未来のシーナことロシナンテが連れてきたのは未来の王下七武海(実兄に殺される)でした。
というわけで、シーナへ課した海賊から情報を得るという任務を彼は無事に果たし、腐った蛆の道の三番地、『ヘドロのスープ』という見た目クソゲロ中身まじうま飯屋でシーナ以外が腹を満たした。
「さて、フリッツ・ヘイヴ」
「なんだロシオヤ」
私が声をかけると未来の七武海であるフリッツ・ヘイヴが振り返った。
呼び方、ロシオヤで安定するのね、そうですか。
フリッツ・ヘイヴは恐らく30歳かその寸前くらいだろう。ただキョトンと首を傾げる姿は幼く見える。
「ちょっと待ってくれ、太陽光が酷い。紫外線対策をさせてくれ」
そう言いながらバッと開いたのは日傘。
しかもフリフリである。
「…………。」
ツッコミ所すぎてツッコミすら出来んわ。
頭を掻きむしりたい衝動に駆られるが、一息ついてこころを落ち着かせると、再び向き直る。
「この時代の観光地を探してるんだが、このご時世だ。現地の海賊に聞くのが一番だろうと思ってな」
「不思議な言い方をするんだな」
どうせろくに交流せずに死ぬ七武海に時空転移ネタを仕込んでも意味が無いかもしれないが、ボロが出る方がまずい。徹底的に『ロジャー海賊団に居て悪魔の実の能力により時空転移が出来た未来で女狐と呼ばれる性格と口の悪い男』なりきる。
「死ぬ前なら、どこに行きたい?」
フリッツ・ヘイヴは無言で考えた後、聞いた事のない地名を口にした。
「──〝音楽の国〟エレジア」
==========
煉瓦造りの建物がならぶ美しい国で、至る所から音が鳴り止まない場所だった。
私の生きていた時代より29年前。ふと耳をすませば聞いたことのあるメロディーなどが存在する。あれです、いわゆる昔の曲。海兵の上の世代の人達が聞いてたなぁ。
「しっかし意外だな。まさか
「普通の国、か? ロシオヤ、俺はな、音楽鑑賞が趣味だ」
「はぁ」
興味がないので私は空返事をして周りを見渡す。
島は角度の高い山が中央にあり、あとは緩やかな傾斜の土地が広がっていた。そんな島のそばに明らかに大型海王類と思わしき存在が白骨化されてる状態で海に生えてるんだけど、どういうことなの。
「やぁ、これはまた珍しいお客人じゃあないか」
ヘッドホンをつけ、サングラスをかけた、頭髪はげなのに両脇の髪だけを長く伸ばした頭の形が明らかにおかしいやつだった。頭、え、何その頭。
「お前は……」
「私はゴードン、この国の王だ。あぁ、王と言ってもまとめ役の様なものだから身分などは気にしないで欲しい」
そりゃおかしな頭した男がバリバリの国王なら第1村人みたいな感じで話しかけやしないよ。
この世界、骨が1番のミステリーだと転生者はしみじみ思うな。
「久しぶりのお客人だ。国をあげて歓迎しよう!」
そう言われて案内されたのは国で一番大きな建物だった。
舞踏会のような雰囲気の会場には食べ物が並ぶ……という訳ではなく、所狭しと言わんばかりにたくさんの楽器や楽譜が置かれていた。
国民もドレスを来てその場に集まっており、そこらから音が溢れ出てくる。
隣を見やるとキラキラした顔をするシーナとフリッツ・ヘイヴの顔。私はため息を吐いた。
この世界の戦闘技術は平均が高すぎて見劣りするから論外だけど、なんでも多彩にこなしちゃう超天才の私が食指の動かないジャンルがある。
「あほくさ」
それが芸術だ。
だいたい有名になるのって死後の人間だし。芸術は分かりにくいし、まあ凡人の私にはちょっと理解できないんだよね。
天才とか言ってなかったって? それはそれ。これはこれ。沢山の顔を使い分けるんだから平気で自己矛盾してくよ!
「2人とも、俺はテラスで酒でも飲んでるから適当に楽しめよ」
見上げるシーナと見下ろすフリッツ・ヘイヴの頭を軽く撫でて会場外へ行く。
お酒は当然飲めないので、こんなこともあろうかと用意していた酒瓶(天然水)をラッパ飲みする。アルコール臭が無いのは消毒液を香水にして誤魔化すよォ!
夜風に吹かれ、音楽が絶えず耳に運搬される。よっこいせどっこいせ。もうちょっと静かになんないかな。
好きな人には好きなんだろうけど、申し訳ないが私には頭が痛くなって──
「──だーれだ」
背後からむぎゅっと耳を塞がれた。
「……、あのなぁ、そういうのは目を塞がないと意味ないんだぜ」
「え、でも耳を塞げば声も聞こえないし誰か分からないんじゃ無いかな……あれぇ?」
「いや聞こえてんだろ。それに振り返られたらどうす……」
──ガシッ
振り返ろうとしていたら頭を掴まれたようで振り返られなくなる。
「……これで振り向くのは無理になる」
思わずため息が溢れた。
「おいこらなっちゃん、フリッツ・ヘイヴ。手を離せ」
「バレてた!」
「バレてるな」
手を離した2人はイタズラな笑顔を浮かべていた。
「お前ら音楽は?」
「楽しんでいる。ロシオヤの様子が気になっていただけだ」
「僕歌ったの初めて! いっつも聞いてばっかりだったから」
シーナが笑顔を浮かべて報告をしている。まあシーナが喜んでるならいいかぁ。
「ロシオヤは音が嫌いなのか」
「別に、好きでも嫌いでもねぇよ。ただまぁ……俺ァ耳がほかより良いんだよ」
別にそんなことは無いです。私の耳は普通の人間くらいです。もしくはそれ以下です。
でも折角なら強者アピールしておきたいじゃん?
「流石に頭痛くなってくる……」
フリッツ・ヘイヴに弱点を晒すのもどうかと思うけど別に他より優れてるわけじゃ無いので弱点にはならないからいいかぁ。
するとシーナが私に手を伸ばしてもう一度、今度は正面から耳を塞いだ。
「これで聞こえない?」
聞こえます。ちんまい手で防げると思うなよ。
今日何回目かのため息を吐いたあと、ニヒルな笑みを浮かべてシーナの頭を軽く撫でた。
「オーオー、聞こえねェな」
「良かった!」
こいつアホだ。もしくはバカだ。会話が出来てる時点で気付け。
「ロシオヤには音楽よりこっちの方が良さそうだな」
フリッツ・ヘイヴは私に新聞を渡してきた。
「あ?」
日付けが今日の物で合ってるのか分からないけど、年代は私の時代より29年前。つまり
新聞を読む。まあ読むまでもなく一面に乗ってあるのは。
「……元海軍大将、海兵育成学校教官黒腕のゼファーとロジャー海賊団、平和な島で激突」
詳細は戦闘の様子ではなく被害状況の方が割合が多い。
他の記事は……ガツルバーグの滅亡、神聖国アンティゴネの建国、四皇の縄張り変化、海軍本部内部革命のその後、コラム、等など。
いやぁ、荒れてるなぁ(死んだ目)
私この時代じゃなくて良かった。生まれてきたのが大海賊時代で良かった。
ざっと目を通し見上げたらそこにフリッツ・ヘイヴが近い距離で見下ろしていた。
「何この海賊」
「長く海で名を馳せる大海賊だな」
その人たち、のちのち海賊の王とその一味になります。超エキセントリックな海賊団です。
「そういえば……俺が海賊見習いだった頃に会ったことがあるな……。昔の船長が今も自慢げに言っている」
「ふーん」
平常心を装っているが驚きまくりである。後の王下七武海は後の海賊王とエンカウントした事あるのね。しかも互いに名を馳せてない状態で。
やっぱり持ってる海賊は違うな。
……まあ、持ってる持ってないで言えば私はめちゃくちゃ持ちすぎて荷物に潰されてる感否めないけど。
「あぁ! お客人、ここに居たのか」
おかしな頭の国王、ゴードンが現れた。うーん、頭どうなってんの。
「我が国自慢の音楽は楽しまれてますかな」
「あぁ、充分過ぎるほどにな」
はっ、と鼻で笑いながらだったがゴードンは特に気にした様子もなかった。
「そうだ、黒髪の客人……えっと、名前は」
「好きに呼べ」
「…はぁ、それではお客人と。お客人もよろしければ歌を歌いませんかな」
ばさり、と取り出されたのは楽譜。
「これは私が作曲したものなのです! あ、作詞はお任せして……」
どこにこだわったとかつらつら言い重ねる頭がおかしい、オット間違えた、おかしな形をした頭のゴードン。
楽譜読めること前提かぁ。
いやまあ読めるけど。一応、読むことは出来る。
ふと隣を見れば期待するようなシーナの顔とフリッツ・ヘイヴの顔。
ため息をひとつ。
「………………後悔すんなよ」
語り続けているゴードンの口を塞いで、渋々。真剣な顔して睨んだ。
私の歌声は、最強だ。
なんせ鼻歌でも人々を卒倒させ、同じ雑用部屋の月組には『リィンちゃん、まじやばい。人前で歌ったらガチめに』『これ以上聴くとほんとに歌声に狂わされる』と言わしめた歌声。
「──♪──♬」
私の口から響き渡る音。その音は。
「頭が! 頭がおかしくなる、」
「ロシオヤもういいやめろ! 止まれ!」
「は、母上ええええうええぇん!」
──そう、
「ぜえ……ぜえ……」
「ぐすん……グズグズ……」
息も絶え絶えなギャラリー。遠巻きに悪魔を見るような顔で私を見る室内の国民。レコード系のでんでん虫から流れる音楽だけが虚しく音を鳴らす。
恐れている。中には怯えたり逃げ出した人もいるだろう。
そう、私は芸術が苦手。
──だって芸術音痴なんだよッッッ!(ドーン)
表現って、難しい。
「あ、悪夢だ!」
「僕魔王が一瞬見えたよ……王冠とシッポが生えてた」
「霧かなんかだろ」
失礼な奴らに冷ややかな目を送る。
魔王がなんだよ、将来ピエロになるお前とどっこいどっこいだな。
「ぶくぶくぶくぶく……」
自分の音楽を汚されたゴードンは泡を吹きながら気絶しているようだ。
「だから後悔するなよっつったんだよ……」
頭をかきながらふと先程まで座っていた椅子を見ると、そこには古ぼけた楽譜があった。
「……?」
この世の音楽とは思えないだとかなんだとか芸術好きの2人が嘆いている中楽譜をぱらりと見てみる。
「Tot musica」
ムジカ……音楽。トット……小さい子供、いやたくさんの。ってとこか。
「……歌わす気ないだろ」
歌詞ついてるけど初っ端古代語入れてるあたり趣味悪いわ。
ふっふっふっ、これでもロビンさんから
古代語と似ている参考文書を取りだして読み合わせて。
うん、よっし、やめとこ。
最初の1文読んだだけでアイテムボックスに入れた。
「…………あぁ、Totって〝死〟の方か……」
厄災に好かれる才能を持ってるのか私。今更だな。知ってる。
ちっ、誰だよこんなの置いたやつ! 古代語読めねぇと思っただろ! 残念でしたぶぁーーーか! そう簡単にてめぇの策略に乗ると思うなよ! ……誰がやったんか知らんけど!!!
──ぐるり
「……っ!」
心の中で中指を立てていると視界が回った。
腹の底からせり上がってくる吐き気。乗り物酔いに似た、私の心底嫌いな体感。
「……や、ばいな」
時間、及び空間転移の時間だ。
ほんっっとになんで私がこんな目に……!
「? どうしたの?」
シーナが心配そうに見上げた。
「次の旅行先が決まったなと思ってな。なっちゃん、行くぞ」
「えっえっ!?」
「あばよフリッツ・ヘイヴ。仲良しはここでおしまいだ」
嵐のようにがしりとシーナの腰を掴んだ私はフリッツ・ヘイヴに目をつけた。
彼は驚いた顔をしていた。
フリッツ・ヘイヴ、後の王下七武海。
ドンキホーテ・ドフラミンゴに殺された、リィンが最初に出会う七武海の1人。
「また会うか会わねえかはテメェの命運次第だ。未来で、会おうぜ。無理だろうがせいぜい頑張って生き延びろ、吸血鬼よ」
「うえええええ!? なになに急! えっ、ほんとに行くの! あああっ、えっと、またね!」
シーナが小脇に抱えられた状態で別れの挨拶をすると、私はすぐに海軍本部の方向へと飛び立った。
数年後の未来。
「ハァ……ハァ……」
「フッフッフッ、流石は王下七武海。雑魚じゃねぇとは思っていたが……。想像以上に
とある島。とある舞台。
吸血鬼と呼ばれる男と、天夜叉と呼ばれる男が睨み合っていた。
吸血鬼は片腕が切り落とされ、足元に血溜まりを作っている。それに対して天夜叉は空中に座りながら余裕綽々な表情だ。
「てめぇは負ける。その運命は変えられねぇ。さっさと諦めろ」
歴史の強制力とも言うべきだろう。
天夜叉はそれが当然と言わんばかりの顔でそう言い放った。
「自分が負ける。実に不服だ、が、認めざるを得ない」
吸血鬼は恨むように太陽を見上げた。
「何が、何がせいぜい頑張って生き延びろだ。無茶を言うな。諦める方がカロリーを使わない」
脳裏に浮かんだのは不思議な
こんな時に浮かぶのは昔の船長でもなく家族でもなく、たかが数刻共にした友人だとは。
名前は、確か。
「先に逝っている。ロシオヤ、ロシナンテ」
「……ッ! 今、なん」
──ブスリ
殺されるくらいなら、自分から死んでやる。
生き延びろと呪われた自分の、最期の足掻きだ。
「…………………………
災厄が愛し子の名前を呼んだ。
==========
着きました。(ドーン!)
「うわ、おっきい建物」
シーナが感嘆の声を漏らす。
そこには頂上戦争で見る形も無くなった海軍本部がそこにあった。
「ここは?」
「海軍本部」
「今日は何をするの? 海軍に紛れて海賊退治? この前のお兄さん凄かったなぁ、土下座してもカツアゲ?許さなかったんだもん」
「去勢しただけだろ」
「容赦がない」
「ほら、俺将来海軍大将女狐なんて名前を貰う男だし?」
雑魚相手に容赦なんて気遣いしてられるか。物理的に全力でかかっても敵わない敵ばっかだってのに。
「シーナ」
「んえ?」
私は振り返られる前にシーナの頭にポンと手を置いた。
「足元チョロチョロするサイズの超可愛〜い女の子は、だぁいじにしろよ」
それ、多分私だから。
「え」
シーナが振り返る寸前、私は再び転移したのだった。
「……お兄さん? どこ、どこ行ったの」
ひとり、海軍本部の物陰で人影を探す。
どこに行ったの。
おれを置いて、どこに行ったの。
「お姉さん?」
本当の性別を呼ぶ。
「……ぁ」
名前を呼びたくて。
あの人の名前を知らないことを思い出した。
じめっとした空気が肌にひっつく。
「う……うぅ……」
ポツリ
「うわああああああああん!」
迷子は親を探すように、大きな声を上げて泣き始めた。
天へと届け、未来へと届けと言わんばかりに。
「わああああああ!」
呼ぶ名を持たない叫び声に引き寄せられる人もいた。
「なぜここに子供が……!」
そう、センゴクである。
「おい坊主、お前親は?」
「うわあああああああああん!」
顔中の穴という穴から液体を垂れ流し、怒りを顕に叫び続ける子供。センゴクはその様子から察するものがある。
「身寄りがないのか……!」
ドンキホーテ・コラソン。
「──じゃあ俺と来るか?」
散々人を振り回して起きながら愛情を注ぎ数十年も放ったらかしにするろくでもない家族を、今度会ったら許してやらねぇと胸に誓った。
もう二度と、居なくならないように。
==========
青い空。青い海。
空中。
──ドッシーンッッッ!!!!
「いっっっってぇな!!!!」
奇跡的に海ポチャはしなかった代わりに襲いかかったのは鈍い痛み。
まるで筋肉ダルマの上に落っこちたような感覚だ。
痛みを耐えて目を開くと、そこには眼力だけで人を殺せそうな大男がそこに居た。
「…………てめぇ、どこから」
私はその顔を見て思わずめちゃくちゃ固まった。
「ち、」
「あぁ?」
がやがやと上の方がうるさくなる。
「おい船長! またあいつ脱走してんぞ! あんたくらいしか連れ戻せねぇんだか頼むぞ!」
「な、何ー!!!!!! またかよ! そんなに俺の事嫌──」
そんな騒音を流しながら、眼前の風景に全身からドバっと汗が吹き出てくる。
明らかにやばい匂いがして、明らかに過去最大級の災厄の気配がする。
「ちぎ……れ…耳……」
全身に火傷を負ったちぎれ耳の男が。
インペルダウンで見かけたあの男が。
──私の下敷きになっていた。
突如鳴り響く胃痛。
………………あ、死んだかも。
語りたいこといっぱいあるけど、ひとまず言いたいことはひとつ。
お待たせしました!ちぎれ耳のご登場です!
やつが出てくるということは、あいつも出てくるに決まってる、ヨネ!
いやぁ、せっかく過去にいるんだから事件が起こる前に潰せば悲劇はおきねぇんだよ。さよならフィルムレッド。起こさせねぇぞ。