2度目の人生はワンピースで   作:恋音

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海賊船編
第187話 始まったアウフヘーベン


 

 降り注ぐ喧騒と砲弾の音を聞きながら、正義の門が閉じるられることによって生じる渦を上手く使い麦わらの一味達は無事エニエス・ロビーから脱出した。

 牽制程度にしか使われなかった砲弾を避ける程度造作も無いことだ。

 

 スパンダムは指令を()()()()様子だった。

 

 『彼』の能力を知っている者なら不思議な現象に心当たりがあるだろう。何度喚いても声どころか体から発する音が出ない『凪の状態』は司令官としては不便な筈だ。

 

 

 連合軍は海列車で一足早く逃げ出していたので問題はあるまい。なんの不安も無く、とは言えないが麦わらの一味達は正義の門が閉じた事を確認して勝鬨を上げた。

 

「この()()!俺達の勝ちだ!」

 

 へろへろになりながらもメリー号の上でルフィがニッカリと笑う。

 

 

 

 

「どこにも誰も乗ってないわね」

「おっかしいな………リーの気配がしたと思ったのに……やっぱりアレかな……」

「俺達の見聞色の覇気には何もひっかからなかったから気の所為だろ」

「私のリィンセンサーにもね!」

「ナミがどんどん変態になってきやがる……」

 

 ふざけた調子で笑い合う麦わらの一味。

 しかし彼らにも声は届いていた。

 

 『迎えに来たよ』

 

 と。その優しい声は確かに届いた。

 あの声はリィンの声じゃない、でも確かに仲間の、メリー号の気がした。

 

「それにしても、ルフィさん凄いわ、ロブ・ルッチを食い止めたのね…」

「秘密兵器使ったけどな」

「秘密兵器!?なんだそりゃ!」

「リーに飴玉貰った!」

 

 ウソップはその言葉だけで一抹の不安を覚える。すごく嫌な秘密兵器だと直感で察した。

 

「オカインとかアイツが言ってたな」

「ブフーーーーッ!」

「おいチョッパー、やべぇのか?」

「ヤバいも何も!オカインは薬物だ!1回使っただけでもダメなんだぞ!?なんでリィンが持ってるんだ!吐け!ルフィ吐いてくれぇ〜〜!」

「薬物ゥ!?そりゃやべぇだろ!」

「うぐ、く、くるじいぞちょっばー……!」

 

 便利なのに、とブツブツ言いながらルフィはケホケホと咳き込む。実は3つ使っていたので現物は残っていない。吐くにしても手遅れだろう。

 

 

 晴れた空の元、傷だらけの彼らは迎えに来たメリー号の背中で談笑した。

 

 海と空の境界線上に何かが見えたのをロビンが報告する。

 

 その影は連合軍が乗った海列車、ロケットマンだった。フランキーは子分やアイスバーグの姿を見て男泣きをしている。

 

 

 ──バキ…ガタン…!

 

 メリー号がマスト付近から真っ二つに割れた。

 

 

「え……メリー……?」

 

 ザワザワと動揺の声が響く。

 まだ走れると、言われた船だったのに。

 

「おっさん!メリーがやべぇよ!何とかし……」

 

 仲間を助けてくれと叫んだ途端ルフィはチカチカと目の前が点滅した。メリー同様にルフィも限界だったのだ。

 無理に酷使した体で叫べば血液不足も祟りまともに動けもしない。

 

「お願いアイスバーグさん!私たちメリーに救われたばかりなの!メリーを助けて!」

 

 海列車から顔を覗かせていたアイスバーグは船長の代わりに訴えたビビに向け呟いた。

 

「だったらもう、眠らせてやれ」

 

 覚悟なんてしてなかった。

 麦わらの一味は突然訪れた『メリー号との別れ』に激しく動揺を見せる。

 

 そんな彼らに向けてアイスバーグは静かに言葉を紡いだ。

 

「残り時間の少ない船だと言われていただろ。限界だったんだ、その船は」

「だが査定したのはカクって奴だろ!?あいつはCP9だ!本職のアンタにならメリーは治…」

「止せ」

 

 ウソップの訴えを止めたのは船に乗っていた唯一の本職パウリー。

 首を振って行動を諌めるとメリー号を見た。

 

「カクは確かに裏切り、いや、CP9だった。仮に査定が虚偽申告だったとしても──もう無理だ」

 

 竜骨まで折れている船はもう船ではない。ただの木屑だ。

 

 それでも諦めきれなかった。覚悟なんてしてなかったのだから。

 

「……ッ、皆」

 

 麦わらの一味のトップが静かに声をかけた。

 仲間の命を預かる人間は誰よりも覚悟を瞳に映していた。

 

 船長として決断しなければならない。

 仲間達は覚悟の意味に気付いてポロリと涙を零した。

 

「メリー号を、休ませよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチリパチリと木の燃える音。

 ゆらりと海面に浮かぶメリー号の姿はオレンジの暖かな炎を纏っていた。

 

「長い間……俺達を乗せてくれてありがとうメリー号」

 

 フランキー一家の船に積んでいた小舟に乗り麦わらの一味は仲間の海底への一人旅を見届ける。

 

 

 

 もう1人の仲間は、追憶の雪を降らせた。

 

 

 みんなが大好きだった。

 沢山笑って沢山悩んで沢山泣いて、それでも離れないで一緒にいた。一緒にどこまでだって行ったんだ!

 この先は、もっと大変な旅になるだろう。

 大丈夫、キミ達ならこの海を渡っていける。

 

 泣き虫で強がりな小さな女の子は心配だけど仲間ならきっと大丈夫。想いは全て託した。

 

 願う、なら。

 

 伝える事が出来るのなら。

 

『ごめんね』

「……え」

 

 ゆらりと炎が瞳に映る時、ルフィは聞こえた声に小さく音を零した。

 

『──もっと皆を遠くまで運んであげたかった』

 

 蘇る。降り注ぐ、追憶の雪は脳裏に様々な光景を映し出した。

 

『…………ごめんね。ずっと一緒に、冒険したかった。だけど僕は、幸せだったよ』

「ごめんつーなよッ!」

 

 ルフィは叫んだ。気力を使い果たしても尚。

 

「こういう時は、ありがとうだろ!」

 

 あぁ。

 ああ!

 

 僕の仲間はなんて素敵な人間なんだ!ありがとう僕の最高の仲間!

 

『今まで大切にしてくれて、どうもありがとう』

 

 強くて陽気な船長。

 隠し事ばっかりの雑用。

 よく昼寝をする剣士。

 色んな所へ連れてってくれる航海士。

 寂しがり屋のコック。

 不器用な優しい狙撃手。

 

 荒れた海で誓った約束、僕も叶うはずのない願いをこっそり誓った。

 

 たくさんの奇跡を見て、たくさんの思い出を積み重ねて。

 仲間は増えて大変な事が沢山出来たね。

 

 つまみ食いを巡り夜中に起こった攻防も、怒らせて追いかけっこした日も、皆で甲板に寝っ転がった時も、空を飛んだ感覚も、大掃除も、守ってくれた優しさだって!

 

 僕は全部覚えてる!

 

 

 

『僕は本当に、幸せだった!』

 

 

「───メリィーーーーッ!」

 

 こぼれ落ちる涙は海に溶けて沈んでいった。

 

 

 

 

 ==========

 

 

 

──ドシュッ

 

 足元に痛みが生じ、ふくらはぎから血が流れていた。意識した途端痛みは激しくなり立っていられなくなる。

 

 肉の抉れる音は聞き覚えがある。

 だからこそやばいと感じた。それが私に降り掛かっているのだから!

 

「く…ッ!」

 

 案の定倒れ込む私の体。しかし追撃に備えて腕の力を使いながら湿気た地面の上を転がった。

 

──スピュン! ピュン! ピュン!

 

 木箱の裏に回り込む。

 ぎゃりぎゃりと地面を削る圧力の音に頭痛がしてくる。

 

 

 私はこの音を、聞いた事がある……?

 

 

「隠れても、無駄」

「……嘘でしょッ!」

 

 上空に体を飛ばしたであろう刺客はまるで死神の様で、大きな刀を持っていた。

 その刀はただの刀じゃない。

 

「死ねぇえええッ!」

 

 高速で流動する水を纏った刃だった。

 

──ドガァッ!

 

 避けた先では地面が軽く1m程斬られている。

 無駄のない力はヒビすら生まない。

 

 ゾッとした。

 なんでこんな化け物に狙われてるんだ、と。

 

「ようやくだ! 女狐!」

 

 今、なんて言った。

 

──ドゴッ!

 

 上半身を捻ると飛んできた刀が先程まで首があった場所に深く突き刺さる。

 

「っ、私は女狐じゃ」

「黙れ!黙れ黙れ黙れ!」

 

 歳は、私と同じか少し上。

 性別は、女。

 

 マントの下から覗く髪色は見覚えのある栗色。

 

「ッ!」

「殺してやる……殺してやる! 私はその為に生きてきた! 父の! 殺された父の未練を引き継ぐ為に!」

 

 痛みで集中出来ないから不思議色を使えない。

 というかそれ以前に言葉すら喋れない程の連続攻撃に、対処するのは手に持つ木製の箒1本。

 

 服から何か武器を取り出すことすら出来ない。

 

「覚えがないとは!言わせない!あの時私は隠れている事しかッ!出来なかった!」

 

 ガツンガツンとぶつかる音。所々蹴りが飛んできて、それはしなる鞭の様に変化した水だった。

 金属製と木製の武器じゃ質が違いすぎる。消耗戦に持ち込まれたら間違いなく負ける!

 

「舐め、るなぞ!」

 

 力任せに押し込めば彼女はバランスを崩──。

 

「てりゃあああッ!」

 

 彼女が刀をこちらにぶん投げて視界を奪った。

 獲物を投げるか普通!?

 

「〝水素爆弾(ハイドロボム)〟!」

「ッ!?」

 

 刀を避けたその一瞬を利用して水の塊が襲ってくる。避ける間もなくぶつかった。

 

 水の爆弾にぶつかり数メートルは吹き飛ぶ。

 

「どうだ女狐ッ!能力者にッ、水は効くだろ!」

 

 必死の形相で叫ぶ姿が見えた。

 

「〝水弾丸(ウォーターバレット)〟ォ!」

 

 スピュンと再び指先から凄まじい圧力で水が飛んできた。

 

 この人、私の攻略法を分かってる!集中する隙が無かったら不思議色を使えない!

 

「うぁあああッ!」

 

 ズキズキ痛む足で踏ん張って家の影を利用して死角に入る。先程の攻撃で脇腹にも1つ穴が開き、腕もいくつか掠った。掠っただけなら良かったが避けきれずに抉った場所もある!

 

 落ち着け、落ち着け、痛い、痛いけど今踏ん張らなきゃ確実に死ぬ!

 せめて武器を、鬼徹、は無いからなんでもいいから刀を!

 

 焦るな落ち着け、痛みなんて無い、だから集中してアイテムボックスから取り出せ。

 

「気に入らないんだよ女狐! 突然現れて父を殺して! 私にとって大事な人だった! なんで殺したんだ!」

 

 ここまで来たら彼女が誰の娘なんか、なんて分かる。聞き覚えのある技の音、その技ももちろんだけど。あの目と髪の色は私が殺した!

 

「グラッジは海兵殺しだ!」

 

 元王下七武海〝悪魔の片腕〟。

 ミズミズの実の能力者!

 

「そんなの関係ないッ!私の親だ!」

 

 ここで手加減したら……死ぬ!

 

「あんたが!あんたが殺さなければ!私は父の元で幸せに暮らしてた!父が殺した海兵だって子供の私をぶん殴ってたくそ海兵だ!」

 

 落ち着け、落ち着け。そうじゃなきゃ不思議色は使えない。

 

「死んだ奴らは私たちディグティター家を無能だと罵った海兵だ!」

「〝火拳〟ッ!」

 

 下町の民家の屋根にこっそり登り上から火の塊を降り注がせる。断末魔の様な叫びが下から聞こえる。

 

 戦闘中に話すなんて愚の骨頂!聞き捨てならない単語が聞こえた気がしたが海賊になった時点で罵り対象なんだよ!

 

──ズピュン!

 

 頬を掠める水の弓。

 弓の先には水が繋がっていた。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に距離を取るとその水を伝ってか分からないが敵が屋根に現れた。

 

「水の能力者に火は効く、です?」

「……許さない。絶対に許さない!あんた立つだけでやっとじゃない!痛みに慣れてない証拠なんだよ女狐!名前だけの色無し大将がぁああ!」

 

 刀を構えて突撃して来る。その刃は1回でも掠ったら人体の1部を吹き飛ばすだろう。

 

 どうしょう!どうしょう!

 

「水に怯まない能力者なんて居ないんだよッ!喰らえ〝剣の(ソード)……──!」

 

 鍔迫り合いになった刀から水の塊がどんどん大きく造られていく。

 あ、これは1発で死ぬ。

 

「……引いてダメなら」

 

 溜まるのに時間が掛かるからこその鍔迫り合いは確かに押し返すのに力が居る。

 それが!どうした!

 

 こちとら力で敵わない敵しか居ないんだよ!フェヒ爺に重心移動は教わってるんだ!

 

「外せ!」

 

 刀を捨て下にしゃがむ。

 力を思いっきり込めていた相手はそれだけで簡単にバランスを崩す!

 

「てりゃァああッ!」

 

 復讐する為にしか存在意義を生み出せない彼女には酷だけど。

 

「まさか……このまま水路に落ちるつもりか!」

 

 腰に体当たりをして屋根から身を捨てた。

 落下予想地点には淡水と海水が混ざる能力者にとって大きな弱点の水。

 

 水に怯まない能力者は居ないんだったね!

 

──ドボォンッ!

 

 大きな水柱が上がった。

 水路の底に体を打ち付け口の中にあった空気がゴポリと音を出して零れる。

 

 死ぬ時は道連れ思想なのか水に沈んでも決して手を離してくれない。

 塩分濃度の低い海だからこそ能力者でも力が多少入るのだろう。

 

「ッ!」

 

 躊躇してたら私が窒息死する!

 

 マントの中に普段から仕込んでいるナイフを彼女の首に這わせ──そのまま横に動かした。

 

 私の服を掴んでいた手の力が、抜ける。

 

「ぶはっ!」

 

 綺麗なウォーターセブンの水路を血で汚してしまって申し訳ないと思いながら這い出る。

 ふくらはぎだけじゃなく体の至る所から血が流れていた。

 

 水に浸かったら迷うこと無く家出するヘモグロビンが憎い。

 

「ゲホッゲホッ」

 

 鼻から水が入ったし結構飲んでしまった。

 

 右手に握ったナイフに伝わる感触は確かに肉を切り裂く気味の悪い手応えで、狙ったのは血管が密集している首。

 

 結果は確かに『死』だった。

 

 頭がフラフラする。怪我だけじゃなくて恐らく感情的な要因もある。

 

 

 私は彼女の名前すら知らずに殺した。

 この手で、直接。

 

 父子揃って私が。

 

「う……ッあ、ぁ……!」

 

 生温い世界で生きてきた私にとって、自分が引き起こした直接的な死は、キツかった。

 

 その他人の死が私だったら。あんな簡単に1度の傷で死んでしまうなら。

 それより私が潰した彼女の未来は。

 私が殺してしまった、この手で彼女を殺してしまった。

 

 1度グラッジを殺したのなら慣れる?そんな事ない!あの気味の悪い感覚を何故この世界の人間は楽しめる?

 

 分からない、その矛先が私に向いたら簡単に死ぬ。3人分の顔を持つ私に恨みを抱いてる人間は1人分より多いのに、彼女みたいに仇討ちを仕掛ける人間がいないわけない。

 

 怖い、殺されるのが怖い。

 それでも殺すのも怖い。

 

 でも死ぬ方がもっと怖い。

 

 ズキリと痛む傷。擦り傷などという低レベルな傷じゃない事は確かだ。

 いくつか食らった技はどれも致命傷に繋がる。

 

 

 フラフラする。血が足りない。痛みで気が狂いそうだ。

 

「も、やだ……」

 

 

 

 

 

 

 カランと落ちたナイフの音を聞いて、私の記憶はそこで途切れた。




前半(細かすぎて伝わらないこだわり選手権)
ルフィは原作で「このケンカ」と言っていましたがこの作品では「この勝負」と言っています。それは彼の目的は「ルッチ達政府を倒すケンカ」ではなく「ロビンを取り戻す勝負」という認識が強かったからです。だから彼はルッチに勝ちませんでした(勝てないとも言う)。しかし死んでも無いので『喧嘩に負けて勝負に勝つ』みたいな感じですね。

後半
ここでは刺客の紹介を。
ディグティター・グラー(15)(♀)
元王下七武海、マーロン海賊団船長グラッジの娘です。

オリキャラがここまで引っ張るのも珍しい(というか雑魚キャラ)と思ったでしょうが、彼らはもう少し因縁があるのでこの章で秘密を解き明かします。

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