麦わらの一味の賞金首。海賊狩りのロロノア・ゾロが見た海兵はあまりにも白かった。
白い衣装。白い仮面。自分を見下ろす冷たい視線。全てが白かった。
「(カレーとか…食えそうに無い格好だな)」
違う。そうじゃない。
「……………海賊狩り」
「あぁ?」
思わず可哀想に、と同情的な視線を送ってしまったが、白い彼女は気にせずに牢屋へ入り仲間であるビビをゾロに預けた。
「(マジか…その仮面で周囲が見れるのか)」
違う。それでもない。
ゾロの本音をリィンが聞いていれば地団駄踏みそうだが、一応居ない事になっているし声にも出さなかったのでセーフだろう。ギリギリ。
「(とりあえずビビが無事だってわかった分動きやすいな。さて、ルフィとどう合流するか)」
ゾロが呑気にこれからのことを考えようとすると『どうしてここに来たのか』と聞かれ、素直に答えるのもどうかと思ったのか質問に質問を返すことになった。
「人になにか聞く前に名乗るべきじゃねェのかよ、女」
「この…ッ!」
部下はすれど女は少しも動揺せず、淡々と答えを貰い少し拍子抜ける。
「……………海軍本部大将、女狐。民の味方」
「ヘェー…タイショー殿、ねぇ」
大将。
その呼び方に聞き覚えがあったが、とりあえず置いておき、記憶を遡る。
『海軍の階級くらい覚えるしろ!とりあえず!元帥と大将と中将!おわかるした!?』
あぁ、一味の阿呆が馬鹿に向かって教えてたな。
思い出せば警戒心は自ずと生まれてくる。要は、今まで出会った海兵の中で1番強いという事。
そしてそれは確信に変わる。
「……………ヘェ、ゴムか」
ルフィの能力を当てた事。
そして仲間の能力まで。ここまで筒抜けになると恐怖を通り越して笑いが浮かんでくる。
ゾロが女狐に目を向けると、全てを嘲笑う笑みがそこにあった。初めて感情が表に出てきたのだ。余裕綽々な態度にこちらから話題をふる。
出来れば、こいつがルフィの元に行く時間稼ぎになればいい、と。時間稼ぎのゾロ爆誕である。
「……なぁタイショウさん。俺達が空島で何してたか分かるか?」
ゾロが今は居ない一味の頭脳をイメージして挑発すると、女狐はムッと口を噤んだ。
「(これもリィンの真似だとバレてるみてぇだな。なんでもお見通しって事か…?)」
少し変わった様子の女狐は、全身から『付き合うのがアホくさい』『会話をしたくない』と言う態度が丸見えだった、様に見えた。
実際は『何言ってんだちくしょう』『(ズルしてるのバレるから)会話したくない』と必死こいて頭を動かしていただけだが。
当てられて焦ったのも事実だ。
しかしゾロは肩透かしを食らった気分になる。確かに強いのだろう、おかしな力があるのだろう。しかし殺気も敵意も無いのだ。
「(実は弱い、とか?)」
しかしその考察は無駄に終わる。
「き、聞いてくれ!私は騙されただけなんだ!私は貴様が守るべき民だろう!」
麻薬売人らしい男が女狐に喧嘩を売った途端、殺気が牢獄を包み込む程膨れ上がったのだ。
「……………は?」
小さく呟かれた言葉は驚く程低かった。
たった一言だけだが、ゾロは思わず身震いをした。
「(こいつが弱いんじゃ無くて、俺たちが弱いんだ。敵として認識しない程…っ!)」
本人は呟いた言葉に気付いて無いのだろう。だが、確実に地雷を踏み抜いた言葉。女狐の仮面に隠れた表情は火を見るより明らかだ。
恐ろしい、恐ろしい海軍の怪物。文句を言ったイディエットも護衛のポルシェーミも喉をひくりと引き攣らせて顔を青く染めた。
麦わらの一味は殺気をみせて威圧するほどでも無い。
そう言われた気分だった。
「く…そが……」
越えるべき敵は何人も居る。
ゾロは胸に刻まれた傷を心にも刻んだ。
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「(マジかよ)」
コックであるサンジは料理対決という勝負に勝ち、ジェシカ料理長の元で特別な一皿を作った。
それがジェシカの旦那という幸せ者だった事はいい。しかし問題はその後だった。
「(ジェシカさんの旦那はここの司令官でしかも大将まで来てるぅ!?)」
面拝んでくる、と言いながら慌ててルフィを追う。彼が持っていった先には海軍の怪物が2人もいるのだ。
煙草の火をくしゃりと消して真剣な顔をするとサンジは扉に貼り付くように聞き耳を立てた。どうやらあちらさんにはバレている模様で誤魔化しなどきかない。
「(あのアホっ、バレたんなら早く逃げろ!)」
勇敢にも、無謀にも。ルフィは悠々と話している。そこで白い格好をした女がルフィを呼んだ。
「(マズイ…っ!)」
「……………王族は必ず守れ」
そんな言葉を耳にしながらルフィの襟元を掴み引きずる。厨房に行き、すぐさま逃げるのだ。
「あ〜〜っくそ、アレが噂の大将か」
「大将ぅ?リィンの事か?」
「ちげーわくそゴムッ!」
相変わらず呑気な船長を罵倒しながらなんとか逃げ切る。呼吸を整え、これからの事を話し合う事にした。
「ゾロとビビが捕まってるんだ」
「あぁ、聞いてたぜ船長」
「迎えに行こう」
「だろうなぁ…。見つからねぇ様に行くか」
ガシガシと頭をかいて再び煙草に火をつけた。
「でもなぁ…あれは怖いな」
「怖い?」
「うん、あの白いの」
ルフィが怪訝な顔をして『恐怖』を訴えた。そんな感情があるのかと驚いたが口には出さず何故かを問う。
「得体の知れないって言うんだっけな。分からねぇんだ。考えている事も、気配も。そこにいるけどそこにいない、アレが本当の姿なのかすら分からねぇ」
確かにそこに存在する。
しかし、存在自体に仮面を被っている様な。
──違和感。
そうだ。あの姿が違和感なのだ。
「うん、違うな。アレが本当じゃねぇ」
何者か分からないけど、本当じゃない。
……ある意味、一番本質を捉える勘を持っていた。
「あの仮面の下に、どんな美貌が…!」
「相変わらずだなー!なっはっは!」
流石にこれ以上はマズイと感じたのか、サンジは話題を変えることにした。サンジは恐怖を抱かなかったが、ひとまず警戒しようと心に決める。
それは、当たりであり外れであった。
「はァ!?お前らもあの女狐に会ったのか!?」
牢屋から無事脱出したゾロとビビ、そしていつの間にか捕まっていたウソップとロビンは苦々しい顔をしてサンジの驚いた声に応えた。
「私は普通に見つかったわ」
ビビが走りながら言う言葉に先頭を走るゾロが納得する。
「だからお前女狐に抱えられて牢屋に連れてこられたのか」
「えっ、女狐って女の人、だよな?筋肉あるな…」
「確かに…」
線は細かったかも、と考えながら走る。
サンジはウソップとロビンの話を聞いた。
どうやらスグに偽物だとバレた、だとか。
「あぁ、そりゃそうだろうな」
そこに何故かゾロが同意した。
「なんで確信してんだよ。俺は兎も角ロビンは完璧だったし…。いや、
「流石に無いだろアホか」
「いや、そうじゃなくてだな」
ウソップの考察にゾロが口を出す。
「あの女、心か記憶か分かんねぇけど、多分読める。俺と話した時能力者を全員当てやがったし、空島で何があったのかも分かってたみたいだ」
足が、止まった。
「記憶…が…見えるのか」
サンジは顔を真っ青にして震えた。手も足も震える。タバコはとっくに地面にあった。
「どうしたんだ?」
彼女は言った。
───王族は守れ。
「ッ!」
確実に自分の事も含まれている!間違いない!
行き場の無い葛藤が心臓から溢れ出そうになる。焦りが体を支配する。
汗がたらりと流れた。
「(俺を知ってる、見つけられた。やばい、どうする)」
警戒はすれど恐怖を抱かなかった。
しかし、今となっては警戒心が恐怖に覆い潰される。警戒する余地もない。ただ、捕食されるのを待つ野生動物…───。
「ゔ…ッ」
「サンジ!?おい、大丈夫か!?」
吐きそうになるが必死に口を押さえて封じ込める。レディの前でそんな失態を犯すことができない。
仲間は口々に大丈夫かと心配をしているが、サンジはひとまず逃げる事が先決だ、と無理にでも足を動かす様に言う。この大きな牢獄から逃げ出したかった。
「無理すんなよ、サンジ…。俺が絶対守ってやるからな」
「おう…悪ぃな船長」
「おいヘボコック」
「あ゛!?」
「テメェ以外の飯じゃウチのクルーの肥えた舌は満足しねえ、責任取って倒れんなよ」
「………おう」
美しき友情。
それを眺めているビビはそっと呟いた。
「え…3強尊っ…。待って、今なにかに目覚めた…。リバもありかもしれない、麦わらの一味に入ってよかった…」
麦わらの一味は色々と手遅れかもしれない。
抱いた感情の名前とは。
とりあえず何も語らずニッコリ微笑んでおきますね。