メリー号が燃える。
雪を降らせながら沈んでいく。
1人用の小舟にルフィが乗って、その後ろには麦わらの一味と多分ウソップさん。それとココロさん達が何故か居た。
その中にビビ様とカルーは居ない。
彼らは泣きながらメリー号を見守る。
おかしい。
何故このメンツなのか。何故波で壊れた筈のメリー号が燃えているのか。
おかしい。
おかしいけど、そこに私が居ないのはおかしくないと思えた。
時々夢に見るこの奇妙な出来事はなんだろう。
夢にしてはやけにリアルだけど私が見た覚えのない風景は鮮明に映し出されている。実際起こっていることが多いし、これから起こりうる予知夢とも言える。
だけど誤差がある。
何か、違う。全ての奇妙な夢に差異がある。
夢相手に馬鹿馬鹿しいと思いながら私の意識はゆっくりと現実に戻されて────
目が覚めるとブルーノの顔があった。
「ん゛ッ──…─!?」
なんで!?と叫ぼうと思ったが声が出ない。
あれ?なんで声が出ない?
というかなんでブルーノが私の目の前にいるんだ?仇討ち娘はどうなった?
これも夢?うん?どういう事?
「……お前、キミ?いや、お前」
部屋は殺風景で宿と変わりない。レンガ造りの壁は冷たく感じる。
ブルーノは呼び方にしっくり来ないのか首を傾げながら私を指さした。
「──明日、6番ガレージ付近、あんたの血痕がある石碑を3回叩け。でなきゃバラす」
脅されました。
本当に状況が把握出来ない中で、何とか内容を覚えるとブルーノは胡散臭い笑顔を見せた。
「目が覚めたか麦わらの一味の!仲間を呼んできてやる、ああ申し遅れた俺は酒場で店主をしているブルーノという者だよろしく頼む」
周囲へ知らしめる為、そしてそういう設定だと私に伝える為に自己紹介したとしか思えない。
……よろしく頼むという言葉は『この事は黙ってろ』って言外に伝えてるって事になるのかな?
黙ってろも何も何故か声が出ないんですけど。
待って本当に私状況把握出来てない。
ブルーノは部屋を出てどこかへ向かった。ベッドの上に1人残された私は思わず呆然とする。
「ん゛……?」
言葉から判断するにブルーノは麦わらの一味を呼びに行った。ブルーノの顔を知っているのがニコ・ロビンのみだとすると、この場所には全員居ない、という事か。
ニコ・ロビンが居たら顔の割れてるブルーノが堂々と敵陣に居られるわけないし。
一体どういう事なんだ?
私は確かグラッジの娘をこの手で殺して倒れ込んだ筈……。う……吐きそう……。
「リィン大丈夫か!?」
「リィン無事!?」
「リィンちゃん目が覚めたのか!」
「リィン良かったーー!」
突然部屋に雪崩込んで来た麦わらの一味に思わずギョッとする。
それぞれ怪我の有無はあれど元気そうで良かったのだが、てんでバラバラの言葉は一気に聞き取れないのでゆっくりプリーズ。
「リィン大丈夫!?怪我は?動ける?」
そう焦りながら私に声をかけたのは白髪でテンパの同じくらいの年頃の男の子。
その子の後ろにはルフィとニコ・ロビンとアラバスタコンビ以外の一味が勢揃いしていた。ブルーノと共に。
うん、やっぱり訳が分からない。
とりあえずこの男の子は誰?
「リィンやっぱり声が出ないのか」
チョッパー君の問いかけに頷く。軽くは出るかもしれないけれど喉が痛むから喋りたくない。
喉に損傷は無かったと思ったんだけど……。
心配そうな顔をしながら、それでも医者を優先させているのか他のメンバーは口を出さないままで傍観していた。
「お前がびしょ濡れの血まみれでこの子に運ばれてきたんだ。そこで俺が拾った。麦わらの一味というのは把握しているからな」
ブルーノが状況の説明してくれる。
なるほど、私はこの子に拾われたのか。そしてそれをブルーノがさらに拾ったと。
「ゔ、あ……」
お礼を言いたいけど、声がうまく出ないので頭を下げるだけにとどめる。その子は聞き覚えのある声で小さく安堵した。
「そういえばこの子どこの子?リィンのマントを被ってたけど、服が燃えたみたいにボロボロだったのよ。あっ、サイズが丁度良かったからリィンの服、勝手に借りたわ」
「えっ、とぉ……僕、ちょっと説明が難しくてリィンが目覚めるの待ってたんだけど」
その子の困り顔は、どこか私を彷彿させた。
髪色と髪の質感が違っているから直ぐに気づかなかったけど……。
「リィンに似てるわね」
うん、ナミさんが言うなら間違いないかな!
変態さんの私に対する観察眼は目を見張るものだ。自重してください。
「動けるか?」
返答に迷ったけど頷く。
「襲われたのか?」
思いっきり頷く。体が傷んだ。
「この子と知り合いか?」
苦笑いを浮かべている少年をじっと見る。同年代に知り合いは居ない、それは確実だ。
でも聞き覚えのある声だ。つい最近初めて聞いた優しい声に。
「………………」
熟考して口だけ動かした。
『メリー号?』
それだけで彼は、メリー号は嬉しそうに笑って私に飛び付いた。
「うん!」
いやなんで????
「知り合いなんだな?」
チョッパー君の確信した問いに頷く。ただひたすらに読唇術を使えそうなナミさんが真顔で見てるのが怖いです。
「ゲホッ、ぁー、あ゛ー……」
「戻ってきたか?」
「なん゛ッとか」
覚えのない喉の怪我はそこまで酷いものじゃなかったみたいで、想像していたより早く喋れる様になった。
「まず報告、誰一人欠けることなくロビンを取り戻したぞ」
「おづがれざ、ま、です」
「俺達がこっちに戻ってきてから半日くらい経ってるんだ。ルフィとロビンは疲労が強くてまだ目が覚めないと思う」
「ここ、は?」
「荷物を置いてた宿だ」
ふむふむ、寝ていた時間はそう長くはないって事か。疲労困憊だろうルフィは軽く2日は寝るかもしれないな。
「奪還方法はまず置いておく、それとリィンに起こったことも。緊急性は無いんだよな?」
その言葉に頷く。
焦った様子が私から感じられないから終わった事として認識されたみたいだ。
「多分リィンにとって1番直接的に関係する報告があるんだ」
私に?なにかあったっけ?
「あの酔い止め禁止」
「──ッ!は、ぃ゛ッ!?」
え、なんで!?私あれが無いと酔って死ぬんだよ!?絶対!なんで!?
「あんっっな危険な物を仲間の1人が使ってたなんて!俺は医者失格だ!」
危 険 な 物 ?
理由が分からず混乱する。チョッパー君はやっぱりな、といった様子で深い溜息を吐いた。
「あれ、かなり強い麻薬だぞ」
……頭の中をリフレインする麻薬という言葉。
あの酔い止めを作ったのは元世界政府科学者で今は賞金首のシーザー。
いやいやいやいや!いくら頭がぶっ飛んでようと私を毒殺しようと頑張っていても流石に中毒性のある麻薬を使うだなんてことは無いだろう!
「ですが、酔いは止ま゛っるし、て…」
「それはプラシーボ効果だよ」
「………ま゛、さか」
「うん、思い込みだ」
なんだと?
じゃあ私は私の知らない麻薬を酔い止めだと思い込んで接種してたってこと?
「ふー……………」
大きく息を吐き出した。
「あ゛のやぶ野郎絶対ぶち殺ず」
「物騒な事言うな」
チョッパー君は私の体を調べたみたいで薬物反応が出てない事に気付いている筈。嘆いていたけど焦っては居ない。
それどころかなんか説教されそうな雰囲気なんですけど。
「次、リィンがルフィに渡した飴玉だけど」
「はぃ」
「なんであんな危険な物渡したんだ!」
「へ?」
ぷりぷりと怒れる医者は私の寝ているベッドをバンッと叩いた。
「確かにルフィはあれがなかったら死んでたかもしれないけどさ!よりにもよって医者の俺がいるのに麻薬を渡すなんて!」
「待つ、まーーーづッ!」
ルフィには確かに飴玉を3つ渡した。それに間違いは無い。それにチョッパー君の反応からするにおそらく使ったと思われる。
いや、でも、麻薬????
「麻薬で、は、無きです」
「へ? でもドーピングとして使われたりするオカインなんだろ?しかも多量の」
その言葉に対して私は静かに首を横に振った。
オカインは最近関わりあったけどサボ達が破壊し尽くしたから手元にあるわけが無い。
ルフィに渡した飴玉の原料は違う。
「オロナミ゛ン」
「おろなみん」
私がルフィを害する薬物を渡すわけが無い。
多分幻覚作用(強力)があるメスカルサボテンくらいで終わる。
オカインなんて渡すものか。
「でもルフィは何度も瀕死状態で立ち上がって」
「プラシー、ボ効果、です」
「………まさか」
「思い゛込み」
チョッパー君はガックリ項垂れた。
『これパワーアップするで!』って信じ込ませたら限界を越えてルフィは立ち上がると思ったんだよ。だって催眠術とかすぐかかる人じゃん。
「あぁ〜〜〜……焦ったァ……」
医者からすれば作用の強い薬物は絶対使いたくない代物だろうね。
「そのオロナミンに……あいつは……そうか…オロナミンか……」
ブルーノがショックを受けた様子でブツブツ愚痴り始めた。リィンは彼の正体を知らないのでお口チャックします。
「リィンちゃん」
サンジ様がベッドから見る私の低い視線に合わせ腰を落とした。ピリピリとした緊張感が再び部屋を包み込む。
何か、有ったのだろうか。それとも私の何かに気付いたのだろうか。
この場にはサンジ様とナミさんという察しの良い人間が居るので可能性はゼロじゃない。
いや、でも、女狐に関してはボロを出さないようにしたし、性別という観点で私からは遠ざけた筈だし、戦闘の跡が残っているから私がこの島に居たと普通は考えるだろうし。
「メリーが壊れた」
「………………………は」
予想外の言葉に目を丸くする。
「俺たちを助けに来てくれたメリー号は真っ二つになって、ルフィが送り火を焚いた」
待って、待って。
「信じられないかもしれないけど、メリーは別れを告げてくれたんだ」
じゃあ、ここに居る白髪の……。
「……リィンちゃん?」
「う、あ、ぴ…。ッ、ゆ、ゆうれ…モガっ」
パニックになりかけた私の口を塞いだのは張本人(?)のメリー号。既視感ある。
あー、裏路地に呼ばれた時こんな風に落ち着かせようとしてたなぁ。
触れる手の感覚は、前に思った不思議な触覚を生み出さなかった。普通の人間に触れているような感覚。
「リ、リィンちゃんとボウズ?どうした?」
待ってサンジ様、だって、だって。
「プハッ、ゲホッ」
手を離してくれたので気道を確保出来る。痛みを感じる喉で咳き込みながら恐る恐るサンジ様を見て、口を開いた。
「では、コレは……?」
コレが示すものは当然メリー号(仮)で、彼は困った笑顔を私に向けていた。
お前は
「コレ、って。リィンちゃんの知り合いだろ?」
キョトンとした顔をしていたが次第にサンジ様は叱るような顔付きになった。
客観的に見ると知り合いを『コレ』呼ばわりする事はどうかと思うんです。確かにサンジ様の仰りたい事分かります。
でも!でもだな!
「わがるがボケェえぇぇ!ッ、ゲホッ!」
状況!説明しろ!メリー号(仮)!
スパンッと勢い良く白銀の頭を叩くと痛いという抗議の声が耳に入ってくる。
「説明、求む゛、ぞ!」
私が睨みつけると、仕方ないと言った表情で彼は口を開いた。
「僕、ゴーイングメリー号って言うんだ」
絶叫が部屋を支配した。
「どどど、どういうことだてめぇら!」
「いや何言ってんだよお前」
「メリー?え?おぉ??」
反応は予想していた通り。
特に彼らはメリー号を燃やしたという姿を見ているらしいので混乱は私以上だろう。
私は事前に人型のメリー号と会っていた。それが今冷静に考える事が出来る鍵だろう。
……嘘です自分より混乱する人間が居るとスっと思考が冴えるんです。あ、私はまだマシかもしれないって。
「ねぇメリー、貴方はどうしてリィンにそっくりなの?」
「おーいナミー。それより先に聞くこと普通あるだろー。なんで存在より容姿を優先したー」
「メリーと知り合いであるリィンと偶然似るって凄い確率だと思うの」
麦わらの一味で唯一異色を放つナミさん。彼女は驚くほど冷静でメリー号と視線を合わせた。
「それは、僕がリィンと1度会ったことがあるから。僕の目で直接見た人間はリィンだけなんだ」
「そうなのね、ありがとう」
人間の認識として1番強いのが私だった。だから似たような人型になった、と。
「なんでそんなに冷静なんだオメーは」
ウソップさんが冷ややかな目でナミさんに問いかける。その2人に触発された一味は徐々に冷静を取り戻し、ナミさんに注目した。
「リィンが喉を怪我して声が出なくて苦労してるのに読唇術を使わない理由が無いじゃない」
左様ですか。
安定のナミさんでオチを決めることがこんなにも楽だとは。
喉の怪我。燃えた筈のメリー号が人間として現れた。ブルーノが居ること。
謎ばかりですがとりあえず言えることはメリー号擬人化めっちゃ楽しいです。
【挿絵表示】
【重大なお知らせ】
かなり更新速度が遅くなります。現在連載している恋音の作品を総合した場合でも更新が月一とかになりそうです。時期的に断定は出来ないのですが更新を1時停止する可能性があります。