もし、この声が聞こえているのなら。次の『勇者』に、聞いてほしい。
大切な者を、必ず守り抜いて欲しい。
誰かが犠牲になるのを、決して許さないで欲しい。
どんな……どんな時であっても、絶対に。
『勇者』であって欲しい。
これが、俺の願いだ。
あなたは選ばれました。
あなたは求められました。
だからあなたはここにいます。
恐れなくとも大丈夫。
これまでに幾度も世界を救ってきたあなたなら……今回も、きっと世界を救えることでしょう。
そろそろ、時間が来たようです。さあ、始めましょう。
楽しい楽しいゲームの始まりです。
風が涼しい。それでいて、日差しは優しく暖かい。体に当たる柔らかな草の感触と良い、凄く眠気を誘う……もう少し、眠っていたい。
ごろりと寝返りを打とうとするが、なにか重い物が乗っかっていて体が動かない。これはいつも、妹が俺を起こしに来るときに使う手段だ。俺の上に乗っかって重さで起こそうとする……。
やめろ、こんなに心地良いんだ。あと少し、5分、10分?くらい、寝かせてくれ……。
声に出そうとするが、完全に覚醒していない状態ではうなり声しか出ない。
しかし、そよ風が吹き、日差しは暖かく、草の感触は気持ちいい……こんな夢のような睡眠は今までに経験したことが……ん?
風、日差し、草?
俺はどこで寝てるんだ?
がばっと起き上がって、ここがどこか確認しようとして……。
俺、東山雅人は、真上にある何かに思い切り頭をぶつけた。
「ってぇ!」
「痛いっ!」
ごちん、と言う鈍い音がして、同時に二つの悲鳴が上がる。一つは勿論俺の物。もう一つは、高い声。一瞬過ぎて判らなかったが、どことなく、少女のような響きを持つ声。
俺は額をさすりながら、声の方を見る。
目の前には、まだ幼さを残す美少女が居た。さらさらした金髪、真っ白で絹のような肌。目はくりくりとしていて、瞳の色は緑色。
俺とぶつかったところであろう、赤い額をさすりがら、涙目でこちらを見ている。
まさに美少女だ。きっと、遠くから見ても赤面してしまうほどの美少女だ。
それが、少し前に出れば鼻と鼻がくっつくくらいの近くに居る。
「う、うわうわぁ!?」
驚いて飛び退こうとするが、体が動かない。
いきなりのごっつんこと、目の前の美少女に気を取られて気づかなかったが、そう言えばやけに体が重い。何かに乗っかられているような感じだ。
そう思って自分の体を見ると、まさしく目の前の美少女の体が俺に乗っかっている。
「お、お、おぉ! お前何やってんだよ!」
離れようと思っても離れられないため、そのまんま叫ぶ。
何が起きた、何が起きた、何が起きた!
俺は昨日、普通に寝たはずだ。それで起きたら、どこか全くわからない外にいて、謎の美少女が俺の上に乗っている。
あえて言おう。どこのラブコメだこれ、と。
そんなくだらない事を考えていると、美少女がうー、とうなり声を発してこっちを見た。
「……すみません、あなたがあまりにもよく寝ていたもので、少しイタズラしたくなったのです。それがまさかこんな結果に繋がるとは……。学習不足でした。出直してきます……」
そう言って少女は立ち上がり、どこかへ去ろうとする。
「お、おいちょっと待て! この状況を説明してから行ってくれよ!」
ようやく軽くなった体を起こし、少女を呼び止める。
なにせ、全く状況がわからない。あの少女に話を聞かないと途方に暮れてしまう。
朝目が覚めたらそこは自分の部屋じゃなかったとか、近くに超絶美少女が居たとか、実にラノベでファンタジーな展開でワクワクするのだが。生憎俺が居るのはそんな世界ではない。
紛う事なき3次元。現実世界の人間なんだ。とにかく説明がないと困る。
「はっ! そうでした、私はあなたをナビゲートするためにいるんでした!」
雅人の声を聞いた少女は振り返ると、大袈裟な動作で驚きながらこちらに戻ってきた。
「いやぁ、何回もやってる物で、ついつい忘れちゃうんですよねぇ……」
ポリポリと頭を掻きながら、少女はえへへと笑う。
さっきの仕草も、今の仕草もいちいち可愛くて、どうも調子が狂う。
それでいて、なんだかほっとする。なぜだろう。全く知らない少女のはずなのに、なぜだかコイツが居れば安心だ、という気がするのだ。
「では、自己紹介を。私はナビゲートフェアリーのルギッドゥと申します。この世界に勇者として飛ばされたあなたを案内するためにここに存在しています」
ルギッドゥと名乗った少女は、ぺこりとおじきをした。
ふむ。ナビゲートフェアリー、とな。確かに彼女はそんな容姿をしている。それに服装の方も実にそれっぽいな。スカート部分がギザギザのワンピースを着てる。それに背中には大層立派な羽が生えている。
「なるほど。ナビゲートフェアリーか」
「そうです! とっても優秀なんですよ!」
「頭大丈夫か?」
「はい! ……って、ちょっと待ってください、なにゆえ! なにゆえ私の頭の心配をするんですか!?」
「なにゆえって……」
金髪のカツラ、緑のカラコン。妖精っぽい衣装に、羽の飾り。ナビゲートフェアリーなんて役職に、ル……ルギ……? ルギなんとかっつー名前。
「どうみても厨二コスプレイヤーか精神異常者にしか見えないんだもんお前」
「し、し、失礼なー! 雅人さんが失礼なのは知ってましたけど、ここまでだとは思いませんでした!」
わなわなと震えたかと思えば、火山が噴火したかのごとく怒り出すルギなんとか。実際に頭から湯気が出ているようにも見えるが、気のせいだろう。
しかし、なんなんだこいつ。俺が失礼だと知ってるって……。俺とこいつは初対面だろ……う?
おい。ちょっと待てよ。
「何でお前、俺の名前知ってんの?」
今、こいつは俺の名前を呼んだ。はっきりと、『雅人さん』と。
「え? なんでって……知ってるのは当たり前じゃないですか。私はあなたのナビなんですから」
「なんだよ、それ、なんだよナビって! ……俺、頭がおかしくなったのか?」
もしかして、こいつ、本当に妖精? 俺はいったい、どこに居るんだ!?
「……はあ、やっと信じ始めましたね? そもそも、あなたの常識で頭がおかしい、と語れるほど、この状況は普通じゃないでしょう。見ての通り、ここには私とあなた以外誰も居ませんし、ここは今のあなたが見たことのある場所じゃないはずなのです。もしも誘拐するならこんな原っぱのど真ん中に放置して起きるのなんて待たないし、第一私みたいなか弱いフェアリー1匹じゃあ雅人さんは運べません」
全部、全部こいつの言うとおりだ。この状況はおかしい。異常だ。
俺は、何に巻き込まれているんだ?
「さて、絶賛混乱中の雅人さんには言葉での説明じゃ信じて貰えそうにないですし、この世界がどんな世界なのか身をもって体験していただきましょう」
そう言うとルギなんとかは笑顔で俺の後ろを指さした。訳もわからないまま、俺は後ろを振り向く。
「……おい、なんだよ、こいつ」
そこには何かがいた。肌が緑色で、皺だらけだ。所々に茶色いシミが見える。その何かはギラギラと鈍く輝く鎧を着込んでいて、手には錆びてボロボロの、大きな剣を、握っていた。
その醜い何かは、まるで、RPGゲームに出てくる……
「ゴブリン……?」
「ギィィィィッ!」
俺がその名前を呟くと、ゴブリンはそれを待っていたかのようにばっちりのタイミングで俺に飛び込んできた。
全てがスローに見えた。目の前にぎらついた刃が迫ってくるのを、俺はまるで他人事のように見ていた。
ーーああ、俺、死ぬんだな。
起きたら知らない場所に居て、よくわかんないやつと話して、なんの説明も受けないまま、俺は……
「下級、レベル1、第一項……氷結を具現化」
見れば、ゴブリンの体はその所々が凍り付いていた。ついで、ゴブリンが地面に落ちる。ゴブリンを覆う氷はだんだんとその面積を増やしていき、ついには。
「ギ……ギ」
そんな声を漏らし、ゴブリンは完全に凍り付いてしまった。
「フリーズ。第一項氷結系の魔法、です」
先程までとは違い、まじめなルギなんとかの声。氷結系の魔法?ってことは、今の氷はこいつがやったのか?
ってことは、さっき聞こえたコマンドのような言葉は、呪文?
待て。待てよ、そんなはずはないんだ。俺が居た世界は、ゴブリンとか魔法とか……本物の、妖精なんかが出てくるような世界じゃないんだ。
そんな、ラノベでファンタジーな世界じゃ……。
「さて、ご理解いただけましたか? ここにはゴブリンが居て、魔法もある。つまり、今あなたが居るのはあなたの生まれ育った地球ではありません」
「……理解が追いつかない。おい、ルー。どこだよここ。なんだよこれ」
俺はルーに問いかける。なんだよ、なんだよ。もしかして俺、ラノベみたいに……
「よくぞ、聞いて下さいました。ここは忘れ去られたゲームの世界。もう二度と勇者が現れないはずの世界。あなたはこの世界の魔王を倒すべく、この世界に召喚されました」
ル-はにこやかに手をさしのべた。
俺はただ、呆然としていた。
「ようこそ、雅人さん。『エンドレス』の世界へ!」
ここが、ゲームの世界……?
Suspend and save. Weit for next time.
楽しいゲームの始まりです。万歳!