、もう逃げ場はありませんもんね。…全てお話します、ノワール様。私がどういう人間なのかを」

 

そうして、ケーシャは話した。自分がアヴニールで育てられた人間だと。暗殺者として養成され、アヴニールが国営化しなければ最後まで育てられていたであろうと。これまでずっと隠してきた『育ててくれた人達』とは、アヴニールの世話係の人達の事だと。全部、ケーシャは話してくれた。

 

「…アヴニールが国営化した事で、私は暗殺者の存在がバレる事のないよう切り捨てられました。初めに多少のお金はあったって言いましたよね?…あれ、私の世話をしてくれてた人達がくれたんです。これ位しか出来なくて申し訳ない、って言葉と一緒に」

「…………」

「……私はノワール様を恨んでなんかいませんよ。ノワール様の行為は正しいと思いますし、ノワール様のおかげで私は本物の暗殺者にならずに済んだんですから」

 

そこまで言ったところで、ケーシャは一度口を閉じた。言わなければならない事は、全部言い終えたと伝えるように。

そんなケーシャの説明を受けて、やっと私は分かった。ケーシャの自己評価の低さと周りへの配慮は、アヴニールの暗殺者としての負い目があったからなんだと。ケーシャの言う『迷惑』というのは、その経歴が多くの人に知られた場合、ケーシャへ支援を行った私も非難の対象になってしまう…という意味なんだと。

 

「…本当に申し訳ありませんでした。弁明の余地がない事は、分かっています」

「…その謝罪は、何に対するものなの?」

「全てにです。…ありがとうございました、ノワール様。私に幸せな時間をくれて。それだけで私はもう、満足です」

 

佇まいを正し、正座で目を閉じるケーシャ。その姿はまるで運命を受け入れた罪人のようで、観念の表情がこれまで含めたものだったんだと私は理解する。

 

「……分かったわ。なら…」

 

ケーシャの思いは分かった。ケーシャの隠してた事も、ケーシャが自分を『悪』だと思っている事も、全部分かった。だから私は右手を上げ、ケーシャの眼前へと持っていって…………思い切りのデコピンを、打ち込む。

 

「あうっ!?」

「…ったく…ケーシャ、貴女ってもしかして馬鹿なの?」

 

可愛らしい声を上げ、ケーシャは額を押さえてひっくり返る。今の私はケーシャに対して色々な感情が渦巻いていたけど…一番強いのは、呆れの感情だった。

 

「へ…?ば、馬鹿……?」

「馬鹿も馬鹿、大馬鹿よ。木星帰りの男に俗物筆頭と言われるレベルのお馬鹿さんよ、貴女は」

「う…そ、そこまで言わなくてもいいじゃないですか…」

「だったら訊くけど、どうして馬鹿って言われてるか分かる?」

「……それは、その…」

「はぁ……」

 

案の定、ケーシャは分かっていなかった。そんな様子に更に私は呆れつつ…でもそういうところもケーシャらしいなと思いつつ、手を差し出して転んだケーシャを起き上がらせる。

 

「あのねケーシャ、貴女は何も悪くないのよ。自ら望んで暗殺者になった訳でもなければ、罪のない人を殺した訳でも、私を暗殺しようとしていた訳でもない貴女は、何にも悪くない。罰されると思ってたみたいだけど、罪のない人間を罰する事なんて出来ないわ。それとも私に冤罪をかけさせるっての?」

「で、でも…私はアヴニールで……」

「だから、アヴニールで育てられただけでしょ?違う?」

「…違い、ません……」

「なら問題無しよ。経歴黙ってた事だって犯罪じゃないし、悪い事だったとしてもさっきのデコピンで裁きは終了。もうケーシャは自分を責める必要はないわ」

「…だけど…だとしても…私は、アヴニールで暗殺者として育てられた人間なんです…!それが現在進行形じゃなくたって、周りが優しくしてくれたって…私の経歴は、過去は…変わらないんです…っ!」

 

切なそうに、苦しそうに、ケーシャは気持ちを吐露する。その言葉から、ケーシャがどれだけ経歴を、『アヴニールで暗殺者として育てられた』という過去を重く受け止めているかが、よく伝わってくる。…もしかしたらそれは、私がケーシャに今の生活のきっかけをあげたから…私がそれまでの過去とは違う『今』を見せたから、負い目としてケーシャの心を苦しめているのかもしれない。……だから、私はケーシャを抱き締める。

 

「…そうね。経歴は変わらないし、過去はいつまでもついて回るもの。それは紛れも無い事実よ」

「…だから、だから私は……」

「けどねケーシャ。過去は過去で、それ以上でもそれ以下でもないわ」

「え……?」

「過去は今と未来に大きな影響を与えるものよ。でも、過去が未来を確定させる訳じゃないし、過去とは関係のない未来を歩む事だって出来るのよ。だって過去は、『それまで』の事なんだから」

 

涙を流すケーシャへ、言葉を紡ぐ。過去に囚われる必要はないって、思いを紡ぐ。

私は知っている。築き上げた絆の為に、友達との未来の為に、自分という存在を構成する上で大切な過去を手放す覚悟を決めた、友達の事を。

私は見てきた。存在しない過去に一度は囚われながらも、私達と共に作り上げた絆でその過去を埋めて、過去よりも友達と歩む今と未来を選んだ、友達の事を。

そんな二人の在り方が、何よりも過去が全てじゃないと示している。それに比べればちっぽけなものかもしれないけど、私自身だって過去が全てじゃないと思えたから、同じ守護女神の三人と今の関係を築く事が出来た。……過去と今と未来は繋がってるけど…一緒じゃない。

 

「こう言われただけじゃ、まだ納得は出来ないわよね。…だから、断言してあげるわ。しかと聞きなさい」

「…………」

「ケーシャ、貴女はもうアヴニールの人間なんかじゃない。──私が認めた、ラステイションの国民よ」

「……っ…ぁ…うぁ…ノワール様…ノワール様ぁ…!」

 

そうしてケーシャは、嗚咽を漏らして泣いた。私の服をきゅっと掴んで、溜まっていた苦しさを全て吐き出すように泣くケーシャを、私は優しく受け止め続ける。時には外見以上の落ち着きを見せたり、戦闘の時には冷たく淡々とした様子も見せたケーシャだけど、今は年相応の少女そのものだった。……私は、改めて思う。もう何度目か分からないけど、それでもまた思う。の時ケーシャを見つけられて、助ける事が出来て良かったって。

泣いて、嗚咽を漏らして、抱えていたものを吐き出して…涙も思いも全部枯れるまで零して、そしてケーシャは顔を上げた。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、目元なんか真っ赤になっていて……でも、憑き物が落ちたような晴れやかさが浮かんでいた。

 

「…落ち着いた?」

「…はい。なんだか、心が軽くなったような気がします」

「それならよかったわ。ほら、これで顔拭きなさい」

 

ケーシャの背中から手を離し、ハンカチとティッシュを渡すとケーシャは素直に受け取って使う。普段なら遠慮しそうなものだけど…まぁ、今はそうよね。

 

「…ノワール様。私、ノワール様に拒絶されると思ってました。こんな奴助けるんじゃなかったって、言われるんじゃないかと不安でした。だから言えなかったんです」

「そうだったのね。でも、それが取り越し苦労だってもう分かったでしょ?」

「はい。ノワール様がそんな人なんかじゃないって、よく分かりました。…本当にありがとうございます、ノワール様」

 

そう言ってケーシャは、頭を下げる。丁寧なその態度は相変わらずで…でも顔を上げた時のケーシャは、見ているこっちも幸せになれそうな位の笑顔だった。

 

「……それじゃ、話は終わりよ。精神的に疲れちゃっただろうし、今日はゆっくり休むといいわ」

「あ、はい。……その、ノワール様…」

「何?」

「…支部長の件、前向きに考えみようと思います。私は…ノワール様が信じてくれた、ノワール様の国の国民ですから」

「ケーシャ…」

 

微笑むケーシャにつられて、私の表情もつい緩む。それが私へ気を使った言葉ではなく、ケーシャ自身の思いからきている言葉だって伝わってきた事が、本当に嬉しかった。……ノワール様、か…。

 

「…よし、ケーシャ。貴女に命令よ!」

「え、め、命令…?」

「これから私に対して様付けは禁止!付けてもいいのはさんまでよ!」

「えぇっ!?な、何故急にそんな事を…」

「急も何も、前から思ってたのよ。友達なんだから様付けしなくてもいいのに、って」

「……へ…わ、私と…ノワールさ…んが、友達…?」

「私はそう思ってたわ。ケーシャは違うの?…っていうか、友達は嫌?」

「あ、そ…そんな事ありません!嬉しいです!ノワールさ、んと友達になれるなんて光栄です!…え、えっと…これからも末永く、宜しくお願いします!」

「ふふっ、勿論。これからも宜しく頼むわね、ケーシャ」

 

それから少しして、ケーシャは支部長の一人に、新たな黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の一人となった。慣れない仕事でおっかなびっくりの言動が目立つケーシャだったけど、やるべき事はしっかりと行い、仕事にも周りの人間にも真剣に向き合うケーシャの姿はギルドの、ラステイションの国民の目にもしっかりと映って、少しずつだけど新支部長として受け入れられていった。

支部長となって忙しくなったケーシャだけど、それでも暇を見つけては教会へと遊びに来てくれて、ケーシャと一緒にクエストを行う事も時々あった。…だから、何が言いたいかと言えば……け、ケーシャとは良い友達関係を続けられてる、って事よ、言わせないでよね!

 

 

 

 

 

 

 

 

──これが、私とケーシャの出会いから仲良くなるまでの話。そんな私とケーシャの仲が、犯罪組織の始動によって平和と共に、お互い望まない方向へと進んでいってしまうのは……もう少し、先の話。




今回のパロディ解説

・「〜〜やれそうな気がする時は、やれるんだから」
STAR DRIVER 輝きのタクトのヒロインの一人、アゲマキ・ワコの名台詞の一つのパロディ。これ確か、ゲームでは戦闘時の台詞としてタクトも言ってるんですよね。

・木星帰りの男
機動戦士Zガンダムの登場キャラの一人、パプテマス・シロッコの事。彼は女性に対して敬意を示す事も多いので、ケーシャが俗物筆頭と呼ばれるかどうかは微妙です。
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