2度目の人生はワンピースで   作:恋音

230 / 278
第215話 特別意訳:だってお前海賊の子供じゃん

 

 突如現れた海軍元帥。

 七武海と最高戦力という手土産まで持って現れたセンゴクに、フェヒターは『リィンに攻撃を仕掛けたセンゴク』の正面に立つとリィンに疑問を投げかけた。

 

「小娘ェ!どういう事だ!」

「理解不明ぞッ!」

 

 リィンは震える手でルフィの服をがしりと握りしめていた。離れたがらないリィンをルフィは片手で抱えあげる。

 どういう事だどういう事だと何か分からないことがあったら全て私に聞きやがって!とリィンが心の中で悲鳴を上げる。

 

「仏のセンゴク、とりあえず麦わらの一味で良かったな」

「あァそうしてくれ。ただわかっていると思うがリィンの能力は厄介だ。確実に潰してくれ」

「了解した」

 

 くまはコクリと頷くと空気を圧縮し始める。ほんの少しの時間の溜め、それは散弾銃の様に破裂した。

 

「グッ……!元帥と七武海相手に1人じゃ荷が重いな……!くっそ、あの腹黒が居りゃ」

 

 ボソリとフェヒターは呟く。

 謎なのは海軍側の行動だ、何よりこの場に。

 

 

「(女狐が、2人いる……!?)」

 

 

 フェヒターの考えは、ルフィの驚きと直結していた。

 フェヒターもルフィも、そしてメリー号もだが、リィンが女狐だと知っている人間だ。

 

 嘘だ嘘だと繰り返し続けるリィンの脅えよう。

 フェヒターは1つの結論を下した。

 

 リィンにとってこの女狐は完全なイレギュラー。恐ろしい事だということ。

 つまり…──。

 

「海軍、てめぇ小娘を裏切ったな」

「なんの事だか分からんな」

「センゴクゥ!テメェだけはまともだと!思ってたんだがなァ!」

 

 『リィンでは無い本物の女狐が現れた』

 くまは拳を握りしめ武装色の覇気を纏うと、伝説の海賊であるフェヒターを無視してルーキーを潰しにかかった。

 

「ま…──ッ!?」

 

 フェヒターは動けなかった。

 その理由はセンゴクと共に現れた方の女狐だと、その視線で確信した。足が地面に縫い付けられた様に動かない。まるで空気が動くことを嫌っているように。

 

 

「そもそもだ剣帝。……リィンは冥王、ひいては戦神の娘だろう。海賊の血は、海賊王の一味の血は絶やさなければならない」

 

 

 リィンの恐れていた事が現実となってしまった。

 その言葉を避けるが為に、今まで頑張ってきたと言うのに。

 

 

「なんで、そんなこと……!センゴクさん、センゴクさんっ!」

「やめろ雑用!海賊に堕ちたのは我らの方だ!」

「違う、だって、やだやだやだやだ!」

 

 リィンは涙をボロボロ流しながら叫んだ。

 

「本当のお父さんみたいに!優しくしてくれたじゃなきですか!」

 

 海軍の親代わりは慈愛を込めた笑顔を浮かべ、口を開いた。

 リィンの言葉…──『父親のように』『冥王と戦神』などの真実に驚いていたキッドやローは、その言葉を聞いてキリリとセンゴクを睨むことになる。

 

「──最早利用価値もあるまい」

 

 ボンボンボンボンと地面が激しく爆発する。それはまるで水素の爆弾が降っている様な。

 仲間が、海賊が、その爆発に巻き込まれ血を流す。

 死に至るほど強い攻撃じゃないが、確実に戦いの火蓋が切って落とされたと確信する範囲攻撃だ。

 

 フェヒターはその技を見たことがあるようで見たことがない。

 つまり唯一の無知、女狐の技だと確信した。

 

「移動という観点ではくまを連れてきて正解だったか。まとめて潰すと護送船と海兵を使ってしまう。海底か上空あたりでいいだろう、能力者であろうとなかろうと死ぬ」

「確かに、的を射ている」

 

「う、ああああああああああぁぁぁ!」

 

 リィンが胸を抑えて苦しみ始めた。仲間の悲痛な声が届く中、リィンはルフィの腕から転げ落ち、地面にべシャリと倒れ込む。

 

「めぎ、つね、あ、なた………か…」

「……………消えろ」

「やめろォお!」

 

 女狐が手を銃の形にし、標準をリィンに合わせた。

 嫌な予感がする。

 ルフィは咄嗟にゴムの体を伸ばして女狐へと殴りかかった。

 

「させぬ」

 

 しかしルフィの腕はくまに弾かれる。女狐はバックステップを取ったかと思うと地面に倒れ込んだリィンに迷うこと無く肉薄した。

 

「小娘!」

 

 動けないフェヒターはただ叫ぶ。

 

「ちっ、〝シャンブルズ〟」

 

 ローの能力の展開。リィンの居場所とそこらにあったであろう樽が入れ替わる。

 女狐は小さく舌打ちをすると指で空に何かを書き始めた。何も見えない、パントマイムにも見える。

 

「〝獅子歌歌〟」

「〝首肉(コリエ)シュート〟」

 

 堂々とした余裕で女狐は立っていた。避けるなんて動作を全くする前兆の無い女狐。技を仕掛けた2人は眉をひそめる。

 

「〝武装〟」

 

 間に割り込んだセンゴクによって防がれていた。

 

「ずらかるぞお前ら」

「流石に分が悪すぎるな」

 

 ローとキッドが撤退の合図を出す。ホーキンスは既に姿が見えない。死ぬ確率は占いにより無いと知っていても、このプレッシャーに耐えきれる程の度胸は持ち合わせていないからだ。そしてドレークは叱られた子供のように萎縮している所をホーキンスに引っ張られていた。

 

 同期の撤退。それに続くようにルフィも声を上げた。

 

「全員!生きてここから逃げ出すぞ!バラバラになって!少しでも生存確率を上げるんだ!約束の3日後!会おう!」

「ハッ」

 

 女狐が鼻で笑う。

 そう言えば、と麦わらの一味が青キジの言葉を思い出した。麦わらの一味の同期も女狐担当だった、と伝えられていた様な。

 

 逃げるだけ、無駄なのではないか。

 

 女狐は海軍元帥というプレッシャーに隠れてしまっているが自分達はその女狐と対峙した、と思っている。ルフィ以外は。

 

「ハートの海賊団とキッド海賊団、後はバジル・ホーキンスに、ドリィ、君たちは見逃そう。だが麦わらの一味──」

 

 まるで女狐の言葉を引き継ぐかのようにセンゴクが海を漂う屑に向かって毒を吐いた。

 

「お前らは生きていることを許すと思うなよ」

 

 リィンは肩で呼吸をしている。何らかの攻撃を受け、反撃のできない状況だ。最速でリィンを潰されたということは、困った時のリィンの能力に頼れない。麦わらの一味だけでは、七武海1人だろうとキツイ現実だ。

 フェヒターは足が動かないながらも、上半身を捻り勢いを付けて武器を振り下ろした。それは斬撃となって……女狐の元へ。

 

 動けない原因からどうにかしようと考えた。

 

 また、大事な者が傷つく瞬間を傍観するのは嫌だから。

 

「ッ!?」

 

 予期せぬ方向からの攻撃だったのか、他に集中していたのか。女狐は虚をつかれ驚いた。斬撃は彼女に襲いかかる……寸前、斬撃自体が塵のように消え去った。

 流石にこれにはフェヒターも驚くしかない。不意打ちの攻撃を無効化した女狐に。

 

「あー……」

 

 それに気付いたセンゴクは嫌そうな声を出した。

 

「女狐、気を付けてくれと言ったよな。あァ、口には出すな。とりあえず、お前はリィンに有効だ。生け捕りのみだ、決して殺すなよ、だが確実に仕留めろ」

 

 一体何を言っているんだ。

 フェヒターは知っているはずのセンゴクが、全く知らない様に思えてきた。それに女狐の能力の制限、効果、それらが全く分からない。

 理解が出来ないのだ。こんな感覚は人生でそうあるものでは無い。

 

 

 女狐はコクリと頷くとリィンに再び肉薄する。止めようとするも仲間達は七武海のくまに邪魔されている。

 

「お勤めご苦労、女狐」

 

 リィンは女狐に触れられると、電流が走ったように体を硬直させ、女狐の方に向かって気を失った。

 

 

「……どういう、事だよコレ」

 

 フェヒターは考える。

 リィンが女狐であったことは確実だ。そして先程言ったお勤めご苦労という言葉は、リィンに。過去の女狐に言ったようにしか思えなかった。

 

 つまり、お飾りの大将はもう不要、という事ではないのか。

 

 リィンが仕組んだことであればまだ救いはある。だが今回シャボンディ諸島にやって来て、

 

 

「センゴク……!テメェ!」

「くま、ONLYALIVEは海軍本部へ飛ばしてくれ。ほかは海の底だ」

「心得ている」

「な……ッ」

 

 くまの肉球に触れたゾロが一瞬にして姿を消した。

 

「ゾロ、が……消えた……?」

 

 応戦で精一杯の麦わらの一味は最早ボロボロだ。比較的軽傷で済んでいるのは、海軍元帥は戦い自体にはそう参加せず、指示を出しているだけである、それだけだからだ。

 

 知将センゴク。

 その恐ろしさは最高戦力に劣らぬ戦力、では無い。

 

「ハートの海賊団、頼むから逃げてはくれないか。そこにいるとまで殺してしまう。珀鉛病の子よ」

「……!」

 

 物陰に隠れて息を殺していたはずのローが、見透かされる。

 全てを見通しているのかと、そう錯覚するほどの優れた知能。観察力。そして数多の海賊を罠に掛け捕縛してきた恐ろしい頭脳、戦略を組むこと。

 

「(いや、甘いな。脳筋すぎるぜセンゴク)」

 

 フェヒターだけはこの作戦の甘さというのに気付いていたが。

 それは作戦の不完全さではない。追い詰めが甘いというより、センゴクらしくない力技の作戦であったという事だ。違和感があるのだ。作戦立案がセンゴクでは無いのか、はたまた作戦に制限があるのか。

 

「くま、早くしてくれ。私達も忙しい」

「了解した」

 

 左で、右で、応戦しながら一味を相手するくま。その能力で次々と麦わらの一味は姿を消していく。

 フェヒターの横をすれ違った瞬間、彼はフェヒターにしか聞こえない様な小さな声で呟いた。

 

「……麦わらの一味は安全な場所に飛ばしている、安心しろ」

「テメェ、なんでそんな」

「麦わらの一味はリィンの仲間だ。説明不足か」

 

「……いいや、充分な理由だ」

 

 あの影響力だけは1人前の娘だ。その一言で納得してしまった。

 

「全く、雪辱を果たしたいだか何だか知らないが、こうわがままが何度も効くと思うなよ」

「わかっている」

 

「(ほぉー、あのくま公に無理通されてるから知将っぷりを発揮出来ないってわけか。なら、ひとまず安心か)」

 

 フェヒターは知将を相手取るより『麦わらの一味を理想的に離脱させるくま』に賭けた。抵抗の意志を感じないと思ったのか、足が自由になる。

 

「歳だけは取りたくねェな」

 

 ……最悪、リィンだけは奪い返せるように。女狐の手にあるリィン奪還は、自分の仕事だ。

 狙うべき点を決め、体力の温存に励んだ。

 

 瞬間的に、最大の力を出せるように。

 

 

 その間もどんどん麦わらの一味は消えていく。くまの能力は三日三晩どこかを飛び回り旅行する技、行き先は本人にしか分からない。

 

「焦んな、俺」

 

 リィンが成長する度思い返すのはロジャー海賊団で冒険した日々だ。拾われ、拾い、救われ、救い。

 

『グラッタ、情けねーな』

『ほぉーら行くよー』

 

 リィンそっくりなアホ面が思い返される。

 

「……やるか」

 

 麦わらの一味にとって、船長であるルフィにとっては絶望しかないだろう。仲間が次々と飛ばされる中、何も出来ず、ただ無力を噛み締める。プライドもへし折られ、絶望しかないだろう。

 

 ルフィが叫んだ。独り取り残されたルフィが。

 

「リーを、離せぇ!」

「……ッ」

「お前は!女狐なんかじゃない!似てるけど全く違う別人だ!あやふやだ!俺のリーを!俺の女狐を!妹を返せ!」

 

「……は、はは」

 

 なんだ、麦わらの一味はもう既に絶望を味わっていたのか。

 ルフィはリィンが女狐であることを知っていたのか。

 

 フェヒターは喉の奥から笑いがこみ上げてきた。

 

 俺に助けを求めるとか、そういう考えは持ち合わせてない。甘い。甘いが、助けたくなる男に成長している。

 

──強くなったな、小僧。

 

 今だけは耐えてくれ、行き場のない気持ちを無理矢理殺しフェヒターはそう願った。

 

「……もう二度と、会うことも無いだろう」

 

 くまの肉球に押し潰され、ルフィは姿を消した。

 

「小むす…──ッ!」

 

 ピンと海軍側3人に気付かれない死角でリィンが指を動かした。生きてる、大丈夫だと伝えてくれている。止まれと指で伝えてくる。

 

 考えがあるんだな、テメェには。その状況から逃げ出せる手段が。頼むから死んでくれるなよ。

 

「……センゴク、俺は絶対お前を許さない。小娘を苦しめた『外道』を」

「育児放棄した父親の代わりにここまで育てた私に感謝こそすれ恨まれるのはお門違いだがなあ」

「ッんだと」

「肝心の父親は来ない。所詮海賊、と言った所か」

 

 

 

 

 ──シャボンディ諸島12番GR(グローブ)。この日、麦わらの一味は完全崩壊を喫した。知将センゴク、七武海くま、そして謎の将校。恐らく彼女が女狐である。その強さは海軍を導き、世界を守る私達の神なのかもしれない。1部を覗き見た私はそう思った。『出版社【毒の花】より抜粋』

 

 

 

 ==========

 

 

 

 

 キィ、と軍艦の扉が閉まる音。

 気絶したフリをしていた私は、その音を聞きながら黙ってセンゴクさんに運ばれる。

 

 どさり、とソファに腰を下ろす音。

 

 そして…──

 

「「──お疲れ様ーッ!」」

 

 人払いをした後でセンゴクさん、くまさん、女狐、そして私の4人でハイタッチを交わした。

 

 

 フゥ、と一息はいて私はセンゴクさんの隣にとすっと座る。センゴクさんが飲み物を用意してくれたので遠慮なく貰った。

 

「いや、土壇場でよく息ぞ合いますた。ありがとう!」

 

 乾杯、と言いたげな感じで私はコップを掲げる。

 それに付き合ったのは意外にもセンゴクさんだった。

 

「これはリィンの作戦勝ちだ。元々の作戦が力技なところがあったから細かな会話やごまかしをするだけで助かった」

「飛ばした場所は指定された者以外は適当なチョイスだったが大丈夫か?」

 

「大丈夫です多分。あの人たち生命力は高い故に。それにしてもくまさんも一味相手によくやってくれますたァ!それと女狐、短期間でよくここまで仕上げますたね」

 

 ごくごくと甘ったるいジュースを飲み干すと、コップを机に置いた。ハー…と脱力しながらソファに腰を沈めると、女狐は仮面を外しフードを取った。そこから出るのは私の顔。

 

「そうじゃないわよーーーう!あちし、本当にビビったんだからねい!?怪我はないのーう!?」

「私が守るからあえて無防備にしろ、と言っていたのに剣帝に一撃許してしまったな。すまない」

「だ、大丈夫ようセンゴクちゃん!何故か無事だったしぃ。……話持ち掛けられた時は流石にびっくりしたけど」

 

 ──をした、私の心友ベンサムだった。

 

 麦わらの一味とその他諸々に襲いかかった女狐はベンサムでした!ありがとう私の真似!

 

 そ れ よ り も 。

 

「見ますたかセンゴク!あのフェヒ爺の間抜け面!いやー、スカっっとしますたね!」

「これが冥王相手なら上手くいかなかっただろうな。間抜けの方で助かったよ」

「そりゃまぁ!足止め頑張りますた故にィ!」

 

 持つべきものは能力者の友と協力者だね。能力者万歳!

 

 

 

 そう、私は今回完全に企んで麦わらの一味を陥れたのだ。

 予定外の事なんてほんの少ししかない。例えばカクが現れたり天竜人殴ってくれなかったり同期が勢揃いだったり。

 

 

 

 今回の目的と方法、そして問題点を箇条書きにするとこうだ。

 

【目的】

 ・2代目海賊王育成計画

 →修行する環境を無理矢理作る

 ・麦わらの一味を完膚なきまでに叩きのめす

 →最高戦力や七武海に潰してもらう

 ・依存しない様に全員バラバラにする

 →くまさんの能力を利用

 

【問題点】

 ・レイさんとフェヒ爺の妨害

 →シーナを緊急派遣して足止め対応

 ・ルフィが女狐を勘付いた疑惑

 →念押しでリィンと女狐の同時投入

 →ベンサムのマネマネの能力で実現

 ・声色や戦闘

 →あえて何もさせず、私が能力(不思議色)を使う

 ・堕天使リィンの行動

 →動揺とショック、そして最初に狙いを付け無力化

 ・同期の海賊団

 →面倒臭いから逃がす

 

 

 完璧、完璧である。

 

 そして幼い頃の私の悪いところを完全に回収する為にも、今回頑張った。

 悪いところ?そんなの伝手を広げるために犠牲にした女狐の正体だよ。あれがなければ伝手は出来にくかっただろう。それの払拭だ払拭。

 

 女狐=リィンだと知っているフェヒ爺やその他諸々へのアピール。ズバリ『リィンは女狐だったのかもしれないけどその情報はほぼ無駄に終わるんだよ作戦』!

 

 『女狐リィン』の尋常じゃない動揺で、完全にイレギュラーだということを言外に伝える。

 

 そして『女狐ベンサム』が現れたことによって。

 

 海軍はこういう判断を取ったとみなされるだろう。皆は思うだろう。そして私、女狐も思うだろう。

 

 『お飾り大将を切り捨て、本物の女狐を出した』と。

 

 私、リィンは本当の女狐を登場させる(or見つける)までの繋ぎだったのだ。ロジャー海賊団の冥王と戦神の娘というポジションで純粋無垢。すぐに利用出来、切り捨てるのに容易な人物。

 政府や海軍にとって私ほど都合が良くて利用しても良心が痛まない存在はないだろう。そこを敢えて利用した。

 

「問題は本当の女狐が何故10年もリィンという影武者を使って潜伏していたか、ですけど」

「そこだ」

 

 女狐の輪郭があやふやだ!という問題点もあった。だから私はセンゴクさんにこう提案された。

 

 『リィンが演じる女狐を殺してみないか』と。

 

 私は『リィン』を捨て、『女狐』を選んだ。もちろん両方とも守れるのなら守りたい顔ではあるけど。

 完璧だった。流石、センゴクさんと私が考えた『絶望のシナリオ』だ。どこからどこまでが偽女狐で真女狐なのか、という括りを決めなければならないが私の潜入はこれにて1括り終了。考える時間は沢山ある。

 

「私の知ってる人間の中に都合のいい設定を持った人間がいた。そいつは能力者だったから、それを借りるのもいいだろう」

「へぇ」

 

 能力者は強力な能力を得る代わりに泳げなくなる。そして他にも代償はあり、肉体年齢が止まることや、能力の使用に体力を使うなどのぼったくりがあったりする。

 それはもう実際食べたり、会ったりしないと理解出来ない点だ。

 

 センゴクさん程の人物だったら多くの能力者を知っているだろう。

 

「とりあえずそれはまだ先の話だ。とりあえずリィン、潜入お疲れ様。そして女狐の任を一旦降りてもらう」

「真女狐も、やっぱり私なのですか……?」

「当たり前だ。お前をそうそう手放せるか。女狐の枠はお前を海軍に囲い込むのに丁度いい。……──これを期に自分が影武者の女狐で裏切り者だった、と麦わらの一味に伝えるのもいいかもしれんなァ」

 

 海賊もびっくりのあくどいやり方。麦わらの一味は友好的だ、多分許してくれるだろう。分からないけど。同情を誘うやり方でいけばきっと影武者の女狐だったリィンなら受け入れてくれる。

 そうすれば堕天使リィンは海軍と完全に分断。つまり海軍の内通者だと疑われる可能性は現状より限りなく低くなるだろう。

 

 

 真女狐。

 演技の都合とか、能力の都合とか、そういうのは多くあるので嬉しい限りだ。賢い人や私が女狐だということを知っている人に対して『偽女狐』と『真女狐』という括りを作るだけで、一般海兵や一般市民に対しては一貫して『女狐』だ。

 偽物と本物に違いを作らない方が良い。

 

「ともかくお前には休暇をやらないとな」

「え、マジです!?」

 

 ぎょっと目を見開いて休暇の話を詳しく聞き出そうとする。私これから書類仕事とかに殺されなくて済むの!?嘘!?マジで!?

 

「安全な所で1週間から1ヶ月、それくらいなら暇を出そう。というか最低1週間は休め」

「やったー!休みだァ!」

 

 クルクルと小躍りしながら喜びを全力で表現する。

 ベンサムは私の顔で苦笑いを浮かべながらため息をついた。

 

「とりあえず何かをやったフリをして堂々と余裕ぶってろ、って聞いた時はどうしたらいいものか焦ったけど。センゴクちゃんの指導あって本当によかったわよう」

「あの拳銃や文字のパントマイム完璧!あと声色も!」

「センゴクちゃんの指導の成果よーう。あと声色は音貝(トーンダイヤル)、って言うのよねい。あれに吹き込んでくれた女狐バージョンの声聞きまくったのよーう!」

 

 ウォーターセブンで月組に頼んで、ベンサムに荷物を届けてもらった。あの中には女狐なりきりセットが入っていて、仕草や癖は紙で細かく、声色は音を吹き込んで頑張ってもらうしかなかったから最悪私がアテレコしようかと思ってた。

 マネマネの実、やっぱり使えるな。

 

「ニコ・ロビン辺りが気付く無いといいですけど」

 

 まァ悟られる様な演技はしてない。私の嘘は、七武海辺りじゃないと中々見抜けないだろう。センゴクさんですら時々騙されるんだ。

 

 ただ情報を整理して真実に行き着かないか、という不安はある。どこからどう情報を得るか、そこは操作出来ないんだし。

 

「フェヒターが気付かないんだ、気付くわけがない」

「そうですね、あの人も間抜けですけど、賢くない訳では無いですし」

 

 そもそも3人の大将にすら伝えてない。

 サカズキさんがこの諸島に居て不都合だったのは、天竜人に要請されて動く人間が大将以上であるからだ。

 

 センゴクさんは麦わらの一味を利用しようと企んでいる。その中で他の大将が派遣され、命が潰されたら。

 麦わらの一味2代目海賊王育成計画が台無しだ。

 

 もちろん育成させるバラバラの期間に麦わらの一味が狙われても戦力分散してる今、とても拙い。

 そこでお役に立つのが必殺情報操作!

 

「それに麦わらの一味完全崩壊をノーランさんに頼むして大々的に広めるしてもらう故に、えへへ、完璧ですよ。これで麦わらの一味が完全に修行に力を込める可能です」

 

 とにかくこの情報を推して貰うように頼んだ。今回は情報拡散の意味も兼ねて全力で情報を広げる。その代わり、青い鳥(ブルーバード)では生存説を推して貰うけど。

 世界は混乱すると思うよ。

 

「そう言えばくまちゃんはどこに飛ばしたのよう」

 

 キョトンと私の顔が不思議そうな顔をした。くまさんの能力で飛ばされた先はベンサムに伝えてない。というか私も聞かされてない。

 一部の人間だけ、センゴクさんと相談して決めているけどほとんどセンゴクさんが決めた。予想外だったのはくまさんもノリノリだった事だろう。センゴクさんから又聞きしただけなんだけど。

 

 飛ばす場所は寸前に思いついて変えてもなんら問題無かったから相談とかそういうのは後回しだったんだ。

 

「ロロノア・ゾロをミホークの所に。これはリィンの希望だったな」

「はい。というしても、私も世界に詳しきわけではない故。センゴクさんに任せるでした」

 

 だから麦わらの一味が到着するまでの2日間めちゃくちゃしんどかった。シーナを呼び寄せて、ノーランさんと記事の打ち合わせして、センゴクさんと計画立てて、と。引きこもっていたので電伝虫フル活用で頑張りました。こんなに頑張ったの久しぶり。

 

 

 

「この知将親子怖いわ……」

「分かる」

 

 ベンサムの恐れる声とくまさんの同意。

 私はにっこり笑った。センゴクさんと同じような笑顔で。

 

 

 

『そもそもだ剣帝。……リィンは冥王、しいては戦神の娘だろう。海賊の血は、海賊王の一味の血は絶やさなければならない』

 

 

 

 

 私の恐れていた想像を、センゴクさんは現実にした。女狐の影武者なんて出生や諸々含め私の恐れることそのものだ。

 だから私は私を絶望させる為の策は思いついた。

 

 センゴクさんは私に『女狐リィンを殺さないか』と提案され、その計画に追加させる様に私はセンゴクさんにこう提案した。

 

『センゴクさん、私の嫌がることを実現してくれませんか?』

『は?』

『私、リィンを。影武者の女狐であり堕天使リィンである私を、海賊の血筋だと貴方がハッキリ口に出すして切り捨てて欲しい』

『……正気か?そんなことをしても、お前に利点は無いだろう。そもそも元女狐だと怪しまれる様な行動になるぞ?』

『女狐の正体がセンゴクさんの想像以上にバレてる。ならその欠点をゼロに戻すんです。センゴクさんが子供を利用する最低のクズ野郎という評価と引き換えに』

『それは』

『そうすれば、私はセンゴクさんを怖がる。海軍を恐れる。鬼の血を引く私だから』

 

 センゴクさんの評判は最低になるだろうけど所詮海賊の評価だ。

 やるなら、徹底的に。

 

 リィンの女狐を殺すのなら、手加減不要。普通のセンゴクさんなら『海の屑』に堕ちた子供を許さないだろうから。

 

 

 

 ……あ、そうだ。この作戦が終わったら言いたいことがあったんだ。絶対に伝えなきゃいけないことを伝え忘れていた。

 この作戦だからこそ。絶対に。

 

 

 

「センゴクさん、育ててくれてありがとう」

 

 感謝こそすれ恨まれるのはお門違い?

 全く持ってその通りと同意しか出来ない。

 

 センゴクさんなら私を見捨てないと思ったから、私は『私への絶望』が怖くなかった。諸刃の剣だと思ったけど、難色示したセンゴクさんを信じたのだ。

 

「……いかんな、歳か」

 

 センゴクさんは丸眼鏡を外して目元に手を当てた。ニッ、と歯を見せて、私はベンサムに愉快だと言わんばかりに笑いかけたのだった。あー、船酔いが来そうだなぁ。センゴクさん、傍で休んでいい?

 

 

 

 

 

 

「ご苦労さまですセンゴク元帥!」

「頼むぞ」

「……あれ?」

 

 何故か軍艦はインペルダウンに着いていた。

 

「…………あれぇ?」

 

 私はあれよあれよという間に囚人服を着せられて。

 

 

 

──ガシャン

 

 

 level6の牢屋の中に何故か居た。

 

 

 

「はぁああぁぁあ!?センゴクさんどういう事ぞ!?」

「すまんな、休暇はここで楽しんでくれ」

「えっ、え、これは休暇では無いですよね!?」

 

「あー、ごめんねいリィンちゃん。あちし別に女狐は乗っ取りしないからそこは安心してよう」

「外敵が来ることも無く、ワンルームで寛げる最高の場所だ。ベッドが硬いのは譲歩してくれ」

 

 牢屋の外でセンゴクさんが私を見下ろし、女狐の仮面を被ったベンサムが申し訳なさそうに手を合わせる。

 

 つまり私はこれから牢獄で、更にいえばいつでも処刑出来るわけじゃないですか。『元海軍雑用の現海賊モンキー・D・リィン』は住民登録で家名をモンキーにしているから、『両親が海賊の女狐本名シルバーズ・リィン』よりある意味安全っちゃあ安全なわけですけど。

 わざわざ海楼石の錠まで付けて、足枷まであって。

 

 センゴクさんはそのまま踵を返した。

 

 

「──もしもしィ!?流石にこの扱いはちょっとどうかと思うですけど!おい聞けやド畜生!!!……あ、ちょっと待ってください。さっとあ゛け゛て゛く゛だ゛さ゛い゛っ!」

 

 

 『私への絶望』が遅れながらも私にダメージを与えにやってきた。

 女狐も、なんなら私も表にいてはいけない世界の都合って、本当に何。

 

 処刑用の建前とかじゃないですよね。センゴクパパ。

 

 

 どういう事なの。聞いてない。




シャボンディ諸島終了。しばらく時間を開けて次に入りますが幕間に麦わらの一味のこの後、を投稿します。、

リィンは優等生系ドクズ。これはもう昔から分かっていたことだった。インペルダウンもやむなし。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。