2度目の人生はワンピースで   作:恋音

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第228話 油断大敵、火がぼうぼう

 

 遡ること数時間前。

 

「……何をしたフェヒター」

「何もしてねェよ。俺は」

 

 シャボンディ諸島でBARの壁を他界他界しながら言い争い(物理)をしていたレイリーとフェヒター。戦争に参加するべきではない、と主張していたレイリーは何故か途中で様子をコロリと変えたフェヒターに訝しげな視線を向けた。

 

「──ここにシルバーズ・レイリーは居るな!?」

「オイ!」

 

 二人の男がどかどかと入り込んできた。その後ろに何人か続いているようだが。一人の男に無理やり引き摺られて、といった様子が正しい。

 

「私だが」

「ちょうど良かった! 頼みが……」

「おう、黙ってさっさと介入させろや」

 

 焦りを滲ませる乱入者、引き摺った方の男は目を見開いた。

 

 見覚えのある顔。

 

 自分はここに()()()()()()()()()()にやって来たのだ。彼が居ることは予想してなかった。彼が、剣帝だということは知っていたのだが。

 

 

「ッッッッッはーーー!? カトラス・フェヒター!?」

 

 その叫び声にフェヒターは愉快だと爆笑する。介入を許さないなら頼られればいい。それが先人として導ける方法だ。

 

「いい! ちょうど良かったフェヒ爺! それと冥王も! 頼む! 俺とリィンの兄弟分であるエース! 助けてぇんだ! 力を貸してくれ!」

 

 あァ、そう来たか……。

 レイリーは思わず頭を抱えた。

 

 男の名前はサボ。革命軍のNo.2だった。

 

「……それで、後ろから仲間が追いかけてきているようだが。その引き摺られている海賊君は?」

「被害者だ」

「友達だ!」

「誰が友達だ革命屋兄!」

 

 肩を組まれて毒気を抜かれる笑みで言われればカッとなり反論する。トラファルガー・ロー。シャボンディ諸島に集結した大型超新星(ルーキー)の1人だ。

 

「昔リーと一緒にトラタルダーに会ってさ。それでちょっとした情報提供する仲になってたんだけど、コイツの能力便利だし船が潜水艦だから乱入にはピッタリだと思って!」

「い! や! だ! か! ら! な! ──少なくとも俺はセンゴクに目を付けられてるんだ、わざわざ面倒臭い事に巻き込まれるかよ!」

「あー、でもトラサンダーは七武海を目標にしてるんだろ?」

「トラファルガーッ!」

 

 噛み付くローに全く気にせずサボが口を開く。

 

「まぁまぁ、革命軍はお前に全面協力するから個人的な頼みくらい聞いてくれよ。入れ替えるだけでいいんだ、頼む!」

 

 あ、押されてる。

 というより会話が通じないと諦めたという方が正しいか。

 

「ところで、革命軍の」

「あ、俺の名前はサボです」

「サボ君、何故私とリィンが親子だと?」

「アラバスタで知りました。ちょっとした会話の流れだったんでたまたま」

 

 どういう流れでそうなったんだと思わなくもないが、アラバスタでは様々なことが起こったようだ。他人事、というスタンスでレイリーが納得する。

 

「副船長。ロジャー海賊団馬鹿にされてていいのか?」

 

 答えなど分かりきった笑顔でフェヒターが問いかけると、レイリーはやれやれと肩を竦めた。

 

「白ひげに恩を売るのもありだな」

 

 

 

 

「──俺の意見を聞けよお前ら!」

 

 伝説相手に文句を言えるローのメンタルは間違いなく強い。

 

 

 

 ==========

 

 

 

「女狐、女狐」

「……私の兄弟が申し訳ない」

 

 センゴクさんによる『嘘はついてないけど情報の錯乱上でありうる勘違いを意図的に起こした放送(ネタ提供:私)』で無事、ローさんを生贄に出来た私は良心の呵責というか、なんというか。

 

 まさかこうなるとは。

 

 足でまといになる海兵がドンドン引いていく。撤退戦が始まる。思わずため息を吐いた。

 

『大将、電伝虫の生き残りが1匹になった。中央、三日月湾を映す個体だけです』

 

 綺麗に展開が見える視点が残ってるのか。

 5匹くらい居て、1匹残ったのは運がいいのかどうなのか。

 

 凍り付いた湾内で元ロジャー海賊団が睨みあげる。

 

 剣士2人が殿って所か。

 

 んん、でもまさかサボがローさんと2人を引っさげてやってくるとは。サボの乱入は予想可能だけどこんなの予想出来たとしても回避出来ない。海軍絶体絶命のピンチじゃないですか。

 

 意味のわからない戦力に海賊側の士気は最高潮。脱獄囚人もそれぞれ散り散りに逃げ出そうとしている。私の部下が蜘蛛の子を散らすように逃げる海賊に向けて雲を撒き散らしながら追い掛けてるんだけど……いやあ……うんまぁ……。撤退だって言ってんだろ少将以下。海賊特攻、指示聞かないな。バーサーカーでもまだ言うこと聞く。今回の標的はアーロン海賊団らしい。道理で脱獄した魚人を見ないと思った。その雲の能力者、しつこくってしぶとくってウザイよね、ざまぁみろ(アーメン)

 

 

 

「──きかせてくれ、センゴクッ!」

 

 地の底から這い出でる様な大声がレイさんから発せられる。飛ばされて来たのは殺気だ。

 

「カナエを見てないか!」

 

 ……カナエさんを案じるレイさん。

 センゴクさんは黙って電伝虫に声を吹き込んだ。

 

 

『〝戦神〟シラヌイ・カナエはつい先刻、脱獄途中での死亡が確認された。詳細は知らん。──地獄で聞け』

 

 その言葉が合図だったのか、中将と大将が揃って海賊へ刃を向けた。息もつかせぬ様な攻防が始まる。

 

「女狐、お前も行ってこい」

「シキ単独撃破の勇者に褒美は」

「ない」

 

 ちくしょう。

 

 とっ、と空中に足を踏み出す。

 傘下の海賊や囚人達が逃げる時間稼ぎを白ひげ海賊談の幹部を筆頭に実力のある方々が作っている。

 

「〝流星火山〟!」

 

 巻き起こる天変地異。早く、早く逃げて。

 誰を犠牲にしてもいい、兄だけは逃げて。

 

 サカズキさんの起こした技はロジャー海賊団の剣士2人が剣圧で吹き飛ばす。吹き飛ばされた先は共に戦う海兵が居たりするが、流石は中将達のレベル。泥はね程度寝てても避ける。

 

 しかし火山の熱は足場になっていた氷を溶かすことになった。

 

「〝海流1本背負い〟」

 

 避け切れず足元が崩れ海水に落ちた能力者や海賊は、ジンさんの技で船まで吹き飛ばされる。

 

 その戦場に足を踏み入れたくなさすぎて辛い。いや、無理でしょ。新参者で未熟者の私が出来るわけないじゃん。参加出来るわけないじゃん。どうにかして時間稼ぎたいな……。

 

 

──ピュンッ

 

 空中で悠々と見学していると、鉤爪が私の傍で空気を裂いた。

 

「俺と遊んでよい」

 

 死を知らぬ青い炎を纏い、能力者(じかんかせぎ)があちらからやってきてくれた。

 

「……………不死鳥か」

「……なァ答えろよい。あんた中身はリィンじゃねェのか?」

 

 訝しげな表情で問いかける姿。

 それは中身を確信しているとか揺さぶりをかけるとかそういう意味ではなく、そうであってくれるなという希望的な問いかけなのが見え透いている。

 

「やだなぁマルコさん、私リィンですぞ」

 

 その望み通りコロッと声色を変えてやればマルコさんはギョッと目を見開き動揺が激しくなった。私はその姿を思いっきり蹴りつける。

 

「あグッ」

「もういっちょ……!」

 

 地上も激戦。

 上空も接戦。

 

 マルコさん相手は正直な所キツイ。海楼石を使わないと勝てる未来が見えない。

 ただ、非能力者より決定的な弱点がある能力者の方がやりようがある。下手な非能力者差し向けられるよりは1対1で相手してもらう方が有難いけど。

 

 

 私は顔面に海楼石製ナックルを付けた拳を叩き付けた。

 

 目の前の相手だけに集中できる。それって私にとって利点だ。空中戦を可能とする能力者はマルコさん位しか居ない。

 

「い゛…………」

 

 距離を離し顔面を覆うマルコさん。鼻からは血が流れている。うん、ごめんね。非力な私が狙えるのそういう弱点しかないの。特に空中戦だから。

 

「やッ……ろう」

「おー怖」

 

 いやまじで怖いんだけど何このガラ悪い人私知らない。いつもの優しいマルコさんどこ消えたの。もしかしてこれ影武者だったりしませんか。

 

「まさかとは思ったが海楼石使えるのか、能力者だろい、お前」

「は?」

 

 私はマルコさんの問いに対して腕を組んで鼻で笑った。

 

「──まさか、まだ誰も海水克服してねェのか、白ひげ海賊団ともあろう者が」

 

 私ならキレる。

 なんだコイツ(※私)、人を煽るのを生き甲斐にしてるのか腹立つな(※私)。年齢不詳もいいとこだろう(※私)。やだぁ真女狐の設定がどんどん生えてくる。

 

「あ゛ァ……?」

 

 ヒエ……地の底から這い出したゾンビの声(経験則)じゃん……。

 

 あ、真女狐の口調訛ってても良かったな。そらあきまへんわぁ、って。いやでも不思議な口調って観点からリィンと共通点生むのもなぁ。

 

──ブンッ

 

 ええはい、現実逃避です。

 

 飛行速度速すぎて引くんだけど。マルコさんってこんなに怖かったんだ。トラウマになったらどうしよう。比較的親しい人から向けられる殺気ほど恐ろしいものは無いよ。

 

 多分不死鳥の鳥はグンカンドリ。

 

「……ッ」

 

 マルコさんの顔を見るとチカッ、と脳裏に情景が浮かんだ。

 

 

『いいか、リィン。合わせろい。オーズが倒れた瞬間だ』

『……!? 正気ですか!? それより前でも大丈夫ですよね!?』

『オーズは回復力が優れてる。1回倒れたくらいじゃ死なねェの分かってるだろ。予知で。そのタイミングが1番意表を突ける』

 

 忠告すべきかいなか、これ以上海軍を不利に追いやるのは立場的に危険だ。でも私が思いつく適度ならセンゴクさんは気付いている様な気がする。

 

 エースは奪還できた。なら、海軍は負けてはならない。

 

「──拳骨ッッッ! オーズだ! 抑えろ!」

 

 使うのは海軍の英雄だ。

 白ひげ海賊団の切り札を切らせる訳にはいかない。だけどガープ中将程の実力者が白ひげ海賊団に向けられるのはちょっとまずい。戦況が変わる。

 なら変えさせなければいい。動かしてはならない者同士をぶつけあわせる。

 

「くっ、そ、やっぱ覇気使い厄介だよい……!」

 

 ぼうっ、と蒼炎が激しさを増す。

 腕を翼に変える人獣型ではなく、まさに不死鳥と言わざるを得ない獣型の格好だ。

 

 大将の攻撃でさえ、炎と共に再生する。

 あやふやな地位を保つ、自己保身第一の私が、その能力を知って、マルコさんと出会って。

 

 ──攻略法を何も考えないとでも思ったか!

 

 

「ッ!〝盾〟!」

 

 後、観察と推理だけでやってるので私見聞色持ってないです。

 

「……………防がれたか」

 

 私自身の肉体は動いてないから引っ掛かると思ったんだけど、野生の勘が優れていたのかマルコさんは自身の周囲を蒼炎で固めて防御力をあげた。

 

 マルコさんの周囲、というか空中には土煙に紛れて海水の網が張り巡らせていたんだ。

 

「海水使い、か。このまま突っ込んでりゃどうなってたことか」

「微塵切りですぞ」

 

 語尾にハートをつけるくらい甘ったるいリィンの声で過剰予想を告げるとマルコさんは親の仇でも見るような顔で私を見た。

 

 実際、海水を流動させたりして切れるように威力は加えてないから、マルコさん自身の飛行速度が影響しても皮数枚切れる位しかダメージは与えられないだろう。

 

 マルコさんの炎自体に攻撃性がないことは知ってる。不死鳥の真の恐ろしさは自身の身体能力を上昇させてしまう、その不可避のスピード。なら近寄らせなければいい。

 

「あんた、なんの能力者だよい」

「……………」

 

 そう、だな。

 真女狐は隠す必要性ないよね。

 

 戦闘技能に関する実力だが、堕天使はリィンより少し低めに見積もっている。そして女狐はリィンより過剰に表現している。

 

 存在しない悪魔の実の名前、ちゃんと、私は作り上げている。

 

 

 

「──イデア。イデイデの実を食べた、イデアそのもの」

 

 

 

 悲鳴をゴクリと飲み込んで口に笑みを浮かべる。1にハッタリ、2にハッタリ、3と4に実力だ!

 

「イデ、ア……?」

「……………かつて、ソレはイデアを見ていた。だが、ソレは汚れた。肉体という監獄に押し込められ、ソレは人となった」

 

 この世界に『イデア』という単語は存在しない。

 私は語るようにマルコさんに教えた。さァ、知らしめろ。女狐(わたし)は不変たる存在だ。

 

「世界というイデアの模像を見ることで、人という存在はイデアをおぼろげに思い出す。悪魔の実によって、イデアを掴み取る」

「……なんだよい、それ」

「人は物の外側ではなく内側を見て、かつて見たイデアを想起する時。──人は物を真に認識する事となる」

 

 マルコさんの声が若干だが震えた。

 だってそうだ、あの人の頭ならこの説明で理解出来る。

 

 物を、現象を、本当に認識する時。それは『想像力』にほかならない。

 

 

「わかりやすい言い方をしよう──『なんでもあり』だ」

 

 

 隊服をバザッと翻し、私は地上に向けて降りて行く。

 虚をつかれたマルコさんの声。

 

 サカズキさんを捕捉した。飛び降りれる高さになったので浮遊力を消し、彼の背後に降り立つ。

 

 すれ違いざまにこう呟いた。

 

「私をとめて」

 

 瞬間、私はすぐさま何かあり気な動きをする。

 

 なんかこう止めなきゃヤバそうだなって感じのハッタリ。

 地水火風を生み出し、氷がじわじわと割れ、水が浮かび上がり、火が踊り、風が吹き荒れる。見るからに何かしらヤバイやつの発動の準備だ。

 

 するとサカズキさんがハッとした様子で私の腕を掴んだ。

 

「やめんか! ソレを使えばここら一帯めちゃくちゃになるぞ!」

「……………面倒だ」

「頼むからやめろ……。部下まで殺す気か」

 

 ザワ、と周辺の将校が注意を払う。

 

 ありがとうサカズキさん……! 殺生嫌い子供大好きサカズキさんなら己の攻撃の手を緩めれる、って意図で乗ってくれると思ってた! あァ〜〜〜〜緊張した〜〜〜! マルコさん相手に時間稼ぐの本当にしんどかった〜! 元々考えた悪魔の実の名前も出せたしマルコさんが死ななければ徐々に海賊間で悪魔の実の名前が広がるだろう! 私を相手にするのが無駄な行為だと思え! 逃げ惑え! いや怖かった!

 

 

 数秒の睨み合い(ハッタリでじかんかせぎ)が続く。

 先に折れたのは当然女狐だ。

 

「……………はァ」

 

 やれやれ仕方ない、そういう態度で私を中心に吹き荒れさせていた風を止めた。

 

 すると途端にズキンと稲妻の様な頭痛が走り、目の奥がチカチカする。

 あまりの痛みに頭を抑えた。

 

「反動か」

 

 いや、まって、これ演技じゃなくてリアルに痛い。

 不思議色使い過ぎた。集中し過ぎて脳みそに糖分が足りない。

 

 こんな戦争中に甘い物口に入れられるわけないし我慢しなきゃ。

 大丈夫、万全じゃなくてもエースはもう大丈夫。伝説3つに守られてるんだ。

 

「下がっておれ女狐。いくらなんでも貴様が出るとわしら側にまで被害が来る」

 

 助かる、とても。

 言葉に甘えて数歩下がるとサカズキさんはボコッと右手をマグマに変えた。

 

「……すまんな、腕をもらうかもしれん」

「え……」

 

 どういうことか聞き返そうとした時にはもう既に小さな声では届かない場所に居た。

 

 

 ──仕掛けた…!

 

 直感的に分かった。

 この戦争の肝はここだ。

 

 サカズキさんに合わせるように2人の大将が地を蹴る。

 クザンさんがフェヒ爺とレイさんを同時に相手取り、リノさんが白ひげさんに攻撃を加えようと真正面から目が眩む様な光になった。

 

 嘘、瞬きするような微かな間に攻撃の手が5回、いや、フェイントも入れると7回分くらいか?異次元すぎて息を飲む。

 

 中将がそれぞれ、白ひげ海賊団の隊長達と1対1というかなり無謀な作戦に乗り込む。

 

 そして白ひげ海賊団の背後にレーザーによる爆発。

 ここで、来るのか、パシフィスタ……!

 

 地響きというか地獄に立っているんじゃないかと思うほどの砲撃が背後から何連も吹き荒れる。中将達の邪魔にならないように、海賊が逃げ出さないような砲弾の檻!

 

 

 誰もが注意を複数の箇所に向けてしまった。

 その一瞬の隙。

 

 地面を潜り込んだマグマがエースに肉薄していた。

 

「……エース!」

 

 大丈夫。攻撃の手は緩い。

 素人目やサカズキさんの能力に慣れてない人は普通に見えるけど、そのコンマ数秒の緩さがエースをギリギリ生かす手。

 

 手を抜いてる事は確かに分かるのに、海軍は誰も忠告しない……? いや気付かれてないだけか……?

 

 

 エースはそのマグマを避ける為に足を動かし──

 

 

 

「え…っ」

 

 サカズキさんの拳がエースの胸を焼いた。

 

『え…?』

 

 

 

 じゅっ、とこぼれ落ちる血液。

 

 周りの動きが全てゆっくりに見えて。

 

 それは予知夢と違うけど、現象として予知夢と同じ。

 

 理解が出来ないと言いたげに。

 

 

 動けたはずなのに。

 

 なんで、エースは動かなかった。

 背後に庇うものは何も無い。なのになんで、棒立ちでマグマを迎えた。

 

 

 

 

 

 私の視界から色彩が抜け落ちた。

 

「──エースッ!!!!」

 

 炎ですら焼き尽くすマグマで身体中に火傷を負いながらルフィが必死の形相でエースをサカズキさんから引き剥がした。

 

 なんで、どうして。

 

 理解が出来ない。

 

 私はこれを避けるために動いたのに、どうして今、足が動かない。

 

 エースの背中はルフィによりかかり、救出で焼けたルフィの胸から血が流れる。サボは2人を庇ってサカズキさんに爪を向けている。

 

 

 動け、動け。

 

 泣くな。まだ息がある。

 

「なんっ、で、動かない、の……ッ!」

 

 足が動かない。怖い。エース死なないで。

 集中して、止血、あぁ、医療知識なんてない、どうやったら助かるの。

 

 私はポケットに入れた筈のエースのビブルカードが、その有様を私に突きつける様に地面に落ちた。

 

 待って、まって、おねがい、だからまって。

 今何が起こってるの、よく分からな、なんで、どうして。

 

 

 違う早く理解しろ、そして動け!

 まだ間に合う! ビブルカードはまだ残っている!

 

──ガシッ…!

 

「ッ」

 

 私の腕を誰かが力強く掴んだ。首を動かせば、ボロボロ涙をながして心底悔しそうなジジが居た。

 

「行くな、せめてッ、お前だけは行くな……!」

 

 私を掴む手が震えている。声も震えている。

 自分だって行きたい癖に、駆け寄りたい癖に、サカズキさんを殴りたい癖に、ジジは心底耐えている。──(まご)がいるから。

 

 何も関係がない女狐(わたし)がエースの所に行ってしまうと、関係がバレてしまうから。全てが台無しになってしまう。幸いなことに、足は動かないから、行けない。

 ……何が『幸いなことに』だ馬鹿。

 

「──エース!」

 

 クザンさんを吹き飛ばしたフェヒ爺とレイさんがエースに近付いた。レイさんはサカズキさんと攻防を繰り返し、近付かせまいとしている。

 最強の海賊を相手にしたリノさんは内臓をやられたのか地面にべチャリと叩きつけられ口から血を流していた。伝説2つを同時に相手したクザンさんだって無茶をしたからボロボロ。他の中将も一気に仕掛けたからか無傷とはいかない。──そこまでして作った隙だった。

 

 サカズキさんの嘘つき、腕じゃないじゃん。

 違う、嘘つきは私だ。何を置いても、何を捨てても兄を助けると誓ったじゃないか。

 

 

「トラロー! 医者だったよな! エース助けてくれ!」

「……無理だ」

「は、」

「無理だと、言ったんだ。それより麦わら屋の傷の手当てを優先すべきだ」

「俺は平気だからエースを!」

「治す箇所が無いのに治せるか! 医者をッ、神様だと思うなッ!」

 

 ローさんに詰め寄るルフィとサボ。喉の奥がギュッと縮こまってくるしい。

 

「…! リー、リーなら!」

 

 私でも無理だよ。奇跡が起こっても無理だよ。声が、声が出ない。私はここにいる、ここにいるよ。すぐ側にいる。

 

「……る、ふぃ、さぼ」

「「……エースッ」」

 

 掠れた声が奇跡のように私まで届く。声が真っ直ぐ私にまで届いてくる。皮肉な事に。

 

 最悪だ! なんでエースの声が私に届くのに! 私は声を出すことも出来ない! 手が震える! 心臓が、痛い。

 

 足が動かない! 声が出ない!

 この薄情者! ここで動かなくてどうする!

 叫べ……! 叫べッ! 逃げろと叫べ………ッ!

 

「悔やみきれん、一瞬の抜かり…!」

「なんて事に……!」

 

 ビスタさんとマルコさんの攻撃がサカズキさんに届いた。でも効かない。

 

「るふぃ、ごめ、んな、たすけれ、もらえなくて」

「……! 約束したじゃねぇかよ! エース! お前死なないって! 折角、サボ、サボも逢えたのに、みんな、揃っ……!」

「さぼ、ありがとな、きて、くれて」

「エースお前ェッ! 気付いてたんだろ! 俺が生きてること! 男気見せろよッ! アラバスタで交わせなかった盃、交わすんだ!」

 

「りー、きこえ、てる、か。はは、おれ、おまえのどりょく、むだ、に、しちまった、か……な」

 

 聞こえてる。聞こえてるよ。

 お願いだから死なないで。この先どんな災難が待ち塞がっていてもいい、私の生きる理由を取らないで。神様、いるんでしょう、お願いだから、エースを死なせないで。

 

「俺な、ずっと、生まれてきてよかったのか、ってこたえ、が。ほしかったんだ。名声じゃなく、て」

 

 じゅ、とビブルカードが物凄い勢いで焼け焦げていく。

 消えないで、消えないで!

 

 なんで私はこんなに薄情者なんだ、どうして何もかも投げ出してエースの元に向かえないんだ。

 

 こんな終わりはいらない、欲しくない。

 

「ちゃんと、貰っ、てた。オヤジに、兄妹に」

 

 ボロッと飴玉のような大きな粒が目から零れていた。

 

 

 

 ──助から、ない。

 

「今日までこんな、どう、しようもない、俺を」

 

 ルフィにもたれ掛かり、サボに手を伸ばすエースは。

 未練がましく悔しくて堪らない下手っクソな笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 抱いていた希望がガラガラと崩れ落ちていく。

 

 普通の家に生まれたかった。普通の家に生まれたら、こんな出会いもなかった。ただ世界で在り来りな情報として脳内を通り過ぎただろう。

 そしたらこんなに胸がツンとならなくて、そしたらこんなに苦しくなくて。

 だから私は自分本位だ。

 この苦しみをずっと味わいたくなかった。

 

 頭は真っ白になって、目の前が真っ黒になって、未来が見えなくなる。憧れていた景色が、真っ赤に焼き尽くされる。

 

 変われない。

 どれだけ経験を積んでも、変われないのは私だ。

 変わらない。

 私の覚悟の甘さが、変わらない今を産んだ。

 

 先を知っていた。先をみていた。使える頭も使える実力も使える伝手も、私にはあった。存在した。

 

 これなら大丈夫だと、そう思っていた。そんな保証何も無い。予知から変わった事が多かった。だから油断した。私は強くて色んな人に色んな意味で注目されるからと、驕った。

 

 

 

 それは初めて感じた絶望だった。

 絶望は普通の顔をして近付いて、そのまま私にナイフを突き立てる。さぁ、私が壊すんだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──愛してくれて……ありがとう…!」

 

 私の生まれた意味を奪ったのは、私だ。




──火がぼうぼう、漢字で書くと火が亡々。意味は、火を灯している時油を切らしたら火が消えてしまうため油断をするな。

無慈悲に告げます。
死にました。

希望からの絶望は私の大得意です。Twitter見てくれてる人や感想を見て意味深な考え方をする尖った輩は匂わせた嫌な予感に気付いていたんじゃないでしょうか。ずぅーーっと前から浮かんでいた、展開です。

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