2度目の人生はワンピースで   作:恋音

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第244話 生は難く死は易し

 

 

 不知火叶夢(しらぬいかなえ)には、叶えたい夢がある。

 

 

「火拳のエースを生かす」

 

 

 たったそれだけのシンプルで最高に難易度の高い願いだ。

 

 

 

 叶夢は高校生だった。

 現代社会日本で、学校帰りに買い食いをしバイトをしてお金を貯めてみんなと遊びに出て、それでサボったツケにテストで順位を落としてしまい親に叱られる。友達がいて、親友がいて、行きつけのカフェもあって、いつも幸せだからニコニコと笑っている。

 

 とても普通だった。

 

 

 切っ掛けは気まぐれだった。

 親友と遊ぶはずだった予定も無くなった、火曜日の放課後。

 

 ふらり立寄ったのは黒魔術なんて書かれた不思議な店だった。赤はまだしも黒なんてあまり耳にしたことなく、惹かれた。

 中はまあとんでもなくインチキ臭かったので何も買わずに出たのだが。

 

 出た先の景色が違っていたのだった。

 

 簡潔に言えば異世界トリップ。

 それがシラヌイ・カナエが、海賊の世界に現れた原因である。なんてことない、普通にテンプレートに基づいた異世界転移。

 

 その場所がローグタウンだと知れば叶夢は麦わらの一味が現れるその日まで待っているつもりであった。だって目的を果たすなら彼らを待つ方が確実だもの。

 

 

 

 彼女がまだ小学生であった頃。

 コンビニがまだ立ち読み可能な時期だ。親に連れられ立ち寄った時に読んだ漫画はエース死亡のシーンだった。

 

 悔しかった。

 漠然とした形で胸に溢れ出て来た感情はソレだった。

 

 

 そんなある意味トラウマとなった異世界に転移してほとんどの者が思うのは原作改変だろう。

 彼女、叶夢も例に漏れずそうだった。

 

 

 叶夢の周りでは死が溢れていた。

 1番酷く印象に残っているのは目の前で起こった交通事故だった。居眠り運転、よくある話だ。

 早朝、武道を習っていた叶夢は日課の走り込みでソレを目撃したのだった。多分、誰よりも居眠り運転に早く気付いていた。

 

 彼女がなろう系の主人公なら、轢かれる人を庇って犠牲になった。

 彼女が二次創作の主人公なら、犠牲になるのは最初から彼女だった。

 

 しかし彼女はただの通行人A(ぼうかんしゃ)でしか無かった。

 

 走って、大声を上げて、手を伸ばしても。驚き僅かに躊躇したコンマ数秒のせいで。届きはしなかった。

 知っていたのに。気付いていたのに。

 

 目の前で轢かれる人の血飛沫がポタリと顔に跳ねた。

 ただの知らない人であればまだ良かった、その轢かれた人物は叶夢が幼い頃、兄の様に面倒を見てくれた人物であった。

 

 

 兄を目の前で失ったルフィの気持ちが痛いほど分かる。……分かってしまう。

 

 

 名も無き傍観者は仕組まれた様な奇跡を目の前にして、奇しくも手に入れたこの2度目の人生で、ワンピースという世界に、爪痕を残してやろう。そう誓った。

 

 過去の自分(しゅじんこう)を救うために。

 

 

 

 ==========

 

 

 

「……まぁ、まさか予想よりも遥か昔だとは思っても見なかったけどねー」

「ん?何か言ったか?」

「なぁーんでもー」

 

 カナエさんがヘラッと笑いながら手を振った。

 

「手を振る暇あったら手ェ動かせ」

「飽きるんだけど鍵開け作業〜! ねぇエース一気に出来ないかなーー!?」

「……………………」

「ねぇなんで今めちゃくちゃ悩んでるの????」

 

 

 トラジティー帝国に反旗を翻す。

 海賊王が出した結論はコレで、皇帝陛下をぶん殴りに真っ先に飛び出したのもロジャーだ。

 

 残された私たちと、ついでに労働者はフォローに走るしかない。

 

 ひとまず副船長であるレイさんと、労働者のリーダーであるペーターが話し合って、私とあとついでにカナエさんは奴隷として働かされている海賊の解放に向かったのだった。

 

 気まずいったらありゃしない。

 

 多少の違いはあれどテンション自体は昔から全然様子は変わってないし、なんだったらレイさん直々に『カナエを戦場に近付かせないでくれ』とガチな目で頼まれてしまった。過保護な所も変わらないし戦場引っ掻き回すのも変わらないってか。

 

 ……カナエさんは正直そこそこ強い。

 ロジャーやレイさんと比べると当然弱っちょろいのだけれど、柔術を習っていたのか型がある。

 

 というか、そこそこ弱さを自覚している実力者だから変に戦場引っ掻き回すんだろう。自重しろ。

 私が目撃しただけでも、粉塵爆発起こしやがったからね。思考回路が最早テロ。

 

 

「あ、ありがとうごぜぇやす」

 

 ぞろぞろ解放した海賊は劣悪な環境からか大分やせ細っているし傷だらけ。挙句風呂に入ってないからか汗臭いゴミみたいな臭いがする。

 リィンなら気にしないで、ってニコニコ笑顔で愛想振りまくけど、(おれ)は感情を素直に出すつもりでいるので普通に鼻をつまんだ。

 

「これで全員か」

「ウッス! ほんとにありがとうごぜぇやす姉貴達!」

「あ゛?」

 

 海賊は頭を下げた。何故か、私に姉貴と言いながら。

 

「だーれーが、女顔だって?」

「す、すいませんッッッ!」

 

 女と間違えられるのは地雷なんだ。

 

 キレかけた(おれ)の言葉に海賊たちは頭を下げる。

 ……カナエさんに向かって。

 

 

「すいやせん兄貴!」

「カナエ5分よこせ」

 

 私は致し方ないと思うんだけどね。私とカナエさんどっちかが男ですって言われて、じゃあ女はどっちだってなったら、私なら歳若い方を選ぶ。つまりこのエースくんだ。

 まあ演じているエースくんがソレを許すはずもなく。

 

 きっちり5分でシバキ倒した。

 

 無駄な手間かけさせやがってと言いたげに手についた埃を払うとショックを受けているカナエさんがぼつりと呟いた。

 

「……あたし、そんなに男っぽい?」

「俺のどこをどう見て女っぽく見えるんだよクソッタレ。はぁー。ま、ややこしいから俺フード被っとくわ」

 

 カナエさんと私はかなり顔が似ている様子。流石にカナエさんが素人臭い動きしてるし見間違いされるほどじゃないとは思うんだけど。白いマントという印象付けも兼ねて念の為フードを被る。

 私は渋顔を作りながらため息を吐いた。

 

「んで、負け犬海賊諸君。テメェらは今この時解放と相成った」

 

 煽りながら腕を組む。

 (おれ)の癖は腕を組んで顎をしゃくり上げる仕草だと知らしめるように。

 

「一海賊団じゃ警備程度に負けた諸君だが、いまは違ぇ。仲間がいる。同じ苦渋を飲まされた負け犬同士な」

「えぇ……めっちゃ煽ってるじゃん……それキミのデフォなの?」

「このまま去るも良し。ただ……──海賊がやられっぱなしってのも、癪だよなァ?」

「めっちゃ悪い顔……」

 

 行く道を示してやれば、私の言葉に腹が立っていたプライドの高い海賊たちは簡単に海上都市へと足を進め始めた。

 

「いやー、馬鹿は単純でいいわ」

 

 ケラケラと笑いながら走っていく背中を見送る。

 何年も圧政を強いていたからか、それとも時代や航路の影響か、私の想像よりはるかに海賊の数は少ない。両手で数え切れる程の海賊団しかいないし、その海賊団も両手で数え切れる。100にも満たない、栄養失調気味の海賊。

 

 ……壁にすらならないかもしれないな。

 

 

「えーす。あたし達も行こ!」

 

 この国の違和感を手繰り寄せているため、足が止まっていた私にカナエさんが声をかけた。

 

「なァ……──」

 

 言葉が止まった。

 いや、言い出そうとした言葉は分かる。彼女が言いにくそうに私を『エース』と呼ぶからだ。

 

「……?」

 

 こてん、と首を傾げる姿。

 

 『こんな時期から鬼の子(エース)の予知をしていたのか』『どうして生まれてもない様な子供を気にかけれる』『お前にとってロジャーになんのこだわりがあるんだ』

 

 私はため息を吐いた。

 

「……あほ面」

「ぎゃん!? お、同じ顔してるくせに!」

「お前よりは遥かに理性的で知的な顔面してるわど阿呆」

 

 ぶすっと拗ねて恨めしそうに私を見る顔から逃げる様に深くフードを被る。布に囲まれていると、周りを認識しなくていいから楽だ。

 

「キミとあたしってやっぱ似てるよね……。一体、何者なの?」

 

 探られるとまずい話題を選ばれた。

 だけど、海賊王、冥王、戦神の対策なら出来ている。この3人はシラヌイ・カナエについて隠していることがあるから。絶対に。何かを。

 

 

 人は、疑われると疑えないんだよ。

 

「それはこちらのセリフだな。出生は? 母親の名前は? どこの地区出身だ?」

「…………えっ、とぉ。わ、ワノ国の」

「ふぅん」

 

 嘘だな。

 ワノ国の人間が和服以外を着るなんてほぼ有り得ないし。

 

 

『これはただの推理だが。お前の母親は恐らくこの星の人間じゃないぞ』

 

 

 隕石など、この星のもの以外が反応する機械。

 私の体に流れる血が、肉体が。半分はこの星でないとしたなら。

 

 そもそもセンゴクさんが出した結論が間違っているとも思えな──

 

「というかミステリアスな女って設定良くない?」

 

 …………宇宙人か???????

 

「いいじゃんいいじゃん! ミステリアスに、あたしなる!」

「…………宇宙人か?」

「親友が言ってた、あたしは不思議な魅力があるって。どう? 男から見てミステリアス感ある?」

 

 腰に手を当ててうっふんと言いたげなポーズを取るカナエさんに対し、私は無視という手段を取った。

 まともに相手したらダメだなほんと。知ってたけど。

 

 あと多分その親友、不思議(ミステリアス)ってより不可思議(ワンダー)って意味で使ったんだと思う。

 

「……あたしさ、最近こっち来たばっかなんだ」

 

 トコトコ歩いてゆっくり向かう私の後ろで、カナエさんがぽつりと呟きた。零れた言葉は寂しそうで、迷子になった子供みたいだ。

 

「ねェエース。ロジャーにとやかく言ってたけどさ」

「……」

「キミは、失う覚悟は出来てる?」

 

 思わず足を止めて振り返った。

 

「──出来てねぇよ」

 

 キッパリと言い放つ。

 カナエさんの瞳が微かに揺れた。

 

「失いたくないから、人は足掻くんだろうが。失う覚悟を持ってしまったなら、そいつを殺すことと同じ事だ」

「……っ、」

「お前が予知とやらで何見てんのか興味はクソほどねェ」

 

 真正面で彼女の目を見て、私は言葉を続ける。

 未来が見えるからこその葛藤。

 

 私には、わかる。

 カナエさんに記憶を押し付けられたその時から。

 

「なァ、お前は命を賭ける覚悟ってあるか?」

「あるよ。キミは?」

「あるぜ、他人の命ならな」

「くそサイテーじゃん」

 

 真実を言えばドン引きされた。私はそれを鼻で笑う。

 私は自分より大切なものを持ってないよ。

 

 ポケットに手を入れ、踵を返した。これ以上の問答は無用だと、足を進めようとしたのに。

 

 

 

「エース、家族を亡くした事はある?」

 

 お母(カナエ)さんの言葉に、再び足は止まった。

 

「……………………あァ。失くしたよ」

 

 昔から、存在しなかったのかもしれないけれど。

 

「あたしは、親を早くに亡くした。血は繋がってないけど、近所のお兄ちゃんも、双子みたいに仲良い親友も、ペットの犬も、家族と呼べるものは…──無い」

 

 先程と比べて私は振り返ることが出来なかった。

 背中に言葉が突き刺さる。

 

「エース、あたし海賊でいいのかな……」

 

 震えた声でつむぎ出される言葉。

 

「家族を救いたかった。救えなかった。救えないのは、辛いよ。だからあたしは変わらきゃならない。悪いことするのも怖い。海賊として武器を振るうのも人を傷付けるのも怖い。それに目的の前に死ぬのは怖いよ。死ぬことは怖くないのに、救えないのが、怖い。救いたいよ、エース」

 

 泥みたいに重たくて粘着質な雨が降り注いでいる様に、重量を感じる実体験を重ねた言葉の意味(エース)は、きっとポートガス・D・エースのことを言っている。私の名前を呼ぶと誤解させながら、見ているのは遥か未来の『兄』だ。

 

 

 もしかして……。

 

 私は気付いた。喉の奥がビリビリと痺れる。

 

 私はカナエさんの予知を1部分だけ受け継いだ。そこで見た予知の世界の頂上戦争。……ルフィは家族(エース)を失った。

 

「ハハッ、アッハッハッハッハッ!」

 

 単純な事実に笑いが止まらない。

 

「普通そこで笑うかなぁっ!?」

「わりーわりー」

 

 この人は紛れもなく私に似ていた。

 私はてっきり、外見だけだと思ってた。

 

 エースを救いたい。

 何を利用してもエースを助ける。

 

 その望みに私が受けたのは『リィンよりもエース』を優先した、してしまった真実。

 

「カナエ」

 

 この人は、自分をルフィにミラーリングしてるだけの、自分本位な人なんだ。

 

 私と同じ、自己主義の。

 

「な、なによぅ」

 

 そしてこの世界に生まれ落ちて14年経ったからこそ、この人が多くの人の目に付いた理由がわかった。

 

「お前、異常だよ」

 

 ──この人は普通過ぎるから、この世界で異常なんだ。

 

 

 シラヌイ・カナエはあまりにも普通。でもそれはこの人の元の世界での話であり、記憶もない前世を知っている私の中の常識での話だ。

 

「生き悩むテメェにひとつ、アドバイスをくれてやる」

 

 カナエは、母親じゃない。親ではなく子でしかないんだ。

 少し先を行く先輩から、進路に悩む子供へ。

 

 

 (おれ)は振り返った。

 

 

「ロジャーに惚れろ」

「ホァッ!?」

 

 簡潔に伝えた爆弾みたいな発言にカナエは思いっきり顔を真っ赤にした。うぎゃうぎゃと唸り散らしているが、(おれ)は顎をしゃくりあげる。

 

「だだだだだってロジャーにはルージュさんが……」

 

 こいつ、ポートガス・D・ルージュの事まで知ってんのか。

 予知、バカにならないな。

 

 勘違いしているカナエの鼻をムギュっと摘んだ。

 

「死には狂気と狂喜でしか対抗できないモンだ。狂え、お前の普通をとっぱらえ」

「ふつう?」

「ロジャーに惚れ込め。アイツの為に生きたいと、そう思えるくらい惚れて惚れて狂え」

 

 普通じゃない世界で自分本位な人間が生き狂う術は、

 

 

「王様を見つけろ」

 

 

 

 

 

 ==========

 

 

 偉大なる航路(グランドライン)突入前。リバースマウンテンの入口が眼前に迫った荒れ果てた海で、カナエはポツリと原作(よち)を思い返していた。

 

「進水式……」

 

 エースを救済する。

 それは目の前で義理の兄を失ったという、同じ現象に逢った主人公(じぶん)の罪を払拭する為に。

 

「あたしの、夢は」

 

 

 空き樽が強風で吹き飛ばされていくのを眺めながら、カナエは口をつぐんだ。

 

 

 

 

 シラヌイ・カナエに、叶えたい夢はまだ無い。

 

 

 

 




シラヌイカナエの話。
異世界転移したばかりの彼女は『兄を失った主人公』を救いたいだけなのであって、『ロジャーの息子』を救いたい訳では無い。

ちなみに彼女の元の世界に関しては裏設定あります。知らなくても平気だけど。
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