2度目の人生はワンピースで   作:恋音

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第245話 嘘も方便

 

 トラジティー帝国とは。

 空白の歴史から存在する古くからある国であった。

 

 現在の皇帝の称号は黒亥。

 称号とは子丑寅……と続く12の動物と、春夏秋冬からなる青、朱、白、玄(黒)の4色を組み合わせたものである。

 

 黒、4つの季節で言う冬。そして亥は干支で最後の動物。

 

 遥か昔から続いた称号という文化。

 これが表すこと、それ即ち。

 

 

 現皇帝、ディグティター・テロスは歴史上最後の皇帝という事。

 

 

 長すぎる歴史は一夜では語り尽くせぬほどの多くの困難が待ち受けていた。偉大なる航路(グランドライン)という荒れ果てた磁気の狂う海に囲まれたトラジティー帝国は、当時こそ激しい山々がなかったがその寒々しい気候の性で周辺の島を植民地化せざるを得なかった。

 

 ディグティターは独裁者であった。

 島の上に住処を建設し、広すぎる土地で畜産農業と金属加工という特色で、トラジティー帝国は帝国として成り立っていた。

 

 ──地震が起こるまでは。

 

 

 それは青亥の時代。要するに現在の3個前の皇帝が君臨していた時代だ。

 

 今思えばそれは悪魔の実の能力者が起こしたことなのではと考えられるのだが、当時は巨大地震の発生で国中がパニックになっていた。

 地盤が浮きあがり、地形変動。

 現在の山々が飛び出たドーナッツ型の地形になってしまった。

 

 当然島の上に建っていた建物も、生業としていた畜産も、長きに渡り築き上げてきた文化は全てパァだ。

 朱亥、白亥の時代でギリギリ食い繋いだ国を、黒亥は国民奴隷化という力業で復興させていた。

 

 そんな激動の時代を過ごした亥の時代。

 ついに最後の皇帝となった。

 

 現皇帝テロスにとって、幼い頃にみた広大な平野に栄える文化がトラジティー帝国の常識であった。

 グラッタは、今の岩山こそがトラジティー帝国の常であった。

 

 

 この国の命運は、未来のみが知っている。

 

 

 

 ==========

 

 

 

「あの麦わら野郎……!」

 

 レイリーがキレ気味で襲い来る護衛隊をバカスカ吹き飛ばす。

 人間離れした速度で海上都市の道を走り抜け、王城へと急いでいた。

 

 グラッタも負けじと足を速める。

 

 しかしそんな2人でも追いつけないで居たのはロジャーだった。ちなみに他の仲間は別働隊を抑えたり、サポートに徹していた。

 

「はァ……! はァ……!」

「別に無理をしなくてもいいんだぞグラッタ」

「僕の……っ、国の問題だ……!」

 

 息絶え絶えながらもそう口にするグラッタの頑固さにレイリーはため息を吐いた。実に非効率的だ。

 ロジャーが先行しているのだ、実力はグラッタとて知っているはず。そこまで急ぐことも無いだろうに。ガムシャラに突っ走るのはこの海賊団では船長のみで充分だろう。

 

 そうは思うが心情も理解は出来るため自分の心の中に留めておく。

 

「にしても……」

 

 レイリーは一人の男を思い返した。

 

「そこはかとなく、気味が悪いな」

「なっ、なにがだ……!」

 

 刀の使い方を知らないグラッタが叩き切る様に刀を振るった。その様子に眉をしかめながらもレイリーは懸念事項の続きを口に出した。

 

「エースだよ」

「あー……、あのっ、……! 意味深女顔か」

「それだ」

 

 意味深。

 どうしてもこうしても、エースは何かを知っているように思えてしまう。発言の全てが意味深に聞こえてしまうのだった。

 

「アイツは具体的な行動指針を提示した事はないが。微かな言葉で、アイツの望む通りに進ませられているような。漠然とした畏怖がある」

「……僕も、なし崩しだがお前たちを巻き込むと決めた決断。それすらも、僕の意思じゃないのか疑ってしまう」

 

 今日の天気は曇り時々人だ。バッタンバッタンと海上都市から海に吹き飛ばされていく人災の中。別に本人はそんなつもり持とうも無いが、のほほんと会話しているその姿に、空を舞う護衛隊は涙を流す。俺たちは風の前の塵に同じか、と。

 清々しいほどの雑魚扱いだ。

 

 

 まぁその懸念事項である小心者は普通にガチで出生に関わるので歴史改変を恐れてぴーぴー心の中で喚いているだけだ。

 残念それは普通に勘違いなのだった! ──半分は。

 

「何者だろうなアイツ」

「僕ら、結局アイツの名前も知らないだろ」

「まぁ、な」

「アホ面女と似た顔だし血縁関係なんじゃないのかな……と、僕は簡単だけどそう思う」

「…………。」

 

 余談であるが、カナエが異世界出身だということはローグタウンで会った2人。つまりロジャーとレイリーしか知らない。

 カナエの血縁関係がこの世界に居ない事は確実で、だからといって確信した返事をすることも出来ず口を噤む。

 

 あるいは。

 カナエとエースは同じ存在では無いのだろうか。世界を隔てていた同一の存在がイレギュラーな異世界転移でドッペルゲンガーとして……。

 

 そこまで考えレイリーは首を振った。

 ここから先は考えても答えは出てこない。それこそ神にでも聞かない限りは。

 

「さてな」

 

 ようやく振り絞った言葉はあまりにも重さを感じない軽さだった。我ながら嘘くさい言葉だと自覚して、レイリーは速度を上げた。

 

「得体の知れない男だが、あの男は強い。ロジャーよりも遥かにな」

「そう思うのか?」

「あァ。あの男の技を見た事があるだろう? 私には、理解できなかったよ。超人的な身体能力と武器を扱う技術。彼が何をしたのか一切分からないから対処も出来ない」

 

 ここにリィンが居ればしめしめ狙い通りだとか考えたであろうハッタリを賞賛(※リィンにとっては)するレイリー。

 グラッタはそれに対して、エースが悪魔の実の能力者なのではないだろうかと推測をした。心の中で。コミュ障のグラッタくんはレイリーに真っ直ぐ対立した意見を言えないのである。

 

「まぁ今は同じ船に乗ってる仲──」

「どらっしゃあ!」

「………………間だと」

 

 ……いいなぁ。

 その言葉は最早発音したのか分からないほど弱々しい声だった。

 

 断言する言葉から願望する言葉に変えたのも、カナエの息む声と共に眼前に護衛隊の兵士が吹っ飛んできたからだ。

 

「違ぇカナエ! てめえの筋肉はそれ以上育たねぇんだから力業でどうにかしようとすんなってなんべん言ったら分かんだ!」

「だってスッキリする!」

「ふざけんなど阿呆ッ! 能力者でもなんでもねぇ女が筋肉ついた野郎を吹き飛ばせんのは精々3回だ! 重力使え重力! 叩き上げんな叩きつけろ!」

 

 そっくりな顔した2匹が言い争いをしながらやってくる。

 

 何テロ犯に物理的な強さ与えてパワーアップさせようとしてるんだエース。

 

 言ってることが理にかなってる分よりいっそう腹が立って仕方がない副船長。彼はこの世の不条理を嘆くような深い深いため息を吐かない代わりに拳に込めてとりあえず男の方をぶん殴った。避けられた。

 

「チィィッ!」

「おいおい、男の嫉妬は見苦しいぜ」

 

 大きな舌打ちに全自動煽り機が鼻で笑う。

 

 麦わらの一味や七武海や紅白四皇が海賊の基準であるリィンの判断では、仲がいいのか悪いのか分からないロジャー海賊団。仲間というより戦友に近しい。それも互いに衝突するタイプの。

 その考察を元に、リィンは己が演じているエースという男をわざと他人と衝突させるようにしている。

 

 リィンがボンドならエースは油だった。

 

「……!」

 

 エース、そしてレイリーの2人が視線を進む先に向ける。ワンテンポ遅れてグラッタとカナエがその視線を辿った。

 

「ピーター……」

 

 ポツリと名を呟いたのはグラッタ。

 護衛隊の誰よりも強い気配を纏った筋骨隆々の男が現れたのだった。

 

 怒気を含んだその鋭い視線。いかり肩が震えている。

 

「嗚呼腹が立つ」

 

 ドシンと一足踏み込んだだけで重さが伝わってきた。

 

「嗚呼腹が立つ」

 

 レイリーがグラッタに視線を向け、あの男は誰だ、と言いたげに顎をしゃくる。

 

「嗚呼腹が立つ」

 

 ブン、と焔をかたどった様な円月が槍の穂先に付いた(げき)を振り回し、ピーターは攻撃の意志を見せた。薙刀やハルバートに近い武器は、間合いの問題もあり戦い辛いことこの上ないだろう。

 

「……皇帝直属の護衛隊、1番隊の隊長だ。この国で1番、優れた腕を持っている」

 

 ふーん、と心の中の震えを隠しながらエースが興味無さげに相槌を打った。

 

「何故貴殿らは陛下のお心を理解できない」

「分かりたくもないっ! 国民を奴隷の様に働かせる考えなんて!」

「ッ! 貴殿がそうも腑抜けているから! この国の未来は無いのだ! 貴殿が情けないから! 我が王はこうしているのだ!」

 

 皇帝の歴史を知らぬ3人が完全に理解出来ずにいると、ピーターは大振りに戟を振り回した。

 

 レイリーがカナエをフォローしながら刃の軌道を避けきれば、行き場を失ったそ風圧で背後の建物が崩れる。

 威力は偉大なる航路(グランドライン)あるある。

 斬撃とまでは行かずとも、中々の威力だ。

 

「陛下は素晴らしい! グラッタ様よ、貴殿は何故陛下の素晴らしさに気付かない!」

 

 ギロリと睨みつけるその眼光に、16歳のグラッタは肩をびくつかせる。

 

「ぼ、僕は……」

 

 グラッタは海に出た。それは賞金稼ぎとしてだったが、ロジャー海賊団として色々な島を回った。偉大なる航路(グランドライン)からわざわざ東の海(イーストブルー)に移動してまで。

 

 そこで知ったのは、生まれた頃からあった国の常識ではなく、世界の常識だった。

 

「やっぱりこんなの、間違ってる……!」

 

 国の最強に挑む覚悟を決めたその時。

 

「ん?」

「へ?」

「は?」

 

 グラッタは姫抱きの状態だった。

 

 えぇ、犯人はリィンもといエースである。

 

「機動力が1番あるのはまぁ俺だな」

「??????(??????)」

 

 大混乱のグラッタは声も出せずに首を傾げた。

 周囲の人間だってぽかんとしている。

 

 人間離れしている筈のレイリーの走行速度を見ていたエースはまぁ自分の方が速いだろうと結論付けた。

 

「え??ん??なん、なんで??????」

「悪ィな、護衛タイチョーさん?主役はテメェに構ってる暇、ねェんだわ」

 

 屈伸したエースがグラッタを抱えたまま、海上都市の中心に高くそびえ立つ城を見てニンマリと笑った。

 

「主役の舞台は、アッチだろ……!」

 

 その言葉と共にエースは跳躍して屋根に登り、そのまま城壁に向けてバッタの様に飛び跳ねて行く。

 

「エーーーースッ! 貴様私たちに押し付けたな!」

 

 怒り狂うレイリーの声が背中に届くが、カラカラと笑いながら誰も通れない直線的な最短距離を走り抜けていく。

 不思議色の物質操作万歳。浮遊は結構得意分野なのであった。

 

「まさか……このまま突っ込む気か!」

「あんな筋骨隆々の野郎相手して興奮する訳ねェな」

 

 ロジャーも先に行ってる事だし、と言い訳を重ねる。

 

「(無理無理……! 勝てないことは無い、と思うけど(おれ)のキャラ設定上余裕の勝利じゃないとマズイ!)」

 

 最強キャラとして、傷を負う訳には行かない。

 

 リィンは都合のいい男に仕立て上げるためエースに3種類の設定を付けた。『気分屋』『飽き性』『面白い物好き』。

 何か危険なことがあれば『趣味じゃねぇ』とか『つまんねぇな、一抜けた』とか『今日は戦闘の気分じゃねぇ……あとは任せた』とか出来ちゃうわけだ。天才的な頭脳が閃いちゃったのだ。

 

 ……どうせ後で自分の首を絞めるだろうに。その場しのぎの姑息な手しか使えないリィンは過去から少しも学んでなかった。

 

「(あの男が最強なら、帝王はそこまで強くない)」

 

 箒に比べると大分遅いのだが、ビュンビュンと風を切る速度で空を駆け抜けていく。屋根やら壁やらには足が着いているので飛行ではなく走行だと騙し通せているのだった。

 

 エースは前を見据える。

 

「(懸念事項は後の七武海、ディグティター・グラッジ……。彼の今を相手にしてロジャー海賊団が負けることはないにしろ、ミズミズの能力を今手に入れていたら引っ掻き回される事は間違いない)」

 

 ああヤダめんどくさい。

 出来れば関わりたくない国ナンバーワンと絶対に関わりたくない海賊団の組み合わせは、どう化学反応を起こしてもクソだ。

 マイナス同士を足してもマイナスにしかならないのだ。

 

「アソコだな……!」

「うわああああッ!」

 

 エースは目星をつけた部屋に飛び込む。いきなり上がった速度にグラッタは思わず目を強く瞑った。

 

「どりゃあ!」

 

 城に入った瞬間建物の下の階から力技でショートカットしたであろうロジャーと目が合う。

 

「お、グラッタ!エース!」

「……お前、迷子か」

「ギクッ!そそそそ、そんなことないぞエース!」

「迷ってよく分かんねぇからとりあえず偉そうなやつは上にいると踏んで下から突き破ったか」

「なんでわかるんだ!」

 

 麦わら帽子被ったやつは同じ思考回路をしているのかもしれない。リィンはフードの中で深く深く、ため息を吐いたのだった。




次回、トラジティー帝国編終了だといいなぁ(願望)

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