ズキリ。
耐え難い痛みで目を覚ました。
「知らない天井ぞ……」
痛みでチカチカする目元を擦り見上げた天井。そっと呟いた。いや、ほんとに知らない。またどこかに流れ着いたのかな(確信)
痛む体をよっこいせと起き上がらせると、そこはお世辞にも綺麗とは言えないベッドだった。
体には手当のあと。上半身にぐるりと血で汚れた包帯が巻かれていた。
回転を取り戻した頭で考える。
「あ゛ーーーくそ」
失敗した……!
俯いた私の視界に入り込む
そうだよ、夢見る幻くんで髪色切り替えてない状態で手当されてしまった……! 男キャラでは行けない! そもそも海の上にいきなり出て箒構えて飛べるかって言われたら絶対否だよね!
「う……」
興奮からなのか、思わず蹲る。
気、気持ち悪い……。
この吐き気はもしかして転移の気持ち悪さじゃなかったんだろうか。吐きそう。ああ最悪だ。気持ち悪くて堪らない。転移する前よりはまだマシだけど。
「あ、お姉さん起きた?」
「っ!? い゛ッ──」
「む、無理しちゃダメだよ、じゃないと傷が開いちゃう……!」
ペションと眉を下げた少年がタオルをかけた桶を持って部屋の中に入ってきた。驚くついでに体が反射的に動いてしまったので私は軽率に死にました。痛い。
状況とセリフから判断するに、どうやらこの子に世話を掛けていたみたい。
貧乏な一般人。
私のなけなしの良心がじくじくと痛む。多分背中の傷だけど。
あぁ痛い。涙出てきた。
「状きょ、……ッ、状況を、説明、してくれ、ないかな?」
やっぱりトラジティー帝国ではアドレナリン出てたか……! 何が死ぬほどの傷の深さじゃないだよバカ。死ぬほど痛いじゃないか。無理、死ぬ、死んじゃう。
「漁に出てたら海にクウイゴスの木に浮かんでるお姉さん見つけて……。それで家まで運んだんだ。綺麗な包帯あってよかった」
「ご迷惑をおかけして……」
「気にしないで!正義とは弱気を助ける者である!……なんて」
えへへ、と恥ずかしそうに笑う少年。
海軍の言葉。
あぁ、この子は海兵になりたいのか。
「は、恥ずかしいよね。僕なんかがカッコよくて強くて、それで正義なんて」
かぁ〜〜!と頬を染め上げる少年。
私は、正直何も言えなかった。
──痛くて。
「い〜〜〜〜〜〜〜っっ無、無理……!」
誰でもいいから私を気絶させて!
少年は私をベッドに寝かせて、自分は狩りをしてくるからと外に向かった。
そこから約30分。私はあまりの痛みにえずきながら結論を出した。
……よし、逃げるか。
ええ、逃げますとも。
ややこしい所からは逃げるに限る。……というか後々海軍に入る可能性が1ミリでもあるなら距離を離した方が得策。黒髪のカナエ顔、なんて人物が『女狐隊の雑用』として現れるんだから。
そういえば今、何年前くらいなんだろう。
この家……小屋……建物……えっと、かろうじて建造物と言える無いよりはましの家には娯楽や情報が転がってない。家の中に居ても情報は得られないだろう。
全てはあの少年からしか。
「はぁーーー……」
じくじくと痛みは引かない。
私はアイテムボックスから非常食を取り出して胃の中に流し込んだ。咀嚼が傷に響くが食べないことにはどうにもならない。
服を羽織り、靴を履く。あ、シークレットブーツは今回に限り歩きにくいな。んん、でも我慢しよう。
……。
「チッ」
自分の思考回路に入ってきた言葉に小さく舌打ちする。
『は、恥ずかしいよね。僕なんかがカッコよくて強くて、それで正義なんて』
ルフィのお節介癖が移ったか、それとも別の何かか。運命とやらか。
その言葉が頭にしがみつく。
私は靴を脱いでまたベッドに戻った。
「この世界で生きるには恥ずかしい」
技名を叫ぶ文化とか。私にとってめちゃくちゃ恥ずかしい。でもそれが普通なんだよなぁ。
彼にとっての普通がなんであれ、海兵としてカッコつける事に恥ずかしさはある。
私の世界は物語ではないから。
無駄に時間が流れていく。
インペルダウンで過ごした時と同じような時間が。
あの時と違うのは、死だ。
私が経験してしまった、家族の死。
昔の私よ。それこそコルボ山にたどり着いたばかりの私。
貴女は1番自分が大事で、多分エースに背負われながらあだだだ泣き喚いている頃でしょう。いや、あれに関しては未だによく分からんないよね。1歳児を背負ったまま獲物を狩りに行くな。
その山の中で、貴女は大切なものに出会いました。
そしてその大切なものを壊すのは、貴女です。
今の私みたいに、背中に傷を負ったまま必死になってゴア王国を歩き回った私。
貴女は初めての予知に触れ、頭をぐちゃぐちゃに掻き回され、太陽も高くなった石畳の上で蹲って、現実を迎えました。未だにイワンコフさんは見たら忘れない顔ナンバーワンだよ。安心して。
その別れと出会いは私を海へ駆り立てる第1歩でした。
そしてまた貴女は何も出来なかった。
その一件で自分自身がブラコンなのだと判明してしまった照れくさい私。
貴女はこれから兄を助ける為に海軍に入ります。女狐なんて未だに理由がよく分かってない大将になって、とんでも七武海に絡まれて泣き喚きます。理不尽が服着て大乱闘してるもんね。そりゃ泣くよ。
その『家』で貴女は家族を見つけます。友を見つけます。仲間を、部下を、大切な人たちを。守りたいと、そう思える世界を。
貴女は自分本位で優柔不断。昔から自覚していました。
そうやって迷いまくって、大事なものが増えすぎて。
そして、最初に選んだ大切なものを取りこぼしてしまうのです。自らの手で。
なんて、なんて。クソッタレ。
本当に大切なものはなんだったのか、大切な者の優先順位を!貴女は忘れてしまう、つけそびれてしまう!
あぁ、今の私よ。
お前は一体、何がしたい。
ギギギ……。と扉が開いた。
少年が帰ってきたのかと思い顔を上げれば、そこに居たのはやせ細ったドブの匂いがする貧困民。
手にはボロボロの刃。
「誰だ」
「殺せ……」
「奪え……」
「こロセ……」
男はブツブツと呟き続けている。
目が、イッちゃってるんだよね、この世ではないどこかに。
痛む傷口を庇うように私はベッドで逃げ出せるような格好を取る。姿勢を低くして、足に力を入れて。
飛びかかってきたら脇を抜けよう。多分、私が力加減したとしても多少の衝撃で死んでしまいそうだ。
「ッ、やめろ!」
少年が戻って来た。
眉間に皺を寄せて親の仇でも見るような鋭い眼光で少年が刃を振るった。男に。
「アヒャ、ヒャヒャハハハハハ」
ただし、相手には当たらない。少年の刃はブンブンと宙を切るだけで終わる。
少年は恨む様な視線で自分の手を見た。
「なんで、なんでッ、虎だって、なんだって殺せるのに……!」
ボロボロと泣きながら刃を振るった。
「……少年、人を殺したことは?」
「あ、ぁ、ッ、僕、僕は……」
「殺したこと、あるね?」
「う、……………ッ!」
ある、の反応だ。
いやぁ懐かしいなぁ!1回人殺すとしばらくトラウマだよね!
多分この少年は殺す時も感傷的に殺したんだろう。
私の場合感情全て落っことした感じだったらしいしね。クザンさん曰くだけど。
「はい、おやすみ」
薬品を気化させ吸い込ませた為、貧困民の男はおねんねした。
いやー、ミホさんには効かなかったけど一般人には効果的なんだって。ほんと、ミホさんには効かなかったけど。なんで効かないんだ化け物め。
「少年、ちょっと話しよっか」
==========
ボロボロの服が獣の血でパリパリになっている。
海辺の風をその身に受けながら、少年は狩って来た鹿を吊り下げ血抜きを完了させた。
私はその作業を岩に座って眺めていた。
血抜きくらい手伝おうと思ったんだけどな。
いくら歳が近いとは言え、12とか13くらいの少年にさせるのはなぁ。ま、肉体年齢よりもかなり多めに見積もってる年齢予想だけど。はたから見たら10歳くらいしかないよ。
「君は人殺しが怖い?」
作業を止めもしない少年がピタリと固まった。
「素直な気持ちを口にしていいよ。海兵になりたいとか、そういうのは置いといて」
少年は剥ぎ取りに使っていたナイフを片手に持ってこちらに歩み寄る。そして大きくナイフを私に向かって振りかぶった。
ピタッ。
眼前でそのナイフは止まる。
「怖い、すごく、怖い」
狩りで培った戦闘の腕は確かなのだろう。独学だろうけど。
「──だろうね」
普通なら殺しは1番クる。
少年は私の横に座って膝を抱えた。
これから歩むはずの人生を潰し、誰かに恨まれ、背負っていく命。私は、耐えられたのだろうか。未だに分からない。けど、私は誰かを殺したくはない。
「海兵になったら、多分いっぱい海賊を殺すんだ」
「うん」
「海賊は、嫌だ。僕は、海賊に怯えている。それは僕が弱いから」
海賊は強さだ。
だから弱いと怯える。
「──だから僕は、海兵になるんだっ、海賊を全部、弱い誰かが恐怖する全てを壊す為に……!」
「己が誰かを怯えさせる恐怖になっても?」
答えなかった。
答えられなかった、というのが正しいと思うけど。
「多分、キミの進む道は。救った数より殺した数の方が多くなる道だ」
「でもっ! 誰かを犠牲にして好き放題して、お金を搾取して!そんな理不尽な悪に手を染める悪い奴らのせいで、誰かを想える正しい人達が困って苦しんで死んでいくのを見るのは……! 耐えられない! 見て見ぬふりなんてできっこない!」
ねぇ、過去の私。
この少年を見てどう思う?情けない?それとも優柔不断?価値観をきちんと線引き出来てない未熟?考えが甘くて矛盾だらけ?
私はね、自分みたいだと思うよ。
世の中に『大切なものを全て守りたい』も『恐怖全てを壊したい』も、そんな綺麗事で出来た未来は存在しないんだよ。全てを手に入れようとしても、何かはこぼれ落ちてしまう。私の手は2つしかないから。
「──上等じゃない」
その果てにあるのが幸せなら、私は必ずやり遂げてみせる。
「秘策を預けよう、少年」
「……え?」
過去の私。海軍でグラッタを殺したばかりの私。
貴女はその殺したという行為を、しばらく引き摺ります。殺した瞬間は覚えおらず、なんの感情も動かなかった薄情者。でも誰かの未来を奪うその行為が、自分本位な貴女は耐えきれない。
その行為は未来で貴女を苦しめます。
そして死からまた死が生まれる。
猫ばかり被って本当の自分を隠していた私。
貴女はそれが最善だと思っているでしょう。沢山の人から優しくされて、薄情になって。近付かせなければ傷つかないと、そう思っていますね。
それは正解です。近ければ近い程傷は深い。
そして結局は裏切られます。その猫は上辺だけだから。
「偽物になるんだ」
貴女は狐です。
誰かを騙して誑かす悪い女狐。
「偽物?」
「そうだよ、偽物。自分とは全く違う仮面を被って、別人に成るんだ。強くて、自分の苦手なんて全てやってのけちゃう、ぼくのかんがえたさいきょうのかいへい!」
海賊の子供である私が本当に必要なのは、素で居れる味方だったというのに。
「影でどれだけ泣いたっていい。吐いたっていい。キミは恐怖すら恐れる男に成るんだ。──見ろ!ヤツが来た!ここから逃げろ。──しまった!ここはヤツの保護下にあるのか!」
私の女狐は全てここから来ている。圧倒的なハッタリ。名前の大きさ。
無名であった謎の大将からちまちまと評判を高めて行った。恨まれるという力を使って。
海賊に恨まれ、政府に疎まれ。
そうして偽物は本物になっていく。
私の考えた最強の海兵。
「
私はグッと親指を立てた。
「キミは誰よりも本物の偽物になれるよ」
でもね、私はその偽物を超える偽物になってやる。
未来の私。
貴女は誰にも漏らせないような秘密を沢山抱えて苦しむでしょう。伝えたくても伝えられないジレンマと、沢山の後悔に押し潰される。きっと、これまでと変わらないし変えられない。
でも自分本位で優柔不断のまま生きようと思います。
変わらないまま世界を全て作り変えてしまえ。
身勝手でわがままで自分の感情だけが最優先。私のせいで苦しんだ人は沢山いる、でもきっと私のお陰で救われた人も沢山いる。
私は海兵になりたい。
海兵として、海賊に。
海軍大将女狐という座も、海賊堕天使としての地位も、そしてロジャー海賊団としての存在も。
「生きよう」
誰よりも自分らしい偽物に。
これは私の──誰でもない私の修行期間。
ちなみにこの後5分も経たずに時空転移したことを記しておく。道理で気持ち悪いままなわけだよ!
〜完〜
いや冗談ですけど。
ハイ!2021.3.20、ついにこの日で4周年迎えましたー!わーい!
蛇足ですが、この『2度目』とそしてハリポタの世界にある『3度目』。そのふた作品の主人公をしてくれているリィンを。
ついに、一次創作として!連載開始することになりました!なろうだけどね!
https://ncode.syosetu.com/n9901gv/1/
2度目や3度目とは関係のない、リィンが主人公という共通点でしかないけど、よかったら応援してちょうだいね!