2度目の人生はワンピースで   作:恋音

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番外編16〜置き去りの者共〜

 

「ふざけんじゃねェぞ!」

 

 ぼったくりBARの壁が吹き飛ぶ音。店主であるシャクヤクは怒りを通り越して最早呆れ返り、ため息を吐いてカウンターに項垂れた。

 

「ッ、フェヒター。私は意見を変えないぞ」

「舐めた事抜かすのも大概にしろよ副船長さんよォ……」

 

 外に弾き出されたレイリーが破壊された壁の埃の中からフェヒターを睨みつける。額から血を流しながらの覇王色の覇気。フェヒターはそんなもん知ったこっちゃねぇと言わんばかりに睨みつけた。

 

 相手が覇王色の覇気を持っていなくとも力量差が無ければ影響力は少ない。フェヒターはロジャー海賊団でも上位に組み込まれるくらいには実力がある。

 

「我々の時代はもう終わりを迎えた。大海賊時代と同時にな」

 

 服についた埃を払いながらレイリーはフェヒターを見る。

 

「何度だって言う、戦争に関与すべきではない」

「っの、頑固野郎が…!」

 

 シャクヤクは何度目かのため息を吐いた。

 

 

 やはりというかなんというか、大型超新星(ルーキー)がここまで揃っていながら海軍が無反応なわけが無い。案の定追っ手は現れた。海軍元帥という規格外な存在だったことは予想外だったが。

 

 麦わらの一味が完全崩壊を迎えて早1週間。

 肝心の麦わらの一味は王下七武海のバーソロミュー・くまによると無事らしい。ただ1人を除いて。

 

 リィンだけは、どうやらインペルダウンに入れられた様。

 なぜ海軍本部という選択肢がないのか。それは男2人が喧嘩している原因にある。

 

「──エースは麦わらの息子だぞ!?」

「ロジャーの息子だろうがカナエの娘だろうが、2人とも海賊だ。我々はただの先人に過ぎない。干渉すべきでは無いだろう」

「小娘はテメェの娘だろう、がッ!」

 

 怒り心頭なフェヒターは握り拳を硬めレイリーの頬を思いっきり殴りつける。逃げも避けもしないレイリーは強烈な打撃にバキリと音を鳴らし、よろりと足がふらついた。倒れはしない。

 

「……随分な態度だな、フェヒター。いやディグティター・グラッタ」

「その名は俺じゃねェ」

「なかなか仲間だと認めず、カナエ達に押し切られて渋々ロジャー海賊団入りしたお前がここまで情に厚い熱血男になるとは思ってなかったよ、グラッタ」

「ッ、俺の名はカトラス・フェヒターだ!屑一族の名は既にねェ!俺にあるのはバカに付けられた自由を求めた武器の名だ!」

 

 キレやすい年頃のフェヒターはその名だけで冷静さを一気に失う。

 過去彼は王族だった。その名は親と共に殺した。

 

「大体俺はテメェのすかした顔が昔っからだいっっっ嫌いなんだよ」

「奇遇だな、私もお前の短気な所が昔から嫌いだよ」

「リィンが捕まったって言った時だってテメェの態度は気に食わなかった」

「『放っておけ』だったかな?」

 

 煽るようにレイリーは顔に笑みを浮かべて首を傾げた。

 フェヒターは額に青筋を浮かべる。

 

「実の親を殺した俺が言うのもちゃんちゃらおかしい話だがテメェの血の繋がった子だろうが」

「彼女は充分に大人だ。子供の見た目を利用出来る頭脳も持ち合わせている。どうにもならなければその時だ。それが彼女の海賊としての実力だろう?」

「アイツは海軍に裏切られてんだぞ!?インペルダウンに入れられてどうなるってんだ!もう小僧の処刑まで時間はねェんだよ!」

「もちろんキミの行動は止めさせてもらおう。私達が自ら動いては次の時代が育たない」

「育つまえに摘まれるのを黙って見逃せって言いてぇのか!」

「その通りだ」

 

 時代があろうが情のある子を見捨てることは出来ず戦争に介入したい剣帝と、古い時代の海賊は今の時代に干渉すべきでないと意見を動かさない冥王。

 現役時代からこの2人の意見はとことんまで衝突していた。方向性の指針が全く逆を向くのだ。

 

 その二人の仲を取り持っていた者達は、現在いない。

 

 シャクヤクは遠い目をしてまたもため息を吐き出した。

 

「薄情者だなテメェは」

「……冥王シルバーズ・レイリーは()()()()()()()()()と共に果てたのだ。私はただのジジイだよ」

 

 フェヒターはレイリーの襟首をガチりと掴んだ。

 

「──ゴール・D・ロジャーは生きてんだろ」

 

 北の冷たく濃い海の色をした瞳が、レイリーを見る。心がズキズキと氷柱で刺された気分だ。

 

「……そうだな、アイツは生きてる。だが海賊王と謳われた男は居ない」

 

 どんな言い訳をしてでも冥王として大海賊時代を生きるつもりは無いらしい。フェヒターはレイリーを説得する行為をついに諦めた。エース処刑の新聞がばらまかれて1週間、随分粘った方だ。

 だがフェヒターは自分の弟子にも近い男を見捨てるつもりは微塵も無かった。

 

 処刑まであと4時間と少し。

 戦争が始まるだろう。

 

 今シャボンディ諸島を出発するとマリンフォードにたどり着く頃には丁度いいタイミングだ。逆にこれ以上遅れれば手遅れになる可能性がある。

 

「火拳のエースは、ロジャーの息子じゃねェよ。俺の弟子候補だ。チッセェ時から面倒見てた、な」

 

 レイリーはグッと息を詰まらせた。

 ゆるゆると首を横に振り、ため息を1つ。

 

 

 ……こっちがため息つきたいわ、とシャクヤクが穴の空いた壁を見て死んだ目に変わった。

 

「お前は、名前を言わないが何か理由があるのか?」

「あ?」

「……ロジャーの息子はエースと呼べる。だがリィンの事は小娘のままだ。だが、ロジャー海賊団の面々の名前は呼ばない。そこになんの理由がある?」

 

 今度はフェヒターが押し黙る。

 真っ直ぐ見つめるレイリーの瞳に観念したフェヒターは渋々といった様子で口を開いた。

 

 先程と逆になった。

 仲がいいんだか悪いんだかよく分からない、とシャクヤクは遠い目をした。具体的に言うとインペルダウン方向に向けて。助けてリーちゃん、貴女のお父様達くそ面倒臭いわ、と。

 

「あの阿呆が言ってた」

「……カナエが?」

「『リィン』という名前は友人の名前と同じなんだと、アイツの子供の名付けが決まった時日の夜、そう漏らしてた」

「……初めて聞いたな」

「もう会えないそうだ」

「……となると、故郷の、か」

「俺はアイツの故郷なんざ知らん。麦わらとお前とアイツが何を隠してるのか、全く分からねぇ」

 

 

 隠し事。

 

 それはカナエの故郷に関係する。何かを隠しているという判断に至ったフェヒターにレイリーは顔に出さず心臓を跳ねさせた。

 

「アレだけ名前にこだわっていたのに他人に押し付けられた名付けをすんなりのんだ理由が分かったよ」

 

 カナエとロジャーはよく自分に子供がいたら付ける名前というのを語り合っていた。面白そうに笑いながらロジャーの話を聞き、逆に語り、そして偶にレイリーが話題に入り込む。それを仲間達が苦笑いで眺め、時々口をだす。

 

 

「つまり、だ。俺にとってリィンと名前を使う人物は小娘じゃねェ。それに──」

 

 フェヒターは死んだ目で呟いた。

 

「俺と小娘の名付け親が同じなんだからよ……小娘を名前で呼んでりゃ名付け親様はぜってー揶揄うだろ……」

 

 レイリーはそれが簡単に想像出来て苦笑いを浮かべる。そっちが本音か、と。有り得る。有り得てしまう。お前と仲間の子供が兄妹ぶーーん、といったニュアンスで遊ばれる確率しかない。

 

「ならそのロジャー海賊団はどうなんだ?」

 

 レイリーは腕を組む。

 楽しそうな表情を浮かべて。

 

「お前らどれが本名で偽名か分からねぇだろ。中にゃ自分の名前すら知らねェヤツもいるし覚えてないヤツもいる」

「私は間違いなく本名だが?」

「てめーなんざ盲目野郎で十分なんだよ、百歩譲って節穴野郎」

 

 こいつらなんの話してるんだろう。シャクヤクはため息を吐いた。さりげなく話題が逸らされていることにフェヒターは何故気付かないのだろうか。

 まあそこが副船長として船をまとめてきた手腕なのだが。

 

 その時レイリーの胸にザワつく嫌な予感がした。

 

「あ?反論はどうし」

「………………カナエ?」

 

 何故浮かんだのか。分からない。

 

「待ってくれ、嘘だと言ってくれ、まさか、まさか……!」

 

 青ざめるレイリーにフェヒターは思わず心配そうに表情を変えた。

 

「オイ…?」

「……すまない、動揺した。気のせい、だと思う。ただの勘だ」

「アイツになんかあったか?」

「気の所為だ、やめろ。この話はおしまいだ」

「……テメェがそういうなら触れねェけどよ」

 

 心臓がバクバクと激しく波打つのを気の所為だと無理やり思い込む。それでもリィンの様に自己暗示など上手くいくはずがなく、頭に嫌な未来が過ぎる。

 

「……なァ。お前さっき古物は新時代に自ら手ぇ出さないって主張だったよな」

「……ちっ、忘れていなかったか。そうだな」

「なら頼まれたら?」

 

 レイリーは訝しげに眉をひそめた。

 今度はフェヒターが楽しそうな表情を浮かべている。

 

「まぁ、それくらいなら干渉してもいいだろうな。海賊だろうが海兵だろうが、歳食った者が若い衆に継いでいくものだ」

「いいぜ、その言葉さえ聞けたら十分だ」

 

 外で喧騒が聞こえた。

 

「……何をしたフェヒター」

「何もしてねェよ。俺は」

 

 ただ、と言葉を繋げる。

 

「──ここにシルバーズ・レイリーは居るな!?」

「オイ!」

 

 二人の男がどかどかと入り込んできた。その後ろに何人か続いているようだが。一人の男に無理やり引き摺られて、といった様子が正しい。

 

「私だが」

「ちょうど良かった!頼みが……」

「おう、黙ってさっさと介入させろや」

 

 焦り気味だった乱入者にフェヒターが肩を組んで声をかける。副音声で待ってましたと着きそうだ。

 

 

「ッッッッッはーーー!?カトラス・フェヒター!?」

 

「な、副船長。これなら干渉していいんだろ?」

 

 レイリーは思わず目を見開いてため息を吐いた。

 今回は私の負けだ、と。




エイプリールフールってめっちゃ楽しいですよね。四月馬鹿四月馬鹿。

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