カン、コン、カン、コン、と規則的に木槌の音が海へと響く。遠くでは宴の音が響いている頃だろうに、彼らは変わらず船を造っていた。
驚くべき速度で造られていくその船の誕生を見ている1人の少年は、キラキラと目を輝かせながら感嘆の声を漏らした。
「凄いっ、僕達、こうやって生まれてくるんだ」
やや興奮気味だったのか声は踊っている。
徹夜で仕上げている船大工達は、少年の姿と言うよりも船の精霊クラバウターマンであったという推測から、メリー号に凄い凄いと言われる度に世もしれない高揚感に身を委ねた。
まぁ、船馬鹿な人間が船に褒められたらそれだけで船大工冥利に尽きるということだ。
「船造りも終盤、サプライズ方式にしたいから離れて…──は、メリーにとっちゃ逆だな」
「うん! 僕、この子が生まれるまで見てたい」
乱雑に置かれた石の上で足をブラブラ揺らしながらメリー号は船大工を眺める。
しばらく経った頃、船の化身の傍にアイスバーグが座った。
「おう、船の子」
「なぁに?」
「お前らの所には船大工が居ないと聞いた。もし宛が無いなら……、俺を入れる気は?」
「……アイスバーグさんを?」
キョトン、と首を傾げる。
控えめに告げられた『一味に加えて欲しい』という欲求にメリー号は口を開いた。
「僕、フランキーがいいなぁ」
その言葉を聞いてアイスバーグは爆笑した。
なんだなんだと視線が集うが、気にした様子は全くない。
「そうか、そんなにアイツがいいか?」
「うん、僕はフランキーがいい。フランキーじゃないと嫌だ」
アイスバーグは自分が選ばれなかったというのにその言葉にはホッとした様子を見せていた。
「好かれたなぁ、アイツ」
「あの子を治すのはフランキーがいいんだ」
メリー号はスクリと立った。思い立ったが吉日とばかりに視線はフランキーへと向く。
「フランキー! 僕達の仲間になって!」
「ブフッ!?」
当の本人は突然の話題に吹き出した。
「な、なんッ! なんで俺だよ!」
「んー、船の勘?」
「そりゃ……無下には出来ないけどよ……」
船、絶対。
船大工にしか分からない感覚を口にする。
「この島ってたくさん船があるでしょ?」
ちらりと見渡せばそこらに船は在中していた。
ウォーターセブンは所謂〝船の島〟だ、当たり前だと言えば当たり前だ。
「みーんな、言ってるよ。この前怪我してた所を治してくれた、とか。昔はやんちゃ坊主だったなぁ、とか。アイスのおじさんと喧嘩ばっかりしてたんだ、とか」
「突然始まる俺の黒歴史暴露! 親戚のおっちゃんかこの島の船は!」
「『てめーよりは年上だ馬鹿野郎』だってさ、そこの船が言ってるよ」
「てっめぇ! お前アレだな! この前カモメに糞付けられた船だな!」
照れ臭いのか、船と話せた興奮からか、フランキーは顔を真っ赤にさせて船を指さしていた。
人も船も話せるメリー号はやり取りに大笑いをしている。これがリィンとそっくりの顔なのだから多少は純粋さを分けて欲しいものだ。
「船の子、お前船と話せるのか」
「僕も船だもん」
小さな船の子供はむすくれた表情をする。今は人間じゃねェか、とどこかの船が呟いた。もちろん普通の人間には聞こえないが。
「っ! そうだよ! 僕人間だ! 沢山食べ物食べて沢山熱を感じて沢山おしゃべりするんだ!」
不機嫌そうな表情から一変、とても楽しそうにワクワクと心を踊らせた。
感情表現というのも彼の心を踊らせる原因の1つなんだろう。
リィンに分けてやりたい程ポジティブだ、顔はそっくりなのに。ついでに体格も。
「あ、でも船長にも聞いておかないと……」
フランキーの勧誘、それには人間として前提条件があることを思い出した。
彼は人で、海賊という組織の人間だ。
船長に伺い立てるか提案する必要があった事を忘れていた。
「船長の所行ってくるね」
ヨタヨタと危うい足取りで歩くメリー号を船大工は見送った。
「……良かったな、フランキー」
「……俺は、子分の面倒見なきゃならねェからあの誘いには無理だ、乗れない」
「お前の夢くらい知ってる、最高の船に乗ってやれ。お前の所の人間は見てやれるよ」
「俺達の造った船は見てくれないわけか」
「自分で見ろ」
──…アンタだって乗りたいだろうに。
兄弟にそう背中を押され、フランキーは瞳に覚悟を宿した。
心に浮かんだ言葉は自分の願望をありありと見せていた。
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「わぷ……っ!」
人の体になれないメリー号にとって足という存在は不思議なもので、重力を感じる移動手段は手間取る。
クラバウターマン時代は歩くと言うより浮かぶと言った方が正しい。
それ故にメリー号は転んでしまった。
リィンの服を借りているので彼女の服が地面で汚れてしまう。
「ッ!? ちょ、大丈夫!?」
メリー号は仲間や船大工では無い声が上から降ってくる。
いてて、と小さな声を零しながらメリー号は嬉しそうに顔を上げた。
「痛いよ!」
「いや見りゃ分かるけどさ」
「わぁ、痛いってこんな気分なんだね!」
「は? 何言ってんのリィンちゃん。キミ、痛いとか死ぬほど味わってんだろ?」
「うん? リィン? 僕メリー号だよ?」
「は? あ、偽名? 髪色まで染めちゃってさ、今度は誰を騙そうと…──」
しゃがみ込んだ男はメリー号と視線を合わせるが首を傾げた。
「……リィンちゃんじゃ、ねェな」
「だから、僕はメリー号! ゴーイングメリー号って言うんだよ! リィンとは別!」
首をぐいっと掴んでメリー号は空中に吊り下げられた。アイマスクを付けた顔が双眸を捉える。
「メリー号、って麦わらの一味の船の名前だな」
「僕を知ってるの?」
「いや、そうじゃなくて。騙されるかよ、どう足掻いても偽名だって分かるだろ」
「……んーー! 僕船だったんだもん! 信じてないでしょ!」
流石にない、と男が首を横に振る。
信じてくれないと分かったメリー号はブスりと顔に不機嫌を表す。
そして男は悟った。
あ、リィンの血縁じゃない。と。
感情表現豊かな人間はあの血縁に居たが、可愛らしいという表現とは程遠い存在だった。
では何故こんなにも似ているのか? リィンを知ってから創造されたような見た目だ。
「本当に船……いや、無い、無いな」
頑として信じない様子にメリー号は諦めた様子を見せる。
「おじさん、誰?」
「あ、あー。お巡りさん?」
「徘徊してるの?」
「……ニュアンスが若干違うけどよォ」
純粋な疑問に心を抉られた男は思わず視線を逸らした。己が徘徊をしているという事は自覚しているんだろう。
「その乗り物で来たの?」
「すげーだろ、自転車で海を渡れるんだぜ」
森の木陰に隠された自転車に視線を送ると男は自慢げに笑顔を見せた。子供相手だ、腕っ節も無いだろう。男の警戒心は次第と薄れる。
しかしそれも一瞬。
「自転車、壊れそうだよ?」
「へぁ?」
「センゴクさんって人がこれ以上放浪するならいっそ自転車を壊してやろうかって言ってたらしいよ。すっごい嫌がってるからやめてあげてよ」
胃痛がした。
「なんで、そんな、こと、を」
「自転車が訴えてるよ?」
「……センゴクさんの名前が出る辺り冗談の類いでは無さそうだな。あの人ブチ切れてるし」
ブツブツと青い顔で呟く男。
猫のようにぶら下げられたメリー号は大変そうだね、と自転車に視線を向けていた。
どうやらチョッパーは動物、メリー号は乗り物と話せる様だ。
「嬢ちゃん、いや坊主か? 良かったらさ、海軍に来ねェ?」
「やだ。僕海賊だもん」
「お巡りさんを目の前にしてよく言うなぁ」
ま、だよな。
そう思いながら男は頭をガシガシかいた。
「ねェおじさん」
「おじさんはやめてくれ」
メリー号はじっくりと男を観察し、まぁいいやと口を閉じた。
メリー号は船での経験上分かっていた。リィンに関連する事で無駄に関わらない方がいい、センゴクという名に聞き覚えがあったとしても。
「え、そこで話止めるの? 気になるなぁ」
「こんな世の中知り過ぎるのもどうかと思って」
「……あー、まぁ」
スンッと真顔に変わったメリー号。
男は苦笑いを返す。
「僕の仲間もよく知り過ぎて胃痛になってるし」
「…………そりゃ、災難、だな」
その胃痛の原因の中で1つ思い当たることがあるのか、放浪癖のある男は最早乾いた笑いしか零せなかった。
「それよりもっと知りたいこと沢山あるんだ!」
「ヘェ、例えばどんな?」
「んー……島とか、お買い物とか、肩車とか」
「んな些細な事でいいのか?」
「うん! 人の生を謳歌したい!」
するとメリー号の視界はぐわりと高くなった。
高身長の男の肩に乗っているのだと、視界の高さと伝わる体温を感じて分かった。
「肩車くらいなら俺がしてやるよ」
「あ、ありがとうおじさん!」
おじさんという不名誉な呼び方に何度目かの息を吐いた。年齢的におかしくないのだが何となく嫌だ。
それに反し、高い視線にメリー号はキラキラと目を輝かせる。
「リィンちゃんにもこんな可愛げがあればなぁ」
幸い誰にも聞こえなかった。運がいい。
「ねーねー、おじさんー」
「クザンだ」
「ねェクザン、僕知ってるよ、たーくさん」
「おー」
おざなりな返事も気にせずメリー号はキラキラと視界に降り注ぐ星の雨を全身に浴びた。
「だから、あの子の辛さも知ってる。優しい事も知ってる。たくさん、たーくさん!」
メリー号が両手を広げて表現したばかりにバランスを崩しそうになる。
何とか踏ん張るとメリー号はトン、と肩から飛び降りた。そして着地に失敗して転んだ。
「カッコつかねぇな……坊主」
「えへへ」
痛い痛いと嬉しそうに呟きながらメリー号は立ち上がってクザンを見た。
覗いたその目は無機質の様に冷たい。
「あの子を泣かさないでね、人間」
この子供は、同僚にそっくりの子供は純粋な人間じゃないと直感的に感じた。
クザンは密かに船だという言葉を信じ始めていたのだ。
対するメリー号はクザンが『あの子』に近い人間だと知らない。それでも『あの子』を悩ませるのがお巡りさんだという事は理解していた。
そして『センゴクさん』が『あの子』に近い人間だと言うことは確実に。
人間関係に疎く、人間の感情をよく知らない新米人間だが、それなりに船として大切にされ海を渡ってきたのだ。
船から人になった少年は、赤子同然の感覚を持ち、見た目通りの冒険心と好奇心を持ち、想像以上の慈愛を秘めていた。
そのアンバランスさが好印象を抱かせる『メリー号』を奇跡的に生み出している。
そうでなければ、リィンはいくら愛用していた船の化身だろうとメリー号を口車に乗せて隔離しただろう。リィンが
「……どの子の事を言ってるのか知らねぇがソレが『海賊』になる以上聞けないな」
本当に自分の同僚は海兵なのか。海賊じゃないという確信があるのか。
クザンの抱いている疑心は案外根深い。
彼は、麦わらの一味に絆されかけた者だから。
「まっ、いいやぁ! どーーせ、あの子はしぶといだろうし」
「…………坊主、お前なぁ」
呆れて物が言えないとはまさにこの事だとクザンはため息を吐いた。
「じゃあ僕皆の所に戻るね! おじさん、また会えたらおしゃべりしようね! あと肩車も!」
「おじさんって言うなッ!」
軽い足取りでメリー号は手を振りながら麦わらの一味が集う方向へと駆け出して行った。
警戒心を抱きながらクザンはその背を見送る。
どうかこの『見送る』という選択が取り返しのつかない選択になってくれるなと願いながら。
乗り物と喋れるメリー号、とっても楽しいです。
陽気な子がヒヤッとする空気を醸し出す瞬間とっても性癖にグサグサ来ます分かって!!!!!
おじさん「なんかアレヤダ」