「……お、お前辞めてねェじゃん!!!」
指差しで叫んだ天夜叉にドロップキックをキメた。
避けもしなかったドフィさんが壁際まで吹き飛び後頭部をぶつける。その姿を眺め、つかつかと歩み寄り仁王立ちで股の間にドフィさんを閉じ込めると胸ぐらを掴む。ほんっっとにこの人はさァ。
「口ぞ慎め、さもなくば貴様ぞホモの刑に処す」
「オレナニモイッテマセーン」
「よろしいです」
解放する為に足を退けるも、ドフィさんは糸になって解けた。
チッ、分身の方だったか。
「それで、何故私だとわかるした?」
壁を向いたまま腕を組んで小さい声を出すとバサバサとピンクの下品なコートが私の体格を隠すように覆いかぶさった。
「フ、フフフ。答えは引っ掛けだ」
「……はっ、あ、あぁ〜。クソ、やられるした」
額に手を当てて項垂れるとドフィさんの高笑いが激しくなった。その笑い方あやつり人形みたいだから止めた方がいいよ。
「で、新聞の方、影武者か?」
「さァ。細かくはなんとも」
上半身をグイッと下げて私と顔をど突きあわせるので私も素を出して答えた。私の解答がお気に召さなかったのか額がぴくりと動いた。
「なんとも? お前が? 何も理解してねぇ?」
「センゴクさんの知り合いらしき故に、そこまでご存知無いです」
「…………お前、それ」
「──天夜叉ドンキホーテ・ドフラミンゴ。ウチの女狐に絡んでないで着席したらどうだ」
微笑みを浮かべたセンゴクさんがドフィさんの言葉を無理やり止めるように介入した。
「センゴク……」
「着席を」
頑として譲らないセンゴクさんに不機嫌な顔をしたドフィさんが無言で、だが激しくドカッと座った。
多分だけど、ドフィさんは『お前、それ。──お前が影武者の方じゃないのか』って指摘しようとしたんだと思う。
そう仕立て上げてるからね。
「それでは無事皆揃った様なので此度の戦争の報告と新たな七武海候補についての議題を……──」
椅子に座ると自分の背の低さが目立つから嫌だけど着席する。
『リィンが演じるション』は偽女狐だ。それは『ションという男』の女狐の影武者である。『リィン』は『本物のション』を知らない。センゴクさんの間接的な指示で『ションの真似』をしているだけに過ぎない。
ドフィさんは気付けた筈だ。
体裁云々より私に話題を聞かせなかった点から。
「……すまない女狐大将」
隣に座る例のヴェルゴ中将が顔を寄せて来た。
「……………。」
頬にパンケーキ付いてるんだけどどうやったらそうなるんだこのドジっ子。
パンケーキ引っ掴んで剥がすと私の部下として控えてるスモさんに渡した。すごい嫌そうな顔された。
「お恥ずかしながら私は七武海に詳しく無くて……。事前に調べるより担当である大将に聞くのが早いと言われたのだが」
一応畏怖の対象である私に聞けとかどんだけ命知らずなことさせようとしたんだ。
仕方ない、と私は腕を組んだ。
「……〝鷹の目〟ジュラキュール・ミホーク。最古参。元は賞金稼ぎ。近年の参加率は高め。比較的安全。七武海の誰でもいい人間に用があるならコイツに行けばいい」
ミホさんに視線を送り必要最低限の知識を植え込んでいく。剣士だということは流石に知ってるだろうから、一般知識ではなく海兵としての知識を教えるべきだな。
「〝海賊女帝〟ボア・ハンコック。リモート参加率高め。今回で2回目の実物参加。ときめくと石にされる。なるべく視界に入れないこと」
海賊女帝に視線を送る。ヴェルゴ中将はメモをとっていた。
「〝天夜叉〟ドンキホーテ・ドフラミンゴ。参加は皆勤、下手に手を出したり情報を漏らすと面倒だから必要最低限の事以外会話するな」
そのための海軍側での七武海会議だ。出すか出さないか、情報の精査をする必要がある。ほんとに油断ならないからなー。
この悪巧み三銃士め……!
ちなみにこの三銃士だが、1人はもちろんドフィさんでもう1人はクロさんで、最後の1人は元だけどジンさんだ。無自覚なとんでもイベント発生七武海。
「〝影法師〟ゲッコー・モリア。参加なし。海賊討伐率はダントツ。放置が丁度いい」
以上4名。ちなみにモリアはいない。今回も不参加だ。
「ふむ、なるほど。助かりました女狐大将」
言葉足らずなシンプルな説明だったがそれで満足したのかヴェルゴ中将はニッコリ笑みを浮かべて姿勢を戻した。
疑ってるの申し訳なくなってきた。
ヴェルゴ中将は本部とG5の掛け持ちだったか。
さて、と。
私は腕を組んで会議の内容を聞く。
七武海は頂上戦争、これといった報告はなかった。精々口裏合わせた責任の押し付けもとい『くまが引っ掻き回した報告』だ。こいつら多少なりとも情はあるはずなのに死ぬと分かって思いっきり責任押し付けてやがる。素直に言って最低だな!
あとは個人的に起こした行動だけど、蛇姫が堕天使及び麦わらを追い掛けたが取り逃した、と言った報告。結局16点鐘させてるから今更な報告だけど。
ドフィさん辺りはルフィとか純粋たる海賊についてほぼ触れていない。まあ七武海より詳しい私が海軍側にいるとわかったのならね。
「それでは新七武海体制について……──」
私はこれから訪れるめんどくさい七武海の面子に未来を憂いてため息を吐くのだった。
〝砂漠の王〟クロコダイル、〝千両道化〟バギー、〝死の外科医〟トラファルガー・ロー
今までもまとめられた自信はなかったけどこれからもまとめられる自信ないな。うん。とりあえず3分の2私の思い通りになったことだけは褒めよう。良くやった。残りの3分の1でマイナスだよ。ちくしょう。
==========
「──なんでわしが貴様と一緒なんじゃ」
「全員一通りやったんだから文句言うな」
カクに仕事の説明も兼ねて本部をタイマンで練り歩く。地理の説明は今更要らないけれど、輸送部や女狐隊としての仕事内容は触れたこと無い。そのためのオリエンテーション……。
本音を言うと、CP9の腹のうちを探ったり、良く知らないから性格などの私的な部分を把握しておきたいのもある。
──そう、ただの面接だよ。
時間が取れないんだよ面接の時間! 仕事しながら移動しながらの方が効率がいい!
「雑用ができるのは知ってるが、他に何が出来る?」
「殺し」
「それも知ってる」
カクは飄々とした態度で別の方向を向く。
私に教えることは何も無いのか、先程から聞けど聞けど必要最低限の情報しか出てこない。
「おーおーやりよるわい」
窓の外をふと眺めたカクが外周を走り回っている星組を視界に入れ、そう言葉を漏らした。
「……わしはお前が元々嫌いじゃ」
「知ってるけど?」
「女狐とわかってからより一層嫌いになった。むしろ殺してないのが奇跡じゃ」
そりゃどーも。
「昔から、努力こそが全てじゃと思っておった。努力は実を結び、力になると。そういう修行ばかりこなしておった」
「六式の熟練度から見てそうだろうね」
カク含めて元CP9、現在の空組は覇気もだけど、六式の技術がとてもじゃないけど若さと比例しない。中将と星組の対戦見ていてはっきりとわかった。空組は中将レベルの六式……もしかしたらそれ以上かもしれない。
並大抵の努力じゃ身につかない技術だ。
「だからわしは、天才という言葉が大っ嫌いじゃ。才能も嫌いじゃ。わしのこの技術は、人を殺す技は、何日も何年も苦痛を得て、血のにじむ努力の果てにある結果じゃ」
『努力』している星組を見て、ボツリボツリと独白している。
耳が痛いな。私は努力が嫌い。才能とか、向き不向きとか、楽にショートカットできるの方法を常に探している。
「お前は努力が嫌いじゃろ」
「……そうだよ。嫌いだね。痛いもの苦しいのも全部嫌。コツコツコツコツ積み重ねる努力は死ぬほど嫌いだ」
ただ。
そう私は言葉を繋げる。
「効率のいい努力と言って欲しいね」
ガンッと胸ぐらを掴まれる。
カクの努力を否定する私の言葉に我慢ならなかったようだ。
「…………そういう所が嫌いなんじゃ」
「がむしゃらにやることだけが努力じゃなき」
その生命を搾り取るような努力の先には、普通の努力や才能で到達出来ない何かがあるのかもしれない。でも私は上手くいくためには出来ないことだとキッパリ諦めることが近道だと思っている。諦めないことと諦めが悪いことは違うから。
「嫌いじゃ。時の運や、才能で悠々と実力を伸ばせる者が。じゃがそれ以上にお前はそれを持ち合わせながら利用しない所が、くだらんほどに反吐が出る!」
そう叫んでいたカクだったが、私を睨みつけながら独り言のような声で呟く。
「わしは人材調査や引き抜きの目に使われるくらいには目が優れておる……。お前は、お前には才能があった」
睨み殺しそうな目で私を見据えるカク。瞳の中に私の顔が見えるほど、近い距離で。
吐き捨てた。
「お前には殺しの才能がある」
「──聞きたくない!」
「お前、努力が嫌いだと建前使う癖して、1番向いとる技を磨かんじゃろうが! そこが、そこが1番、お前のそういう自己矛盾を平気でするところが、心底気に食わん」
ガツンと頭を殴られたような衝撃。
──殺しの、才能。
前世も今世も来世も平凡平和な私に、殺しの才能。人を殺すことはすごく嫌いで、もうしたくないから元CP9って殺しの集団を引き込んで。
喉が震える。
叫び出したい。
なんて。なんて。
「発想がサイコパスのそれ」
「は!?」
センゴクさんに言われたことがある。
多角的な情報源がないカクの観察眼があるという自己申告を信じたとして、それに匹敵する程の観察眼の持ち主が言ったことがあるんだ。
私は殺しを忌避する性格だって。
「仮にお前の言う通り私に殺しの才能があったとして、その才能を伸ばすかは私の決断にあり、お前の気に入る気に入らないは別問題だ」
なんで私嫌いな相手の言うがままに操られないといけないの?
私の、
「──わざわざ私が手を下さなくても」
「人徳や道徳や以前にそういう発言が出るあたり自分がクズですって自己紹介してるようなもんじゃが」
お手軽3分ボクシング、お前サンドバッグな。
拳を構えた瞬間、背後に人の気配がして通路を見るとカクも同時に奥を向いた。ガヤガヤした音からどうやら帰還した部隊があるらしい。
あ、なるほど。
人の気配とか殺気とか。感じてしまうのは私がビビりなのではなく、殺しの才能があるから、とか思っちゃったわけか。勘違いしちゃったわけかーー。このうっかりさんめ。脳みそに豆腐で出来たピッケル振り下ろすぞ☆
多分脳みその作りが雑だから悪い方向にしか思考回路が向かないんだろうな……。
「あー疲れた」
「あの人まじでいい加減にして欲しい……」
愚痴を言いながら通りかかった一部隊。
私とカクは邪魔にならないように端に避ける。女狐隊1部から結構嫌われてるからな。赤の印が攻撃の的になりやすいというか。
窓の外を見ると星組が全員でバテていた。
「……あと3日は同じメニューかな」
「昨日と様子が違うが何をするんじゃ」
「今日はガープ戦だけ。──だから万全にまで整える」
普段は6人の中将と戦闘をするんだが、ガープ中将の場合全力で当たらないとまず勝ち目はない。
明日も明後日も、というか向こう1ヶ月ガープ中将が本部で戦闘訓練出来るほどの時間が取れないから育成が中途半端な今日だ。死ぬ気で食らいつかせて技と戦闘の癖を全部覚えてやる。待ってろよジジ、絶対一泡吹かせてやる……!
「……カク君?」
やる気を上げすぎて窓から飛び降りてでも合流しようかと血迷ったことを考えていると隣にいた元CP9に声がかかった。
カクは顔を上げて名を呼んだ人物を見上げ数秒フリーズする。
フリーズ?
「……! ドーパン大佐!」
あっ、こいつ名前忘れてたんだな。
思い出しましたと言わんばかりと声色だったが大佐は気にしなかった様で朗らかに笑っている。
「久しぶりじゃですね、カク君。私はてっきり……。辞めたと聞いていたんですけど」
「あー、それが。長期任務に着いとったんです。すいませんがこれ以上は守秘義務に反するもんじゃし」
「……そうか、辞めてなかったんですね」
眉を下げて呟くドーパ……。あっ、ドーパンさんか! ジジの部下の! ああ、
単体で見るの初めてだからめちゃくちゃ分からなかった。ジジとボガートさんのどっちかが居ればすぐにわかった。ソロは無理。
「大佐ー?」
「ああ、先に上がってもらって大丈夫ですよ」
「はい、おつかれさまです!」
「お先失礼シャス!」
一応大佐が相手だからか、上下間の緩いガープ中将の部下といえど適当に挨拶が交わされる。
私も行きたいんだけどな。
「大佐との関係は?」
「昔取り入っとった」
「このクソ野郎」
ふとドーパンさんの視線が私に向いた。
「か、の……れ? は?」
「女顔で悪かったな……」
「わしと同期……? じゃ! です!」
「……………どーも」
ドーパンさんならガープ中将の部下だしリィンだと言ってもいいと思うんだけど。ボガート少将には教えてるし。
人の目があるから言えない。
「赤いスカーフってことは……………………女狐の所ですか」
「おいなんだその間」
「妥当な反応じゃろ。昔から毛嫌いされとるぞ」
「まあ仕事量半端ないけどな」
「そーいうとこじゃ無いわ昆虫食いのぶ〜〜か!」
「現実逃避くらい分かれよば〜〜か!」
互いに猫を被りながら演技をする。
ドーパンさんは困ったように笑っていた。
部隊の人がいなくなり、再び廊下にシンとした静かさが戻る。
「それでドーパン大佐、何か用があるんですか?」
耳に馴染みのない敬語を聞き流して窓の外を見ると星組は息を整えきれたようだった。
「カク君は、今回の戦争は不参加だったのかな?」
「あぁ! わしはその後に戻って来れたんじゃ……」
そういや人気も無くなったし、ジジの部隊にいるなら関わらないことは無いし、逆に知らないと支障が出るからドーパンさんにそろそろリィンだと伝えてもいいかな。
「……
「わはは! リィンがいるならともかく野郎ばかりの海軍で華なぞ」
「──その事だけど」
影が差す。
不思議に思い見上げる。
ドーパンさんは変わらない笑顔で
赤みがかった鱗の付いた口角を上げて
鋭い牙を持つ口角を上げて
高い目線から見下ろしていた
「に、ひゃくご……じゅ……────ッ!」
首──!
私は『勘』で姿勢を低くして後ろに飛び去った。
頭の上で鉈みたいな爪が空を引き裂く。視界の端でカクは飛び上がっていた。
「おや?」
避けられた事が意外だったのかその物体は目を見開いている。
頭が急速に回転し始める。
ドーパンさんの姿は
死体の体は全て見上げていた。刃の角度から身長も割り出せた。
対面した状態で殺されており、それはまるで。親しい相手と話していた最中に殺されたように。
カクは250cmに警戒する理由はない。だけど避けられたのは今までの経験による身体能力だろう。それよりなぜドーパンさんが人獣型で爪を……。ガープ中将部隊は能力者自体が少なかったはず。この能力は幻獣種かいや古代種の恐竜、モデルは鍵爪が特徴で見た目が鱗で赤みがかった種類回復能力が優れているから。
いやまて知ってる人はカクが裏切り者だと知ってるから名無しでぽっと出の女狐隊の部下と裏切り者、もしくはションが私だと知ってる人は裏切り者と裏切り者の組み合わせだとわかるだろうしそうじゃなくても裏切り者と新米の組み合わせどう考えても信頼度とか信ぴょう性が足りないから……!
──ズキンッッッ!
「い、つぅ……」
久しぶりに脳が一気に回ったからか引きちぎられるような痛みが頭に響く。
ドーパンさん、能力者、何故か殺しにかかってきた。
うん、結論はこれだな。無駄に考えると集中力足りなくなる。
「ション! どういうことじゃ!」
「お前ら分からない事あれば俺に聞くなよッッッッッ!」
海賊船の上で沢山飲み込んだ言葉を吐き出した。
というかドーパンさんって能力者だっけ!? そんな話聞いたことも見た事もないけど!?
「あぁ、『はな』が足りない。私には2人を同時に祝福してあげることが出来ない。なんで戻ってしまったのですかカク君。──この生き地獄に」
哀れみ、そして嘆くドーパンさん。
こういう修羅場で自分がメインじゃないの珍し過ぎて実は立ち位置をよくわかってない。脇役に徹するにはどうしたらいいんだ……!
今どうでもいいことを考えただろう、と言いたげな鋭い視線が隣から飛んできたので思考回路を戻します。はい。
「海兵殺し」
「あ?」
「いま海軍内で起こってんだよ、首から上がさよならする事件が」
「海軍の治安はどうなっとるんじゃ!?」
昔から治安は悪いよクソ野郎。
私は改めてドーパンさんを観察した。
「海兵殺し……。酷い言われようですね」
ドーパンさんは悲しそうに視線を斜め下に向ける。
……証拠が欲しいな。証言以外でドーパンさんが海兵殺しの犯人だという証拠が。
「キミ達は知らないでしょう。頂上戦争、アレは本当に酷いものだった」
「……。」
手をマントの内側に引っ込め、アイテムボックスから電伝虫を取り出した。サイレントモードで番号をかける。
「醜い叫びが、悲鳴が。噎せ返るような血が。四肢が飛び、目が潰れ、刃にかかり死んでいく。私の大事な部下達が。友人が。上は知らないでしょうね、報告書で読むだけの結果なのですから。死するまでのこの世の苦しみとその地獄を」
そう言いながらドーパンさんは笑った。
「だから私は悟ったんです。海兵として、正義というものを背負う者として。この地獄から助けるのだと。それが私の正義なのです」
つまりこの世は地獄です。死こそ救済正義って訳だね。
……。
…………。
「いや悲しみの数だけ頭が伸びるストロベリー中将じゃあるまいし」
「あの中将の頭いかれとるんか!?」
胡蝶蘭……幸福が飛んでくる
カサブランカ……祝賀
ユーカリ……新生
嫌味なほど祝福の門出って感じの花だったからどんなサイコパスかと思えばよく知ってる人でしたってオチはなぁ!
いっそのことため息を束ねたブーケでもプレゼントしてやろうか!
「おい。頭は、一体どこに行ったんだ?」
遺体は綺麗に絶命していたが、首から上は未だに行方不明だった。私は口調をリィンだとバレないようにキープしながら問いかけた。
ドーパンさんはけぶるような視線を私に向け、微笑みを浮かべたまま口を開いた。
「私は、花をあげ祝福した人達ととても親しくしていた。大事なんです。それと同様、カク君を気に入っています。若い身でありながら仕事に励み、挨拶も欠かさない。そんな彼を」
胡散臭すぎる評価にカクをチラッと見ると鼻で笑い返された。
やーい、猫かぶるから変に目をつけられるんだ。
「──彼らを救いたい。君たちをこんな地獄に捨て置けない」
ドーパンさんはその特徴的な爪で口元を撫で、そのまま喉を摩り、お腹に手を置いた。臓器的な意味で言うと、胃。
「……ハッ、そりゃ見つからねぇ筈だ」
「お恥ずかしながら、彼らを見世物に出来るほど心を鬼にも、体全てを
だから頭だけ、食べたって事か。
「ッッッ!」
足先の踏み込み…!
グッ、と体を反ると丁度首元があった場所を爪が薙いた。
「大丈夫。怖くないですよ」
慈愛に満ちたような笑みを浮かべてるけどこの人こんなに狂ってたっけ!? 固定概念をマーキングみたいに擦りつけて来ないで欲しい!
「チィッ! 殺られそびれたか!」
「お前は誰の味方だよッ!」
間違いなく心の篭った舌打ちは私が生き残ったことに対してだな。
「驚きました。カク君も少年も避けれるとは」
ちょっと冷静になってきた。
よくよく考えれば爪ってだけで刀よりリーチは短いし形状は違うけど大剣豪ミホさんの劣化版とか考えれば生き延びることは簡単だ。
問題はどうやってドーパンさんを仕留めるか。
ガープ中将の切り離してはいけない部下としてボガートさんと共に名を連ねる彼だ。信頼度はぽっと出の女狐隊の私たちより高いことは間違いない。
一応電伝虫の録音機能を起動させているけれど、カクが私にとって余計なことを口走ったら証拠として提出出来なくなるし。
それに仕留める手段。
……動物系はすこぶる苦手だ。決定的な弱点が無いから。
私の持ってる武器の中で最大威力を放つ物はセンゴクさんと特訓している蹴り技だ。ただし、これは『真の女狐』の技なので、『影武者女狐』の
いや、見られなければいいのか。
「早くお逃げなさい。この薄汚れた世界で生きていて、良いことはない」
「やっても!?」
「お前はまだ手を出すな」
カクが痺れを切らして殺しに掛かろうとするが、海軍内地位がないカクにたかが『行き過ぎた正義』を始末させる訳にはいかない。
調査任務に就いてるのはあくまでも、
「カク……ッ!」
避けながらカクに近付き腕を掴む。
そして引き寄せ、私は頭を抱き締めた。
「……!? おい」
「──投降しろ。お前は海軍の害だ」
頭を抱き締めながら言う姿は滑稽だけどもうモーションの準備をしてる最中なので、そのままで時間稼ぎも兼ねて話せばドーパンさんは表情を切り落とした。
「…………体のウイルスを駆逐する為、人は薬と称して毒を摂取するでしょう。何故分からないのです。私は害と呼ばれても、大切な人たちを救いたい」
古代種の筋肉で抉り込むような蹴りが放たれた。
風でほんの少しだけ体を動かす支えとするとカクを抱え込んだままでもバランスを保てた。
ゆっくり足を蹴り上げる。
熱気と冷気が足元で混ざり合い緩い蜃気楼が生み出される。
熱気と冷気の狭間で生まれたそよ風が頬を撫でた。
「……? 何をしまし──ッ!?」
ドーパンさんがキョトンと油断して筋肉が緩んだその瞬間。大気が割り、強い衝撃波を心臓目掛け放つ。
バキバキという氷の割れる様な音と共にドーパンさんは吹き飛んだ。
「い、ッつぅ……」
「おわっ!?」
今までの私の模倣技とは比にならない程、威力は桁外れにまで完成させている。これを能力ではなく肉体技として認識させる訓練はまだ甘いけど。
激しい頭痛にカクの頭を抱え込んだまま尻もちを着いた。
「あー……いててて、受け身取り損ねた」
カクに見られないように頭を抱き締めたが、技は見られてなかっただろうか。
──不可避キック
の、実戦デビュー。名前直せとは言われたけど直せていないままだ。
「カク、衝撃は来なかったか」
カクの頭を抱え込んだのには2つ理由がある。1つは見られないため。そしてもう1つは第三者を抱えたり守ったりしながら使っていても肉体的な影響が無いか。
「……。」
「………………おい、カク?」
頭は私に凭れかけ、手は辛うじて床に付いた状態で固まったまま動かない。声掛けても硬直したままだ。
気絶しちゃったとか?
「……カクさん、無事です?」
一縷の望みに賭けてリィンとして聞いてみると。
嫌なほど効果は抜群だった。
カクはハッと覚醒し、立ち上がり、私を見下ろした。
「〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
顔 を 真 っ 赤 に 染 め て
「…………は?」
それだけならまだ良かった。
目が合うと、カクはハグハグと言葉にならない音を荒らげながら後退り、じわじわと目に涙を溜めていた。息が切れたように肩で呼吸をしながら。ら
え、ちょっと待って、えっ、待って。
待って少しだけ冷静にさせて欲しい。
その、表情は、何。今の、感情は、何。どこに、何に。お前は、ただ怒り狂ってるだけだよね?
混乱が伝染して上手く頭が働かない中、カクは殺気を混ぜた涙目でキッと私を睨み付け──。
「このッ、一生童顔がーーーーーーーッッッ!」
「おいちょっと待てそれは聞き捨てならない!」
呪いの様な捨て台詞を吐いて逃げ去った。
「え、えぇ…………」
逃げ帰るその先は私の職場なんだけど。
いや、海軍雑用だった時代の伝手とかはあるか。
「…………はぁ……どうしよう」
伸びているドーパンさんを拘束しつつ呆然としていると、どれだけ時間が経っていたのか分からないが星組とじじが現れた。
「ション!何があっ──……何があったんじゃ!?」
2度見したじじが動揺を激しく見せる。
「はぁーー……テメェの部下の様子くらいちゃんと見ろよ英雄殿」
私は小さく縮こまってため息を束ねたブーケをじじに投げ捨てることにした。
カクという名の盛大なブーメランが突き刺さった気がしたが多分気のせいだ。気の所為。
……でもアレ、確実に堕ちた時の表情だよな。
「はぁ〜〜〜〜……ッ」
怒りながらため息を再び吐き散らかした。
こんなにも、虚しいものがあってたまるか。
リィンの新の得意技はブーメランだと思う。