ぶんどった武器を売るために船を出た。
しかし私はゾロさんの視界から消えた瞬間誰かに腕を引かれて裏路地に連れ込まれた。
今、ここである。
いや、うん、私はさ、これまで色々な人間に攫われたり捕まったりと普通じゃない経験は沢山してきたわけですよ。並大抵の事では驚かない自信が……いや無いけど。驚く時は普通に驚くけど。
今までの傾向から考えて海賊とか人攫いとかのめんどくさい部類が下手人だった。
私の手を引いた相手は私より背が低かった。
もうこれだけで私の中の常識(一般的とは言わない)が崩れ去った気がする。
「え、えっと……どうしますた?」
材質は分からないけどヒラヒラとしたマントを着ているから性別すら分からない。とりあえず何か用事でたまたまって可能性があるので穏便さ重視で聞いてみた。
「ねェ」
反響する様な声が聞こえて、ぶわっと温かい風が吹いた。
「船を壊して、リィン」
頭の中に直接響く声だと思った。
言葉の意味はよく分からない。
何故メリー号を壊さないとならないのか。ルフィの敵?
「誰……?」
名前を知られている事に思わず警戒した。
賞金稼ぎだったら面倒臭い。この子供が一体なんなのか、もしかしたら奴隷という可能性も捨てきれない。
本命は後ろから私を狙っているとか。
「……名前、言っていいの?」
その子が悲しげに眉を下げた。やだなぁ、疑う事しか出来ないの。
「僕は
「………………は?」
おっけー、落ち着こう。
メリー号がメリー号を壊せと?で、この子がメリー号だと?
「……さらばッ!」
「だから良い?って聞いたのに!」
脱兎のごとく、逃走したかったけど予想していたかの様に服を掴まれその場で滑って尻餅をつく羽目になった。
頭おかしい子がいるよー!ゾロさん助けてー!
「関わりたく無きッ!」
「うん、予感はしてたよ」
「第一、メリー号は船であり君が船という証拠が無きぞ!信じぬぞ!お化けダメ!」
組み付きを仕掛けるメリー号(仮)は案外力が強くて振り解けない。メリー号(仮)がフードの下から見える目をパチクリと丸くした。
「SAN値削るよ?」
「確定?」
「僕、メリー号だよ?君たちが今まで乗ってた船だよ?」
「……嫌な予感ぞする」
あっれれ〜!?おっかしいぞ〜〜!?私よりちびっこいのは絶対私を逃がそうとしないぞ〜!?
「おかきとあられ」
「うぇ」
「胃痛親子」
「ひぎゃ」
「あ、アイテムボックスの中にはなんか色々入ってたよね。なんで禍々しい色した液体が沢山あるのか聞いてもいい?」
「ダメぞ〜〜〜〜ッッ!」
頭抱えた。
私のトップレベルシークレットinアイテムボックスが速攻でバレた。誰にもバラしたくないものだったというのに。
「女狐さん大丈夫?生きて?」
「トドメ刺すされた。キツイ。メリー号が鬼畜」
えっ、じゃあメリー号って、メリー号???
私の視界の前に居る子はメリー号???
人型の、メリー号???????
「………う、うっ、おばけ、や、うっ、ぴっ」
「ストップ」
「もがっ!?」
叫びかけたら口を両手で塞がれた。
その体温は風の様に実体が掴めない、はずなのに温かさがあって。
……あ、コレ人間じゃない。
「……は!?」
「あ、戻ってきた?」
意識飛んでた。ぼーっとしてた。
メリー号が目の前で手を振る。
「おちゅちゅきますた」
「落ち着けてないよ」
ふぅー、と息を深く吐く。
落ち着いた。状況は未だによく分からない。
メリー号は私にメリー号を壊せと言った。何故人間の姿でメリー号が現れたのか。
「私を、呼ぶした理由は何です?」
ニコリとメリー号は笑う。
「引き止めた、じゃなくて呼んだ、って辺り流石だなぁって思うよ。うん、キミを呼んだ」
メリー号の舟の上で私は誰かに肩を叩かれた。
振り返った時はゾロさんが居たからゾロさんだと思ったけど、よく考えたらおかしい。
彼は驚いていた。『突然どうした?』と。
私の肩を叩いたのはゾロさんじゃない。メリー号に触れた時の感覚と同じ、風のようだった。
その時に呼んだんだね。
「何故壊す必要を?」
「僕さ、キミの声聞いて分かったよ。僕はこの先要らない。僕は仲間が大好きで、僕はいつか壊れる物で、成長出来ない。だから壊して」
「……なるほど、確かにメリー号ではこの先の海を渡る可能性ぞかなり低きです」
メリー号に乗っていたら『大好きな仲間』を殺してしまうから造船技術の発達したこの島で船を乗り換えろ、って事。
壊したら足掻くほどの未練なんて無い。
合理的で、お金もある今理想的なプランだ。
「私が居るです、この先も乗る可能性ですが?」
なんでもありの私が居なければの話だけど。
そう言うとメリー号は段差に腰掛けてフルフルと首を横に振った。
「なんで僕がキミに頼んだか分からない?」
「一瞬で破壊可能だからでは?」
違う、と否定された。
「女狐だからだよ。僕を壊せる、非情な存在」
「まぁそうなのですかね」
「キミはいつまで船に乗るの?期間限定の仲間で自己犠牲とは程遠い人間だよね?」
「……えぇ」
『
挙句『難関突破出来る人間は期間限定』
ここまで揃ってたら私しかいねーーーーー!
私が期間限定だからこそ、責任の1部を負えってことか!
こんな不可解な事言えるはずもないし完全単独でバレたら嫌われる事確定で実行しろと?
「僕は多分まだ走れる。だけど時間は無い。ならいっその事──」
「次の船に意思を繋ぐ、と?」
「正解っ」
ゴーイングメリー号は設備の整った船だ。だけどそれは普通の海であった場合。
合理的、理想的。
「……分かりますた、が」
「やっぱり『僕』を壊すの、嫌?」
「いえ、所詮は『物』です。いつか壊れるするなら、破壊のタイミングとしてこれ以上に無いほど理想的です」
物に思い入れは多少なりともある。だけど所詮そこまでであり、壊れてしまったらその間どうしよう、や代用品を見つけないと、だ。
問題はそれを使う人間であり壊れた事によって起こる事象だけ。
「何故私が……!」
船で起こったことを全て知っているのなら胃痛持ちの事やこういう責任が問われる事を嫌ってる質なのは分かっているはず。
なのになんで私に任せるかなぁ。
「キミが僕を最初に『家』と認識したからだよ」
「家、と?」
首を傾げるとメリー号は頷いた。
「船長達は僕を仲間だと言ってくれる。それはとっても嬉しくて、物にとって名誉な事だ。でも僕は物だから」
フードの下でメリー号は目を閉じて過去を思い出していた。感覚で何となく分かる。
「僕は望まれて
あ、そう言えばメリー号ってウソップさんの島のお嬢様の執事が設計して造ったんだったか。素人なのに凄い造船技術だと思った記憶がある。
「最初キミは寝ていたね、だから最初に僕を家と認識してくれたのがキミなんだ」
徹夜で海賊潰してたから疲れ果てて寝たんだったな。
「それからキミはこの船でずっと秘密のやり取りをしてた。それって僕が家として船として安心出来るって事でしょう?」
見張り台は誰も来ない事や見渡せる事含めて都合が良かったからセンゴクさんとのやり取りに使ってたな。確かに安心してた。
「知ってる?キミ、船に酔うけど僕から離れなかったんだよ。緊急時は仕方ないとしても、足を付けてくれてた」
あー、昔は船に乗る時箒に乗ってた。だけど今は見張りだとか攻撃だとか以外はメリー号に乗ってたな。
「それに物として長持ちさせようとしてくれたんだ。皆良くやったって褒めてくれるけどキミは褒めない。だけどクジラさんにぶつかりそうになった時や槍に刺された時は絶対キミが長持ちさせようと守ってくれた」
うん、波を動かして守ろうとしてたね。守れない事はあったけど長持ちさせる事が悪いとは思えないな。
「危ない所では僕に乗ってた。僕が安全地帯で僕を物として考えてたのはキミだけなんだ」
『仲間』としての意識が強いのは麦わらの一味で『物』としての意識が強いのは私。
メリー号にとってどちらも名誉のあることだけど壊されるなら『物』として考えている私がお互い都合が良い。
「船に1番乗ってたのはキミだよ。だから僕はキミに壊して欲しい」
引きこもり精神がこんな所で悪影響かー。
「皆が夢を語った時、僕にも夢が出来た。最期まで仲間と居る、叶う筈も無い夢が」
嵐の中で樽を割った時。
「仲間が出来て、仲間が増えて、お客さんも乗せて。人知れず壊れていく事は少し悲しいけど」
「キミが僕の船としての想いを知ってくれてるなら寂しくない」
「それより仲間がバラバラになる事が怖い」
「……僕はキミを知ってるよ。悩んでた事も、企んでた事も、笑っていた事も、泣いてた事も」
「でも…──」
メリー号は困った様に笑った。
「僕、キミがそんなに涙脆くて情に厚い人間だって分かってなかったみたい」
目元が熱い。溶けそうな程熱い。
湿気た裏路地に涙の跡は残らなかった。
「私っ、そんな、非情になれな、っ!」
私は外道や鬼畜と言われるけれど、少しおかしな経験をした、極一般的な思想を持った人間だ。
人を殺した時は何度も吐いたし、もう経験したくなかった。
刀剣や銃を向けられると未だに怖くて、逃げ出したい気持ちに駆られる。
考え方は世界に揉まれ変わったかもしれないけどベースは転生前の、平和な世界の、無い記憶。
人型を保て、考え、意志を持って、伝える事が出来るこの『物』が。
『人間』と違う所を探す方が難しい。
「ごめんね」
「謝る、くらいなればっ、もっと、運ぶ」
「海を知ってるキミなら分かる筈だよ」
「私は、したくなき…! そんな、事……っ、言うされて」
「……ごめんね」
最良の選択だって言うことは分かってる!船を2隻持つことの難しさだって分かってる!
拠点もない私たちじゃ船を確保出来る土地を得る事から始めなくちゃならない!
メリー号の気持ちや考えだってとても分かる!
分かるんだ、分かるし理解も出来るんだよ。
人間はこういう時利益や効率で考えられなくなるから困るんだよ。
私が、利益の薄い海軍に執着している事と同じ様に。
「キミにしか頼めない」
「……分かる」
「船を乗り換えて欲しい」
「……分かる」
「僕は、幸せだったよ」
「……そんなの、私だって…!」
人知れず泣いた。
人は居ない。
温かな風がただ吹くだけで、私は何度も何度も考えた。
冷静な判断を出来ない脳みそでは代打案も浮かばないし、なにより決意を固めたメリー号を説得する方法はもう無い。
「…………メリー号を、壊す」
「ありがとう」
せめぎ合う葛藤の中、私は答えを出した。
文字数や展開調節していたら更新が遅くなってしまったでござんす(出来たとは言ってない)
さて、感想欄で色々と『連れ込んだ誰か』を想像していましていらしましたが答えはメリー号でした。
人間ですら無い!!
情報過多の話(第170話)で隠したかった所はここ
>「はい。赤子時代は山賊の家に居候、雑用時代は月組と雑魚寝みたいな感じですたし、今はメリー号。まともな家で住むした経験が無いのです」
家という認識です。
絶対気付かれない自信はあった。