もしもリィンが原作の何年も前からBWの勧誘に応じていたなら。
「海軍、辞めて来るした!」
いつだっただろうか。
そう言ってアラバスタに転がり込んだのは。
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「計画は分かってるな?」
「分かるてますよ〜う、仕掛ける、ですよね」
「その通り」
七武海サー・クロコダイルはソファに座りクツクツと喉を鳴らす。
隣の椅子に座って黙々と作業を続けるのは何年か前…BW結成から少しして現れた元雑用だと言う少女リィン。ボス、クロコダイルのパートナーだ。
目的の為にクロコダイルと手を組んだ協力者ニコ・ロビンはいつもの様子にクスリと笑みを零す。
「ゼロちゃ〜〜ん!」
「……うわ」
「なによう、その反応!ジョーダンじゃなーいわよーう!おシサシブリってのにィ!」
「やほ、Mr.2」
「あらァ?ハピバちゃんじゃなーい!」
クロコダイルは突然現れたMr.2に嫌そうな顔をした。Mr.2はよく見るコンビを見てニッコリ笑い手を振る。
ミス・バースデー。それがリィンのコードネーム。
この国の王女と幼馴染みであり国王とも面識が有る貴重な人材である。が、ニコ・ロビンは正直分からなかった。
「(ボスは最後まで顔を隠すと思っていたのに…)」
クロコダイルは顔を隠しコードネームのみで部下を管理していた。しかし3年ほど前だろうか、リィンの一言で3人の方針が変わった。
『では、一つ幹部ぞ呼びますか』
無鉄砲?無知?
何も予想がつかない。
「明日が計画だったァ?あちし達を信頼して姿を教えてくれたボスの為にも頑張るわねい!」
「つってもテメェの仕事は兵士に化けてるだけだぞ?」
「かまァないわよーう!」
「……!」
ロビンは気付く。
──…信頼を、得るためだと言うの?
ロビンは過去、クロコダイルに言った事があった。
『ボス…どうしてあの少女の言葉を鵜呑みにするの…。正体をバラしてなんのメリットが?それに王族と仲良くさせて…、いざという時情が移って出来ませんとなったら困るのは私達よ』
『そうだろうな』
『だったら何故!彼女は国盗りになんのメリットも感じていない、パートナーという立場にした事になんの理由があるの!?』
歴史を求めるためには失敗できなかった。
ここにしか、情報の希望は無い。
『クハハハ!いつか分かるさニコ・ロビン…、あいつは決して無能では無い』
「ボス…荷物を届けに来ましたが」
「あぁ、明日使う。容器に入れておいてくれMr.1」
「はい、どうぞご無事で」
Mr.1が裏ルートで手に入れたブツを持って入室するとクロコダイルはさらに笑みを深めた。心底愉しそうに笑う。
すると机で唸っていたリィンに一区切り付いた様で背伸びと共にボキボキという音が鳴った。正直若者が鳴らす音じゃない。
「事務処理はいつまで経つしても苦手ですな〜、作業が終わらぬ」
「なんの書類だ?」
「私の立場ご存知?狐さんぞ?我、小狐さんぞ?本業は臨時長期休業オーケー?アラバスタの内政の報告書ぞ」
「あぁ、あれか。大変だな、ビビ王女の幼馴染み兼親友って立場も」
「内密調査にネタ仕込む私の苦労ぞ思い知るしろ!」
「助かる」
「ぐうううう…素直気持ち悪い」
「枯らすぞテメェ」
頭を掴まれたリィンが謝り倒す。その姿はいつも通りなのだが内密調査など今まで話に出たこと無かった。
「革命軍、探るしてますよ」
「知ってる」
「……あのですね、金髪の革命軍いるした」
リィンが何故か遠い目をする。
「……兄です」
「マジかよ!?」
クロコダイルの驚いた反応にあれは確かにサボだったとリィンが呟く。もう10年も経っていたのだ、サボが死んだと言われたその日から。
「馬鹿ですぞね、私。兄探しや兄優先思考ですたのに、それを忘れるして幼馴染みを嵌める為に犯罪組織にぞいる」
「……悪いな」
「ここが楽しいのが悪き、快適なのがニートの元。七武海め…このちきょうもの!」
「『卑怯者』だバーカ」
「クロさんのワーニ」
「ハピバちゃん、それは悪口じゃないと思うわよう…」
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「コブラ様、リィンです。入るます」
「………あぁ」
か弱い王の返事にリィンが静かに入室する。
その後ろには保護者という名目のクロコダイル─アラバスタの英雄殿─も付いていた。
「体調は…如何です……?」
「……………リィン君とクロコダイル君の顔を見たせいかな、大分良くなったよ」
クマのできた青い顔でコブラは笑う。
もう長くないだろう事は全員が分かっていた。
最近はビビもその衰弱ぶりに気を病んで塞ぎ込む事が多い。そんな家族の様子を心配して見に来てくれるのが2人だったのだ。
「コブラ王、酒でも呑むか?」
「クロさん馬鹿です…酒は体に毒ですぞ…」
「いいやリィン、こうも言う。『酒は百薬の長』ってな」
瓶に入った酒を遠慮なく開ける。
周りの護衛はいつもの事だと特に咎める事はしなかった。毒味も必要ない、と。
「先に頂こう」
「……キミの持ってきたものに疑いはしないんだがな」
クロコダイルがグラスに注ぎ無礼にも王より先に飲む。これは、言わば毒味だ。グラスも同じ物を使い、飲む物も同じ。
…クロコダイルがたまたま毒に強かったら?
そう考える者は居ても次の行動でその考えは取り消される事になってしまう。
「クロさん次私」
クロコダイルの手を握って催促する少女が居るからだ。
「はいはい…お前まで飲む必要あるか?」
「海賊は信用なりませぬ〜!…なんてね、ぞ」
クロコダイルの右手がリィンによって拘束されているので器用にもフックを使って飲む手を止める。
そのまま左でリィンの口にグラスを近付けた。リィンに酒を呑ませた、という表現が正しいかもしれない。色気もない様な組み合わせなので特に気にした様子が無い。
「っ!こ、これは…!…………苦ぃ」
「クハハ!ガキンチョには早ェよ」
毒味二人目だ。酒に弱く体も王女と同じ程。
……ここまでの気遣いと対処に疑う余地は生まれない。
「ほらよ」
「あぁ、すまないな」
コブラは上半身を起こし1杯の酒をあおる。
久しぶりの酒が体に染み渡り、目を細めた。
「悪いな…コブラ王。アンタの病気を治せりゃいいんだが…俺には知識も無いしそのツテも無い」
「こうして来てくれる事が1番の薬だよ…気にしないでくれ」
「あ、あぁ…。そう言ってもらえると、助かる」
「クロさん…っ」
リィンは心配そうにクロコダイルの手を握る。
部屋にいた護衛からは、クロコダイルの歪めた顔がその手の温もりによって和らいだように見えた。
「……護衛の退出を、お願いします」
リィンのその一言で緊張感が走った。
その言葉は過去に何度も繰り返される。それは『ビビ様の幼馴染みの少女』から『名を伏せる何者か』に変わる瞬間だ。
「……分かった、下がってくれ」
コブラは分かっていた。ここからは『女狐』の話なのだと。そして、それがこの国にとって不利益では無いことも。
護衛は退出する。
もしもこのタイミングで襲われたとしてもクロコダイルがいる。
もしもこのタイミングで国王が死ぬことになったら犯人などスグに特定出来る。
強さへの信頼関係がアラバスタで生まれていた。
「コブラ様」
「何があったのか、教えてくれるか?」
「
──パリンッ
コブラの持ったグラスが割れた音だった。
「国は関係ない、全ては王の罪だ」
「…勘違いさせるして申し訳あるません、捕らえるというお話では無いのです」
「……どういう事だ?」
「知りたいんだ、この国の抱える秘密を。コブラ王、正直に言うとアンタの命の残りは少ない…。アンタの代わりに守らせちゃくれねぇか、この国を」
クロコダイルは真剣な表情でコブラを見る。
「キミは、この国に来た時からずっと守ってくれていた」
「砂の国では戦いやすいだけさ」
「ビビの事も娘の様に気にかけてくれている」
「こっちにも同じようなのがいるんでね、たまたまさ」
「……────────…──」
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「……甘いな」
「……甘いですなぁ」
カジノの地下で2人が息を吐いた。
「おかえりなさいボス、ミス・バースデー」
「ただいまご生還ですぞオールサンデーさ〜ん」
子供はお眠のお時間だと言いながらリィンがソファにフラフラと寄れば、直ぐに丸まる。ロビンはその様子を見るとクロコダイルに問いかけた。
「作戦の細かな事は知らないけれど…成功したのよね」
「あぁ、一番の目的である
「ええそうね」
クロコダイルはリィンが丸まったソファの空いたスペースにドカリと座り込む。
「本当に甘い王だと思ったさ」
…長年かけて作り上げた信頼関係。
報酬の要らない慈善活動─海賊討伐─をし印象を良くする事は元々リィンが入る前から始められていた。
毒味…? もちろん毒は何年も前から入れてある。ジワジワと体に溜まり、もう手遅れだ。
クロコダイルやリィンが先に呑んでるのにも関わらず毒にかからなかったのはリィンの特性の一つ、毒素を吸収してしまうという本人ですらも分からない力。
クロコダイルの右手を握って催促…? ただ単に手を繋いでおく良い理由だ。リィンは触れた手から毒を奪い取ってくれる。
リィンは言ったはずだ。『酒は体に毒だ』と。
まさかその言葉通りとは思わなかったのだろう、コブラの愚かな信頼は相互関係では無かったのだ。
「(まぁ…──リィンが臨時休業中だとしても大将だと言う事前情報があるから、か)」
ここまでくるとリィン様々だ。
国に関わらない気まぐれで人を助けて居るという設定のクロコダイルには、自ら王と関わる機会など得られなかった。
その機会も、信頼も、全てリィンの手によるものだ。
「(嗚呼…リィンは百薬の長だ。麻薬にも治療薬にも毒薬にも何にでも変わる)」
「ぷぴゅぴゅ……ふぎっ」
クロコダイルはアホっ面で不思議な寝息を立てながら眠る『お気に入り』の髪を遊ぶように触った。
アラバスタ王国の新しい王は、国民全員から祝福を受けた。亡き王の跡を継ぐに相応しい、強き王だと。
その傍らで、何も無い笑みを貼り付けて少女は呟いた。
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「────夢オチかよ!!」
少女がガバリと起き上がると隣に眠る金髪の兄から鉄拳が飛んでくる事になりかけた。
外を見れば恵みの雨が降り続いている。
少女は翌日、大暴露放送ではっちゃける事になった。
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アラバスタ編、次話で終わります!