「ひーーーっ!ひっひっひっっ!!!」
「何時まで笑うぞ!!」
海賊が集う酒場には赤い髪の男の笑い声が響いた。
「だって、ヤソップがこっそりつけてたらっ!お前…っ!死霊っ、死霊使い…っ!ひぃーっ!!」
「おい老け顔、停止ぞ」
パキンッ、とシャンクスさんの髪の毛の先が凍る。
「っ!お、お前の能力なんなんだよ!」
「さっぱりぞ……」
「おい…」
赤い髪の毛の老け顔だけじゃない。周りの男共全員が全員ゲラゲラと笑っている。失礼な話だとは思わないかこの野郎。
「ほんとにお前何者なんだぁ?」
「リィンぞ?」
「知ってるよ今更そんな事!」
「ヤソップさん…カッカしてるとハゲるぞ?」
「泣くぞ!?」
「なぁ死霊使い」
「否定ぞ…」
「どうして俺達が億超え賞金首だって分かったんだ?」
「は?」
え、今なんと?
〝俺達が億超え賞金首だって分かった?〟
「億超え賞金首……?」
「ん?あぁ」
「え…」
いま信じ難い言葉が聞こえたぞ。
「ま、誠に億超え賞金首ぃぃ!?!?」
「は!?知ってたんじゃ無かったのかぁあ!?」
「えええぇぇぇ!?」
「はああぁぁぁ!?」
ヤソップさんと私がお互いの顔を見ながら驚く。
や、ヤベェ……億超えの賞金首に私すっごい舐めたこと言ってる。むしろそれしか言ってないよね?
「まてまてまてまて…リィン、お前ほんとに知らなかったのか!?」
「否定ぞろんぱ!只なるものの嘘から出た誠にじょろろんぴー!」
「おい。テンパり過ぎていつも以上に言葉おかしくなってんぞ」
ちょっと動揺し過ぎました。私の標準語は相変わらず不思議語になっている模様です。
「とととととととととと」
「いや落ち着けよ」
「はっ!食われる!?」
「誰が食うかボケ」
「あうっ!」
ヤソップさんの拳が私の頭に落ちてきた。このやろうっ!脳細胞が死滅しちゃったらどうするつもりだっっ!
「混乱してんなぁ……俺にとってはお前の機転に混乱してるっつーのによ…」
「俺からも言わせてもらおう……お前本当に死霊使いでは無いのか?」
シャンクスさんだけならともかく海賊さん達の副船長のベン・ベックマンさんまで言い始めた。
「クマさんまで!否定ぞ!私なる人物死霊使い否定!」
「だからそこで区切るのを止めろと言っただろう……」
「しかしながら〝マン〟ではただの〝男〟のみぞ…」
「だからといってクマは違うだろうクマは……」
「あ、ちなみに進言するならばクマは嫌いぞ」
「………………それは俺も嫌いだと言いたいのか…っ!」
「クマさんは好きぞ?しかしながらクマは嫌いぞ」
「紛らわしい!止めろ!」
我慢の限界らしく必死に止めようとしてくる。そうは言ってもことあるごとに「クマさん」「クマさん」言ってたから変えにくいしフルネームを発音出来ない私の舌は欠陥品だし……。
それに面白いんだからいいじゃないか。
「………で、お前は何時まで拗ねてるんだ?───ルフィ」
「───なんで戦わねぇんだよ……」
「戦う?どうしてだ?」
「だっておかしいじゃないか!酒かけられてヘラヘラ笑って!あいつらよりずっと強いのに戦いすらしねぇ!バカにされたんだぞ!悔しくねぇのかよ!」
ルフィは思わず立ち上がり拳を握り絞めた。唇を噛んで下を向いて、その小さな肩は震えている。
きっと、自分じゃ太刀打ち出来なかった悔しさと、シャンクスさん達の行動の怒り、だろう。
シャンクスさんは困り笑いを浮かべルフィの目線に腰を屈めて肩に手を置いた。
「悔しくは無いさ…。ただそこで笑うだけで危険が回避出来るのならそれに越した事は無い。いいかルフィ、覚えておけ。強い相手とお前1人が対立するだけで大事な仲間が傷付くんだ………それなら戦わない方がいい」
「でも…情けねえ……」
「それにな、実力差が目に見えて分かってる相手に喧嘩をしてどうする………無意味だろう?名を売るわけでも、強敵と戦い力をつけるわけでも無い…。喧嘩っていうのは買うだけじゃ無いんだ。買ってばかりいると何時か財布がスッカラカンになっちまう」
「……」
難しい話にみえるが実際これは「無意味なトラブルは避けろ」って言う事でしょう?自分より遥かにレベルの高い敵と対峙するのならそれは周りの命の危機になる。自分よりレベルが遥かに低いのなら変な誤解を生む上になんのメリットも無い。
ま、喧嘩とかに関わらなければいいだけだ。
「シャンクスはおっきいな」
「あ?そりゃ大人だからデカイに決まってんだろ」
「お頭のなんか意味が違う……」
「バカばかり、だな」
「クマさんそれ親父ギャグぞ?」
「ち、が、う」
「ぶぁいぶぁぶぁびぃまびぃば!(はい分かりました!)」
ほっぺたつままれてヒリヒリする。子供相手に大人げないぞ海賊共……。
「私ぞ引っ張るよりルフィ引っ張るが良いぞ!最良ぞ!ギネスぞ!」
「ぎねす?なんだそれ」
「世界記録ぞ……」
ギネスはこの世界に無いのか…!?
「なぁリィン。お前も悪魔の実の能力者なのか?」
おずおずとルフィがこちらを向いて呟いた。
「多分…そう。だとぞ、思われるじょ」
「何の実だ?」
「だからご不明ぞ………」
「幽霊と話せるのか?」
「否定ぞぉぉ……」
話を聞いてないのか話を!
そりゃまだまだ小さい子供だから話が1から10まで聞けれないとは思うけれども基本的な事くらい聞いておこう!?
なんだか一気に疲れた気がする…。
ルフィには相手を疲労させる能力者じゃないのかなっ、ゴムゴムの実なんかじゃなくてヘロヘロの実。
ちょっと強そう……。
いやいやいやいや、私が求めるのは強さでなくて平穏!海賊とは無縁無縁!
「あ、大分日が落ちてきたな…」
「私ぞ帰還致すぞりりーー!!」
夜の森は大変危険です。
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「帰ったか……」
その酒場にはつい数刻まで騒ぎ続けた海賊の姿は居なかった。
リィンが帰ると騒ぎはお開きとなり、その場に居るのは船長のシャンクスを含め古株であるヤソップら数人がいるだけだ。
その顔つきは明らかに酔っ払いの顔や愉快だと騒ぐ海賊の顔では無く、偉大なる航路で超新星として名を馳せる海賊の顔つきだった。
「ここ半年程ルフィやリィンを見て、今日程驚いた日は無い…」
「あぁ…──」
その言葉に同意するのは副船長ベン・ベックマン。客観的に物事を捉える事に長け、赤髪の海賊団の頭脳と言っても過言では無いだろう。
「まさか〝海賊王〟の存在を使うとはな………。それに刀を突きつけられても竦み上がらず冷静な判断でその場を切り抜けた度胸…。恐れ入ったさ、あの歳でソレを成し遂げるんだ」
内心ビビりまくりだったリィンはただ恐怖でしばらく動けなかったなどと彼らが知ったらどうなる事か。
「見てる限りじゃあ…氷に爆発…ありゃ何の実だ?」
最初から見ていたヤソップは頭を捻らせ考える。氷と爆発の能力は全く別物…一体何が影響しているのか不明だった。
「リィンは不思議な点が多いが……ルフィ、アイツはきっと将来名をあげる。船長…ロジャー船長と同じ事言いやがったんだ」
海賊王ゴール・D・ロジャー。ここにいるシャンクスは見習い時代彼らの背中を追って成長した。麦わら帽子が良く似合うあの大きな背中を…────。
「〝自由を求める海賊〟ロジャー船長達がよく言ってたな……。副船長も姐さんも…俺はあの人達が大好きだった……。だから賭けたい───船長達の意思を受け継ぐあのガキに」
「シャンクス、お前──まさかその帽子を…!」
「あぁ、そのつもりだ……」
『海賊王じゃなくてもいい。シャンクス…あんたさ、四皇にでもなっちゃいなよ!それで素質があるガキを待つの……そういうのも面白そうじゃない?』
『おいカナエ……いい加減な事言うんじゃない』
『いーじゃないっ!きっと現れるって!……ロジャーと同じ事言う子供がさ…。それでその帽子でもなんでも渡してやんなさい!海賊の冒険は止まらないんだから………絶対止めてやんない……』
嘘だと思ってた。姐さんが言っていた事はいっつも奇想天外で意味がわからなくて。だからロジャー船長が処刑されたあの日、あの人の面影を思い出したくて言ったんだとその時はただそう思ってた。
嗚咽混じりの言葉はシャンクスの記憶に深く根付いていた。
確か唇を噛んで血が滲んでるのに必死に笑顔振りまいてたな…それでバギーが、心配そうにオロオロするんだ……。
「───嘘から出たまこと、か」
「ん?」
「いや、人生ってのは分かんねぇもんだな」
何を今更な。
分からない事があるからこそ人生は面白い。
赤髪の海賊団はまだ見ぬ冒険へと旅立つ決意を心に決めた。
「俺の目標は……四皇だ。そこでロジャー船長の意思を待つ」
航路は新世界、王者の前に居座る四皇。